Element Magic Trinity
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星竜の巫女
「・・・とは言われたけどよ」
血塗れの欲望の“天秤宮”を司る少女パラゴーネから渡された鍵を右手に握りしめ、グレイは先を急ぐ。
アンティーク雑貨を思わせる古びた色合いに、くすんだ赤で綴られた古代文字。
が、その古代文字が何という意味かは解らないし、そもそもこの鍵が何を開ける為の鍵なのかさえ解らない。
(で・・・それ以上に解んねぇのが)
チラリ、と目線を右に向ける。
視線に気づいたのか、少女の顔が上がった。
動きに合わせて桃色の髪が揺れ、紅蓮の瞳が睨むようにこっちを見る。
「人の面部を熟視するな」
「何でお前ついてきてんだ?」
不機嫌そうにこちらを見るのは―――――パラゴーネ。
つい先ほどまで敵対しており、今だって正規ギルドと闇ギルドという事で敵対しているはずの少女。
ボロボロになったマントをはためかせて走るパラゴーネは、ふいっと顔を背けて口を開く。
「私は私の思考通りに行動する。お前に容喙する権利は皆無だ」
「せめてもう少し解りやすく喋れねえのか?」
「・・・私の行動に口出しするな。お前にそんな権利はない」
「最初からそう言え」
「黙れ変態」
「誰が変態だ!」
「上半身脱衣しているお前に決するだろうが」
ボソッと呟かれ、また脱ぎ癖を発動させている事にグレイは気づく。
近くに落ちていた白いロングコートを纏い(本当は紺色のタートルネックも着ていたのだが、どこを探しても見当たらなかった)、駆け出す。
「・・・で?何で闇ギルドのお前がオレと行動してんだ?」
「余儀ないから回答してやる」
「もっと単純に」
「仕方ないから答えてやる・・・!」
自分のペースで会話を続けられない事に軽く苛立ちながら、パラゴーネは続ける。
「血塗れの欲望は、己の任務中に何をしても問題は皆無だ。自分の行動したいように行動し、やる気がなければ任務放棄も問題ない」
「ある意味すげぇギルドだな、それ・・・」
「だから私は行動したいように行動している」
「つまり、オレ達の味方になるって事か?」
「半分肯定、半分否定する」
「・・・」
「半分合ってるが、半分間違ってる!」
さすがに同じような視線で3度見られれば何が言いたいのか解るのだろう。
怒りに任せ、投げやりにパラゴーネは叫んだ。
「私が血塗れの欲望に存在する事に変更はない。だが、私にはしたい事が誕生した」
「したい事?」
こくり、と頷いて足を止める。
意外に素直だ、と思いながらグレイは足を止めた。
そのまま黙りこくっているパラゴーネを訝しげに見つめ、首を傾げる。
「おい」
「私をお前の弟子にしろ、グレイ・フルバスター」
「・・・は?」
肩に毛先が乗るくらいの、淡い桃色の髪を靡かせる。
見上げるように、紅蓮の瞳がグレイを見つめていた。
1度閉じられた唇が、動く。
「お前は私が憧れた魔導士の弟子。あの造形技術は、確実に私が憧れたモノだった。だったら、私にもその造形技術を訓諭してほしい。それで、少しでも憧れに近づけるのなら」
その目は、本気だった。
微塵の冗談も含まれていない、純粋な瞳だった。
グレイはこの目に似た目を、知っている。
『ウルはオレの目標なんだ。いつかウルに勝つ事が、オレの夢なんだ』
キラキラとした目でそう語っていた、在りし日の兄弟子。
ただ純粋に夢を語っていた頃の、本気の目。
今のパラゴーネの目は、その目にそっくりだった。
でも、だからこそ。
「・・・無理だ」
パラゴーネの目が見開かれた。
純粋に、ただ真っ直ぐに憧れに近づく事を願う瞳に、暗い光が射しこむ。
が、すぐに瞳は伏せられ、その顔は前を向いた。
「何を専心に思考している。諧謔に決しているだろう。急け、あと1時間50分しか残余していない」
「・・・ああ」
急かされ、駆け出す。
パラゴーネは諧謔―――――冗談だと言ったけれど、グレイは気づいていた。
あの目が、在りし日の兄弟子と同じ目なのであれば―――――冗談なんかじゃなかったハズだ。
けど、だからこそ、簡単に頷けない。
「・・・でも」
グレイの表情が先ほどまでと違う事に、気づいたのだろう。
足を止めずに、パラゴーネは呟く。
「少しでもウルに近づきたいと思ったのは、本当だ」
そう呟いて、駆ける。
先ほどまで確かに敵対していた相手と、肩を並べて。
ふ、と薄い笑みを浮かべながら、パラゴーネは言う。
「だから、付き合わせろ。ウル直伝の造形を、今は少しでも長く見ていたい」
空気を切る音が耳に入り、数秒と待たずに鉄と鉄がぶつかるような音が響いた。
“飛翔の鎧”を纏うエルザと、“妖刀・村正”を構えるムサシが対峙する。
「ハアッ!」
「避、蹴、跳・・・“斬”」
エルザが振るう剣を避け、床を蹴って跳び、村正を振り下ろす。
バッ!と音がしそうな勢いでエルザは刀を飛んで避け、その身が光で包まれた。
豹柄の、露出度の高い鎧から、レオタードに似た形状の鎧に換装する。
「明星・光粒子の剣!」
「ぐううっ!」
ムサシに向けた2本の剣の切っ先から、光が放たれる。
それを正面から喰らったムサシは後方へと飛ばされ、タン、と小さく音を立てて着地した。
「ふふ、流石の一言に尽きるな」
「貴様等の目的は何だ。私達の仲間に手を出すなど、ただでは済まんぞ」
「済ませる気はない。ティア嬢は今日生きる意味を失う。我らの手によって」
「何だと?」
エルザの眉がピクリと上がる。
ムサシの表情は変わらない。
笑みを浮かべる訳でもなく、眉を顰める訳でもなく。
「もう1度聞く。貴様等の目的はなんだ」
「知らん」
「は?」
エルザの問いに、ムサシは簡単に答えた。
思わぬ答えにエルザは訝しげな表情になる。
「オレ達・・・いや、正確にはルナとマスターを抜いた災厄の道化のメンバーは、今回の件に関して何も知らない。ティア嬢が今日で死ぬ、それだけは聞かされているが」
「そんな・・・それではお前は、どういう内容かも知らずに私達と戦っているのか!?」
「オレだけじゃない。遊撃部隊の3人も、殺害担当も皆そうだ。まぁ、殲滅担当のアイツは理由が何であれ、殲滅命令さえ与えておけば満足なんだろうけど」
知らないのが当然であるように、ムサシは語る。
それに対しエルザは目を見開いた。
つまり、ムサシ達に妖精の尻尾と敵対する理由は、ない。
敵対する理由もない存在と戦っている。
「血塗れの欲望の方々は全員知ってるけど・・・それは、シャロン様がオレ達に正しい情報を与えている場合に限る」
「正しい情報?・・・シャロンは、お前達さえも騙すのか!?」
「よくある事だ。あの人は自分の得になる事は喋るけど、損になる事は何も言わない。教える事で自分が損をすると考えれば、味方だって平気で騙す」
確かに、そんな感じだった。
1度ギルドで会っただけだったが、エルザはそう断言出来る。
魔物だろうと盗賊だろうと魔法教団だろうと闇ギルドまるまる1つだろうと、そこそこ強い闇ギルドが3つ束になって襲い掛かってきたって平然と全員まとめて裁いてしまうティアが、あれほどの怯えを見せる相手だ。
しかもティアといえば、どれだけ目上の人相手でも毒を吐く超曲者。なのに敬語で喋り、声も硬い。
だとすればティアが怯えるほどの(言い方は悪いが)暴君なのだろう、とエルザは考えていた。
「お前はそれでいいのか?」
「何がだ?」
「与えられた情報が正しいのかどうかさえ解らない。平気で味方に嘘をつく女の下にいて、後悔していないのか?」
「当たり前だろう。後悔しているなら、とっくに自首でもしている」
くくっ、と小さい笑い声が零れる。
「オレから言わせてもらえば、お前達の方が苦しそうだ」
「何?」
「お前達は今みたいに、仲間の危機には必ず現れる。それがたとえ災厄を撒く道化師や、血に塗れた欲望を持つ者がいる場所でも」
村正を構える。
目隠しの下のムサシの目は、どこを向いているのだろうか。
それは解らないが、顔はエルザの方を向いている。
「仲間の為、という理由で死にに来るとは・・・大変だな、妖精の尻尾は」
その言葉に。
エルザの表情が――――――変わった。
「そういやお前」
「お前、じゃない」
「・・・パラゴーネ、だったか?」
「肯定する、グレイ・フルバスター」
「グレイでいい・・・つーか、お前は今回の件、全部知ってんだよな?」
「全て、かどうかは解釈しかねるが、9割は肯定可能だ」
パラゴーネの案内で、グレイは走っていた。
塔の外に出て迷宮が壊れるのを待てばいい、と考えていたのだが、その考えはパラゴーネの「そんな行動を取れば、デバイス・アームズに感知されて攻撃される。するとお前はデバイス・アームズを破壊する為魔法を使用する。魔力の無駄遣いだ」という意見によって、実行する前にナシになった。
その為、今はこれもパラゴーネの「シグリット様はデバイス・アームズに発見されずに本宅に行く通路を創造している。それを使用する」という意見によって、その通路を目指している。
「じゃあ聞くけどさ」
「その前に服を着たらどうだ」
「ん?・・・おわっ!いつの間に!」
「私が9割肯定する以前だ」
再び白いロングコートを纏い、走り出す。
因みにパラゴーネはグレイを置いて先に行く、なんて薄情な事はしないようだ。今いる場所に着くまでに、冒頭と今を含めて7回はコートを脱いでいるが、その度に指摘して足を止めている。
「それで?一体何を責問するんだ?」
「何を聞くんだって普通に言えよ・・・ま、いいか。いちいちこう言うのもめんどくせぇ」
「なら言うな」
ピシャリと言い、パラゴーネは足を進める。
すると、グレイが足を止めた。
それに気付いたパラゴーネも足を止め、首を傾げる。
「グレイ・フルバスター?」
「・・・お前等は、何を企んでるんだ?」
その言葉に、パラゴーネは沈黙した。
やっぱ言えねーか、とグレイは思う。
いくら彼女がこちらの味方をしているとはいえ、根本的には闇ギルドの人間。自分のギルドの作戦などを、敵であるグレイには言えないだろう。
聞くだけ無駄だったか、と思い始めた時、パラゴーネが口を開いた。
「・・・“星竜の巫女”」
「は?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。
が、すぐにとある記憶が脳裏を流れた。
『ティアがエーテリオンを吸収した時だったか・・・“星竜の巫女”と言っていた』
楽園の塔の一件が終わり、エーテリオンを食べたナツと吸収したティアが眠っていた時、エルザが言っていた一言。
ジェラールが言っていたという単語と、全く同じ言葉だった。
結局その後全員が忘れ、ティアに聞いていなかったのだが・・・。
「星竜の巫女って・・・何なんだ?」
「解釈していないのか」
この複雑な口調も、今では少し慣れ始めている。
解釈していないのか、は、パラゴーネ的には「知らないのか」と聞いているのだ。
敢えて複雑な単語を選ぶパラゴーネの言葉を脳内で単純にしてから、意味を理解したグレイは頷いた。
「・・・そうか。なら、まずはそこから論説しなければな」
説明しなければなっつったのか、と理解しながら、走り始める。
パラゴーネも止めていた足を動かし、その姿を追った。
「星竜の巫女は、カトレーンの“力を所有しない女”を示す。因みに力を所有しない男は養子に出されるそうだ」
タタタタタ・・・と小さな足音が響く。
桃色の髪を揺らして、先へと進んでいく。
「力を所有しない女は稀だ。カトレーンの長い史伝の中でも、ティア嬢を含めて13人しか存在していない」
「随分少ねえな」
「私もそう思う。が、星竜の巫女はそんなに多々誕生していい存在ではない」
「そりゃまた何で」
グレイの問いに、パラゴーネは少し黙った。
その瞳が揺れている。
黙っている事はしないと決めたが、ここから先を語っていいのか解らない、といった様子だ。
しばらく目線を彷徨わせると、口を開く。
「・・・“願う”力を所有するから」
「願う?」
意味が解らなかった。
願うだけならグレイにだって出来る。手を合わせて、願いたい事を心の中で言うだけだ。
それでも確実に叶う訳ではないし、叶うとしても、それは願った人間の1割にも満たないだろう。
―――――――だが、そんなグレイの考えなんて、最初から解っていたように。
パラゴーネは、それを否定する。
「お前には願えない。私にも不可能だし、それが可能なのは現在2人だけだ」
そう言って、足を止める。
つられるように足を止めて振り返ると、パラゴーネはゆっくりと口を開いた。
「巫女は―――――星竜シュテルロギアの御魂に、直接願う力を所有する」
「っがああああ!」
鋭い斬撃。
避ける暇さえ与えず、エルザは再び剣を振るう。
その目は鋭く、怒りを燃やしていた。
「私達は、死ぬ為に来ている訳じゃない」
明星の鎧から、黒羽の鎧へ。
緋色の髪をポニーテールに結わえたエルザは、剣を強く握りしめる。
「私達は、仲間と生きる為に戦いに来ているんだ!」
叫ぶ。
ムサシが立ち上がり、村正を構える隙さえ与えない。
ダン!と地を蹴って瞬時にムサシの懐へと入り、一閃。
「うぐっ!」
腹に走る痛みに顔を顰める。
次にエルザが攻撃する前に距離を取るべく、ムサシは後方へと跳んだ。
エルザは鋭い目でムサシを睨んでいる。
(強すぎる・・・オレには荷が重いぞ、妖精女王の相手など!)
彼は気づいていない。
先ほどの自分の一言が、エルザを怒らせてしまったのだと。
そして―――――エルザが怒った時はとりあえず逃げるのが1番だという事を、彼は知らなかった。
(――――――――だが!)
斬られた腹から血が流れる。
が―――――それはムサシにとって、好都合だった。
「くく・・・」
「!」
笑い声が零れる。
エルザが怪訝そうな顔をした。
「何を笑っている」
「・・・いや、妖精女王も、村正の真の力は知らないモノなのかと思ってな」
「真の・・・力だと?」
ムサシは頷く。
その手に握られているのは彼の愛刀、妖刀・村正。
刀を強く握りしめ、ムサシは口を開いた。
「“紅喰らい”」
ただ一言。
言うだけなら誰でも出来る、特に複雑な単語を使っている訳ではない言葉。
が、村正はその一言を待っていたかのように―――――紅い刀身を、輝かせる。
「なっ・・・」
目に映った光景を見て、エルザは言葉を失った。
正直にいって、信じられなかった。
こんなの―――――見た事なんてなかったし、こんな刀があると聞いた事すらない。
「そんな・・・」
「くくっ」
ムサシの笑い声が聞こえる。
見開いたエルザの目には、変わらず信じられない光景が映っていた。
それは―――――――
「刀が・・・血を吸収している!?」
「星竜に願う力だと?」
「肯定する」
こくり、とパラゴーネは頷いた。
が、そう言われてもイマイチぴんとこない。
星竜に願えるから何なんだ?と思ってしまう。
その考えを見透かしたように、パラゴーネは続ける。
「お前も解釈しているだろう。星竜シュテルロギアはこの世界を創造した。つまり、神に等しい存在」
「それは知ってる」
・・・といっても、今日聞かされたばかりなのだが。
大事な話をする時に走っているのは何となく気が引けて、2人は歩いている。
グレイのペースに合わせるように少し早歩きになりながら、パラゴーネは口を開いた。
「“星竜の巫女”は神に等しい存在に願い、その祈願が何であれ、全て叶えて貰える権利を所有する」
嫌な予感がした。
願っても叶わない事があるから、世界のバランスは取れている気がする。
だけど、そのバランスを簡単に崩してしまう存在がいる―――――星竜の巫女とは、そういうモノなのだろう。
「それって・・・」
「・・・否定したいが、肯定する」
グレイの言いたい事が解ったのか、パラゴーネの表情が苦々しくなる。
紅蓮の瞳が、見上げるようにグレイを見つめた。
その口が、動く。
「ティア嬢には、世界の破壊さえも願えるような力があるという事だ」
後書き
こんにちは、緋色の空です。
前回の更新から一週間。でもこの話、書き始めたの昨日なんですよ!
珍しく早く書き終えた気分だけど・・・実際には一週間・・・。
しかも百鬼憑乱の方も書いてはいるけど、何でか20000文字とかいってるし・・・。
感想・批評、お待ちしてます。
パラゴーネがお気に入り過ぎて、過去編終わっても再登場の予感。
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