乱世の確率事象改変
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入り混じるは想いか欲か
二度に渡る曹操軍との戦闘は、密盟相手とはいえどちらも手を抜くことなど無く、まさしく殺し合いだった。
私が相対したのは夏候惇。さすがは曹操の武の右腕であるだけに、二回とも一騎討ちの結果は引き分け。
張コウが戦っていたのは張遼だった。やはり張コウは強かったらしい。連合では上手く力を抑えていて、呂布相手の多人数戦闘だったから前は正確に読み取れなかったが、張遼と対等に渡り合えるまでとは思っても見なかったが。
ただ、アレの戦い方は私達のような合数の打ち合いでは無い。厭らしく、敵の動きを縛ろうと仕掛ける罠だらけ。卑怯とは言うまい。それも戦い方の一つだろう。
祭の相手は楽進と許緒。二人相手に遣り切り……しかも帰ってきても楽しそうに豪快な笑い声を上げていた様には恐れ入った。
しかし、やはりこの機を狙っていただけあって戦線はこちら側が圧されていた。
自分達の兵は大きく減る事無く、曹操との密盟の具合が不安にはなったが、後は救出の報告さえあれば滞りなく反旗を翻せる。
ただ、問題が一つあった。
途中から参入してきた鳳統の率いる部隊のみ、余りに異質過ぎた。
乱れの無い統率、的確な弱所対応、変幻自在の幾手もの形態変化には、対応に当たっていた田豊や冥琳でさえ戦慄し難しい顔をしていたのだ。
「アレはお前か祭殿並の将が居なければ突き破れんし抑え切れん。まだ守勢しかしていないようだからいいが、攻勢に移られると並の兵では……いや、手塩に掛けた兵であっても甚大な被害が出る。鳳統の思うがままに手足のように動き、命を投げ捨てるも躊躇わんから、袁家は言わずもがな、我らの兵でさえ相応の被害を受けるだけで無く士気も格段に下がるだろう」
たった一度の応対で見極めた冥琳の言は、鋭く研ぎ澄まされていたが、その裏に僅かな憧憬を含んでいた。軍師として、本物の手足のように動かせるその部隊を使ってみたい……と言った所。
田豊とは会話をしていないので何も判断出来なかったが、郭図だけがその部隊からの被害報告に苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
情報は入っている。
アレがきっと徐晃隊。二万の袁紹軍を二千余りの数で壊滅させた化け物部隊の本当の姿というわけだ。アレで一番精強な部隊で無いというのだから恐れ入る。
三度ほど袁紹軍はアレの部隊らしきモノに攻撃を受けたらしい。その時は荀彧と郭嘉が使っていて手を焼いたらしいのだが、今回程の隙の無さでは無かったとのこと。
それは鳳統が頭に据えられただけで、部隊の質がガラリと変わったということに他ならない。一体アレに徐晃が加わるとどんな化け物になるのか。
そこまで考えて、無性に血が疼くのと同時に、心にイライラが湧きあがる。
現在は軍議の為に集まっているので、徐晃と鳳統の二人を手に入れた同盟相手への舌打ちを堪えた。
曹操は提案してきた事態を、確かに起こしてくれた。
両袁家の討伐の為に劉備軍を餌にし、反旗を翻した時は何も手は出さない、と持ちかけてきていたのだが……こちらとしては悪い事に、あまりに時機が早すぎた。
本来なら、劉備軍が居残った状態でこちらにも交渉の余地が残され、徐晃を手に入れるいい機会となったはずだった。
しかし曹操は明かしていない情報から、袁紹軍が行動を起こす時機を早めるに至り、あちらにとっては全て予定通りの収穫を得たわけだ。
もう一つの展開では、劉備軍が助けを求め、それを知った袁紹軍が曹操に攻め入って掛かりっきりになるとの予測も立てられていたが、そんなモノは初めから有り得なかった。
元からあの女は徐晃も、徐州も、名声も、そして先の有利も、全てを持って行く気でいたのだ。
気付けなかった私達が悪い。それでも、苛立ってしまう心は抑えられない。
――ホンット、喰えない相手ね。こっちの利は袁術からの脱却だけなんて……借りの対価としては相応だけど、手の内をある程度見せるなんていうこっちの被害有りきの余分な利子なんかいらないわよ。
まだ続く乱世に於いて、敵の情報は宝となる。
軍師や将の指揮の癖や、鳳統が率いる徐晃隊がどれほどの脅威なのか隠さずにわざわざ見せてきたのはその為だろう。
しかし……徐晃がいなければ、本物の黒麒麟部隊を見せて貰わなければそれも少々不足に感じる。
ふと、曹操がここでその力を確かめないという事態に違和感を覚えた。
――ああ、そうか。徐晃に何かあったのか。徐州の攻略に於いて徐晃が持つ大徳の名声は莫大な利を齎せるはず。それを使わないという事は……二万の兵を抜けて無傷では無かったという事か。それに徐晃は劉備に妄信しておらず、忠誠さえ誓ってなかったようだから、曹操と徐晃どちらもの思惑が外れて絶望に堕ちた……否、堕とされたのか。
思い至れば早い。
黄巾の時点で、少し話しただけでアレの本質に疑問を持ち、調べるうちに見抜けていた。
劉備と相反する覇の求道者。内部で自分の願いを『叶えさせる』為に動き乱世を喰らう大嘘つき。
蓮華には、出来るならアレから影響を受けて欲しかった。優秀な種はあくまでそのついでだ。
甘い理想に絆されず、現実的にどうしたら願いを叶える事が出来るかを貫ける存在は異質。きっと手に入れたなら影響を受けて、蓮華も私や冥琳のように外への思考を持てただろう。
それはもう叶わない願い。私から蓮華に言い聞かせるしかなくなった。
身内からの言葉はどうしても現実感が薄い。私や冥琳、祭から言っても、母さまの幻影をそこに見てわだかまりが出てしまう為に、出来るなら全く孫呉に関係の無い他者から影響を受けて欲しかったのだが。
――劉備軍との戦闘でいいように成長してくれてたらいいけど……あー、なんかダメな感じがする。
なんとなく、そう思った。
蓮華は確かに成長しているだろうけど、私の勘は別の方向に行ってしまったと告げていた。
誰にも聞こえないように、小さく、ほんの小さく息を落とす。
どうせいつかはぶつかる問題だった。先行く王としては伝えておかなければいけない事だった。しかし、やはり私は姉で、妹には甘いらしい。
心が落ち込んで行くのが分かる。
あの優しい子に、汚く、醜く、綺麗事など有り得ない戦争の理と、凍土のように冷たく厳しい王の先見を教えなければいけないのだと。
「では次は……って孫策さぁん、大丈夫ですかぁ?」
柔らかいながらも、何処か棘のある声が耳に突き刺さる。
張勲が帽子をクイと持ち上げて私を見据え、横で冥琳が大きなため息を落とした。
「ごめんごめん。夏候惇との戦闘が激しかったからちょっとぼーっとしちゃって」
ペロリと舌を出しておく。
嘘は言ってない。結構……血が湧き、肉が踊る戦いだったから未だに身体が火照っていた。
「むぅ、その割には元気そうじゃの? もしやお主、手を抜いておったのではあるまいな?」
顔を顰めながら、ジト目で袁術が見据えてきた。
後ろの本陣でお菓子を貪っていたくせに……自分が戦ってみたらどうだと言い返してやりたくなったが、どうにか抑え込んだ。
「んなわきゃないでしょ? 張コウなら分かるんじゃない?」
「あたしに振るな血狂い虎」
軽く言ってみるが、張コウは冷たい瞳を一瞬だけ向けて、は……と呆れたように息を漏らした。
うざったい奴。私が来る前にお前が戦っていたのだから、少しは乗ってくれればいいのに。
険悪な雰囲気になりかけた所を、何故か文醜が張コウの肩を叩いて割って入った。
「まあまあ。明、そんな尖ったら可愛い顔が台無しだぜ? 美羽様、夏候惇は本人も部隊も、単純そうで案外めんどくさいんですよ。明でさえ手こずっていましたし」
「ふむ、それなら仕方無いの。……田豊や」
袁家の将と比較されて理解したのか、もはや興味は無いというように田豊の方に目を向けた袁術。
「何?」
「そ、その……な。そろそろ薄い蜂蜜水では無くちゃんとしたモノを飲みたいのじゃが」
「飲むなら一か月蜂蜜禁止」
「ななな、それはあんまりではないかえ?」
「蜂蜜の業者は七乃じゃなくこっちが大本を抑えてるから、薄いのも飲めなくしてもいいけど?」
「うぅ……めいぷるしろっぷも切れてしもうたし……蜂蜜がないとだめなのじゃぁ……」
こそこそと何か話していたようだが、がっくりと袁術が肩を落とした。
きっとまた下らない事を話していたんだろう。蜂蜜水が飲みたいとかそんなモノを。
軍議中だというのに、というように冥琳がまた大きくため息を落とした。郭図の目も鋭く細められる。それによって、張勲が慌てて話し出した。
「そ、それでは戦ボケしてダメダメな孫策さんも聞いてくれるようですから、軍議を続けますねぇ」
厭味ったらしい言い方が鼻に着くがいつもの事だからもう気にならない。
「現在曹操軍は陽動を行いつつ部隊を散開させて各所拠点の奪取を計っていたわけですが、敵領の内部に黒山賊が攻め入り、同時に劉表さんの所の黄祖という人も攻めてくれたらしいので、曹操軍は救援の為に数を減らしての膠着状態となりましたぁ♪」
女狐の唇から零れた一つの名前に、私の頭が茹る。冥琳もその瞳を一層鋭く凍らせた。
黄祖……先代の虎を不意打ちで討ち取った仇敵。孫呉の地を掠め取った袁術を殺してから、絶対に私の手で殺そうと思っていた一番の敵。
――私達は今、母さまの仇と共闘させられているのかっ
田豊、郭図の二人が私達に向けてにやりと笑った。
自分の親の仇と一緒に戦っている気分はどうだ、何か企みがあるのなら怒りと共に吐き出してしまえ……人質を直ぐにでも殺してやるから。そう言うように。
ギシリと拳が軋む。自然と唇が噛みしめられた。燃え上がる怨嗟は心を燃やす。されども……最後だからと全てを内に呑み込んで、脳髄に自己暗示の冷や水を浴びせ掛けた。
袁家は劉表側とも繋がっていたのだ。
盲点だった……そういうように、冥琳が瞼を落としていた。
劉表が連合に参加しなかったのは袁家を嫌ってだと思っていた。如何に三公を輩出した家柄だとて、劉の血筋にまで言う事を聞かせられなかった為に、互いが険悪な関係に陥っているのだと、私達に攻めさせたのもあって勘違いしていた。
劉表は、私達では無く曹操を先に滅ぼしたい……例え自分が見下している袁家に利用されようとも。そういうこと……ではない。
きっとあの古き龍は、大局のみを見据えている。
私達も曹操も袁家も、全てを弱らせる為にその提案に乗ったのだろう。私達は言わずもがな、対袁本家との大戦を行うであろう曹操も、勝った後には増えた領地と戦後処理で時間と資金、人手が取られる。
情報通りに劉備が劉璋の所に向かったのならば、ほぼ無傷で残るのは西涼の雄にして漢の忠臣である馬騰と、劉の血筋が濃い劉表のみ。
一番得をするのは間違いなく劉表だ。
――あいつはただ待ってるだけでいい。じっくりと待って、熟した果実に齧り付く気だなんて……
まるで掌で踊らされていたかのよう。
曹操も、私も、劉備も、袁家も……大陸の全てが思う通りに動かされているように思えた。
呂布はまだ、私達の前に姿を現していない。曹操の所にもまだ出していないだろう。あの化け物は持っているだけで手数が増やせるのだから。そして……もしかしたら袁家側はそれさえ織り込み済みで何か考えているのかもしれない。
湧いて出てくる疑心暗鬼に陥っていく思考の途中で、皆に情報が行き渡った事に満足したのか、うんうんと頷いて張勲が続けて行く。
「そこで夕ちゃんと郭図さんに聞きたいのですが、これからどうします?」
まさに投槍。
一応の総大将である袁術が大筋を決められないから仕方のない事とはいえ、手を組んだだけの相手にそのまま丸投げするのはどうなのか。思わず呆れてしまう。
「孫策軍は曹操軍とかなりいい具合に戦えているようですし、多方向から奇襲でも仕掛けて貰うのがいいでしょうねぇ。ほら、誰かさんが城を放って逃げましたから残された時間も少ないですからねぇ」
チラリと田豊に視線を向けた郭図の言は、田豊を責めているのだと丸わかりだった。
「私も同意する。ただでさえ長期の遠征の連続でこちらの兵は疲労の度合いが濃い。十分の一程度の部隊に壊滅させられる程だから」
返す言葉は同意だが、皮肉を付け足すことを忘れない田豊。
下らない喧嘩に付き合っている暇は無い。奴等の中での決定は、私や冥琳がいくら言おうと覆る事は無いのだから。
しかし……ここで軽い反発を混ぜておいた方がいい。
「まさか私達だけってわけじゃないでしょうね?」
「おやおや、孫呉の兵は精兵だーなんて聞きますし、敵の数が減ったならいけるんじゃないんですか? 率いる大将が引き腰ではたかが知れてるというモノですねぇ」
「どうやら虎からは猫も生まれるらしい。公路、飼い猫はちゃんとしつけないとダメ。臆病な飼い猫も、主がしっかりとしてたら勇敢な……ふふ、それでも猫は猫でしかない」
普段はいがみ合っているくせに、こういう時だけ郭図と田豊は息を合わせて貶めてきた。
話を向けられた袁術は不思議そうに首を捻った。
「虎から生まれる猫は聞いた事が無いのう……。まあ、所詮は猫じゃろうし、臆病ゆえにひっかいてくるくらい可愛いもんじゃろ♪ のう、七乃?」
「やぁん♪ 比喩表現に気付かないまま火に油を注ぐなんて、さすがです美羽様♪ でも美羽様ぁ? 若い子猫なら楽しく遊べますからもーっと可愛いですよねぇ?」
「っ!」
「子猫が愛らしいのは誰にとっても同じだろうな。ふふ、出来るなら私達も共に遊びたいモノだ」
我慢出来ずに激発しかけた。
まさか……ここで小蓮の事を匂わせてくるなんて思っても見なかったから。
冥琳が咄嗟の機転で声を上げてくれたから、どうにか抑えられた。
冷やかに見つめる瞳は、全てをふいにするつもりかと責めているかのよう。
片目を瞑って謝罪を伝え、にやにやと私を見ている田豊と郭図、張コウに出来る限り柔和に微笑んだ。
「昔は私の家にも子猫が居たんだけど、攫われちゃってねぇ。何年か経ったし、出来る事なら成長した姿を見てみたいモノだわ。食事はちゃんと出来てるのか、虐待を受けたりしてないのか、酷い目にあったりしてないのか、可愛かったから本当に心配だもの」
ビシビシと空気が張りつめて行く中で、首を傾げるのは袁術と文醜。二人はこの話の内容が分かっていないらしい。
突然、堪えきれないというように張コウが腹を抱えて大笑いしだした。
「ひひ、あはっ、あはははははは! おんもしろーい♪ 攫われる程可愛い猫なんだから、他の主の所で平穏に暮らしてるに決まってるじゃんかぁ♪ あ! 無理矢理帰らないって事はそっちの方が楽しくて帰りたくないのかも♪ 昔の家の事なんか忘れちゃってるかもねー」
「クカカ、しっくりきますねぇ! 昔の主に爪を立てたりするかもしれませんし……ククっ」
「……むぅ、何やら楽しそうじゃのぉ。猪々子は『ひゆ』表現って分かるかえ?」
「いや、あたいにもさっぱり。子猫が可愛いって話じゃないんですかね?」
イライラがまた降り積もっていく。
抑えろ抑えろと自分に言い聞かせて、記憶にある妹の笑顔を思い出して耐えていた。
挑発が大好きな奴等なんだから、乗ってやるわけには行かない。
「明、郭図、それくらいにしておいてあげて。私まで笑えて来てしまう。それに総大将の公路が置いてけぼりでは可哀相」
「はいはい。全く……もう少し楽しませてくれてもいいと思いますがねぇ。とりあえず……孫策軍は出るんですか? 出ないんですか? 一応こちらから後詰は出しますから、負けてくれても構いませんよ」
「……出るわ」
「ああ、後ろで安心して見ているがいい」
驚いた。
まさか冥琳が合わせてそんな事を言うとは思わなかったから。
チラと顔を伺うと、いつも通りの凛々しい表情で安心が心に湧く。もしかしたら何か思いついたのかもしれない。
「……決行は明後日にして貰う。七乃、それでいい?」
「そうですねぇ。ではそうして貰いましょうか♪ それでは軍議を終わりまぁす」
緩い声で〆られ、つつがなく軍議はお開きとなり、私と冥琳はゆっくりと天幕を出て行った。
袁術軍の陣内を歩いている間も終始無言の彼女は、やはり何かを考えついているようで、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「ありがと、冥琳」
「構わん。あれだけの挑発によく耐えてくれたと褒めたいくらいだ」
「わぁ、めっずらしい」
「余り調子に乗られても困るがな。それより……いや、まずはお前の火照りを解こうか。夏候惇とやり合った熱が残っているのだろう?」
真剣な眼差しは察しろと暗に伝えていた。
周りに気配が五つ。監視の目はやはりいるようだった。冥琳から誘ってくるという事は、終わった後に大事な話をするという事。睦み事の後でなら細やかな会話くらいは聞かれる事も無い。
「そうね♪ 結構派手にやっちゃってたし、今日は抑えが効かないかも♪」
「出来るなら余り遅くまではしてくれるなよ?」
「えー、無理かなぁ」
挑発のせいでもあるが、正直この高ぶりは抑えられそうもない。
二つの意味で、愛しい人の提案が有りがたかった。
心の内で感謝を伝えつつ、それからは何気ない会話を繰り返しながら自身の天幕へと向かっていった。
ただ何故か……いい事と、少し悪い事が一度に起きそうな……そんな気がしていた。
†
雪蓮と冥琳が去った天幕の中、猪々子が美羽を寝かせに行った頃合いを見て、呆れたため息を零したのは二人。
「はっ……吐き気がするね。そんなに妹が大事なら大人しくあたしらに従って戦えっての」
「珍しく同感だ。孫呉の為だなんだと言いながら、幼い妹を人質に出した上に同じ年齢くらいの袁術を殺す気満々……素直に従ってない時点で所詮は俺達と同じ穴のムジナじゃねぇか」
「うっわ、あんたと一緒の意見とか余計吐きそうになったし」
べーっと舌を出した明を見て、郭図は心底嫌そうに顔を歪めた。
「はいはい、それは悪ぅございました。今は内輪で揉める場合じゃねぇだろがよ。俺と田豊は首が掛かってるんだぜぇ? ちっ、しかし上層部のクソ爺共……俺がどれだけ袁家を潤して来たと思ってんだよ」
二人の失態は大きい。
先程けなし合いをしていた通りに、郭図も夕も、その失態から後に引けない状況になっていた。
二万の軍勢が不可測によって壊滅させられた郭図と、重要拠点となるはずの城にて大量の補給物資を失ってしまった夕は、新たに失態を重ねる訳にはいかない。
互いに相容れぬ間柄ではあるのだが、利害の一致という点に於いて今回だけ、明と夕は郭図とある程度割り切って手を結ぶ事に決めていた。郭図もそれには不満を漏らさず、普段であれば夕の意見とぶつかり合う所なのだが抑えていた。
そして特に夕は、郭図に預けた策も自分のモノである事が合わさってそうせざるを得ない。
「あのー」
のんびりとした声音、腰をかがめた上目使いで見やる七乃に、皆の目が一斉に集まった。
「何?」
「多分ですねぇ。情報収拾の時間に違和感があるので、孫呉側の妨害が入ってるみたいなんですよぉ。何が狙いだと思いますか?」
言われて目を瞑る夕と郭図は数瞬で読み取ったのか、それぞれに目を薄く開いた。
「おい、田豊。ちゃんと追加指示したんだろうなぁ?」
「多分追加は届かなかったと見ていい。でも時機的に殺害指示は届いてたはずだからあっちの失態の疑いが強い。紀霊が迷って、孫権の部下が上手だったということ」
「クソが。張勲が極秘で進めていた懐柔策は中々面白かったが、今回の時機とは相性が悪い。せめて徐州を取れりゃあどうとでも出来たんだがな」
「終わった事を言っても仕方がない。さらに厳しくなったと見ていい。こっちも情報制限は掛けてるから行動を起こされるのはまだだとしても……アレは切り捨ててしまうのが上策」
七乃は背筋に冷や汗が流れる。
利九が甘さを捨てられていないのは虎牢関で確認済みではあったのだが、美羽が追い詰められてもそれが出るとは思っても見なかった。
原因は何かと考えれば、自分が内密に送った手紙。迷いを生ませたのは七乃であった。
この戦の最中で、美羽が小蓮の事を楽しそうに話していた事を知った明が七乃に問い詰め、手紙を送った後に懐柔策の事はバレていた。
評価はされたが、黙っていたことが問題である。七乃はそれのせいで強く出られず、夕の良心だけに美羽の今後を任せるしかない。
夕は『アレ』と言い切った。
もはや使えない駒でしかないのだ。これまで長く、美羽の為に尽くしてきた利九が。同志として認め、互いに袁家を内部から強引に変えてやろうとしていたモノが、まるで興味の無くなったおもちゃのよう。
明はなんでもない事のようにその会話を聞いていた。彼女にとっても、失敗した同志は、もはや出来る限り有用に使って切り捨てるだけの存在に落ちてしまった。
ほんの少しだけ、七乃の心に痛みが走る。
――これはまだ私が人である証、ですか。郭図さんは自尊心と我欲が強いので、醜くて人間らしいと理解できますけど……やっぱりあの二人は怖いですねぇ。
冷徹な光を宿した瞳は三者三様ではあったが、欲の渦巻く郭図の瞳はまだ人間らしい。しかし二人は……我欲と呼ぶにはあまりに昏く渦巻き過ぎていた。
「最重要なもんを失敗した駒の使い方は?」
「……まず七乃に決めて貰う。こっちに来るか、それとも丸ごと死ぬか」
凍りつくような声。それがどういう事か、七乃は瞬時に理解する。
何を助けたい? そう問いかけているのだ。
人の心か、自分の命か、それとも……やはり大切なモノの命か。
夕の瞳を覗き込み、ゴクリと生唾を呑み込んだ七乃は、震えながらもどうにか思考を回していく。
幾多も浮かび上がる展開、数え切れない程の情報、そして……美羽と過ごしてきた数々の思い出。
その中で……たった一つだけ、光の見える道を見つけ、
――私は……美羽様だけが幸せに暮らせたらそれでいい。
にこにこと笑顔を浮かべ始めた。
郭図はその姿に戦慄を覚える。この女も、張コウと同じく、やはり自分がどうでもいい異常者の類なのだ、と。外道ではあっても、郭図は自分が大切な、普通の人としての感覚を残していた。
「そうですねぇ♪ じゃあ利九ちゃんの気性から、きっと此処に向かってくると思いますから、こんなのはどうでしょうかぁ?」
そのまま、つらつらと説明された話を聞いて、三人共がにやりと口を引き裂いた。
「さすが七乃。それでいい」
「しゃあねぇが……それで行くか」
「ひひ、あたしのは楽しそうな仕事だねー♪ 本隊も来るしいいかも♪」
「責任感が強くて義に憧れを持った子なのでそういった動きをしてくれますからねぇ」
ほっと一息。
七乃は同時に、夕に一瞬だけ目くばせをして、小さく頷いたのを見てさらに安堵し、視線を戻した。
ではこれにて本当の軍議を終わりますの一声で〆られ、短いはずが、思いの外長く感じた軍議もお開きとなり、それぞれが天幕へと戻って行った。
七乃は願う。
どうか、自分の思惑が全て上手く行きますように、と。
そして……珍しい事に懺悔を紡いだ。
――利九ちゃん、ごめんなさい。美羽様は私が必ず生かしてみせますから……美羽様の為に死んでください。
†
『救出の報告がまともに届くかも分からん。それに……もしかしたら既に小蓮様は殺されているかもしれん』
冥琳のそんな言葉を受けて、雪蓮は一つの事を決断した。
「全軍……反転っ! 今より我らは袁家に反旗を翻す! 長き雌伏の時を終わらせよう! この時より、我ら孫呉による平和な時代を築き上げようではないか!」
蓮華達、若い世代を信じる事にしたのだった。必ず助け出してくれると信じ、先に袁術を討とうと決めたのだ。
曹操軍へ伝令は送った。三度目の衝突は有り得ず、それぞれの部隊と合流し、共に敵を打ち崩してほしい……と。
孫策軍の全ての部隊は曹操軍への奇襲を仕掛けずに、四つの部隊にて袁家本陣を強襲せんと歩みを進めた。
対峙していた部隊が各々に背中を晒す事で、強引に信頼関係を示そうというのが狙いの一つ。
華琳の決断は信。
曹操軍はそれを信じ、孫策軍の後ろを守るように部隊を進めて行く。
ただ……後詰として配置すると言った郭図の言は守られておらず、拠点には人っ子一人いないという異常事態に、冥琳も、雪蓮も警戒の為に行軍速度を緩めた。
徐々に本陣へと近付いていく二つの軍。初めは罠があるかと警戒していたのだが、本陣付近まで来ても未だに敵との戦闘は無かった。
袁家本陣まで後一日となった所で漸く……孫策軍は奇襲を受けた。
部隊をばらけさせて本陣に向かわせているのが悪かったのか、それに相対したのは雪蓮の部隊だけ。
現れた将は……紀霊こと利九であった。
凡そ二万五千。
それが利九率いる袁術軍の数。蓮華が掻き乱し、方々にばらまいた亞莎の斥候の働きで本隊との情報交換が成り立たなかった事によって、混乱のままに物資拠点を守り続けた二万と合流した利九は、本陣へ向かわずにそのまま孫策軍の行軍経路に伏せていたのだった。
五千を五つに分けられた部隊での簡易包囲にて、雪蓮の部隊はその損害を徐々に増やしつつある。
孫呉の最精鋭である為に、どうにか戦えている程度。
伝令は既に飛ばしている。冥琳ならば戦場の違和感を察知して、直ぐに来てくれるだろうと信じて戦い続けた。
戦闘が始まって三刻ほどで、漸く到着した第二の部隊はやはり冥琳のモノ。
ほっと一息。
しかし、そこで袁術軍から一つの部隊が無理矢理突撃を仕掛けてきた。
「裏切りモノの孫策! 我らが主を殺さんとする不忠モノよ! 何が大徳かっ! 貴様には死すら生温い! この地にて果て、地獄に落ちて殺したモノ達から責苦を受けろ!」
大きな怒声は、たちまち袁術軍の兵達を奮い立たせた。
利九の存在は兵達にとってそれほど大きかった。だから……全ての兵がなんの為に戦っているのかを明確に理解していく。
敵は悪。大徳とは全く違う裏切り者。我らは正しい。我らこそが正義、と。
心力は、意思は、想いは……皆を戦士へと駆り立てて行く。
雪蓮は向かい来る敵を切り捨てながら、内心で舌打ちを一つ。
――こうなるから紀霊だけは討ち取っておいてほしかったんだけど……やっぱりあの子達には荷が重かったか。でも……小蓮を助け出してくれて、ありがとう。
紀霊が此処に、戦闘の形跡のある部隊を引き連れて逃げてきたという事は、無事に助け出されたという証に他ならない。
戦場であるが故に、安堵と歓喜を抑えつけて、すうっと大きく息を吸った雪蓮は、戦場の最中で高らかに声を上げた。
「悪辣なる袁家が何を言うか! 貴様らは民を虐げ、我欲から他の地を奪わんと攻め込む大罪人ではないか! 我らは待っていたぞ! 貴様らにこの手で引導を渡せるこの時をな! 悪逆の袁家、死すべし!」
孫呉の兵の士気はそれだけで跳ね上がる。
言われるまでも無く、皆が願っていた事なのだ。
自身の主こそが彼の地を治めるに相応しい。平穏な地を作り出してくれるのだ、と。
そのまま、利九の部隊と雪蓮の部隊は激突する。
互いに将はまだ動かず、用兵では互角の動きを見せていた。
雪蓮の目から見ても、紀霊隊は異常だった。
孫呉の精兵はまさしく死力を尽くして戦っている。練度では言うまでも無くこちらの方が上の筈。だというのに、拮抗したままで戦場が動かない。
見ると、敵兵一人一人の目には明るい光が無い。生きようという意思が欠片も感じられず、昏い暗い怨嗟の炎がただ轟々と燃えている。
――あれは……死兵か。紀霊はこの戦場で死ぬつもりなのね。
疾く、読み取った雪蓮は後ろを向いた。
冥琳の部隊は直ぐに合流出来るほどに敵を押し込んできていた。
敵は誇り無き袁家。紀霊と一騎打ちをしようにも、何処で邪魔をされるか分かったモノでは無い。
ただ、臆病者とだけは言われてはならない。それだけは、先頭に立ち続けてきた雪蓮に許されないモノである。
挑発が効く事を願って、声を上げようとしたその時、冥琳の部隊が動いた。
蜂矢陣での強引な突出。意図は……袁術軍全ての攪乱だった。
――さっすが冥琳。私がしたい事をよく分かってくれてる。
ふっと微笑みを漏らした雪蓮は、すっと南海覇王で利九を指し示して、声を張り上げた。
「己が正義というのなら、その刃で我が首を討ち取ってみせよ! いや、出来んだろうな……貴様は今の今まで戦場に立ちもせず、やっと立ったと思えば、こそこそと奇襲しか行えぬ臆病者でしかないのだから!」
不敵な笑みでの挑発に、利九は昏い闇が渦巻く瞳を向けて……にやりと笑った。
「不意打ちを仕掛けようとした貴様らに臆病者呼ばわりされる謂れは無いが……そんなに死にたいのならば、戦ってやろう。道を開けろ」
ゆっくりと、道が開かれていく。
口々に兵達が紀霊と孫策の名を呼び、激励を飛ばし合う。
正式な一騎打ちの場となり、丸く切り取られた空間に二人は馬を進めて相対した。
「ハリネズミにされる事にも怯えず、一騎打ちを仕掛ける胆力は褒めてやる。この人食い虎が」
「下らない。包囲された上での矢如きで私が死ぬわけないでしょ? 負けるのが怖いんなら毒矢でも使えば?」
「使わない。使う訳が無い。貴様と孫権には死などという単純な安息など与えてはやらん」
「あっそ、ならいいわ。仕える主を間違えたお前に、私が安息を与えてあげる」
言葉の応酬の間ぶつかる闘気に、誰しもが震えた。武将という隔絶された力を持つモノ達の、本気の殺し合いに誰しもの心が沸き立った。
人とは、どこまでも愚かしい。
見世物のようなそれに、兵達は心が高ぶっていたのだ。
賭け事をしているような、遊戯を見ているような感覚。自分の命は蚊帳の外にして、たった二人の勝敗で戦の決着が付くという安堵も含めて。
主への信が絶対の孫呉の兵であろうと、その高鳴りが綺麗な臣従の心であると思い込んでいるだけのモノも多い。人である限り、心の下卑た高揚は抑える事が出来ない。
死兵となった紀霊隊も、その時ばかりは人に戻っていた。
戦場にしては静かになったその場にて、二人は幾分か見つめ合った後、どちらとも無く馬を走らせて……互いに剣を振りかぶった。
†
主が一騎打ちをしている事も知らず、祭は敵本陣へと軍を進めていた。
敵が気付いていないはずも無い。その証拠に、先行させた物見の兵は悉くが帰って来ない。
違和感があった。
長く戦に身を投じてきた彼女ならではの、雪蓮の先天的なモノとは全く違う後天的な勘が告げていた。
――これは……本陣に敵はおらんな。
気付いて一寸、彼女は迷う。冥琳にこの事を伝えていいかどうか。
軍師とは理で戦場を判断するモノ。現に、雪蓮の有り得ない的中率を誇る勘ですら、冥琳は信じる事を躊躇う。
確かにそれにばかり頼りすぎては、万が一間違った時に莫大な被害を伴う。
だから冥琳は先に自分の中で道筋を立てて計算し、雪蓮の勘での選択と同じ結果になるモノも、自身の思考とは別に作り上げていく。
祭としては、自分の経験から来る勘というモノも信じて欲しいのだが、冥琳の精神的な負担を思うと言い出しにくい。
それほど、祭は冥琳を信頼して且つ、大切に思っている。
故に彼女は、もう一人の軍師の判断に委ねる事にした。
実力的には冥琳に劣るが、それでも孫呉では飛び抜けた軍師である陸遜――――穏に。
「陸遜に伝令。本陣には敵の気配が薄く、周辺を捜索すべきではないか、とな」
直ぐに駆けて行った兵の背中を見送って、彼女はその場で軍を停止させた。
穏やかな日差しはまだ午前のモノ。戦闘をするには十分な時間であった。
ふいに彼女は、今回の戦では無く、これからの大陸に思考を向けた。
――曹操軍はこれからさらに……当初の予想より遥かに強大になるじゃろう。その時に儂らだけで相対するのは……ちと厳しいか。
彼女が戦った部隊は紛れもない精兵であった。
楽進の率いる兵も、許緒の扱う曹操軍親衛隊も、どちらも侮れず、気を抜けば容易に潰されていた事は予想に容易い。
本人たちの武も中々で、磨けば光るモノを確かに持っていた。
まあ、二人掛かりだとしても祭が片手間で相手取る事が出来るのが現状ではあるが。
それよりも彼女が不安に思ったのは徐晃の部隊。
彼女とて、死兵は数多く見てきた。自身も憎しみに染まり、死兵に堕ちた事もあった。
だからこそ分かる。アレは別モノだ、と。
――徐晃と曹操の組み合わせは拙い。あの部隊は……
思考に潜っていると、彼女の元に伝令が届いた。
それは北から攻める為に行軍していた陸遜隊からの急ぎのモノ。先ほどの伝令の返しにしてはあまりに到着が早過ぎた。
「申し上げます! 北上中の袁術軍に袁の牙門旗を発見し、逃げられる前に奇襲を仕掛けようと部隊を進めたのですが、向かう先に伏兵を確認、さらには袁紹軍の増援が到着したようで敵兵合わせてその総数六万程かと! 至急、救援来られたし!」
「なんじゃと!?」
告げられた報告に、祭は苦々しげに顔を歪めた。
「曹操軍にも救援の依頼は出しております。陸遜隊は一里の間を開けて待機しております。陸遜様の命で伏兵への警戒をしておりましたので被害はありません」
逃走を図ったと見せかけての伏兵は戦の常套手段。功に焦らず、警戒を怠らなかった穏に祭は舌を巻いた。
「直ぐに向かう。曹操軍が到着次第、総攻撃を掛けるのがよかろう。公瑾にも伝令を送っておけ。
皆のモノ、よく聞け! 敵のバカが二人になった! 二人とも討ち取れば曹操軍も悔しがるじゃろう!」
振り向いて言い放った祭は、兵達から湧き上がる声を聞いてうんうんと頷き、北上を始めた。
自身の主と、信頼の置く軍師が直ぐに来るのだと信じて。
祭がその場に到着したのは半日後、八つ時に差し掛かったあたりであった。
曹操軍は袁紹軍本隊の情報が入っていたのか、既に先遣隊として春蘭、霞、稟の率いる三万強が到着していた。
共に軍を進めること幾分、袁紹軍の増援と共に敵が構えていた戦場は……余りに異質だった。
「お~っほっほっほっ! お~っほっほっほっ!」
遠いはずであるのに聞こえる高笑いは大地からでは無く宙から。金ぴかの鎧が日光を反射してぎらぎらと眩しく、誰もが、不快感をあらわにげんなりしていた。
見えたのは大きな、仰々しい金色で塗られた筵を張られた櫓。十を越える数が居並び、攻め入るには、高い最上部からどれだけ矢を射掛けられるか分からない。
「儂らが着くまでにあれだけの櫓を建てたというのか……」
「き、昨日の報告では何も無かったはずなんですよ~。夜にも異常な音はなかったって言ってたんですが……」
穏の言葉を聞いて、再度敵軍に目を向けても、何も変わらない。
何よりも不思議なのはふって湧いたように現れた事であった。
「妖術使いでもおるのか、向こうには」
心底不快な様子で祭が言うと、
「分かりません。なにぶん、優秀な情報収集役が皆、建業に行ってしまっているので……。それよりも、敵は逃走経路の確保が出来ていると思うので、回り込むにも時間が足りませんし、攻めないとタダで逃がしちゃう事になってしまいます。紀霊隊二万と我らの本隊もぶつかっていますから……曹操軍と協力するしかなさそうです」
穏は泣きそうな顔で現状で取らざるを得ない選択を並べて行った。
「しかし奴等は動かんじゃろ。あの櫓の数では迂闊に近寄れんぞ。逃走が敵の狙いなら軍議を開いている時間も惜しいが……」
「いえ、曹操軍は動かざるを得ません。残りの袁術軍の兵数がそっくりそのまま袁紹軍に吸収されると、この後の戦が厳しくなるのは明白です。私達と協力して袁紹軍の数を減らしたいからこそ、密盟を申し出てきたはずですから、必ず協力してくれるでしょう」
「……なるほどのぅ。なら、どちらが先に出るか、というわけか」
にやりと、祭は笑った。
獰猛な肉食獣のようなその笑みに、穏は背筋に冷たいモノが走る。
「まさか……先に行くんですか?」
「当然じゃ。ひよっこ共にああいうモノ相手の戦の仕方を見せて、儂らには通じん事を教えてやる。それに向こうには夏侯淵がおらん。あれだけの櫓に対処出来る弓使いは儂くらいじゃな」
がっしと弓を掴み、祭は楽しそうに笑う。
「クク、久方ぶりに面白い戦が出来そうじゃ。張遼と夏候惇に言うておけ。右から順に櫓を潰すから張コウ、顔良、文醜を抑えろとな」
コキコキと首を鳴らし、彼女は大きく伸びをして、満面の笑顔で部隊へと歩いて行った。
「お~っほっほっほっ! お~っほっほっほっ!」
高らかに響く麗羽の声はまだ遠く。その方向を見据え、祭は目を細めて口を引き裂いた。
「今の内に精々笑ろうておけ。それを最後のバカ笑いにしてやるから、のう」
袁家は知らない。孫呉で最も古く、最も獰猛な宿将は、誰よりもお転婆娘にして雪蓮よりも戦好きである事を。その部隊がどれだけ多くの戦場を駆けぬけ、絆で繋がれたきたのかも。
しかし……彼女も知らなかった。
麗羽がバカでは無く、白馬の王と相対するに足るモノであったという事を。そして利九が雪蓮と相対している理由も。
魏呉同盟軍と両袁家軍が相対する戦場にて、彼女の優雅にして高貴な高笑いを容易に崩せる覇王は、まだ到着していなかった。
後書き
読んで頂きありがとうございます。
長くなったので二話に分けます。
雪蓮さん達には小蓮ちゃん救出の報告は届かず、しかし反旗を翻しました。
そしておっほっほ様が来襲。
次で孫呉の話は終わりです。
ではまた
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