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ガールズ&パンツァー 舞台袖

作者:白野
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顔寄せ

 
前書き
対戦車道を創り出した諸先輩方に敬意をこめて。
  

 
 
 
 
 
 
 その日、私立藍蒼館高等学校挺進部部長、本郷義人は部室にて昼食後の珈琲を飲みつつ今後の練習計画の内容を思案していた。
 対戦車道全国大会にてまずまずの成績を残し、三年生として引退するだけとなった彼は大会における戦訓を取り入れた練習を行い、より良い形で来年への引継ぎを行いたかった。むしろこの時期が一番重要と考えていた。
 ノートから目を離し窓から校庭を眺めた。彼のいる部屋からは昭和初期に建てられた藍蒼館高校の校舎が見えた。珈琲を一口飲むと華やかな香りが口に広がった。祖父譲りの彫りが深く、凛凛しいといって差し支えない顔が満足そうな笑みをうっすらと浮かべた。
 扉が開き二年生で副長の椎名京二郎が入ってきた。
「いらしていたんですか。」
 中性的であまり男性的とは言えない顔立ちの彼は、少々驚いた顔をした後、持っていた書類の束を差し出した。
 もっとも彼は、彼の伯父が開いている古剣術道場の中々に優秀な生徒である。見掛けで判断してはいけない。彼もまた文武両道を地で行く男なのだ。
「賀谷先生から渡されました。日戦連から、全国大会決勝戦への支援要請です。」
 日本戦車道連盟全国大会決勝戦。陸上自衛隊東富士演習場にて開催される乙女たちの戦いである。人気もあり大規模なものとなるため、日本戦車道連盟関係者は無論、陸上自衛隊と日本対戦車道連盟の協力が通例となっていた。
 交流試合、練習においても全国の戦車道部と対戦車道部は協力関係にある。対戦車道部が戦車道決勝戦開催に際し日戦連の支援要請を日本対連経由で受ける理由はここにあった。
「目は通したかい?」
 本郷はもう一つカップを取り出すと椎名の前へ置いた。
「さらりとですが。」
 ポットを持ち上げた椎名はまず本郷のカップへ珈琲を注いだ。
「会場警備は蔵比山高校空挺部です。ウチは遠野橋高校空挺部と一緒に決勝組への直接支援です。ウチに回ってくるのは久しぶりと賀谷先生もおっしゃっていました。」
 椎名はそう言いカップへ口を付けた。
香りは申し分ないのだが、珈琲よりも紅茶好きな人間である彼にとっては本郷の入れる珈琲は少々苦い。何か甘いものが欲しくなってしまう。
「随分と早いね。」
「番狂わせがありましたから。」
 決勝戦を支援する対戦車道部はどこでも良いと言う訳ではない。系列校や提携校、前年度直接支援を請け負った学校は除外される。大抵、強豪校が残るため日本対連への支援要請は遅くなる傾向にある。今年はサンダース大付属やプラウダ高といった強豪校が比較的早く姿を消してしまったため、その例外の年であった。
 決勝組への直接支援とは、試合中戦闘不能判定となった車両搭乗員の安否確認とそれに伴う大会運営本部への報告。応急手当と場合によっては救急要請、戦車運搬車の手配等といった裏方の仕事である。運営本部には日戦連関係者と陸上自衛隊からの派遣要員、日本対連関係者、対戦車道部の顧問と連絡役が詰めている。
「大洗女子か。お蔭で練習日程考え直さなければいけなくなったよ。優秀な指揮官だよね、彼女。西住の血なんだろうね。」
「お察しします。まあ、姉は優秀な次期家元、妹は優秀な戦術指揮官。といったところでしょうか。」
 そんなところだろうね。と言いつつ本郷は書類をめくっていった。
「決勝戦には全員で行くとして、直接支援になるから装備はもちろん、足も必要だね。後、食事については向こうで用意してくれるんだね。」
「そうです、日戦連で用意してくれます。おやつは持っていきましょう。それと賀谷先生から、鉄道輸送の手配はするから人員と機材をリストアップしたものを出来るだけ早く寄越して欲しいとのことでした。」
「うん、まあ今日の部活はここで会議だね。色々とやらなければならないことが増えてしまったな。ああ、再来週開かれる決勝戦支援関係者の事前会合、先生と僕は出席するにしても、あと一人二年生を連れて行きたい。」
「それなら、第二小隊の京僧さんが良いでしょう。」
 椎名は即答した。藍蒼館高校挺進部は蔵比山高校空挺部の様な大所帯ではない為、第一小隊を部長の本郷が率直し、第二小隊は二年生の京僧篤が小隊長を務めていた。その他は本部要員が数名といった規模であった。そしてその第二小隊の小隊長を務める京僧篤はかなり優秀な男であった。
「まあそうだろうね。しかし、らしいといえばらしいが君は自薦しないね。」
 そう本郷が苦笑しながら聞くと椎名は困った笑みを浮かべながら
「私は人を率いて何かするということにあまり向いていませんから。」
 と答えた。もっとも小隊指揮が出来ない訳ではない。人望が無い訳でもないが情報収集、情報分析、といった情報参謀役を彼は務めていた。
 二人して笑みを浮かべた。
 本郷は珈琲を一口飲み、窓の外を眺めつつ言った。
「なかなか思い通りにはいかないね。」
「こればっかりは。ですが決勝戦での直接支援は良い経験になると思います。」
「支援要請のことじゃないよ、要は格好の問題さ。」
 不思議そうな顔をした椎名に本郷はにやりとして答えた。
「これだけ舞台が揃っているんだ。扉を開けて書類を持って来てくれるのは眼鏡の似合う黒髪の美少女でもいいだろうに、そう思ったんだよ。」





「賀谷先生、宜しいですか?」
「ああ、始めてくれ。」
顧問の賀谷から了承を得た本郷が部員たちを見回す。
「さて、今日みんなに集まってもらったのは他でもない。本日、我が挺進部に日戦連から戦車道全国大会決勝戦への支援要請があった。今日はこれについて打ち合わせを行う。それでは説明を、副長。」
脇に座っていた椎名が前へ進み出る。ホワイトボードに日程などを書き込み、説明する。
「日程や大まかな概要はここに書いた通り、先ほど配布した冊子にも書かれています。各自もう一度目を通しておいて下さい。
私からは編成等の細かな点について説明致します。質問は最後に時間を設けますが、その都度発言して頂いてかまいません。まず、完全編成での参加ですので全員参加が基本です。理由があり参加出来ない場合は後で申し出て下さい。
 編成については一式半装軌装甲兵車4両に6名ずつ分乗、側車2台に偵察員2名、運営本部には賀谷先生と連絡員2名、これはすでに三年の渡良瀬さんと一年の花谷君にお願いしてあります。
 なお、車両には赤十字標章を前後左右に表示する事となります。標識は日戦連より近々送られてきます。
 次に装備については空挺スモック着用の上、機関短銃と拳銃を携行、これは交戦区域内の警備も兼ねる為です。又、当日は全員に小型無線機と識別用に白色腕章が配布されます。白色腕章は両腕に必ず巻いて下さい。衛生員は右腕に赤十字腕章を、左腕に白色腕章を巻いて下さい。
 食事については日戦連が用意してくれますが、何かしら持って行ったほうが良いと思います。ホハには大型のティーサーバーと参加選手へ配るお菓子を積む予定です。
 現地までの移動は鉄道輸送、集合日時は追って連絡します。決勝戦当日までにあと数回は打ち合わせを開く予定です。以上、何か質問は?」
概要を椎名は一気に説明した。
説明を聞いていた部員から手が挙がる。
「我々はどちらの直接支援を担当するんですか?」
「黒森峰を主に担当します。あくまで主に、ですので遠野橋への協力や場合によっては大洗女子への支援も行います。」
椎名の回答に質問をした部員だけではなく、他の部員達も怪訝な顔をする。
「黒森峰ですか? 大洗女子ではなく?」
部員の疑問ももっともだった。何故ゆえ小規模部隊の、それも(装備から見れば)弱小と言って差し支えない大洗女子ではなく、規模の大きい黒森峰なのかと存外に言っている。
椎名は笑みを浮かべながら答える。
「そう黒森峰。君の疑問はもっともです。ウチの規模から言ったら大洗女子の方が対応できる部隊規模ではないか、遠野橋高校が担当する方が妥当なのではないのか、と。」
何名かの部員が頷く。
「恐らく、日戦連は黒森峰の直接支援は暇になると考えているのでしょう。」
質問した部員が合点のいった顔をする。
「ああ、つまり黒森峰の圧勝で幕を閉じると。」
「そう、だけれども、私にはとてもそうは思えない。大洗女子は尋常ではない戦い方をするからね。」
「副長は黒森峰が苦戦すると?」
「うん。少なくとも短時間で終わる事はないと思っていて下さい。そして決して暇になる事は無い事を覚悟して下さい。」
全員を見回して椎名は言い切った。
他の部員が発言する。
「ロタ砲は持って行くんですか?」
本郷が答える。
「そこまでの重武装は考えていない。ああ、それと言い忘れていた事が一つ、戦況確認用にタブレット端末が貸し出される。ホハと側車に載せると思う。」
皆、少々驚いた顔をする。
「今年は随分と豪華ですね。」
とそれまでホワイトボードに日程や編成内容を板書していた二年生の鹿内が皆の内心を代弁する。
「まあ、日戦連も去年の二の舞いはしたくないんだろう。今年は安全管理にかなり力を入れているそうだ。」
とそれまで打ち合わせを見守っていた顧問の賀谷が口を挟む。皆、去年の決勝戦を思い出しああ、といった顔になる。
 昨年、決勝戦では悪天候により運営本部が試合の一時休止を検討し始めた頃、黒森峰高戦車が川へ転落する事故が発生した。フラッグ車戦車長が乗員救助に向かい、その隙にプラウダ高がフラッグ車を撃破、優勝を決めた事は周知の事実であった。
 これについて運営本部では有効かどうかで審議が相当揉めた。結局、有効判定が下りたが運営本部の管理体制が問われる事となった。
 余談ではあるが当時、黒森峰高の直接支援を担当していた雷電学園高校空挺部は運営本部の制止を無視して突出、救助を支援した。大会終了後の事情聴取では無線機の故障であったと主張、事実車両に搭載していた無線機が全て故障していた。
 この出来事に対し対戦車道を行っている男子達は西住みほ嬢の勇気に惜しみない賞賛を贈り、(独断専行は悪い事だと認識しつつも)雷電高校の連中に惜しみないやっかみを贈ったのだった。
 西住みほ嬢の一連の行動は優勝を前にしての試合放棄ではないか、との声も一部から上がっていたが、陸戦競技を嗜む人間からしてみればそれは的外れな意見であった。
安全に配慮がなされ、死者が出ることは無いにしろ、戦車道に比べれば遥かに危険な競技である対戦車道や陸戦道では審判員の権限も大きく、各部部長の権限も大きい。各個人がいかに判断し、決断するかを求められる競技である。だからといって、命令を無視しても良いという訳では無い。審判による追認が認められなければ退場もありうるのである。権限と責任は表裏一体である事を学ぶのである。
危険と判断すれば試合の一時中断を申し出るし、怪我をしている試合相手を見つけたら必要とあれば手を貸す。といった気風が陸戦競技にはあった。
 つまりは、死者が出るかもしれない状況において試合続行なんて言っていられるか。という意見が陸戦競技関係者の本音であった。
本郷が最後に発言し場を締める。
「他に質問が無ければこれで終わりとし部活動に移りたいと思う。わかっていると思うが決勝戦当日はおめかしして来る事。それと藍蒼館高校挺進部部員として恥ずかしくない行動を心がける様に。」
 全員、わかってますよといった顔で頷いた。そう、何といっても対戦車道は紳士の競技なのだ。
 
 
 


 
 

 
後書き
少しでも、楽しんで頂けたましたら幸いです。
 
 
 



 
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