盆の海
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第二章
第二章
「こっちには」
「もう。俺達とは会えないんだよ」
「そうだな」
義彦は俯いてしまった。
「もう絶対にな」
「そうさ。こればかりはどうしようもないんだ」
見れば明憲も俯いていた。
「何も出来ないんだよ、俺達には」
「ああ」
「なあ」
明憲は話が終わったと見て義彦にまた声をかけた。
「もう、夕方だしさ」
「帰るのか?」
「婆ちゃんが西瓜切ってくれてるんだけどどうだ?」
「西瓜か!?」
「御前西瓜好きだったよな。だからどうかと思ってな」
「悪くないな」
実際に義彦は西瓜が好きだった。だからこれは嬉しい誘いであった。
「じゃあ行くか」
「で、その西瓜は赤か?黄色か?」
「確か両方あった筈だぜ」
「そうか、何か凄いな」
「うちの畑で作ってる奴だからな。採れたてだぜ」
「もっと凄いな、それ」
「美味いぜ、じゃあ行くか」
「いや、ちょっと待ってくれよ」
「どうしたんだ?」
「その前に家で飯食ってくる。それから花火でも持って来るからな」
「花火か」
「打ち上げ花火とかな。楽しみにしといてくれよ」
「もう花火って歳でもないんじゃないか?」
明憲は少し照れ臭そうに笑った。あれはもう小学生の遊びだと思っていたからだ。
「じゃあ夜にな」
「ああ」
こうして二人はとりあえずは別れた。夕食を食べた後で明憲の実家に集まった。義彦は約束通り花火を持ってきた。見れば色々と種類があった。
「随分持って来たんだな」
「うちの弟が好きなんだよ」
義彦には弟がいる。まだ小学校低学年である。
「それでな。家には花火が一杯あるんだよ」
「へえ」
「まだ家には一杯あるんだ。まあそこは気にしないでくれよ」
「それじゃあはじめるか?」
「ああ」
義彦はそれに応えてライターを出してきた。
「じゃあやっか」
「そうだな」
バケツも用意してはじめる。二人で明憲の祖母が切った西瓜を食べながら花火をはじめた。
西瓜は明憲の言葉通り赤と黄色、二つあった。赤と黄色でそれぞれ味が違う。どちらかと言えば黄色のそれの方がまろやかな味がする。その味を堪能しながら二人は花火を楽しんでいた。
ネズミ花火を庭に投げる。それも何個も。次々に庭のあちこちで激しい音が鳴る。
「なあ」
義彦がその花火達を眺めながら明憲に声をかけてきた。今二人は家の縁側に並んで座って西瓜を食べていた。義彦は赤い西瓜を、そして明憲は黄色い西瓜を食べていた。
「西瓜か?まだまだあるぜ」
「違うよ」
義彦は西瓜ではないと答えた。花火のうち幾つかはまだ飛び回っている。
「夕方の話だけどな」
「それか」
「あいつと三人でも。こうやって遊んだな」
「そうだったな」
明憲はそれを聞いてしんみりとした顔になった。
「小学生の時だったな」
「あの時は親と一緒だったけどな」
「それでも三人でな。よくこうして遊んだな」
「西瓜も食べてな」
それは同じだった。違うのは彼がいないことだけだった。
「今は二人か」
「なあ義彦」
明憲は咎める様な目で義彦を見て言った。
「気持ちはわかるけどな」
「俺だってわかってるさ」
義彦はまたネズミ花火を取り出した。それにライターで火を点けて投げる。
一度に何個も。それでまた庭が騒がしくなった。
「こんなこと。言ったって仕方ないのはさ」
「そうか」
「けどよ、言わずにはいられないんだ」
騒がしく動き回る花火達を見て言う。
「あいつ、本当にいい奴だったからな」
「そうだな」
これは明憲も同意だった。
「出来たらまた会いたいな」
「そうだな」
明憲もその言葉に頷いた。その時だった。
「うわっ」
不意に庭で声がした。二人はその声ではっとなる。
「誰だ?」
「誰かいるのか?」
「俺だよ」
「!?」
「その声って」
二人はその声に聞き覚えがあった。そう、その声の主は」
「よお」
彼だった。いなくなった筈の彼だった。
丸坊主でシャツに半ズボンとラフな格好をしている。二人が会いたいと言っていた彼だ。
「田中」
「牧人」
二人はそれぞれ彼の姓と名を呼んだ。彼の名前は『牧人』と書いて『まきと』と読むのだ。印象に残る名前である。
「ああ、久し振りだよな」
牧人は二人の前に出て来た。ネズミ花火は後ろで最後の一個が弾けた。派手な音を立てて爆発している。
それを見るのがネズミ花火の醍醐味だ。だが今二人にはそれは目に入ってはいなかった。
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