道を外した陰陽師
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第二十二話
さて、何でも埋め合わせをするというからこうして一緒に出かけるよう要求したはいいが・・・
正直に言おう、何を話せばいいのかすら分からない。
前にも二人きりで出かけたから大丈夫だと思ったら甘かった。そもそも、あの時と今とでは状況が違いすぎる。
あの時は、まだ私の中に警戒心があったから、そこまで気にしてはいなかった。
だが、今はそうではない。いつの間にか、一輝のことを完全に信頼している。そして・・・だからこそ、この状況が同い年の男子と二人きりで出かけているんだと、変に意識してしまう。
こ、これはつまり・・・デ、デ、デート・・・・・・ということになるのでは・・・
その考えに至ってしまった瞬間に顔が熱くなるのを感じて、マフラーを少し引き上げる。
「・・・なあ、雪姫」
「ひゃい!?」
「いや、一つ聞いてみたいことがあったんだけど・・・何かあったのか、今の返事?」
「な、何でもない!気にするな!」
「そ、そうか・・・分かった」
考え事をしている最中に話しかけられて、変な声が出た・・・穴があったら入りたい。
変なことを考えるのはよそう。
「それで・・・その、口元の布を引き上げるやつ、割と頻繁にやってるよな?特に今日は」
「・・・まあ、確かにそうかもしれないな。癖になってるから、自覚はしていないが」
「それ、何か意味あるのか?」
意味、か・・・
「元々は、焦った時に一度落ち着くため、とかの落ち着きたいときにしていたんだ。今となっては、無意識にやっているみたいだが」
「ふぅん・・・それでやってたんだ」
「それがどうかしたのか?」
「いや、気になっただけだ」
まあ、今日のは別の意味合いから意識的にやってるのが多いんだが・・・そこまで話す必要はない。
というか、そんなこと話したら恥ずかしさで死ねる。
「それで、これからどうする?出かけたはいいけど、行きたいところとかあるのか?」
「そう言えば、何も決めてなかったな・・・」
「オイ」
「・・・まあでも、まずは」
そう言いながら小さな鏡を取り出し、一輝にも後ろが見えるようにする。
「・・・ああ、そういうことか」
「そういうことだ。殺女を撒く」
割と最初の方からつけられていた。
何のつもりなのかはなんとなく予想がつくが・・・何にしても、つけられていい気はしない。
「んじゃ、いくか」
「ああ・・・って、え!?」
合図で走り出すのかと思ったら、一輝は私を抱きあげた。膝裏と背中に手を添える形で。
この形は、つまり・・・お姫様だっこ?
「な、なななな、なななななななななーーー!?」
「ちょ、雪姫!落ちるから暴れるな!」
「何をしている何をしている何をしているー!?」
「ああもう!可愛い声で叫ぶな!」
「か、かわっ・・・」
もう何も言えなくなり、せめて顔が見られないようにと俯いて黙った瞬間・・・一輝が地面を蹴り、そのまま空中を蹴って走りだした。
「・・・すごいな、これは」
「楽しいだろ、意外と。空を跳ぶのって」
楽しい、なんてもんじゃない。
私が走っているわけじゃないのに、そういう気分になる。
「どうせなら、このまま向かうか。どこか行きたいところはありますか、姫?」
姫って・・・ま、まあたまにはいいか。
「では・・・ショッピングへ?」
「・・・ずいぶんと庶民的なお姫様だな、おい」
「し、仕方ないだろう!!日用品も買いたいし、次のシーズンのための服も選んでおきたいんだ!何より、お姫様が行くようなところなど分かるか!」
========
雪姫の希望でショッピングセンターに来たのはいいんだが・・・
「・・・なあ、雪姫」
「どうした?」
「すっごく、居心地が悪い・・・」
そう、居心地が悪いのだ。今いるのは、女性服売り場。
自分が着れるサイズの中で買うものを選んでいる雪姫はいい。
が、男の俺がここにいるのはどうにも居心地が悪いのだ。
「気にするな。じきに慣れるんじゃないか?」
「いや、無理だろ・・・ものすっごく見られてる」
そう、見られるのだ、俺が。
「・・・気のせいじゃないか?」
「んなわけあるか。周り見てみろ」
俺に言われてようやく、雪姫も周りを見回して・・・
「・・・確かに、見られているな。一輝が」
ようやく、理解してくれたようだ。
「はぁ・・・まあ、こんなところにいたら目立って当然か」
「それなら、もう少し近くに来たらどうだ?この場所に男が一人でいるのが目立つんだろう。変に距離をとるな」
「そういうもんかねぇ・・・」
そうでもないような気がするが、すぐ隣まで近づいていく。
と、結局見られている。
しかも、話してる内容も聞こえてきて・・・やっぱりそう見られてるのか。
どう考えても不釣り合いだと思うんだけど・・・
「・・・それで?雪姫は何を悩んでるんだ?」
とりあえず、雪姫に気にした様子もないので(聞こえていないのかもしれないが)、俺も気にしないことにした。
「ん、ああ・・・どちらにしようかと思ってな」
確かに、雪姫の前には二セットの服の組み合わせがある。
「そんなに悩むなら、両方買えば?」
「誰もがお前や殺女のように欲しい物を欲しいだけ買える金を持ってると思うなよ」
そう言いながら見せてきた値札には、確かに学生がそう何着も買えるわけではない値段が書いてあった。
「私もいくつか自分で依頼をこなしているとはいえ、一輝のようなランク持ち、殺女のような席組みと言ったものがあるわけではないからな。二人レベルの依頼を受ける権利があるわけでもないし、報酬もまた大した額ではないからな」
ちなみに、死人が少なくて済むように、ということで一人一人が受けられる依頼のレベルが決まっている。
ランクを持たない卵はDランクまで。ランクを持たない奥義持ちはCランクまで。ランク持ちの三十位まではBランクまで。残りのランク持ちはSランクまで。そして、席組みは課のランク付けを待たずに依頼を受けていいし、勝手に依頼を受諾してもいいし、他の人に対して依頼を受ける許可を出してもいい。ランク付けされた依頼なら、SSSSランクまで受けていい。つまりは、席組みは特権だらけである。
まあ、これだけやってもなお死亡件数は毎年トップな仕事なんだけど。
「それでも、この間俺の付き添いをしたときの報酬は結構な値段にするよう言っといたはずだけど?」
「・・・あの値段は、一輝の仕業か」
光也からは、絞り取れるだけ絞り取ればいい。
そういうわけで、元々Sランクの任務と同額(おそらく、口止め料も入ってる)だったものに一割追加させた。
「あれに関しては、手元に残したら金銭感覚が狂いそうだったのでな。一応、今の立場から外れた時のために貯めてある」
「ああ・・・なるほど。仕えるべき主も探さないとだしな」
「それに、いつまでも一輝の家に迷惑をかけるわけにはいかない」
「いや、雪姫が今やってるのは住み込みの仕事だからな?」
なんだかなぁ・・・正直に言うと、今出て行かれるのもそれはそれで困るんだけど。
今の状況に慣れてきている自分もいるし、(それでも、男女比1:3は不便なこともある)、光也からまた何か言われるだろうし、さみしくもなるからなぁ・・・
「ふうん・・・さみしく、なるのか」
・・・・・・・・・
「俺、途中から口に出してたか?」
「『光也からまた』の辺りからだな」
うっわー・・・恥ずい。本ッ気で恥ずい。
雪姫がニヤニヤ、といった様子で笑っているのを見ても、こんな表情できるんだ、とか思えないくらいに恥ずい。
「・・・まあ、そういうわけだからさ。そう、さっさと出て行く、とかはやめてくれ」
「ん、分かった。一輝が泣き出したりしたら大変だからな」
「そうそう、俺泣いちゃうかもな。席組みが号泣しますよ、っと」
そこでようやく雪姫の笑い方がいつも通りのものに戻ったので、話を戻した。
「それで、どっちにするんだ?」
「そうだな・・・どっちが似合うと思う?」
そう言いながら雪姫は目の前に並べられている二セットの組を示す。
それを見て俺が抱くのは、春らしいなーとか、やっぱり雪姫も女の子なんだなー、とかその程度になってしまう。
正直、俺にはそんなセンスはないので何も言えないのだ。
「どっちも似合うと思うぞ、というどうしようもないことしか言えない」
「大丈夫、予想はついていた」
「オイコラ、なら何で聞いた」
「人間が単独で神に勝利できる位のわずかな可能性にかけてみた」
俺にそう言ったことが分かる可能性はそこまで低いか・・・自覚あるけど。
ここで霊獣を引き合いに出さずに神を出してきたのは、俺が白澤を殺したことがあるからだろう。
「お客様、お悩みでしたら試着してみてはいかがでしょうか?」
そのまましばらく悩んでいたら、店員からそう声をかけられた。
「あー・・・それがいいかもな。どうする、雪姫?」
「・・・そうさせてもらおう。着てみないと分からないものもあるだろうからな」
そう言いながら雪姫は服を持ち、店員に案内されながら試着コーナーに向かった。
その場に残された俺もまた、その後を追っていった。
========
「お客様は彼女さんといつからのお付き合いなんですか?」
一輝と店員が試着コーナーの前で待っていると、店員からそう声をかけられた。
なんてことはない。ただ退屈させないように、という配慮である。
一輝は急に話しかけられ、敬語で行くかタメ口で行くか悩んでから・・・
「あの、俺達付きあってるわけじゃないですけど」
面倒になるのもゴメンなので、敬語で返した。
「あら、そうなんですか。てっきりそうなのだと」
「違いますよ。ってか、雪姫に失礼でしょう、それは」
一輝に自覚はないが、一輝自身もそこそこに整った顔立ちをしているので、店員はそうでもないような・・・と思ったのだが、そこは口にしない。
「それに・・・俺には、人と付き合う権利なんてないんです」
一輝の一言は、店員には聞こえなかったようだ。
「では、どのようなご関係で?」
そのかわり、話はやけに突っ込んでくる。
そこにいやなものを感じさせないのは彼女の人となりによるものであり、同時に彼女がそう言った妖怪の血を多少ながらひいていることもあるのだが・・・一輝は、この返答に少しまよった。
最初の関係は暗殺者と標的。その次に捕まった側と捕まえた側になり、依頼人と陰陽師(卵)、そして今では、雪姫は一輝の秘書をやっていたり、一緒に仕事をしたりして・・・と、中々全てを説明するのは難しい関係となる。
そうして一輝はしばらく悩み・・・一つ、これならという表現を見つける。
「友達とか仲間とか、そんな感じです」
「仲間、ですか・・・つまり、お二人とも陰陽師を?」
「お互いに卵、名無しですけど。一応はそうなりますね」
「はぁ、それは・・・大変そうですね」
「そうでもないですよ。まだまともなのが後見人につきましたし、色々と裏事情もあるので」
「・・・そう、ですか」
こんな世界だ。人に話せない事情がある人間なんていくらでもいる。
ただし、一輝レベル・・・国家機密×2なんて人間はそうそういないが。
と、そこで雪姫が顔を赤くして出てきて、二人がそれに感想を言うと一瞬で引っ込む。
次は覚悟も決まっていたのか、二回目で慣れていたのか比較的すぐに出てきて、再び二人が感想を言っていくが・・・
「・・・何でそんなボーイッシュ?」
一輝が、ふとした疑問を口にした。
「・・・?」
「いや、雪姫ちっちゃいんだから他のも・・・」
そこで、雪姫から一輝の腹に一撃が加えられた。
「・・・何、しやがる・・・」
「ひ・・・人が気にしていることを!悪かったな、小さくて!」
そう言いながら胸を隠す雪姫を見て、一輝はどう受け取られたのか理解した。
「・・・俺、身長のことを言ったんだけど?」
「っ・・・う、うるさい!勘違いされるようなことを言うのが悪い!」
雪姫はかなり、胸のことを気にしていると見える。
「はぁ・・・んじゃ、訂正して」
テイクツー。
「雪姫は小柄で可愛いんだし、」
「フンッ!」
雪姫のローキック。一輝は少しよろけた。
「か、かかかか可愛いとかいうなぁ!」
「どないせいっちゅうんじゃい・・・」
一輝はそう言いながらも普通に元の位置まで歩いてきて、話を戻す。
「ともかく、普通のも似合うんじゃないかな、と」
「確かに・・・こちらなんていかがでしょう?」
そう言って店員が持ってきた吹く・・・フリルがたくさんついたフリッフリの衣装 を見て、雪姫は。
「こんなの着れるか!!!」
そう、大声を上げた。
ちなみに、先ほどのやり取りを見て店員(23歳独身、彼氏なし)はこれで付き合ってないのか・・・と、二人を呪いそうになったとか。
========
はぁ・・・結局、買ってしまった。
私は一輝が持ってくれている紙袋を見ながら、心の中でそう呟いた。
あの後、その場の空気に流されて着て、一輝に褒められて・・・気がつけば購入していた。・・・まあ、一着くらいはいいか。
「いや~・・・まさかショッピングセンターで一日潰せるとは思ってもなかった」
「広い分、色々とあるからな。遊ぶには十分な施設だろう」
とはいえ・・・もうちょっと何かなかったのか、私。
それに、あの時一輝が言っていたのも気になる。
『それに・・・俺には、人と付き合う権利なんてないんです』
あれはいったい、どういう意味なのだろうか。
それは、一輝の立場くらいは知っている。席組み第三席で、滅んだとされている一族の生き残り。確かに、人に知られていい立場ではない。
それでも・・・人と付き合うことができない、というのはどういうことなのか。
「・・・なあ、一輝」
「ああ、そうだ。忘れてた」
声をかけたら同時に一輝がそう言って、ポケットの中から小さな包みを取り出した。
「それは・・・?」
「日ごろの感謝、みたいなもんだ。ほら」
そう言って私に渡してきた。
これは・・・なんなんだろうか?
「・・・開けてもいいか?」
「ああ、どうぞ」
許可をもらえたので開けていくと・・・雪の結晶をかたどったネックレスが入っていた。
「とりあえず、雪姫って名前から考えてみた」
「・・・ものすごく、単純だな」
「すいませんね、単純な思考しかできなくて」
「いや・・・うれしいよ。ありがとう」
お礼を言うと、一輝はネックレスを取って私の首にかけてくれた。
「どうだ、似合うか?」
「ああ、似合ってるよ・・・んじゃ、帰るか」
「そうだな」
結局、この時あの言葉の意味は聞けなかった。・・・うれしすぎて。
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