道を外した陰陽師
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第十二話
「・・・今日は、人生で一番疲れた日だな」
「ん?そんなに疲れるようなことしたか?」
「しただろう!?今日一日を振り返ってみろ!」
えっと、確か・・・
「海に行って、その後富士山の登頂に行って、鍾乳洞行って、沖縄行って、中国行って、今は俺の家の近くにある山に登っている・・・って感じか?」
「それで全部ではないがな。で、思うところは?」
思うところ、か・・・
「この間、殺女たちと一緒に一日中遊んだときの方が、色々回ったな」
「今日以上に回るとか、どうやったんだ!?日本の観光名所、ほとんど回ったぞ!?」
どうやった、ねえ・・・
「走り回った」
「常識外すぎないか、席組み!?」
うん、まあ。
席組みは、どいつもコイツも常識の外にいるのは間違いない。
「というか、その時ならまだしも今回は大丈夫なのか?密入国・・・」
「大丈夫だ。いざとなったら席組みの名前でもみ消す」
そう言いながら、俺は日本における陰陽師の階級の話を振る。
「雪姫は、この国における陰陽師の階級、大きく分けて何個有るかは知ってるよな?」
「当然だろう。番号なし、ランク持ち、席組みの三つだ」
「正解。なら、その中に存在する壁の数は、知ってるか?」
俺がそう言うと、雪姫は首を傾けた。
「壁?」
「ああ、壁。普通なら決して超えることが出来ない、何か大きなきっかけが有ってようやく上り始めることが出来るような、壁だよ」
そう言うと、雪姫は即答して来た。
「そんなもの、あるわけがないだろう。陰陽師とはその意思によりていかなる位にもつくことが出来る。違うか?」
「いや、正解だよ。学校のテストとしてなら、満点の回答だ。テストなら、ね」
俺の含みのある言い方が引っかかったのか、雪姫は非難するような顔でこちらを見てきた。
「どういう意味だ?」
「事実とは違う、って意味だよ。その回答は、人が勝手に作ったものだ。・・・壁は、確かに存在する。そう思われたら、日々精進するやつが減るからひたすら隠してるんだよ」
「それを私に教える意図は?」
「多分、お前はそんなことで精進を辞めるやつじゃないからな。だったら、知っておいた方が得だろうし、ほかに話す内容も思いつかない・・・ただの時間つぶしだよ」
とりあえず、雪姫から何か話そうとしない限りはこっちから何かしらの話を振るしかない。
まあ、これを話しちゃったらもう話すことがないんだけど。
「まず最初の壁。一番低めの壁はランク持ちであるか否か、だ」
「そこに壁があるのか?」
「ああ。日本五十位より上にいるやつらは、何か強い意思の力を己の術に込めてる。そして、意志の力は時に、全ての力関係をひっくり返す。そんな力を常に込めれるような奴等とそうでない奴等、壁がないわけがないんだ」
ただし、この壁は一時的に越えることは出来る。
「次は?」
「席組みであるか否か、だ。正直に言うと、ランクもちの実力派ほぼ横ばいだと思ってる。・・・そして、席組みにいるのは化物だけだ」
「化物?」
「ああ。生まれ持った才能、無意識下にそれを使いこなす戦闘センス、そういったものをレベル1から装備してるような、そんなやつらの集まりだ」
あそこにいると、それがよく分かる。
例えば、使い方の一切分からない武器を席組みの誰かに渡したとしよう。
そして、その武器を使いこなせるプロと、渡されたばかりの席組み。その二人をその武器だけで戦わせたらどちらが勝つか。
普通なら、というか事実を知らない一般人ならまず間違いなくプロと答えるだろうが、そうではないのだ。
それは、俺自身がよく分かっている。
「・・・他にも壁が?」
「ああ、ある。・・・次の壁は霊獣以上の存在を単独で殺したか否か。今なら、第三席と第四席の間にある壁だな」
「それはどれくらいの?」
「人間の壁を越えたかどうか、の壁だ」
俺なら、霊獣白澤を殺すために本来人間が持つことの出来るはずの無い力を、白澤との戦いの中で使いこなせるようになった。
完璧にこの力を会得したわけではなくても、この力を使いこなせる、そんな状態。
「霊獣を一人で殺すのに必要なのは、人間をやめることだ」
「人間を、やめる・・・?」
「ああ。精神的に、肉体的に、能力的に。どれでもいいから一つ、人間をやめる必要が出てくる」
そして、それさえ出来てしまえば霊獣は殺すことが出来るようになる。
それこそ、百回やったら百回殺せるレベルまで。
「・・・それをなすと、どうなるんだ?」
「さあ?少なくとも、生き辛くはなるんじゃないか?」
周りとの違いに押しつぶされて、な。
まあ、俺の場合は身近なところに俺ほどではなくとも規格外がいるおかげで、まだましなのだろうが。
「そして、最後の壁は第一席と二席の間に有る」
「つまり・・・日本での一番の規格外は、第一席、『降神師』であると?」
「ああ。世界中で見ればあいつと同等の位置に立つやつは何人かいる。とはいえ・・・越えるやつは、一人いるかどうか、だけどな」
雪姫が何かを疑うような目でこちらを見ているので、俺は話を続けることにする。
「さて、それではここで問題だ。その壁を越えるには、何が必要でしょう?」
「・・・超えることは、出来るのか?」
「越えられない壁なんて、それは壁じゃないよ。何より、第三席の存在が超えられることを証明してるだろ?」
こういうとき、自分を引き合いに出すしかないのが少し面倒だな。
とはいえ、ここまで判りやすい例なんて無いだろうし。
「・・・それこそ、才能じゃないのか?」
「まあ、それも無くはない。でも、それ以上に重要なものが有るんだよ」
この話し方じゃ、分かりづらいかな。
雪姫が首をかしげているので、俺は答えを言うことにした。
「意志の力だよ」
「・・・結局それなのか?」
「ああ、結局それだ。とはいえ、ただ意思を持つだけじゃダメなんだけどな」
そう、ただ意志を持つくらいのことは誰にでも出来る。
「何か一つ、これだけは譲れないものがある。そして、それを譲れないという意思の力次第なんだよ」
「何か一つ?」
「ああ。目標でも、恨みでも、執念でも、何でもいいんだ。何か一つ、それがあればいい」
「・・・本当に、何でもいいんだな」
「ああ、何でもいいんだよ、本当に」
だからこそ、正義が必ず強いわけではないのだ。
悪であろうと、意志の力があれば強くなる。それこそ、脅威でしかないレベルに。
「・・・で?そんな話をして、どうしたいんだ?」
「お前には、それが有るのか?」
俺は率直に、そう聞いた。
「意思があるか、か。なるほど、今の私はそれほどまでに空っぽに見えるのか?」
「ああ、見えるな。何より、今の主に対しては不満があるみたいだし?」
その瞬間、雪姫の表情が驚きに染まった。
そこまで驚かれるようなことかね?
「・・・なんで、そのことを?」
「何で、って言われてもなぁ・・・まず、雪姫が忍者の一族だったことはあのクナイを見れば分かる」
クナイにあれが刻まれてたってことは、その認識で間違いないはずだ。
「次に、今の主は忍者に暗殺を任せるにしては情報を渡さなさ過ぎてる。そんな主、信用できるはずが無いからな」
だろ?と俺が問いかけると、雪姫はうつむいた。
肯定、でいいだろうな。
「・・・だとしても、主の情報を渡すつもりは無い」
「それくらい、俺でも分かる。いくら主に不満が有るからって、主を裏切れるはずが無いもんな」
「そうだ。そして、これ以上は、もう・・・」
雪姫はそう言いながら、ポケットに手を突っ込み・・・俺が返した、小さなクナイを取り出した。
「・・・やっぱり、それはそうなんだよな」
「ああ。こんな小さなクナイ、出来ることは限られているだろう?」
「確かに、その通りだ」
そして、雪姫は首筋にそのクナイを当てる。
自害。
そう、あのクナイは万が一相手につかまりそうになったときなどに自分の命を絶つためのもの。
そして同時に、一族の家紋が記されている・・・持ち主の命と言っても支障がないものだ。
「・・・これだけは、渡すことが出来なかった」
「主への忠誠。それを誓う際に渡すものなんだよな」
「そうだ。私の一族は主と認めたただ一人の人間にこれを渡し、命を絶てと命じられるときにはこれを返却してもらう。そう言う、慣わしだ」
そう言いながら、雪姫は力を込めていく。
「それでも、せめて最後には忍びらしく。これを使って死にたいんだ」
「それは・・・帰ったら、殺されるからか?」
「そうだ。今回の件、どうにも大きな件だったらしくてな。失敗者には死を、と言っていた」
つまり・・・今回の件を命じたやつは、俺の正体をどちらかは知っている、ということだ。
なら・・・これでいい。
「・・・私が死んだら、一つだけ頼んでいいか?」
「・・・・・・・・・」
「私の死体、どこかの山に埋めて欲しい。・・・いや、そんなことは無理か。迷惑をかけすぎてしまうな」
そう言って再び微笑んだ雪姫に対して、俺は・・・
「ふざけるな」
そう、言い放った。
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