チャンスを手に
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第一章
チャンスを手に
ただの農民だった、彼は。
ノドム=サル=アミンはカンボジアの田舎で農業をしている青年だ、暮らしはカンボジアの中ではごく普通だ。
田を持っていてだ、そして川で網をかけて日々の糧を手に入れていた。何しろ米は年三回採れて魚は川にこれでもかといる国だ。
食べるものには困っていなかった、それで村のサル爺さんにも笑顔でこう言っていた。
「いやあ、今日も大漁だったよ」
「魚をたっぷり捕まえたんだな」
「ああ、そうだよ」
素朴でかつ明るい顔での言葉だ。
「今日もな」
「しかも田んぼもだな」
「米がまた豊作でね」
「食うものには困ってないか」
「畑もさ」
そちらもだというのだ。
「豊作だよ」
「それは何よりだな」
「いやあ、俺幸せだよ」
まさに幸せの中にいる笑顔での言葉だ。
「全く困ったことはないよ」
「そりゃ何よりだ、カンボジアも戻ってきたよ」122
爺さんはここでこんなことも言った。
「何とかな」
「ああ、昔は無茶苦茶だったんだったね」
「戦争やら虐殺やらでなあ」
老人の顔がここで暗くなった、明るい農村の道の中での立ち話でそうなった。
「ポル=ポトが出て来て」
「相当殺されたんだよな」
「村の奴もかなり殺されたよ」
そのポル=ポト派にというのだ。
「イデオロギーか何か知らないけれどな」
「無茶苦茶だって聞いてるよ」
ノゾムにしてもだ、その頃彼は生きてはいないが話は聞いている。ポル=ポト派のことはカンボジア人にとっては忘れられない記憶となっているのだ。
「親父とお袋の兄弟家族もかなり殺されたってな」
「そうじゃ、酷いものじゃった」
「俺そんな時代に生まれなくてよかったよ」
「運がよかったわ、とにかくじゃ」
「今はだよな」
「平和が戻ったからな」
「こうして魚を獲ったり田畑を耕したりしてな」
そうしてだとだ、ノドムは明るい顔で老人に言った。
「楽しくやれるんだよな」
「そういうことじゃ。ところで御前さんな」
「?何だよ」
「御前さんまだ一人じゃな」
ノドムのことをだ、老人は彼自身に言ってきた。
「結婚する気はないのか」
「ああ、そういえば俺もな」
「もういい歳じゃろ」
「そういえばそうなんだよな」
ノドムも老人に応えて言う。
「俺も」
「それでは誰か貰ったらどうじゃ」
「誰かいるかい?」
「それは自分で見つけるものじゃよ」
待つのではなく、と言う老人だった。
「御前さん自身がな」
「俺が自分でか」
「うむ、自分でこれはという相手をな」
「誰かいてくれたらいいな」
「そっちも頑張るのじゃぞ」
「難しい話だな」
ノドムは老人の言葉に難しい顔で応えた、笑顔であるが。
彼は楽しく働きながら今度は結婚相手を探すことにした、しかし生来のんびりした性格で尚且つそうしたことを考えたことがなかったので。
相手は中々見つからなかった、それでこの日は野菜畑の手入れをしている中で自分のところに来たサル爺さんに言われたのだった。
「まだ見つからんか?」
「いないねえ」
老人に顔を向けて笑って言った言葉だ。
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