| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

打球は快音響かせて

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

高校2年
  第53話 木凪ベースボールフェスタ

第五十三話


「よし、終わりだ!」
「あぁーーー」
「よっしゃーーー!!」

浅海の声に、選手たちは砂浜に倒れこむ。
こうして三日目の練習も終わった。
たった三日だが、一日中続く練習に、選手たちは少しやつれた感がある。

「明日から木凪ベースボールフェスタだ。全員にチャンスは必ず与える。試合中にもどんどん選手を入れ替えていくから、そのつもりで準備を怠るなよ。冬の間の成果を見せよう!良いな!」
「「「ウス!」」」

疲れた顔をしながらも、選手達の目つきはギラついている。明日からは交流試合。シーズンオフ明けの、初めての実戦である。
そしてそれは、春の大会、夏の大会のメンバーを絞っていく、苛烈な競争の幕開けでもある。
しかし、上級生というだけで、まだマシなのだ。一年生はこの時期、まだ入学していないから。
その分チャンスを多く与えてもらえるのだ。
あくまで、「チャンスが多い」というだけのアドバンテージしかないのだが。



ーーーーーーーーーーーーーーーー



ブンッ!
「ストライクアウト!」

美濃部が抑える。スライダーのキレは健在。
ガムシャラに投げていた昨秋から、だんだんマウンド上での落ち着きが出てきた。
あれよあれよという間の好投が、そのまま実力としてキチンと定着したきたようである。

「さすがに、選抜まであと一つまで行った高校やのー」
「やっぱ都会のチームやけ、ちょっとスカしよんなぁ」

三龍と対戦している地元のチームは、その実力に圧倒される。

カーン!
カキーン!

一冬超えた打線も活発。
飾磨が、宮園が、枡田が次々と快音を響かせる。
しかし、何より凄いのはこいつ。

キャイーーーン!!

もう、バットの音が違う。
そして打球も違う。センター前にゴロで抜けていくヒットのはずが、センターがゴロにすら追いつかず、右中間をそのまま破っていくほど、球足が速い。
鷹合の打撃は、もはや打ち損ないのゴロでさえヒットになり、相手のエラーを呼ぶ程になっていた。

大差がつくと、ピッチャーは美濃部から翼に代わる。球速はない。130キロ未満である。しかし……

「うわっ」
ブン!
「えっ」
ブン!

思い切りの良い腕の振りから繰り出されるのは「緩急」。100キロ前後のスローカーブ、そしてサークルチェンジ。翼の器用な指先は実に上手く握りからボールを抜き、左右両方向に落ちる球で相手校が翻弄される。実質、タイミングとしては速い球と遅い球の二つだけだが、しかしこの緩急に合わせられる高校生はそう居ない。テンポよくストライクをとられれば尚更である。
結局、一冬越えても強さは健在。
三龍は一日目、二日目ともに地元公立校を大差で下した。トレーニングのパワーアップの成果がいきなり出た形になった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


白い砂浜を走る走る。息が切れ、汗が滴り落ちる。

「誰や、今日2勝したらそのままアガれるとか言うたやつ!」
「今日も普通にトレーニングあるやんけ、ボケ!」

三龍ナインは誰に向けるでもない怨嗟の言葉を吐きながらトレーニングに励む。
試合がある日でも、試合が終わるや空いたグランドで練習し、砂浜でのトレーニングも継続。
誰からともなく、試合に勝てば試合後はオフだという噂が立っていたが、その期待はものの見事に裏切られた。

「よう走らすのー」

乙黒がビーチのベンチに腰掛け、隣の浅海に言った。

「せっかく追い込めるチャンスなんだから、手ぬるくする理由の方が無いよ。こいつら、相当体力もついてるんだし。」
「明日は口羽とやけど、追い込んだ状態で勝負なるか?」
「そこは心配してない。しっかり力はついてるよ、こいつらには。」

浅海は目を細めて、砂浜を走る選手達の背中を見つめた。


ーーーーーーーーーーーーーーー



<次は2回戦、水面商学館対山吹実業との対戦です。1回戦を12奪三振の完封で勝ち上がった水面商学館・浦田に、初戦は8得点をマークした山吹実業打線が挑みます>

三龍が木凪ベースボールフェスタに出場してる間に、春の甲子園は大会中盤まで進んでいた。
食堂のテレビの画面に、商学館・浦田が大写しになる。三龍ナインはそれを食い入るように見つめる。あと少しで、自分達も他の球児にこうやって見られる側だった。その悔しさも噛みしめる。

<浦田は145キロを計測し、今日もエンジン全開。二回から三回にかけて4者連続の三振を奪うなど、山吹実業打線を寄せ付けません>

テレビの画面がパッと切り替わった。
甲子園のバッターボックスに、淡白な顔をした少年が立っている。宮園の眉がピクリと動いた。
よく知っている顔。梶井元次郎だ。

<打線は4回、今日は3番に入った梶井!>

梶井がバットを一閃すると、打球はカメラが追いきれないほどの弾丸ライナーとなって甲子園の左中間スタンドに弾んだ。

「すげぇ」

宮園は思わず声が出た。去年の春、福原が甲子園で活躍しているのを見た時はどうにも複雑だったが、梶井に対してはそんな思いは無かった。
格が違う。同じ知り合いでも、梶井の打撃は嫉妬する気にもなれないレベルだった。

<その後も2点を追加し、今日の浦田にはこれで十分。4-0で水面商学館が勝ち、24年ぶりのベスト8に名乗りをあげました。>
「商学館がベスト8かぁ〜」

ニュースが終わると、飾磨が声をあげた。
どうにもつまらなさそうである。

「海洋も、南海ですらも一つは勝ったんよなぁ。あ〜面白くねぇっちゃ」
「なぁなぁ、でも商学館がまだ無失点で8やろ?俺ら一応3点とったけん凄ない?」
「バカか、俺らが点とったのは三田相手で、浦田にはランナー1人も出せなかっただろうが」

宮園がため息をつきながら安曇野に突っ込むと、安曇野はむぐぐ……と言葉に詰まった。

「まぁ、俺ら甲子園結局出れてないんやけ、海洋や南学よりも弱かったっち言う事やろ。そらもうしゃーないわ。それ逆転しよう思うたら、もっともっと頑張らないけんなぁ」

渡辺の目が闘志に燃えた。

「明日も勝つで。関東のチームやろうと、甲子園逃したチームにゃ負けられんやろ。」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



灰色の生地。胸に紺色の文字で「KUCHIBA」。帽子は型付けされて角ばっている。甲子園でもお馴染みのユニフォームである。

木凪ベースボールフェスタの三龍の最後の相手は関東州口羽地区の名門、口羽高校だった。
関東大会で不覚をとり、この春選抜の出場はならなかったが、春夏合わせて34回の出場、5回の全国制覇を誇る。プロ野球選手も多数輩出していて、木凪なんかに来るのが勿体無いほどのチームである。

「いやぁ、今年はねぇ、そんなに強くありませんから」

試合前、挨拶に訪れた浅海と乙黒に、口羽高校の監督・笠部元智は苦笑いを見せた。

「今日は若いチーム相手に、こちらも勉強させてもらいます」

ペコリと頭を下げた笠部監督の表情は穏やかであったが、しかしその眼光はやたらと鋭かった。

(やはり、雰囲気あるなこの人は。海洋の高地監督より、静かな分怖いかも)

浅海の頬にも、冷や汗が自然とつたった。


口羽スタメン

4河口 右左
9根元 右右
8東 右左
3阪濱 右右
6笠部 右左
5熊田 右右
7長谷川 右右
2高井 右右
1伊東 右左

三龍スタメン

4渡辺 右右
6枡田 右左
8鷹合 右左
5飾磨 右右
9剣持 右右
7太田 右右
2宮園 右右
1美濃部 右左
3安曇野 左左



ーーーーーーーーーーーーーーー


カコッ!
「サード!」

流し打ったゴロが飛ぶ。サードの飾磨が堅実に捌いてワンアウト。先頭打者を抑え、捕手のポジションで宮園がふうと息をついた。

(あの口羽が相手だからなぁ。関東の名門中の名門。メンバーは中学時代はシニアの有力選手ばっかり。だいたい全国大会経験したような奴ばかりだ。)

カーン!

打球がセンター前に弾む。
甘く入ったストレートを逃さずに打ち返された。

(きぃ〜〜〜)

あんまりあっさりと打ち返された事に、美濃部は不機嫌そうに頬を膨らませた。

<3番センター東君>

口羽はクリーンアップが登場する。
まずは3番の東。スラッとした長身で、良いバッターの雰囲気に満ち満ちている。

カーン!

東は初球のストレートを三塁側のファウルにした。が、そのファウルもしっかり芯で捉えた速い打球。

(美濃部の球もかなり走ってるのに、初球からタイミング殆ど合ってるとは、気が抜けねぇなぁ)

美濃部は一冬越してストレートの球威がパワーアップし、木凪の暖かさもあって135キロを越してきていた。そのストレートをいとも簡単に捉えるのだから、昨日までの地元公立とはさすがにレベルが段違いである。

カン!

次に投じた膝下のスライダーに対しても肘を畳んだスイングで対応。今度は一塁側のファウルに。右に左に、コースに対応して打ち分けていた。

(今のも甘く入ってたら長打だったんだろうな。いやー怖い怖い)

宮園は次の球を一球外に外した。
そしてウイニングショットに、意外な球を要求する。

(口羽相手に使えたら、この球も信用できるよなぁ)

フォーク。昨秋から投げていた球ではあるが、イマイチ精度は高くなかった。美濃部は一冬かけて、このボールの習得に励んでいた。

(使う為に練習したんだから、思い切って投げてみろよ)

宮園が構える。アウトローの要求通りに美濃部が投げ込む。ボールは低く制球され、流れるように左打者のアウトコースに落ちていった。

カーン!

打者はそのボールに手を出す。快音が響くが、引っ掛け気味。セカンド真正面に強いゴロが飛び、渡辺がその打球を2塁に送る。2塁上の枡田から一塁へボールが送られ、ゲッツーが成立した。

「おっし!」

美濃部が小さくガッツポーズしながらベンチに戻っていく。まずは初回を0点に抑えた。

(強い打球だったなー。初見の変化球でも芯に当ててくるかー。)

宮園はホッと胸を撫で下ろした。強い当たりをされながらもセカンド真正面に飛んだのは、単なる相手のミスショットという訳でもないだろう。そこにしか飛ばないような球を、美濃部が投げていた。一つ、手応えである。フォークは使えそうだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

「どんな感じ?」

ゲッツーを喰らってベンチに戻ってくる東に、口羽高校の4番・阪濱が声をかけた。

「まぁまぁ、良いピッチャーなんじゃない?変化球、スライダーがよく切れてるかな。最後に打ったのはフォーク。変化量は大きく無かったね。」
「ふーん、そう」

阪濱は頷くと、東の胸をどついた。

「何引っ張りにかかってんだよ。次に繋ぐとか考えなかったのか」
「はいはい、すみませんすみません」

東はしれっとした表情で受け流し、グラブを受け取って守備に走っていった。

「もう。きちんと俺に繋げば、点とってやるのに」

阪濱はむくれ顔で自分も守備に向かう。
木凪ベースボールフェスタ、最終戦はまだ始まったばかり。

 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧