あさきゆめみし―黒子のバスケ―
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神様なんか頼らない その一 三年生になったキミへ…
前書き
緑間×黒子
時節は六月。どこの高校も示しあわせたかのように分厚い布地を脱ぎ捨て、涼しげな夏服に衣替えをする。
それは誠凛も例外ではなく、白の半袖から伸びた腕が既に熱気を纏っていた。
冬服をクリーニングに出したばかりの黒子テツヤは、机の中からいくつか教科書を取り出すと指定の学生鞄に詰め込み、HRの終了した教室を後にする。
この鞄と過ごすのはもう、半年もない。
小学校を卒業したての頃は三年間なんて長いと感じていたが、高校最高学年となってはそれすらも懐かしい。
「黒子」
校門を出た瞬間、聞き慣れた声に呼び止められる。
「緑間君」
「どうしたんですか?」
彼は秀徳だ。同じ関東内に進学したとは言え、中学時代とは違って、誠凛高校とはかなり距離がある。
「今日は一人なんですか?」
辺りをキョロキョロと見渡しても緑間以外見知った者はいない。
以前、何回かこちらに来た時、高尾が傍らにいたのが頭を掠めた。
「奴のことならどうでも良いのだよ」
そう言い、行くぞと、何の前触れもなくこちらに背を向ける彼を一瞥してからその後を付いて行く。
こうして緑間真太郎の後を追うのは、帝光中学校以来だろう。
尤も、あの頃はこの隣に赤司征十郎がおり、「キセキの世代」と呼ばれた者たちがいた。
当時はこの背中に近づくことはできないと思っていたのに、今は手を伸ばせば触れてしまいそうなほど近くにいる。
……二人きり。
改めてそう思うと、嬉しいような恥ずかしいような……妙に意識してしまう自分がいる。
(やっぱり、苦手です。緑間君)
その後ろ姿を見上げると不意に、空が視界に入った。
昨日から降り続いていた雨は午前中で上がったが、まだ灰色の雲がどんより浮かんでいた。
「着いたぞ」
そう掛けられたのは、誠凛から一時間ほど歩いたと思われる甘味所の前だった。
入るぞと、問答無用でどんどん進んでしまう彼に小走りで付いて行く。
路地裏にこんな店があったとは…この三年間全く気づかなかった。
外観は日本家屋で、所々の瓦に雑草や苔が自生している。
暖簾をくぐると、これまた年季の入ったレジが出迎え、先を歩いていた緑間が店の奥の席に座ってこちらを見ていた。
「ご注文は何にしましょう?」
座れとでも言いたそうな強い視線に勝つ気など起きず、おずおずとした足取りで相席すると暫くして奥から店主と思われる老婆がオーダーを取りに来た。
「えっと、僕は…」
「冷やし汁粉二つ」
「……」
「はいはい。冷やし汁粉二つね」
そう笑ってまた奥に引っ込んだのを確認してからキッと目の前の彼を睨む。
「僕はまだ何にするか決めていません」
「では、良かったではないか。その手間が省けて」
「そう言う問題ではありません」
「…お前は一々煩いのだよ。一体、どこに不満があるというのだ」
「全部です」
ぐぬっと、最後に不機嫌な顔をしてそのまま黙ってしまう。
そもそも、何故自分は緑間とこんな所にいるのだろう。
別段、この店や今から運ばれてくるであろう冷やし汁粉が気に入らないと言う訳ではない。
況して、このブツブツと独り言を披露している緑間真太郎のことが不満だという訳でもない。
寧ろ…。
「あのっ」
「はいっ!お待たせしました。冷やし汁粉二つね」
「……」
お盆の上に乗せられてきた二つのガラスの小皿からは当然だが、湯気は立っていない。
テーブルの端に注文書を置いてまた奥に引っ込む老婆はやはり、笑っていた。
店にはあまり人気はないが、長年から通い詰めているであろう会社帰りの中年男性や健康の悩みを相談する彼女と同い年くらいであろう二人連れの女性もいる。
どの客も皆、同じものを頼んでいる所を見ると、どうやらこれは…。
(……もしかして)
ある考えが浮かびそうになり、思わず首を左右に振る。
そんなことある訳がない。
彼にとっては実にありえないことを考えてしまうなんて全くどうかしている。
「食べないのか?」
心の中で苦笑していると、何の温度差を感じられない声を掛けられ、我に返る。
やはり、無表情の緑の瞳がこちらを見ていた。
「…いえ、いただきます」
……悔しい。
自分はこんなにも緑間のことで頭がいっぱいなのに、当の本人は至って涼しい顔をしている。
大体、何故、今日は校門で待ち伏せていたのだろう。
彼と個人的に約束したことなど一度だってない。
黒とも赤紫ともとれる見事な色をしたそれは白玉が数個浮かんでいるだけで、これと言った華やかさはない。
(僕と一緒……か)
そう息を吐いた次の瞬間、匙を傾けた黒子の胸を劈いた。
「この子のことだったのかい。うちの冷やし汁粉を食べさせたいってアンタが言っていたのは」
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