IS学園潜入任務~リア充観察記録~
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胃に優しくないランチタイム 中編
「それにしても、かなりの日にちが経過したのに、全く騒ぎにならないな…」
「ゼフィルス強奪の件か? そりゃあ、フォレストの旦那のサポートがあったんなら、当然のことだろ」
真夏の街中を二人の若い男女が歩いている。外の暑さは二人に結構な気怠さを感じさせてくるが、少年と少女は互いに雑談をすることで気分を紛らわせていた。会話の内容は、例によってとんでもないが…
「旦那曰く、暗部の人間ほど上官の『声』と『サイン』に弱い奴は居ないんだとよ。『定期連絡無しによる長期試験運用任務』なんてふざげた内容の“極秘任務”も、その2つがあれば何の疑いも持たずに従うんだとさ」
「……そうか…」
サイレント・ゼフィルスを強奪したにも関わらず、当の被害者のイギリスは依然として静寂を保ったままだった。セイスの言葉を信じるなら、当事者達はまだゼフィルスが運用試験任務の真っ最中だと思い込んでいるらしい。
実際、フォレストのサポートは要領が良すぎて逆に怖かった。
指定された場所に来てみれば、居たのは新たな持ち主となる自分を待つように無人状態で展開され佇んでいたゼフィルスと、待ちくたびれたように欠伸をしていたフォレストだった。
その後、ゼフィルスを装着して指定されたルートを飛んでイギリスからアメリカへと一直線に飛んで帰ったのだが、各国の偵察機どころかレーダーにも引っかからずに帰国出来てしまった。しかも、飛んで辿り着いた海岸には既に迎えのタクシーが来ていたり…
~閑話休題~
「ところで似合ってるか、これ…?」
「馬子にも衣装」
「そうかそうか、そんなにも死にたいのか…」
「冗談だ。中々新鮮だよ、お前の丸眼鏡着用に茶髪姿…」
「……最初からそう言えばいいものを…」
例の『五反田食堂』とやらに行くことにしたものの、『世界最強のツラ』を持つマドカが街中を堂々と歩くと騒ぎになりかねない。なので、ここはベタに変装してもらうことにした。
あまり使う機会は無いが、例の隠しアジトには盗撮、盗聴用の仕事道具もあれば多少の銃器やスパイグッズも常備してあるし、変装キットだって当然のように置いてある。
そしてマドカには、の○太君が着けてそうな真ん丸眼鏡を着用させて、黒髪をヘアスプレーで茶色に染めてみた。このぐらい手を加えておけば、街ゆく女の子達も『貴方、ちょっと千冬様に似てるわね』程度の反応で済むはず…
「……う~ん、それにしても…」
「なんだ?」
「本当に雰囲気変わったな…」
無愛想な黒髪少女から理知的な茶髪眼鏡っ子。うん、名称からして別物だな。今のマドカならセシリアのお嬢様口調の方が似合うかもしれない…
「セヴァスさん、良かったらランチを御一緒しませんこと?」
「……ぷっ…あははははははははははははははははは!! 似合わねえ!!」
前言撤回、真正マダオ娘が御嬢様口調とかやっちゃ駄目だ。言ってみた本人も後悔しているのだろうか、何やら微妙な表情を浮かべている…
「ふぅ…ところで、結構歩いたが店にはまだ着かないのか?」
「確かこの辺の筈なんだが…」
IS学園を出てからかなりの距離を歩いたのだが、一向に店に着く気配が無い。こいつはマダオだが、仕事に関しては良い働きをする。そんな彼女が道に迷うなんて馬鹿な真似はしないと思うけど…
「一応、誰かに尋ねてみるか? 地元の人間にとっては御馴染みの店らしいが…」
「そうだな…それに、いい加減空腹で頭が回らなくなってきた……」
「本当に燃費悪いなお前。しかも毎回あれだけ食って太らないとか…ある意味お前も女の敵だな……」
「褒めるなよ、照れるじゃないか」
「褒めてねぇよ」
冗談はさておき、どこかに手頃な通行人Aはいないかな、と…。
「おいセヴァス、あいつはどうだ?」
「ん、どれどれ?」
「あれだ、あの珍しい色の髪の女…」
マドカが指さした方向へと目をやると、一人の若い女…自分達とほぼ同年代の少女が周囲をキョロキョロと見回している所だった。
一見すると華奢な身体つきにも見えるが、実際は出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる誰もが羨みそうなナイスなスタイルを持っていらっしゃった。
そして何より目立つのは髪の色。染めているのか地毛なのかは分からないが、随分と綺麗な水色の髪だった……て、おい…
―――水色の髪…?
(嘘だと言ってくれぇ…)
―――IS学園に君臨せし魔王二号、更識楯無会長様がそこに居た…
(何してんだ…?)
幸い此方にはまだ気づいておらず、依然として辺りをキョロキョロと見回したり、手に持った地図らしき物へと視線を落としたりを繰り返している…
「…街中で鬼ごっこの第二ラウンドとかはマジで勘弁……」
あの時は覆面プラス着ぐるみの御陰で顔は割れてはいないが、それだけで安心できるような相手では無い。下手に接触してボロを出した日にゃ即アウトだ。ここは戦略的撤退をするに限る…
「…おいマドカ、取り敢えずこの場を離れ……マドカ…?」
あれ、隣に居たマダオ娘はどこに行った…?
「すいません、そこの人…」
「ん、私のこと?」
「はい、少し道をお尋ねしたいんですが…よろしいですか?」
―――何してんだあのバカああぁぁ!?
◆◇◆◇◆◇◆
「注文お願いしま~す」
「は~い」
ところ変わってここは『五反田食堂』。夏休みに入ったということもあり、昼時の今は常連客で賑わっていた。五反田食堂のメニューと、看板娘である『五反田蘭』の人気は相変わらずのようである。
「いらっしゃいませ~」
「いやぁ、助かりました」
「いいって、いいって。私も丁度同じ場所を探してたところだし♪」
「…どうしてこうなった」
そしてまた店に新たな客が入ってきたわけだが、今度の一行は少し異色の組み合わせだった。蘭は思わず3人の新な客達に意識を向ける…
(……なんか、カラフルな人たちが来た…)
やって来たのは自分と大して年の差を感じない茶髪と水色の髪の少女二人と、何故か凄く疲れたような表情を浮かべている深緑色の髪の少年であった。服装は今時の若者が着そうなお洒落なものであり、3人とも見事なくらいに着こなしている。なんて思ってたら、茶髪で眼鏡の少女が自分に声を掛けてきた…
「席、三人分空いてますか?」
「おいぃ!?」
何故か少年の方は動揺していたがそれは置いといて、店内を見回してみる。この時間帯は昼時のピークということもあり、殆ど満席に近い状態だった。しかし、辛うじてカウンター席に一人分とテーブル席に二人分のスペースを見つけることができた。
「…えっと、すいません。一人と二人に分かれて貰わないと……」
「ふむ、もう少し待つか…?」
「あら、お姉さんは別に一人でもいいわよ?元々、ここには個人的な理由があって来たわけだし…」
「それに俺達は時間が限られてる。ここは、この人の御言葉に甘えさせて貰おうぜ?」
「…分かった。道案内助かった、礼を言う。」
「いえいえ~。私も道に迷ってたから、お互い様よん♪」
どこから取り出したのだろうか、『持ちつ持たれつ』と書かれた扇子を広げる水色の髪の女性。本当に、夏服ゆえに全体的に薄着な服のどこから出したのだろう。
そんな疑問を抱いているうちに、3人は軽く言葉を交わしてから分かれ、席に着いた……気のせいだろうか?少年が自分のツレである茶髪眼鏡の少女に向かって凄く怖い表情を向けているような…
(なに躊躇せず声かけてるんだよ…!?)
(知らなかったんだ、許せ)
(嘘つけ!! 何度か話した上に要注意人物としてデータ送ったろ!!)
(シラナイナソンナモノ)
(俺の目ぇ見て言えこのクソアマ)
(良いじゃないか、その要注意人物と仲良くなれたのだから。それに何より…)
(あん…?)
(せいす、おなかがへったんだよ)
(DA☆MA☆RE!!)
よくは聴こえないが、何やらボソボソと小声で怒鳴るという荒業を深緑色の髪の少年はやっているようである。それにしても…茶髪眼鏡の少女の顔に少なからず見覚えがあるのだが、何故だろう…?
「御冷とメニューどうぞ。」
「あ、すいません。…今度からは自重してくれよ?」
「だが断る」
「……。」
相方が引き攣った表情を浮かべているのを尻目に、鼻歌交じりにメニュー表を眺める茶髪の少女。唐突だが、さっきから気になっていることを尋ねてみることにした。
「あの…どこかで会いました……?」
「ん、私か…?」
「えぇ、何か初めて会った気がしなくて…」
「…あぁ、多分この顔のことだな?」
その言葉と同時に、茶髪の少女は眼鏡を外して自分に顔を向けてきた。そしてその顔を見た途端に胸のモヤモヤが吹き飛んだ…会ったことがあるのでは無く、そっくりだったのだ。
自分が恋心抱く男の姉、世界最強と名高い『織斑千冬』に…
「…千冬さん?」
「よく似てると言われる。ま、顔だけだがな…」
「あと、ダメな部分も…」
「ふんッ!!」
―――グリッ!!
「おうっ!? 足に鈍い痛みぎゃ!?」
仲良いな、この二人。それにしても、本当にそっくりである。何度か家族ぐるみの付き合いで会ったことがあるので尚更そのことを意識してしまう。これで黒髪で眼鏡が無かったら本人そのものである。まぁ、世界には自分にソックリな人間が3人は居ると言うし、他人の空似という奴だろう…
「…と、注文してもいいか?」
「え…あ、はい!!すいません…!!」
「この『業火野菜炒め定食』をひとつ頼む。セヴァスは?」
「俺は『フライ盛り合わせ定食』を…」
「承知しました。おじいちゃん、野菜炒めとフライ定食一つずつ~!!」
厨房の方から野太い声で『お~う!!』という声が聴こえたのを確認し、その場を立ち去ろうとする。ところが、それとほぼ同時に深緑色の少年が声を掛けてきた。
「すいません、トイレありますか?」
「トイレですか?そこの奥の方に…」
「どうも」
言うや否や、先程セヴァスと呼ばれた少年は立ち上がって即座にトイレの方へと向かっていった。どうやら、かなり前から耐えていたらしい…。
「ちょっといいか?」
「へ?」
すると、今度は茶髪の少女が再び声を掛けてきた……黒い笑みを浮かべて…。
「注文を追加したいんだが…」
「あ、はい。どうぞ」
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