格好いい人
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章
第三章
「船にいましたから」
「船にいたらそれで楽しいのか」
「船が好きですから」
やはりこう言うのだった。鈴木さんは。
「そして海が好きですから」
「それだけでいいのか」
「はい、それだけで」
上司に対してはっきりと答える。
「僕は満足なんです」
「欲があるのかないのかな」
上司は鈴木さんの言葉をここまで聞いて溜息を出した。また呆れたように。
「御前という人間は」
「駄目ですか?」
「駄目とは言ってない」
上司の呆れたような声が続いた。
「それはな。ただな」
「ただ?」
「また身体を壊しても知らないぞ」
言葉はいつもとは違っていたいつもは頭から退けていたというのにだ。この時は呆れた声ではあったがそれでもこう言ったのである。
「それでもいいんだな」
「またっていいますと」
「もう好きにしろ」
上司はまた言った。
「御前の好きなようにな。いい」
「いいんですか!?」
鈴木さんは上司の今の言葉を聞いて思わず声をあげた。
「それじゃあ船に」
「船が好きなんだろ」
今度は苦笑いではあったが笑いながらの言葉だった。
「そして海が」
「そうです」
言葉には偽りがない。鈴木さんは決して嘘はつかない。あくまでまっすぐな人だ。ここまでまっすぐな人を私は他には知らない。そこまでまっすぐな人だ。
「大好きです」
「だったら乗ればいい。それに駄目って言っても何度でも要望を出しただろ?」
「はい、本当に」
鈴木さんのこの時の言葉にも偽りがなかった。
「何があっても」
「だったら乗れ。船の方には俺が言っておく」
「有り難うございます」
「しかし。御前みたいな奴ははじめてだ」
上司の呆れた言葉は続く。
「こんなに船が好きな奴はな」
「今度は降りないようにします」
「頑張れよ」
「はいっ!」
鈴木さんの顔はこれまでで最も明るい顔になっていた。こうしてまた船に乗ることになった。そして今に至るのである。今私達がいるここに。
「そんなことがあったんですね」
「そうなんですよ」
微笑んで私に言う鈴木さんだった。
「それで今僕は船に乗ってるんですよ」
「船に海ですか」
私は話を聞きながらふと海の方を見た。丁度そこに一隻の船が見える。船は汽笛をあげながら水平線の丁度上を進んでいた。
ページ上へ戻る