独裁政権
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第六章
第六章
彼に医師が述べていた。官邸の質素な寝室で横になっている彼に。
「大丈夫です。間も無く起き上がられます」
「遠慮することはない」
だが彼は白い何の装飾もない天井を見ながら彼に述べた。
「率直に述べていいぞ」
「えっ!?」
「私の身体のことは私が最もよくわかっている」
彼は言うのだった。
「だからだ。隠すことはない」
「それは」
「もう。長くないな」
こう医師に問うた。
「私はもう。長くはないな」
「・・・・・・・・・」
「何を言ってもいい」
彼は沈黙してしまった医師にまた告げた。
「それで君が何かをされるということはない」
「そうなのですか」
「だからだ。率直に述べてくれ」
またこう彼に言うのだった。
「私は。長くはないな」
「御言葉ですが」
医師は彼自身に身の安全を保障されたうえでようやく述べはじめた。
「閣下の御身体はもう」
「そうだろうな」
彼は天井を見上げたまま言葉だけで頷いた。
「今まで休むことなく動き続けた」
「過労が大きいです」
医師もまた述べた。
「癌ですが。それ以上に過労が」
「わかっていたことだ」
彼はその身体が過労で疲れきっていたこともわかっていたのだった。
「それもな。しかしだ」
「そうですか」
「私にはどうということはないことだった」
彼は今こう言った。
「そう思って今までやってきた」
「閣下・・・・・・」
「その結果が今出ただけだな」
まるで他人事のように冷静な言葉であった。
「ただそれだけだ。天命か」
「天命ですか。これは」
「人は必ず死ぬ」
彼はこのこともわかっていたのだった。
「必ずな。それを避けることはできない」
「はい。人ならば」
「絶対にな。避けることはできないのだ」
彼はこう死について述べ続ける。
「私も同じだ。しかし」
「しかし?」
「もう少し見たかったな」
少し寂しげな笑みを浮かべて言った。
「この国がより発展するのをな。天命なら仕方ないか」
「それだけですか」
「それだけだ。それで私はあとどの位だ?」
己の残された時間について問うた。
「あと。どの位なのだ」
「今まで我慢されていたのですか?」
医師の次の言葉はこれだった。
「まさかと思いますが」
「気付かなかった」
「ご冗談を」
シュツットガルトの言葉を全く信じてはいなかった。
「今先程御自身のことを一番知っていると言われたではありませんか」
「そういえばそうだったかな」
こう言ってふそぶいて誤魔化そうとする。しかしそれは出来なかった。
「忘れていた」
「しかし。我慢できるものではない筈です」
医師は今度はその顔をさらに顰めさせていた。
「これだけ進まれていると。かなり苦しかったでしょうに」
「仕事は待ってはくれない」
彼は医師の抗議めいた言葉にもこう返すだけだった。
「だからだ。隠していた」
「その結果ですが」
「うむ」
あらためて医師の言葉を問うた。
「あとどれ位だ?」
「半年です」
言葉は冷然たる現実そのものだった。
「あと半年です。それさえももつかどうか」
「半年か」
彼はその残された時間をベッドの中で聞いた。
「それだけあれば。もう一仕事できるな」
「お休みになられるべきです」
これは医師としての言葉であった。
「さもなければ。半年ももちません」
「そこは何とかする」
頑として医師の言葉を受けようとはしない。
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