カウンターテナー
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第三章
第三章
そしてその期待を胸に抱いて彼のライブを聴きに行った。ライブハウスは暗い中にも人がいるのが見える。満席になっていた。
男の横には若い男もいる。そして彼に声をかけてきたのである。
「このライブハウスをいつもこんなふうにするんですよ」
「その人気でか」
「はい、そうなんですよ」
席を何とか見つけて二人並んで座る。その中で話すのだった。
「いつもなんですよ」
「声のせいかな」
その女の声のせいかと問うた。
「それは」
「ええ、やっぱりまずはそれです」
若い彼もそれは否定しなかった。何といってもそれからだった。
「けれどそれだけじゃなくてですね」
「歌唱力もですか」
「それも確かですよ」
実力も備わっているというのである。
「私が聴いた限りは、ですがね」
「そうか。では」
「ええ、ほら」
話しているうちにであった。観客達が歓声をあげだした。
舞台にバンドが出て来た。そして彼も。出て来たのであった。
「彼だな」
「はい、彼です」
こう男に告げるのだった。
「あの彼です」
「大きいな」
男がステージのマクドネルを見てまず思ったことはこれであった。
「まるでフットボーラーだな」
「よくそう言われますね」
このことも彼に話された。
「あの体格ですから」
「ふうむ」
それを見てだった。彼は言った。
「これは舞台映えするな」
「舞台にですか」
「うん、いいものだ」
こう言うのである。ステージのライトを浴びて白煙の中に立っているのを見ている。
「英雄でも何でもできるな」
「英雄!?」
「あっ、いや」
若い彼が英雄という言葉に目をしばたかせるとここで話を引っ込めた。そうしてこう言って今の話を打ち消してしまったのだった。
「こっちの話だよ」
「そうですか」
「うん、それでも」
しかし一人で言うのだった。
「凄いかもね、これは」
「はじまりますよ」
歓声がさらに高まる。マクドネルは今は男の声で観客達に応えている。しかし歌いはじめるとだった。その声は完全に変わった。
「むっ!?」
「どうですか?」
若い男はすぐに彼に問うた。
「この声は」
「間違いない」
彼はマクドネルのその歌声を聴いて確かな顔で頷いたのだった。
「これは間違いないよ」
「女の声ですね」
「カストラートだ」
こう言ったのだった。
「これはカストラートだ」
「カストラート?」
「ファルネッリを見つけた」
今度はこんなことを言った。
「ここにいたんだ、ファルネッリは」
「ファルネッリっていいますと」
「伝説の歌手だよ」
彼のその歌声に聴き惚れながらの言葉だった。
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