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クリムゾン・エンゼル ~東京編~

作者:井伊 直介
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プロローグ ~洋館にて~
  01

 
前書き
平和のために戦う超能力者の物語です。
アメコミ好きをこじらせてありきたりになってしまいましたが、
頑張っていきたいと思います。 

 
奇妙な鉄柵に囲まれた、百年前からそこにあったかのように威厳をもってたたずむ洋館。
ただしここは日本であり、この建物が実際に建てられたのは一年も満たない前である。
まるで西洋のどこかから切り取ってそのまま持ってきたかのようでもあるが、ただの見かけ倒しで間違いない。
そこに住んでいるのは、一人の老人である。
そして老人は、追われていた。

あえて脆く作られた廊下の床は、どうしても一歩踏み出すたびに軋む。不気味さを醸し出す演出のつもりだったが、今回の場合はそれが見事に仇となっている。ちょっと歩いただけで敵に思いきり自分の位置を知らせてしまう。かといって、いっそ走り抜けようとしたら、今度はバキバキと音を立て床下に落ちる可能性がある。こうして慎重に、冷や汗をかきつつ進むのが得策なのだ。
老人の心臓は今にも死んでしまうのではないかというほどの速さで動いている。ドクン、ドクン、という一鳴りごとに老人の表情が強張っていく。
逃げることにとらわれ過ぎて、愛用のスリッパが脱げ落ちたのにも気づいていない。スリッパはつい数分前に通り過ぎた階段前でさびしそうに転がっている。
それでも、敵はそんな事お構いなしにやってくる。
不意に、上の階から足音が聞こえてくる。自分を探して回る『敵』の足音だ。老人の部屋が二階なので、そこにいると推測してそこを探しているのだろうが、とんだ見当違いである。老人にはその事もすでにお見通しだ。だが、足音が去っていた方向は老人と真逆だ。そして、そこには階段がある。二階建てのこの洋館で階段を使うとなれば、下に降りてくる他ない。
逃げるならば今の内である。
老人はその足を、少しだけ速めた。

「見つけましたよ、三世院博士!」
あと少しで木張りの廊下を抜けられる、というところで、老人の後ろからその名を呼ぶ声がした。
おそるおそる振り返ってみると、黒いスーツに身を包んだ十代後半の女が息を切らしながらそこに立っていた。走って階段を駆け下りたのだろうか。逃げることに必死だった老人の耳にはその音が聞こえなかったようだ。
女は階段前に転がるスリッパを踏みつけ、気品も感じられない仁王立ちをしている。縁の赤いメガネは知的な印象を与えたが、化粧崩れの心配を微塵もしてない汗まみれの顔からはガサツな体育会系のようにも見える。しかし、それよりももっと特徴的なのは、かのジャンヌダルクを死に追いやった燃え上がる炎より、異人のに連れ去られた女の子が履いてた靴より、真っ赤に染まっていた。若者の流行に乗っているのかと言えば、そうとも思えない自然な赤。もう御年八十歳へと突入する老人の目には優しくない。
「わ、私はお前らにはついていかんぞ!」
老人はできる限りの大声を張り上げて主張する。それにも負けずに、女も大声で答える。
「ですが、私たちにはあなたの力が必要なのです!お願いします」
街頭で貧しい国のために募金を呼びかけるように、胸に手をあて演技くさい叫びであった。しかし、これが彼女の本心である。
だが、本心であろうとなんであろうと、老人の心は簡単には揺らがない。
「うるさい!私は、私は…!」
老人は前方を向き直し、その足を進めようとする。廊下を抜ければ走って逃げる事ができる。もう老人の足腰は悲鳴を上げていたが、走らなければいけない時というのが、人生の終盤になってもあるものだ。
「三世院博士!」
スーツの女は安物のローファーをカツカツと鳴らして、廊下を進み始める――が。
「うひゃぁああっ!」
3歩目を踏み出したところで、腐食の進んだ部分を踏みしめてしまったのか、バキッと音を立てて抜け落ちた廊下の穴に吸い込まれていく。
大きな物音とともに「いった~い…」という情けない声が聞こえてくるが、老人にはそれに安堵している暇もなく、そのまま歩き続けた。

「もうっ、なんなのこれ…。なんで廊下が木なのよ!」
誰に対してか、怒りを一人叫ぶ女は、スーツについた土を払いながら上を見上げる。
開いた穴は、目と鼻の先である。そこから出ることもできるが、何せちょっと踏んだ程度で壊れる代物である。うかつに体重を掛ければまた同じことの繰り返しだろう。ここは慎重にいかねばならない。
と、どうしようかと女が考えていると、不意に天井からの光が何者かの影によりさえぎられた。
「何してんの、お前…」
逆光で顔がよく見えないものの、おそらく彼女の上司だと思われる。
「あ、先輩。すいません、落ちちゃったんです」
「へぇ」
だが、先輩の男は興味なさげに相打ちを打つだけで、女を助けようとする気配がない。むしろ、そこから早々と去ろうとしてるようにも見えた。
「えっ、先輩!?助けてくれないんですかぁ!?」
「あぁ。あいにく最優先事項は、あのボケ老人だ。お前にかまってる暇、ナシ!」
きっぱりと言い捨てて、先輩の男はそこから去って行った。彼に対する恨みに唇をかみしめながら、女は絶対に一人で戻ってやる!と一人闘志を燃やしていた。

廊下を抜けた老人は、玄関へと一目散に走っていた。
洋館の入り口であるホールへとたどり着いた老人は、左右の壁に掛けられている絵画の住人達に見守られながら扉に向かってかけていく。時折後ろを気にしながら、彼はその先の扉をまっすぐ見据えていた。
だが、その行く手を阻むように、扉の前に大きな黒い影が急降下してきた。
「ひぃっ!」
落ちてきたそれは、老人の愛用していたピアノである。子供の頃から使っている思い出の品であるが、それが大きな音を立て砕けた事よりも、このままでは扉をあける事ができず、逃げ道が塞がれた事が老人にとって何よりショックだった。
失意に膝をつく老人の背後に、迫る影があった。
「そこまでだ、三世院 國博」
西の方の窓から注ぐ日光を浴びはっきりと姿を現したのは、見て呉れ十二歳の、先ほどの女と同じように黒いスーツに身を包んだ男である。活発さを表す栗色の短い髪とは違い、表情は人生に疲れた四十代のように沈んでいる。どうも相容れないその男の特徴たちは、状況が状況でなければギャグにも見えかねない。
「同行を願おうか」
言うと男はポケットから煙草を取り出した。日本ではあまり見ない銘柄である。それを一本加え、胸ポケットに入っていたライダーでそっと火をつけた。落ち着きのあるその動作は、先ほどの女とは大違いである。
一人冷静になる男とは逆に、全てを失ったような老人の荒い息遣いだけがホールに響く。
だが、その息遣いが次第に笑いに変わっていくと、男は眉を少しだけ上げ不審そうな表情をした。
「ははははっ、ははははははははは!」
そして一瞬にして目を丸くする。気づいたのだ。老人が最後の手段に出ようとしていることに。男は、もう老人はその気力すら残っていないと思ったのだが、その予想は外れていたようだった。
男は瞬時に駆けだす。勢いで咥えていた煙草を床に落としてしまったが、それさえも踏みつけて進まんばかりの気迫だった。しかし、その時点ではもう手遅れだった。老人がこちらを振り向き、老いぼれてしわくちゃになった手から投げたのは手りゅう弾だった。爆撃よりも、飛び散る破片に殺傷能力を持つ小型の武器。なぜ彼がそんなものを持っていたのか、それは男には予想がつかなかったが、駆けだした後でもとっさに防衛本能が働く。自身の体を守るように胸の前で手をクロスさせる。それだけは不十分なのはわかっていたが、それしか男には方法はなかった。
「先輩っ!!」
――と、横合いからよく響く叫び声。男をかばうように、後輩の女がその前に立ちふさがった。


ドォン!とホールを揺らす大きな爆発。
砕け散った破片が四方八方に散る。
爆煙が時間とともに過ぎ去り、男を守るようにたたずむ長方形の鉄盾が姿を現す。やがてそれは、幼稚園児が粘土遊びをするように不規則に形を変えていく。最終的にそれは人の形に止まり――赤髪の少女、≪クリムゾン≫はほっとしたように息を吐いた。
その後ろで、上司である男――≪パピー・フェイス≫は困ったように頭をがしがしと掻いていた。
「ったく…、ふざけんなよ」
クリムゾンの後ろからそっと前方を覗き見ると、焼け焦げた地面を挟んで向こう側にうずくまる老人の姿があった。
「死なれちゃ困るってのによ」
「うわっ。手りゅう弾って結構威力があるんですね…」
的外れな感想を述べるクリムゾンを横目で睨み、パピー・フェイスは老人に近づく。
もう息はしてない。
こんな至近距離で食らっておいて、生きてる方がおかしいのだが。
「こいつぁ任務失敗だな。おい、携帯持ってねえか?」
言われて、クリムゾンはスーツのポケットから携帯電話を取り出した。それをパピー・フェイスに差し出すと、彼は奪い取る様にそれを受け取った。クリムゾンはその態度にむっとしたが、相手が上司なだけに怒れない。
パピー・フェイスは即座に十一ケタの番号を打ち込んでいく。そして画面を耳に当て、相手の応答を待った。
「もしもし。そ、俺だ。こっちは失敗だよ。…そうか。じゃあ、後で」
電話の相手と会話をしながら、パピー・フェイスは肩を竦める。
会話の雰囲気からもう片方のチームも失敗だという事を察し、クリムゾンも落胆してうつむく。
電話を終えたパピー・フェイスは携帯電話をクリムゾンに返すと、引き返すべく玄関とは逆方向へ足を進めた。クリムゾンは、そこに放置されたままの老人の死体が気にかかるようだったが、いつまでもそこにいても死体は生き返ったりしない。あきらめて、彼女は上司の後に続く。

そう遠くない未来の話――。
世界を守るために集まった超能力者たちの戦いの話である。 
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