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第一章 ~囚われの少女~
帰るべき場所
暗い。そして暖かい。肌が光を、空気の温度を感じる。
僕の周りだけ、空気がきらきらと輝いていた。僕はこれを知っている。この光が何か。今僕がどこにいるのか。僕が立っている場所の、大気を漂うちりや埃が光を携えている。光は僕だけを照らしていた。
ここには誰もいないけれど、目の前にはたくさんの人がいる。僕は独りじゃなかった。
上を見れば眩しい。スポットライトに照らされ、僕は舞台に立っていた。今僕ができることは、ただ一つ。途切れた物語を紡ぐこと。
「さあ、僕を連れて行っておくれ。空へ――」
僕はここに立つのが夢だったんだ。生きていて、ここに来ることができてよかったと。そう思ったんだ。
会場全体に拍手が沸き起こる。それは先ほど劇を演じた俳優に、そしてこの一人の少年に送られたものだ。
舞台の中央で照明を浴びているそれは紛れもなく、姿を消したはずのジャックだった。
しかし団員の皆が知るジャックとはかけ離れた、生き生きとした姿であった。舞台袖は驚きと不思議と、それから劇場全体が喝采で溢れていた。
――そうして幕が降りたのだった。
劇団『マスク・パレード』の団員は用意された控室に集っていた。
そして口々に、先程の劇に至るまでを語り合う。
「まさかあのジャックがな」
「あんなことまでされたらねぇ……」
たったいま控室へ向かう所であるジャックは、噂をされていることなど知る由もない。
団員たちの話によると、消えたジャックが突然戻ってきて、劇を務めることを突然言い出したのだ。その時から普段と違うジャックに皆は驚き戸惑ったのだが、ジャックの熱意とその案が寸劇よりいいという事で、多くの賛同を得たようだ。
――それが今に至る。
入り口のカーテンを押し開け、皆より一足遅れたジャックは控室に入る。
「ジャック。アンタ、すごくよかったじゃない」
団長ライラ、ミカエラ、シドが詰め寄る。
「ジャックってあんなに上手なのね……初主演だなんて信じられない! なんだか感動しちゃった!」
「お前、すげぇよ。見直したぜ!」
こんな風に賞賛を得る事に、ジャックは奇妙な違和感を覚えた。
「何なんだ? 一体……。記憶が飛んでいる……?」
何やら神妙な表情でぶつぶつと呟くジャックに、三人は首を傾げるばかりだった。
「ま、まぁ立ち話も何だから、すぐそこで休みましょ♪ 疲れたでしょう」
団長が話をふると、一行は部屋の入り口付近にある、白いクロスが掛けられた丸テーブルを囲って椅子に腰かけた。
「土下座あぁ!?」
ジャックは驚きの声をあげた。それには皆が驚く。
「そうよ、ジャック。アンタしてたじゃない? 『僕が悪かった』って……団員全員の前で」
全く身に覚えがなく、ジャックは青ざめた。
「そうそう。そしたらこの子を連れていてね」
そう言ったミカエラの後ろから、先程の妖精役の少女が顔をのぞかせる。しかしジャックには見覚えのない顔だった。そうして少女はミカエラに隠れるように、同じ椅子に小さく座る。
「あなたがむりやり……」
上目づかいでジャックを見る、少女の頬はほんのり赤い。
「やったじゃねぇか! お前も男だな」
そう言ってシドが肩を組んでくる。
(何のことだ……してない! 僕は何もしてないぞ?! しかも無理やりだと?)
「ジャスミン……じゃなくて、キャスリンちゃんだっけ? 妖精役、とっても上手だったわよ?」
ミカエラに言われて少女はさらに照れた表情になる。
「ミカエラさんったら……」
そんな和やかなムードだったが、構わずジャックは疑問をぶつける。
「誰なんだ?」
さすがに周りは驚いた。
「ジャック、アンタ頭でも打ったの?」
団長はそう言うが、先ほど言われた内容はジャックにはまったく信じられなかった。
無意識のうちに自分は思わぬ行動をしてしまったのだろうか。それはまるで、誰かが自分に成りすましていたようで気味が悪い。しかも絶対に自分ならしないと言い切れるような行動――ましてや土下座などという不衛生かつ不名誉な事をしたとは。
「まぁでも……たしかに。可愛い子ちゃんがどういう子なのか、知りたいよな~」
ジャックが青ざめている事にかまわず、からかうシド。
キャスリンは相変わらずミカエラにくっついて恥ずかしがっている。
そうしていると控室のカーテンの向こう、外側から声が聞こえた。
「キャスリン? ここにいるの?」
その声を聞くとキャスリンは目を見開いた。
そして立ち上がる。
「姫様!」
その瞬間、場の空気が一気に静まり返る。
「え!?」
ミカエラとシドは声をあげて驚く。
次の瞬間カーテンを払いのけ、皆の注目を一身に現れたのは、間違いなく一国の姫君の姿だった。
団員は皆、息を飲む。
それからひそひそと話し声が飛び交う。
「わ……まじ本物だぜ」
「近くで見るとホントにキレーだな」
「うんうん、あれはやばい。というか、今捕まえたら仕事が終わるんじゃないか?」
姫は他の者には目もくれず、真っ直ぐキャスリンの元へ向かった。
「キャスリン! びっくりしたわよ~。 でも凄かったわ! 感動しちゃった!」
そこに在るのは姫の姿をした、16才になった年ごろの少女だった。
そして周囲の視線を感じ、我にかえる。
「あっ……その、皆様方。この度はわたくしの生誕記念などというもののために、我が国『オレリア』まで、遠路はるばるお越しくださいまして。誠にありがとうございます」
姫という貴賓に謙虚さを兼ね備えた挨拶を皆へ述べる。
「お疲れの所このように立ち入ってしまいました無作法をどうかお許し下さいませ。それでは、わたくしにお構いなく談笑のお続きをなさってください」
少しばかりの初々しさと、配慮の行き届いた姫の言葉に皆は興奮気味で拍手を送った。
姫はそれにも笑顔で応えると、軽いお辞儀をしてからキャスリンの方へ向き直る。
何事もないような姫の振る舞いにより、その場は少しずつざわめきを取り戻した。
「あなたはお芝居には興味がないものとばかり思っていましたわ」
キャスリンは先ほどとはうって変わって、落ち着いた様で対応する。
「姫様に内緒で練習していたのです。……喜んで頂けて嬉しゅうございます」
何をどう練習していたのかは定かではないが、その表情には照れた様子がにじみ出ていた。
「おい……目の前に姫様がいるぞ」
「本当、びっくり……見れば見るほど整った顔……」
「シド、アンタ手を出すのはまだよ?」
シド、ミカエラ、団長の三人はひそひそと話すが、ジャックは体をこわばらせて姫の方を睨んでいた。
そして姫はキャスリンといた団員たちの方に気付き、それからジャックの目の前にやってきた。
「あなたの“少年”は本当に素晴らしかったわ。あの物語も大好きなのだけれど、素晴らしい演技をありがとう」
姫は同じ年頃の少年に賞賛の言葉を贈った。次の瞬間、ジャックの手を両手に包む。
「あ……」
ジャックはもちろん、それを見ていた団員の空気が固まる。
そんなことを何も知らない姫は、満面の笑みを湛えていた。
「お、おれも“エリオ役”したんすけど!」
間を持たせようと慌てるシドが、二人の間に割って入る。
「ええ、とてもかっこよかったわ」
今度はシドから姫の手を握っていると、何やら再びカーテンの向こうに、金属のすれる様な騒がしい音が近づいて来た。
「姫様! 私の目を盗んでこのような場所に!」
現れたのは騎士のダニエル・アンダーソンだ。大声で注目を集めてしまい、恥ずかしさからか咳払いして平静を装う。
「……レナ姫様、私とお戻りください」
騎士はシドから姫の手を取り上げ、姫はそのまま手を引かれて行ってしまった。
嵐が去った後であるかのように場の空気が一旦しずまる。
「びっくり……したぜ!」
シドはキャスリンに向かって目を輝かせる。
「お嬢ちゃん、城の人だったのか!」
ミカエラもシドと同じく。
「すご~い! あんなに上手だったからスカウトするところだったわ! 女の子が増えると思って勝手に喜んでたんだけど……」
そう言ってジャックの方へ視線を向ける。
「そういえばジャック、女の子に触られるの平気になったの?」
ジャックは汗だくになり、先程から微動だにせず硬直したままだった。
「ジャック?」
ミカエラの問いかけには答えず、操り人形の糸が切れたようにジャックは横に崩れ落ちていく。皆はそれに驚いて見ていることしかできなかった。
するとジャックの落とした影が立ちのぼり、絨毯の敷かれた床とぶつかる前にその体を持ち上げた。
「おっと。やっと出られたぜ」
影は男になった。黒い髪に赤い瞳。黒いマントのその姿は、まるで悪魔だった。
「アンタは……一体!?」
ジャックを抱きかかえる男に、団長は向き合う。
「へへ、こいつにはもう少し働いてもらわねぇとな」
男はそう言うと、背を向けて去ろうとする。
「待ちな、ジャックがいなくなったのはアンタの仕業かい?」
団長の問いかけに、ニタリと邪悪に微笑む。
「ああ、そうだ」
コウモリの翼の生えたその、只者ではない背中を団長はにらむ。
「何者だ! ジャックを返しな!」
しばらく沈黙が流れるが、男は振り向き赤の瞳を光らせる。
「それはできないな。……まぁ、これだけは教えてやる。オレの名前は――」
そう言い残し、男は消えていった。
「なんだ……今の」
皆の目前でジャックは再び姿を消した。
「ジャック……団長! どうすればいいの!?」
絶句するシド、慌てるミカエラ。
「これだけはわかったぜ。あいつ、逃げたわけじゃなかったんだな」
「何とかして連れ戻さなきゃ……!」
団長は冷静に考えを巡らせる。
「どこへ行ったのか見当もつかないわね」
皆、首を傾げる。
「あの男なら城内へ向かうはずよ」
と、そんなことをさらりと言ってのけたキャスリンに三人は驚く。
「え!? わかるの? 知ってるの!?」
ミカエラの驚きにキャスリンはうふふと笑い、
「まあね。そろそろ私は行くわ」
そんな答えを言ったかと思うと、カーテンの向こうにするりと消えた。
「――ありがとう、楽しかったわ」
-第二十五幕へ-
後書き
主人公の扱いが雑すぎる
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