ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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コラボ
~Cross world~
cross world:交信
ザワ、と。
全身の産毛が逆立つような感覚が、ルナの突拍子もない話を聞いていたレンに襲い掛かった。
電流のような、言いようのない感覚。それはどうしようもなく、少年の意識を戦闘へと駆り立てるのに充分過ぎた。
「……………………………」
ゆっくりと、座っていたソファから腰を上げる。
視線は一点固定。
広いリビングに穏やかな光を供給する、窓である。その窓ガラスは、何かに共振するかのようにビリビリと震えていた。その不穏な音が、鼓膜に突き刺さる。
「な、なにっ?」
「…………どーやら」
その震えは、徐々に大きくなる。
まるで、何か大きなものが近づいてきているかのように。
「来たみたいだ」
直後――――
ッッッゴガアアアアアアアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!!!!
轟音とともに、リビングの一角を掠めるようにして、城壁の一方向がごっそりと削り取られた。
そう、《削り取られた》のだ。崩れ落ちた、でも、砕け散った、でもない。
それを例えるなら、巨人の掌だった。
砂場にある砂の山を手のひらですくい取るように、城壁が抉り取られた。轟音は、抉られた壁の周辺部に通常とは異なる自重が発生し、崩れ落ちた音だったのだ。
抉り取られた城壁は、まるで見えない手に掴み上げられたかのように空中に浮かび上がり、そこで《握り潰された》。
バラパラ、と。
もはや小石程度になった欠片が雨のように降り注ぐ。
その上空。
陽炎のように、膨大な空気を異質なナニカに変容させているのは、小さな影。
ゾッとするほどの冷たい、機械のような瞳で、地上の人間どもを音もなく睥睨する。
『fvksv対s象cjkllfas認識ggbxja。df確実kjzbg/撃od;滅jnczhc』
振り上げられた、小さな手のひら。
そこに、莫大な力が集約されていくのを、頬に感じるおぞましいほどの圧力の塊が如実に示していた。じわり、と空間自体を把握するほどの力が、場を都合のいいように作り変えていく。
作り変え、造り替え、創り換えていく。
形作るは、気圧の大剣。
『.najv指sd針jhb決bdgssvsn定l:vimg;圧殺;/,mfjmn』
標的と見据える人間でさえ見えていないように、歌うようにソレは言う。
まるで、ヒト側の事情なぞ知ったことではないと言う風に。
ゴァ!!!という大気の悲鳴とともに、大剣が振り下ろされる。
「――――ッッ!!避けて!」
言われるまでもない。
足に全力の力を込め、半ばヘッドスライデディングを決めるように横っ面に飛び込む。綺麗に左右に飛んだ少年と少女の間を引き裂くかのように、幅だけで三メートル強あるような、透明な刀身が通過していく。
接地した床が爆音とともに、大きく凹む。もし数瞬でも飛んでいるのが遅れていたら、いい感じの肉塊オブジェクトになっていたかもしれない。
さらに、創り出される大剣が一つ限りだというような約束はどこにもない。
掲げられた手に、数十は超える空気の剣が具現化される。
「ご……がああああああああああああ!!!!」
血のような叫びを発するのは、血の色のコートを着た少年。
振るわれた腕に沿うように解き放たれた鋼糸が、暗い闇の色を帯びる。
「魔女狩《断罪》あああぁぁアァァッッ!」
ゾン!!!と。
空気が、大気が切断される恐るべき音が反響する。
まるで空を裂く断頭台の刃のように展開されたワイヤーは、振り下ろされる数多の大剣と真っ向から激突した。
世界がひっくり返ったような衝撃波が、無尽蔵に撒き散らされた。
しかもその衝撃波は、本命ですらない。激突の端くれの端くれの、そのまた端っこぐらいのものが、大の人間の平衡感覚を丸ごと揺さぶるような破壊力を有しているのだ。
空間の《断絶》と、空間の《操作》。
根本的なところでは似通っているのに、全く非なる力が炸裂する。
それは空間を軋ませ、歪ませ、壊す。
ピキ
ビキボキ
バキミシメキ
正体不明の異音がそこかしこから発現する。
「れ、レン君!」
「ルナねーちゃん!」
自分を呼ぶ声に被さるように、紅衣の少年は叫ぶ。
「小難しい話は、僕には分かんない。だけどこれだけ質問!」
いまだに粉塵が舞う、室内といっていいのか屋外といっていいのか分からない空間の中でレンは言う。一筋の光明を見た者の顔をして。
「どーしたら、元の世界に戻れる?」
ピタリ、と。
時間が止まったような気がした。
元の世界。
ズレた世界。
交わった世界。
レンがいるべき世界。
ルナがいるべき世界。
それを元に戻す方法など、手掛かりもなしに分かるはずもない。だいたい、今までレンに語ってきた内容だって根拠となるものはひとつもない。現状から推測しうる現象をピックアップし、その中で一番話の筋が通るような可能性を提示しただけだ。状況証拠にもほどがあり、こんなのは思考実験とすら呼べないものだ。
あの鋼鉄の魔城で、参謀の長として活躍していたキレ者でも、できることとできないことはある。それは人間としての限界だ。一方向に突出する事はできるが、他方向全てに通ずることはできない。
かつて、不可能であるはずのそれを望んだ一人の男、真っ黒なタキシードに身を包んだ一人の神の事を、彼女は露ほども知らない。知るはずもない。
だがしかし、まだ道はある。
世界なんてバカでかいものと相対するよりも、ずっと身近で、ずっと手が届きそうな距離にあるものが。
「……………そいつよ」
そう、そうだ。
道は示されていたじゃないか。
示されて、記されて。
「今の世界は、壊れたブラウン管テレビみたいなもの!それを直すには――――」
結論は一つ。
単純にして明快。
「ブッ叩く!!!」
ドゥ!と腹に響くような音が破裂する。
紅の弾丸のように、破壊された壁から外に少年が飛び出していったと脳が理解するのに、数秒の時間がかかった。
宙空を疾走するレンが、何かを引っこ抜くような動作をする。その両手の間から、何かが生まれ出る。
それは、理解の範疇を超えたナニカ。
黒い槍。
穿孔。
まるで、彼自身が一本の槍となったかのように、少年は人外の怪物と激突する。
小手先の技術も上。
持っている力の総量も上。
それでも、少年はソレに立ち向かう。
無茶かもしれない。
無理かもしれない。
無謀かもしれない。
人はそれを蛮勇と呼び、心底から蔑むかもしれない。
それでも、少年は立ち向かう。
たとえ血反吐を吐いて、地面に這い蹲る事になろうとも。
守る者が、逢いたい者が、笑い合いたい者がいるから。
技術?
力量?
そんなものは知らない。知りたくもない。
「おおぉああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
全身に、得体の知れないダメージが浸透する。
それは、一箇所を作用点として全体にダメージが通るというものではない。乾いた布に水を浸すように、全部の細胞に均等にダメージが行き渡っている。
具体的に何をされたのかすら、全く分からなかった。したがって、どう対処すればいいかも分からない。
突撃に費やした運動エネルギーの全てが一瞬にしてかき消され、本当に一瞬だけ無重力状態を体験する。
その一瞬すら、世界というとんでもないものが生み出した怪物は見逃さない。ギョロリ、と感情のない眼を魚眼レンズのように動かし、両腕を複雑な軌道を描いて振るう。
上下左右、という言葉でも、四方八方でもまだ足りない、真にあらゆる方向から莫大な圧力が発生し、少年の細っこい身体を万力のように締め付ける。
アレは言っていた。
人外の言葉で。
指針は『圧殺』だと。
「………ナメ……るなよ……………」
ズグン、ズグン、と。
不可思議な脈動を頭の裏側ら辺で聞きながら、紅衣の猫妖精は槍を勢いよく振り回した。
そう。
軽く振るだけで、延直線状にある空間を削り取ってしまう刀身を。
ボバババボボボボボボボボボボボッッッッッ!!!
槍の切っ先の空間で、ナニカが《喰われる》。
自身の攻撃が、完全に防がれたにもかかわらず、ソレは眉をピクリとも動かさない。
『.fjds効km果lm:;lge:oo未bkm;証hb明gbgcahj;,h他v手gd,jksblnb段dkm/実jnh行jhnf』
まるで詰め将棋だ、と少女は思う。
目的への一番の近道を冷酷に、機械的に弾き出す。そこに余計な手間暇や、目標をいたぶる思考は存在していない。
ゴールへ一直線に突き進む。それだけのルーチンで動く、心意思念体。
―――なら。
しゅらっ、と。
滑らかな音とともに、目線が吸い寄せられるような美しい刀身が外気に晒される。呼吸法を変え、参謀モードになっていた意識を戦闘へと駆り立たせる。
―――その予測演算を歪ませるだけ!!
自分一人の力で、アレを倒す事はできない。
その冷然たる事実を、痛いほどに少女は理解していた。
本当に賢い者というのは決して、ただ物事を合理的に計算できるものではない。
賢者というのは、自分の力量を正しく認識している事だと思う。正しく認識しているからこそ、時には戦い、時には逃げて勝てる要素を探す時間を稼ぐ事もできる。
奢らず、昂ぶらず、冷静に戦況を『観る』。
詰め将棋のような戦闘。
普通ならば、自分よりも遥かに強い紅衣の少年ですら翻弄されるレベルの戦いに割り込んでいっても、それは足を引っ張る以外の何物でもない行為であろう。
しかし、しかしだ。
それは、考えなしに突っ込んでいったときの話である。策を弄さず、無策に割り込んだときだ。
でも違う。
あの世界で、フロアボス攻略の策を練っていた時と同じだ。どんなに強い敵でも、必ず弱点となる場は用意されている。
そう、今だって。
『レン個人のための戦闘』をしている怪物のように。
「見えたッ!」
あの詰め将棋は、いわば一対一を想定して作られたものだ。レン個人だけを視界の中に収めていて、その戦い方だけを吸収し、学習し、対策する。
つまり――――
「スイッチ!!!」
肩甲骨に力を込める。ALOの全妖精に与えられた無限の翅が、力強く大気を叩く。
「ちょっ!ルナねーちゃんッッ!?」
新たに《作業場》に紛れ込んできたルナを、羽虫でも見るかのようにギョロリと、己の恋人の姿をしたナニカの眼球が蠢く。
そう。
『蠢く』だけだ。
手を出さない。
まるで、新たに発生した不確定因子への対応に困った、とでも言う風に。
そこが、この怪物の弱点。
ルナの立てた仮説によれば、アレは言わば《世界の意思を礎として生み出された心意の塊》である。つまり、そこに《世界の意思》はあっても、あのバケモノ本人の意識というものは存在していないのだ。
規模は全く違うが、少女はこれと同じ存在を目撃し、戦った事がある。
あの鋼鉄の城、そして今現在いるこの世界――――アルヴヘイム・オンラインでも常日頃から剣を向け合っている。
すなわち、モンスター。
個人を想定し、戦場に二人目という、それまで学習した内容と相反する因子を確認すると、いとも簡単に混乱に陥ってしまう存在。
―――だから。
「はッ!」
短い気合の叫びとともに。
涼やかで流麗で、そして勇猛な轟音とともに。
防御させる暇さえ与えずに、冴え冴えとした光を撒き散らす刀身が顔面に吸い込まれた。
後書き
某笑顔の動画に限らずあちこちの動画でネタにされているデス☆ガン様がやっとご活躍なさってきたアニメを尻目に、こっちのコラボも激戦ですねぇw
はい、という訳でコラボ八話でございます。
今回は、剣聖サイドのヒロイン、ルナさんの元参謀長としてのキレ者っぷりを前面に押し出してみました。
最後に参謀長が突撃なさっていったのはご愛敬(笑)
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