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戦争を知る世代

作者:moota
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第二十話 反抗

 
前書き
こんにちは、mootaです。

大変、遅くなりました。
第2幕、クライマックスへと近づいて参りました。
最後まで、お付き合いいただければ、幸いです。

では、よろしくお願い致します。 

 
第二十話 反抗


火の国暦60年8月28日 深夜
木ノ葉隠れの里
はたけカカシ


 雨が降り頻る。大きな滴が地面に叩き付けられ、その音が夜の闇に響いていた。雨は嫌いだ。何となく、心を不安にさせる。
 そんな思いを誰かが聞いたのか、雨の音が響く中で、大きな爆発音のような音が、その静寂を打ち破った。

「?・・・なんだ?」
誰も答えはしない。ただ、そう、声に出して呟いた。その爆発音のような音は、大小含めて、何度も里に響いている。まさか、岩隠れが攻めて来たのか。そう、思った。
 一応、服を着替え、すぐに出られるように準備をする。クナイ、手裏剣を確認し、巻物を袋に入れた。“忘れ物”はないか、そう思って部屋を見渡した時、ふと、机の上に目が止まった。そこに置いてあるものは、“チャクラ刀”だ。チャクラを流すと、眩く、鋭く、白い輝きを見せる。

「・・・父さん。」
知らずのうちに、呟いた。それに気づいた時、心臓を何かに捕まれたような錯覚を覚えた。くそ、俺は何を考えている・・・。頭を、左右にゆっくりと振る。何かの思いを振り落すとすように。
 呼吸を整えてから、扉を開けて部屋を後にした。俺はこの時、気づかなかったんだ。チャクラ刀が、チャクラを流してもいないのに白く輝いていた事に。いや、気づいていたとしても、その意味を理解する事なんて出来なかったに違いないけど。


同時刻
木ノ葉隠れの里 共同墓地
ふしみイナリ


 目の前で大きな爆発音が鳴り響く。それと同時に、土が捲り上がり、土煙が濛々と上がる。その爆発の勢いで体が飛び、地面に叩き付けられた。

「くっ・・・!」
痛みを堪えて、身体を翻し、次の攻撃に身構える。しかし、身体を起こしたその刹那、目の前に鋭く光る刃先が迫った。一瞬、時が止まったようにその刃先を見つめる。“避けなければ”という思考が追い付く前に、身体が反応する。咄嗟に、身体を後ろに倒したのだ。ほんの一瞬前まで身体があった所を、風を切る音と共に、鋭く光る刃先は通り過ぎていった。
 “何が起きている?”“どうしてこうなった?”そんな思いばかりが、頭の中をぐるぐると回っていた。ハナに共同墓地へと連れ出された僕は、“菜野一族”の人間に殺されようとしている。・・・悪い夢みたいだ。

「水遁 水鉄砲の術!」
その声と共に、大きな水の塊が飛んでくる。その術は、僕が使える術とはまるで比べ物に成らなかった。水の大きさも、勢いも、スピードも明らかにレベルが高い。避ける間もなく、それは僕の身体に当たり、吹き飛んだ。強かに地面に叩き付けられ、痛みで起き上がる事が出来ない。

「おいおい、弱えなぁ!」
術を放った“菜野一族”の一人とは違う別の男は、そう叫びながらも、横たわる僕の腹を思いっきりに蹴り上げた。強烈な痛みがお腹を襲い、また、数メートル飛んだ。そして、地面へと仰向けに落ちる。

「がはっ・・!」
込み上げてくるモノを抑えられずに、僕は吐いた。それは、どす黒い赤色をしている。口から溢れだし、零れていく。・・・思考が鈍る。何をしているのかさえ、分からなくなる。
それでも、考えなくてはいけない。でなければ、待っているのは“死”だ。
“菜野一族”の人達は、老若男女含めて20人はいるだろうか。攻撃に参加しないものもいるのだが・・・多勢に無勢だ。それに、皆、強い。僕なんかは、足元にも及ばない。

「イナリ君、君にはこれは理不尽に思えるかもしれない。しかし、それは間違いだ。これは、必然なんだよ。」

「ひ、必然・・・?」
痛みに耐えながらも、呟く。くそ、喉が焼けるように熱い。口の中が、鉄錆を嘗めているような味と、生臭い匂いで充満している。それだけで、もう一度吐きそうだ。

「そうだ。全ての原因は、君にある。君が悪いんだ。そう、君が“悪”だ!」

「何を・・?」
と言った瞬間、右頬に強烈な痛みを感じて、身体が左へと倒れ込む。それにまた、血を吐いた。

「何を・・だって?ふざけるのもいい加減にしろよ。俺達は、君の“一族”のせいで、こうなったんだ!俺達の功績は、過去の栄光に成り下がり、人々の目は、羨望の眼差しから家畜を見るような目に変わった。・・・・全て、お前らのせいだ!・・全て、お前のせいなんだ!」

「ごめんなさい。・・・僕は、何も知らないんです。一体、何が・・あったんですか?」
手の甲で、血を拭いながら問いかける。

「ふ、ふふふ。はははは!」
その笑いに、背筋が凍った。気味が悪く、違う意味で吐き気がする。

「甞めるなよ、糞ガキ。知らないってのはな、“罪”なんだよ。・・・恨むなら、君の親を恨め。」
そう言って、ハナのお父さんは、僕の首に手をかけて力を込めた。首が音を立てて引き締まり、呼吸が出来なくなる。その強い力に、身体は次第に地面を離れ、宙に浮く形となった。足が地面に着かない事もあり、踏ん張る事も出来ず、ただ、苦しくなるのを我慢するしかなかった。意識が遠のいていく。視界が滲む。

「お父さん!辞めて!イナリが死んじゃうっ!」
聞きなれた声が聞こえた。しかし、その声は、悲しみを含んでいる。

「・・ハナ、これも“一族”の為なんだよ。分かってくれるだろう?」

「分かんないよっ!イナリを殺したりしないって言ってたじゃない!少し、話を聞くだけだって。だから・・だから、連れて来たのに!・・・辞めて!イナリを離して!」
悲鳴が聞こえる・・・。重い瞼を何とか開けて、声のする方へと視線を向ける。滲む視界の中で、それだけははっきりと見えた。ハナが、泣いている。その綺麗な眼に、大粒の涙を蓄えて、雨なのか、涙なのか分からない程に濡れていた。・・・どうして?どうして、泣いているんだろう?

「お父さんっ!辞めて!イナリを、イナリを・・・!」
頭が、割れるように痛い。・・・どうして、こんなに苦しいのだろう?どうして、ハナは泣いているのだろう?――僕は、何をしているんだろう?

「イナリを・・・私の大切な人を、殺さないでっ!」
ハナの、その声が耳に届いた瞬間、僕の“内側”で何かが弾けた。そして、視界が揺らめく青色の“炎”に染まり、身体を包んだ。


ほんの少し前、
木ノ葉隠れの里
小夜啼トバリ


 雨が冷たく、身体に染みていく。里は、この降り続く雨に、沈み込むように暗い。普段なら多少の明かりが見えるのだが、今夜はほとんどの明かりが見えない。しかも、大小の爆発音が里中に鳴り響いている。・・・おかしい。こんな音が鳴り響けば、多少なり混乱していてもおかしくはない。しかし、何だろうか、この静けさは。一つの“可能性”が頭を過る・・・それは、そうであって欲しくない。
 屋根の上を飛ぶように走り抜ける。とりあえず、役所に赴いて、状況を確認しなくては―と、大きな赤い屋根を越えた時だ。雨を切り裂いて、暗闇の中からクナイが飛んでくる。咄嗟に、身体を捻ってそれを躱す。隣の屋根に着地して、クナイを取り出し、身構えた。

「誰だ!? 私は木ノ葉の人間だ!」
私は、そう叫んだ。敵の位置が分からない以上、自分から声を出すなんて事はあり得ない。しかし、今回はやむを得ない状況だ。その飛んできたクナイが、木ノ葉の忍が使う物であった為である。私と同じく、この里の状況を見た“木ノ葉の仲間”が怪しい人物を見つけ、咄嗟に攻撃したのかもしれない。同士討ちなんて事は、避けなければいけない。
 しかし、その思いは打ち砕かれる。闇の中から、木ノ葉の額当てを付けた忍が矢のように向かってきた。その者の目は、こちらをはっきりと捉えている。

「―っ!?」
一瞬の間で距離を詰めた“その忍”は、走り抜け様に、手に持っていた刀を躊躇なく振り抜いた。身体を後ろに逸らし、紙一重と言うに等しい所で避ける。後ろ向きに手を付き、バク転の要領で身体を翻し、均衡を戻す。相手は、こちらが“木ノ葉の忍”と分かった上で攻撃をしてきた。それの意味するところは、“敵が木ノ葉の振りをしている”か、“反抗”かどちらかだ。
 “その忍”は、振り返り、刀を握り直して、再びこちらに飛び込んでくる。上方から振り下ろすその刀を、素早く握り手の部分を掴み、相手の身体ごと後ろに放り投げる。相手は、身体ごと後ろへと飛び、屋根に背中から叩き付けられた。鈍い音を立てて呻いている間に、その上に向かって飛び、相手を踏みつけるように蹴りつける。しかし、その蹴りは、相手の身体ではなく、屋根を破壊した。呻きながらも、身体を起こし逃げたのだ。
 すぐさま、私も身体を立て直して、相手に殴り掛かる。刀の一刃を避けながら、右拳を振り抜き、左に避け、横払いの蹴りを入れる。身体を捻り、空中に躍り出て、踵落としを打ち込む。雨が体を濡らして冷やしても、その緊張感が体を火照らせる。私の瞳は、相手を捉え続け、離さない。

「お前、何者だ・・・?」
相手と、距離を取り一息付いた。そこで、初めて相手に問い掛ける。

「・・・お前には、関係などない。」
その声は、女だ。まだ、若い女性の。
 それを皮切りに、再び打ち合う。雨を弾いて、一刃が横薙ぎる。それを屈んで躱し、身体を捻り、両手を地に付け、足を蹴り上げて刀を弾いた。

「―なっ!?」
悲鳴のような高い声をあげて、体勢を崩す。刀を弾いた為に、脇腹を大きく空けている。そこを狙って、術を放つ。腹からチャクラを練り上げ、力を込める。

「火遁 墳塵発破の術!」
口から粉塵を吹き出し、火花が散って、小さな爆発を起こして相手を吹き飛ばす。相手が吹き飛ぶと同時に、自分も身体を翻して飛ぶ。叩き付けられる直前に、相手の首を掴み、抑えつける。

「ぐっ―!?は、離せ!」

「離す訳ないじゃない。さぁ、何が目的なのか聞こうかな?」
クナイを取り出し、相手の首筋に突き付ける。雨はその間も降り頻り、二人を濡らす。垂れ下がる一本の髪から、滴が垂れ落ちる。

「そんな事、話す訳が・・・。」

「・・・では、この雨の中に隠れている“霞っぽい”ものは、君の・・いや、君達の術かな?」

「―っ!?」
押さえ付けていた身体は、緊張で固くなる。

「な、何故・・・分かった?」

「何故って、“状況”を良く見れば、分かると思うけど・・・。異様な静けさ、人の気配が妙に少ない。でも、人々は生きている。何か、幻術系の術が里を包んでるんじゃないかってね。」
私のその言葉に、彼女は、苦虫を潰したような表情を見せる。そして、観念したようにその重い口を開いた。

「・・・ふ、ふしみイナリが、里を裏切った。彼の狙いは、私達“菜野一族”なのよ。」
彼女は、呟くように囁いた。その言葉を理解した時、私は気の抜けたような事しか口に出せなかった。

「―はぁ?」


同時刻
木ノ葉隠れの里 役所
波風ミナト


 木ノ葉を包む雨は、一向にやむ気配がない。それと同じように、状況も好転する気配を見せないでいた。それを感じてか、私が居る役所の一室は緊張と殺意に包まれている。

「ふう、何とか、落ち着きましたね。」
私は、この場にいる老練の忍である2人に声を掛けた。

「・・・ヒルゼン、もはや猶予はないぞ。火影に直接、暗殺を試みるなど、“クーデター”のなにものでもないぞ。」
そう話す人・・・志村ダンゾウは、床に赤い池を作る“人であったモノ”を踏みつけた。この部屋には、それらが10体ほど転がっている。赤い色を巻き散し、生臭い匂いを放っていた。

「抑えきれなんだか・・・。」
火影様は、そう呟いた。苦々しい、そう言うに相応しい顔をされている。

「この事は、里だけの問題ではない。我々は、戦争をしているのだぞ・・ヒルゼン。木ノ葉でクーデターが起きたなどと知られれば、岩隠れだけではない。他国も攻めてきかねん。迅速に処理せねばならんぞ。」
確かに、ダンゾウの言う通りではある。彼が危惧していた通り、“菜野一族”はクーデターを起こした。そして、それは、木ノ葉の今後を左右する事象なのだ。・・・私が、5年前に恐れていた事が起きてしまうとは。やはり、“あの子”の存在が、それを誘発してしまった。

「・・・ミナト、イナリの家の様子はどうであった?」
火影様は、床に転がる“かつての仲間”を見た。

「争った形跡は、ありませんでした。静かに連れ去られたか、見知った人物に呼び出されたか、という所だと思います。」
そう言えば、瞬身の術で執務室に来た直後を襲われたので、事の次第を話せていなかった。しかし、イナリ君の見知った人物で、“菜野一族”に関係がある者なんて、一人しか思いつかないな・・。

「そうか・・・」

「ヒルゼン!“根”を動かすぞ!いいな!」
話を割って入るように、ダンゾウが叫ぶ。火影様は、ゆっくりと視線を彼に向けて、強い口調でこう言った。

「・・・ならん。儂自らが動く。直属の暗部には、すでに動きがあった“木ノ葉病院”“情報部”“忍者学校”“木ノ葉警務部隊”そして、“共同墓地”に、暗部が向かう手はずになっておる。」

「しかし、迅速に処理せねば・・」
と言いかけたダンゾウを、今度は、火影様が遮った。

「だからこそじゃ!これは、里の表の問題。裏が動けば、それだけ事が大きく見える。その方が、かえって危ない。たとえ、その理由が、里の“裏側”に関わる事でも、表に出た時から、そうなる・・・。」
彼らの話に、私は何も言う事は出来ない。それは、話の“重さ”からなのか、それとも、自分自身への“罪に苛まれている”からなのか。いや、あれは正しかった。今でも、そう思っている。

「ミナト、共同墓地へと向かうぞ。恐らく、そこにイナリはおる。」
急に話しかけられ、身体を緊張させた。しかし、火影様は、それを何とも思わずに窓から飛び出て行った。「私も追いかけなくてならない。」そう思って、一応、そこに残るダンゾウに一度、礼をしてから窓へと走った。
 雨が降り頻り、身体は瞬く間に芯からずぶ濡れとなる。里を包む雨は、いつ止むのだろうか。あぁ、クシナに黙って出てきたのは、きっと怒られるだろうな。・・特に、イナリ君が関わっているから。


少し後、
木ノ葉隠れの里 共同墓地
はたけカカシ


 爆発音が鳴り響いている。その癖に、里は異様に人がいない。どういう事だ・・・。とりあえず、一番、爆発音が集中している共同墓地に向かう。

「何が、起こってるんだ・・・?」
そう、呟いてしまうほどに異様なのだ。後もう少しで、共同墓地に着くと言う所で、その異様さは飛び抜けて増した。視界が青色に包まれたのだ。咄嗟に目を手で覆い、近くの草むらへと飛び込む。

「・・何だ!?」
光は思いの外、すぐに収まった。草むらからゆっくりと顔を出し、様子を窺う。林を挟んで、すぐそこは共同墓地なのだが、動くに動けない。何故なら、その林の木を超える大きな青白い炎が立ち昇っていたのだ。・・・こんなもの、見た事がない。中忍となって、下忍の頃より多くの任務を熟しているが、青白い炎なんてものは、初めて見た。この大雨に消える気配もなく、むしろ、雨を吸収するかのように炎は大きい。
 そんな思いに囚われていたせいか、近づく気配に反応が遅れた。気づいた時には、もう、声を掛けられてた。

「カカシ!?こんな所で、何しているんだい?」
声の方を咄嗟に振り返り、その姿を見て、少しばかり安堵した。

「先生・・。これは、何なんですか?」
全ての疑問を込めて、自分の先輩に問い掛ける。しかし、それに答えたのは、もっと意外な人物だった。

「カカシか・・。あれは、お前も良く知る人物じゃよ。」

「ほ、火影様!?」
いつもの火影が身に纏う白い服ではなく、鎧を着て、完全に武装する火影が居た。・・・そのような事態、と言う事なのか。それよりも、気になる事を言っていた。・・俺の良く知る人物・・?

「火影様!?ミナトさん?!」
と、もう一人の人物が瞬身の術で現れた。この人は、一度見かけた事がある。

「トバリか・・・。やはり、気づいたか。」

「当たり前です!これは、“イナリ”ですよね。一体、何が起きているのですか?」
イナリ・・・?ふしみイナリか? あの“お節介野郎”か。任務よりも仲間だとか、甘い事言ってた奴でしょ。そいつが・・・この炎の原因?

「言っても何も進まん。行くぞ!」
火影様は、そう言って走り出した。上忍の二人もそれに続く。仕方なく、俺もそれに続いた。雨に濡れ、草木と地面の濃い匂いを嗅ぎながら、鬱蒼とし、暗闇に包まれる林を駆ける。地面はぬかるみ、足をからめ取るように感じた。まるで、それ以上進ませないとしているかのように。しかし、火影様も、上忍も、俺も、それで止まる者はいない。地面を踏みつけ、暗闇の林を抜け、青白い炎が上がるそこに辿り着いた。初めは、その青い光で視界がはっきりとしないが、次第に慣れ、青白い炎に包まれた共同墓地に広がっていた光景が、目に焼き付いた。

 青白い炎に包まれたふしみイナリが、同い年くらいの女の子の胸に、クナイ突き立てていた。二人は、抱き合うように見えた。きっと、そのクナイさえなければ、暖かい、感動的な風景だったのかもしれない。しかし、現実は、この降り続ける雨のように、冷たく、虚しく、悲しく、切ない光景だったのだ。二人から、小さな嗚咽に混じって、細い声が聞こえた。

「ごめんね・・・イナリ。大好き・・。」



ちょいと、戻る。
木ノ葉隠れの里 共同墓地
菜野ハナ


 お父さんは、嘘をついた。お母さんも、嘘をついた。皆、嘘をついた。“イナリを殺さない、ただ、話をするだけだ”って言っていたのに。
 最初は、“殺す”から連れて来いとは、言っていた。でも、私が頑なに断ると、彼らはこう言い直した。

「ハナちゃんには敵わないな。分かった、彼を殺すことは諦めよう。その代り、話はしたいから連れてきては、欲しい。それなら、構わないよね?」
信じられなかった。でも、その事に、お母さんも同意したの。お父さんが暴力を振るった時も、一族の人が家に押しかけて来た時も、どんな時でも、私を守ってくれたお母さんが。だから。「信じてもいいかな。」って思うようになったの。・・・ううん、違うかも。“そう、信じたかった”だけかも知れない。
 私はきっと、“家族”と“大切な人”を両天秤に架けたんだ。・・・そして、私は“大切な人”を切り捨てた。裏切った。

・・・私も、嘘をついた。

 それでも、私はイナリの事が捨てきれなかったんだと思う。大人数人がかりで、痛めつけられるイナリを見ていたら、いつの間にか、叫んでいた。

「イナリを・・・私の大切な人を、殺さないで!」
心の奥底からある、大切な気持ち。いつか、伝えたいな、そう思っていた気持ち。“私の大切な人”・・こそばゆくて、暖かい言葉。あぁ、イナリには、もっとムードがあって、二人きりの時に言いたかったなぁ。
 涙が止まらない。雨でびしょびしょの顔も、涙で濡れ、もはやどちらなのか分からない。視界も歪み、はっきりと彼らを捉える事は出来なかった。そんな時だった。歪む視界を、青く綺麗な光が射したのは。それは、大切なその人が、何度も私を助けてくれた光だった。

 ―でも、この光は違うモノ。私の知らない炎だった。降り続く雨の滴が、青い光を反射し、煌めくように見えたその空中を、赤い筋を細く描いて“人の腕”が飛んだ。

「ぎゃぁぁああああ!」
野太い悲鳴が響く。その声は、私のお父さんのものだ。左腕の先がなく、代わりに滝のように流れ出る血が、雨に混じり滴った。何が・・・起きたの?私が状況を把握する事が出来ない位の一瞬の間、イナリは青い炎に包まれながら、身を翻す。青い炎に包まれるクナイを、お父さんに止めを刺すように突き出した。それに、私の身体は、思考が追い付く事もなく、動いた。

「イナリ、ダメっ!」
そんな、声を上げながら。私は、イナリとお父さんの間に、身体を滑り込ませた。思考が、その状況を呑み込めたとき、胸に鋭い痛みと、熱さを感じた。それは、ゆっくりと広がっていき、身体全体に染み渡る。しかし、私の心に広がったのは、痛さでも、熱さでも、恨みでも、悲しみでもない。ただただ、“イナリへの恋心”だった。

「ごめんね・・・イナリ。大好き・・。」

・・・ずっと、一緒に居たかった。もっと、あなたの傍に寄りたかった。
ごめんね、イナリ・・・世界って“苦しい”ね。
 
 

 
後書き
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。

次回は、「別れと、違える道」です。
この事件を境に、違える道を進んで行くかもしれない。それを、テーマに書いていく予定です。
ご期待頂ければ幸いです。

ではでは。 
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