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脚気

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第四章


第四章

「間違いない」
「食べ物だ」
「脚気は食べ物だ」
 このことを確信したのである。
「食べ物によってなるものだ」
「白米を食べているとなる」
「白米ばかりをだ」
 彼等は光明を見た。そしてその光明を掴んだ。
 すぐに軍を挙げての食事の改善に取り掛かった。白米から麦飯に切り替えたのだ。その結果海軍の脚気がほぼなくなったのである。
 しかしであった。陸軍はだ。森が頑強にこう主張していた。
「白米は兵士の楽しみである」
 その白米が御馳走だということを主張したのである。
「それを食べないと彼等の士気が落ちる」
「そうだ、脚気菌がある」
「それを見つけて退治すればいいのだ」
 森の側近達もこう主張してだ。陸軍では白米を食べる付けたのだ。
 ドイツ医学は病理中心主義だった。森はまさにその極北だった。
 その彼があくまで反対したのだ。そして陸軍の首脳達もだ。
「森が言うのならだ」
「間違いないのではないか」
「そうだな」
 森のそのキャリアに信頼を置いての判断だった。森は東大医学部からドイツに留学したまさにエリート中のエリートだったのだ。その彼が陸軍の軍医達の中心だったのだ。その彼の言葉を無視することはできなかったのである。
 そしてである。森はこうも主張した。
「栄養学的に見て日本食も洋食も同じだ」
 こう言ったのである。
「だからだ。洋食で脚気は防げない」
 しかしだ。陸軍の首脳、山縣や桂、それに寺内も馬鹿ではない。そもそも馬鹿でこの時代の陸軍を作り上げ主導することなぞできない。彼等も森に疑問を感じだしていた。
「森はどうもな」
「はい、いささか」
「おかしいのでは」
 ある料亭の中で首を傾げながら話をしていた。
「海軍では脚気はなくなっているのだな」
「そうです、最早」
「おかげで満足にしております」
「しかしだ」
 ここで山縣は自らの陸軍を省みて述べた。
「我々はだ」
「脚気の患者が出続けております」
「死ぬ者も多いです」
 特に寺内が深刻な顔だった。そして彼が言うのだった。
「ここはです」
「我々も麦飯をか」
「はい」
 意を決した顔で山縣に言うのだった。
「如何でしょうか」
「確かに白米は馳走だ」
 山縣はその服の袖の中で腕を組んで厳しい顔になっていた。
「しかしそればかり食わせて兵士が死んではだ」
「元も子もありません」
「その通りだ。桂」
「はい」
 山縣は今度は桂に顔を向けて彼に声をかけた。彼もあのニコポンと呼ばれたその笑顔はない。政治、それも国難を前にした時の顔になっていた。
「どう思うか」
「食べ物で脚気が解決するのならいいのでは」
 桂も現実的な言葉で述べるのだった。
「それで済むのなら安いものです」
「そうだな。それに越したことはない」 
 山縣もそれで頷くのだった。
「露西亜との戦争は避けられぬ」
「それは確かに」
「避けたいですが」
 これは彼等だけの本音ではなかった。政府の領袖である伊藤博文も同じ考えであった。誰もが露西亜との戦争は避けたいと思っていた。明治帝もであられた。
「ですがそれでも避けられるかというと」
「無理です」
「それは」
「そうだ。我等が避けたくともだ」
 山縣のその厳しい表情がさらに厳しいものになっていた。
 
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