野菊
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第三章
「ブーケはあんたを念頭に置いて選ぶから」
「有り難うございます、じゃあ飯田さんみたいにキャッチしますね」
「ヤクルトのセンターだった人よね」
「はい、あの人みたいに」
ブーケを取ってみせるというのだ。
「キャッチします」
「バックホームはいいからね」
「飯田さんの強肩に匹敵する私の肩はいいんですね」
「というかブーケは投げ返したら駄目でしょ」
野球のボールと違ってというのだ。
「普通はしないから」
「だからですね」
「ええ、返球は無用よ」
そこはだというのだ。
「わかったわね」
「わかりました、じゃあ」
「ええ、あんたが受け取る様にするからね」
縁起だが彼女が結婚出来る様にするというのだ、そして。
そうした話をしてだ、紗友里は結婚式の準備も進めた。その中でブーケの花も選んだ。しかしその花を見てだった。
式場のスタッフは怪訝な顔になってだ、ブーケの花を選んだ紗友里に対してこう言った。
「あの、それですか」
「ブーケのお花はそれですか」
「それだけでいかれるんですか」
「そのお花だけで」
「はい、これにします」
確かな声で答えた紗友里だった、それでいいとだ。
「というかこれしかないです」
「ううん、夏越さんがそう仰るならいいですけれど」
「その花を選ばれるのなら」
「それなら私達はいいです」
「それで」
「そういうことで、お花は」
これしかないと言ってだ、紗友里は決めた。そうしてだった。
結婚式が行われた、紗友里は夫となる愛する相手と共にウェディングドレスを着てバージンロードを歩いた、そして指輪の交換をして式場を出たところで。
その手に持っていたブーケを投げた、投げる時に勤め先の同僚達が集まっている場所を見た。そしてだった。
そこにブーケを投げた、勿論殆どの者は受け取らず綾音だけが受け取る形となった。まさに紗友里の狙い通りに。
綾音がブーケを受け取った、その彼女が手中に収めたブーケは。
「えっ、これって」
「野菊!?」
「そうよね、野菊よね」
「野菊のブーケね」
同僚達は綾音が受け取った紗友里が投げたブーケを見て言った、皆それぞれのドレスで綺麗に着飾っている。
その野菊のブーケを見てだ、意外といった顔で言うのだ。
「野菊にブーケって」
「あまりないけれど」
「何でここで野菊?」
「野菊なのかしら」
「考えたのよ」
紗友里が式場の階段の一番上、つまり式場の扉のところから言ってきた。新郎と共にそこで純白の服に身を包みその姿で言ってきたのだ。
「綾音ちゃんに相応しいお花をね」
「それで野菊ですか」
「明るくてそれでよ」
野菊の花の色と雰囲気を見ての言葉である。
「見ているだけで笑顔になれるから」
「私がそうだから」
「そう、そういう娘にこそね」
幸せになって欲しい、だからだというのだ。
「このお花にしたのよ」
「そうなんですか」
「確かにあまりブーケにはしないけれど」
「野菊はですね」
「いいでしょ、しかもね」
「しかも?」
「野菊って強いのよ」
紗友里は今度は野菊のその話もした。
「野原に咲く花だから」
「強いんですか」
「そう、そう簡単にはやられないから」
「じゃあ結婚も」
「そんなちょっとやそっとのことでどうにかならない様にね」
紗友里は綾音に微笑みを向けて話していく。
「やっていかないといけないものだし。私もだけれど」
「何か色々な意味があるブーケなんですね」
「そうよ、じゃあいいわね」
「はい、次は」
綾音は目を輝かせて紗友里に応えた、そのうえでこう言った。
「私が幸せになりますね」
「そうしてね、その時を楽しみにしてるから」
「はい」
綾音は満面の笑顔で綾音に応えた、そうしてだった。
綾音もその相手と紆余曲折もあったがそれでも式を挙げた、そして彼女もだった。
ブーケを持ってそれを後輩の娘に投げた、その花もだった。
「あんたも強く幸せになってね」
「野菊みたいにですね」
「ええ、そうよ」
紗友里、今は夫と共に式場にいて綾音を見守っている彼女と同じ様に言った。
「そうなるのよ」
「わかりました、じゃあ私も」
その後輩の娘も明るい顔で応える、野菊に込められた幸せは受け継がれていく。それはささやかだが強く綺麗な幸せである。
野菊 完
2013・12・1
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