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封じ込められたもの

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第五章

「それならね」
「あいつはまだ出て来てもらっては困る」
 男は目玉にこう返した。
「だからな」
「うん、僕達にしても髑髏天使にしてもね」
「あいつにはまだ勝てない」
「だからこそここに来て」
「あいつはまだ寝てもらう」
「そういうことだね、ただ」
 ここでだ、目玉は言うのだった。
「人間達が来ているね、僕達より先に」
「来ているな」
 この時にはじめてだった、男はスミドロノフ達を見た。
「あいつの前に来ているな」
「うん、このままだとね」
「今はいいがだ」
 今彼等は氷山に何も出来ない、しかしだというのだ。
「後々な」
「氷山をあいつごと持って行くね」
「それで目覚めさせたらな」
「大変なことになるよ」
 実に率直にだ、目玉は男に言った。
「折角ここまで来たのに」
「わかっている、ここはだ」
「人間達をだね」
「簡単なことだ、連中をだ」
「殺さないよね」
「私は死神だ、しかしだ」
 死を司る神だ、だがそれでもだというのだ。
「無駄に命を奪うことはしない」
「そうだね、じゃあ」
「要は覚えていなけばいい」
「彼等は誰もここにいなかった」
「そしてだね」
「そうだ、そしてだ」
 そのうえでだというのだ。
「あいつも今はな」
「まだ寝てもらうね」
「あと少しで起きるがな」
 だが、だ。それでもだというのだ。
「まだ寝てもらう」
「海の中に入ってもらおうかな」
「そうだよ、本当にね」 
 こう話してだ、そのうえでだった。彼等はというと。
 スミドロノフ達のところに来た、スミドロノフは男と目玉を見て目を瞬かせながらこう彼等に問うたのだった。
「君は」
「死神だ、だが」
「死神?」
「御前達は私のことを覚えることはない」
 こうスミドロノフに返すのだった。
「そしてだ」
「そして、君は何を言っているんだ」
「ここで見たことも忘れる」
 こう言ってだ、男はというと。
 その右手に持っている大鎌を一閃させた、だがスミドロノフ達とは間合いが離れていたので誰も切らなかった。
 もう一閃させた、それが終わった時には。 
 スミドロノフは氷の世界の上にいた、目の前には白銀の世界が広がるだけだ。それでスミドロノフはこう言うのだった。
「さて、それではね」
「はい、この地域のですね」
「調査を続けますか」
「そうしよう。ただ」
 ここでだ、スミドロノフは首を傾げさせてこう言った。
「何かここにあった様な」
「そうですね、何かが」
「あった気がするんですが」
 スタッフ達も言う、確かに何かあった気がするのだ。
 だがそれが何かわからない、それで周りを見てスミドロノフに言った。
「まあとにかくです」
「調査を続けましょう」
「それが我々の仕事ですから」
「今のところは」
「そうだね、そうしよう」
 スミドロノフも彼等の言葉に頷いた、そうしてだった。
 彼等は北極圏の生態系の調査を続けた、残念ながらもう一つの目的であるステラーカイギュウは見付からなかったが仕事は果たすことが出来た。しかも満足すべき調査結果を持って行って。
 日本の神戸では無愛想な青年が十九世紀イギリスを思わせる喫茶店のカウンターでコップを洗っていた。その彼にだ。
 あの男がだ、カウンターの席からコーヒーを飲みつつ言ってきた。
「水の禍々しき神を知っているか」
「水か」
「そうだ、水のクトゥルフだ」
「名前は聞いている」
 男、牧村来期は無愛想なまま男、死神に返した。
「人の姿に蛸の頭でだな」
「身体の各部に牙の様な爪が出ている」
「その姿を見れば気が狂うか」
「そうした神だ」
「最近あの連中と戦っているが」
 牧村はコップを洗いながら死神に言った。
「俺もそいつを見れば狂うのか」
「戦える力があれば狂わない」
「そいつと戦えるだけの力がか」
「そうだ」
 それだけの力があればというのだ。
「貴様は狂わない」
「そうか、ではな」
「今より強くなれ」
 これが死神が牧村に言うことだった。
「わかったな、狂いたくなければな」
「そうなるか」
「貴様は今以上に強くなれ」
 死神はコーヒーを飲みつつ牧村に語る。
「少なくとも力に飲み込まれ人でなくなることは克服したからな」
「わかった、ではな」
「これでも貴様には期待しているのだからな」
 こう牧村に言いコーヒーを飲む死神だった、北極でのことは話さないまま。そのうえで今はコーヒーを楽しむのだった。北極とは全く違う熱いそれを。


封じ込められたもの   完


                             2014・1・24 
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