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Myu 日常編

作者:時計塔
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間違っていない選択などない、あり得ない。

 拘束具が自分の体を縛り上げ、まるで別の生き物になったかのように重くのしかかる。
 自分の体がとてつもなく身軽で動きやすかったのかを思い知るいい機会になったはずだ。
 少なくとも、冥星にとってこの出来事は、ただそれだけを確認する目的しかない。
 
「秋坂冥星……お前は一体学校の生徒に何をしたんだ?」
「……何もしていない。いちいち明りを点滅させるな、うっとうしい」
「お前が昨日、放課後に町はずれの公園に向かったことは証言で分かっている。もちろん、お前が生徒たちに暴力を振るったこともだ」
「襲い掛かってきたから、反撃しただけだ」
「ふざけるな! 女生徒の目にボールペンを突き立てるのがお前の正当防衛なのか!」
「たまたま当たっただけだ。悪いことをした、反省している」
「……こんなことをしても、自分の立場が悪くなるだけだぞ、冥星……」
「立場……? こんな拘束具で俺の自由を奪うことしかできない――無能な先生諸君が、一体俺に、どんな立場を与えたと言うんだ?」

 談話していた男教師がみるみるうちに顔を真っ赤にし、冥星の顔を殴りつけた。火花が散るような打撃を後頭部に受け、ぐらぐらする視界で必死に相手を見つめる、そして嘲笑う。不利な状況下で、相手に対して弱さを見せることは屈服したも同然。今、どんなに無力だったとしても心まで折れてはいけない。冥星が教わった帝王学の一説だ。もっとも、この言葉を教えた男は簡単に死んでしまったことを付け加えておく。


「冥星君、この学校は一体どんな場所だ? 答えてみなさい」

 別の教師の声が聞こえる。目隠し、手錠、足枷、肩から腰にかけて繋がれた黒いベルト。首にmyuを感知する殺人チョーカー。そのすべてを意識から遠ざけ、冥星は声を拾う。

「ミュータントを管理し、監視する人類のためのミュータント育成機関」
「その通りだ。圧倒的な力を持つ君たちを――人類は恐れている。もちろん先生である私たちもだ。その証拠が、君を縛り上げている拘束具だな」
「俺が怖いか?」
「怖いとも……私たちは殺されたくはないのさ。臆病だからね」
「…………誰だってそうだろう」
「人間である私たちは特に、臆病なのだよ。自分の命が何よりも尊い――故に異端を排除したがる」

 ミュータントが異端だと?
 それは人類側から見れば人間の皮を被った怪物に見えるのだろう。人がミュータントを見る時の反応はいつも二通りだ。
 驚きか、恐怖か、そのどちらか。そして遠ざけ、拒絶する。

「冥星君……君が編入してきたとき、私は戦慄を覚えたよ。この年で思わず腰が抜けそうになった、恥ずかしいことにね――とんでもない子を拾ってしまった、まるで嵐がきたと思ってしまった。教育者として失格だ」
「俺はただの小学五年生だ。六年生にケンカを売られてびくびくしている小僧だぞ」
「いいや違う。事実、君は二年前クラス崩壊寸前だったあのクラスを、まぁなんというか……崩壊させてしまった……」
「あれは吉野が悪い。俺は悪くない、以上。腹が減ったさっさと帰らせてくれ」

 再び冥星に拳を振り上げた男性教師を老齢の男が手で止める。先ほどから冥星に対して真髄に話していた男だ。
 しばらくすると冥星は拘束具から解放された。視界には長机が冥星を囲うように並べられ、全ての――いや一人を除きすべての教師たちが冥星に厳しい目を向けていた。

「確か……校長?」
「一応ね。覚えていてくれて光栄だよ、冥星君」
「ステーキを食わせてくれたからな」

 唯一、冥星を暖かな目で見ていたのは学校の長だった。白髪混じりの髪をオールバックにきっちりと固め、スーツには皺一つ見当たらない。疲れたような優しげな眼光が妙に印象的だ。

「おお! あの時のことをまだ覚えているのかい?」
「あのステーキは俺が食べた中で最高の食材だからな。今でも忘れられない……あの口の中を広がる肉汁……」
「いや、そのことじゃなくて――――まぁいいか。君は食べ物に夢中だったからね」
「人とミュータントが幸せに暮らせる世界」
「…………やはり君は……いや、あの時の答えを、聞かせてくれるかね」
「できるさ。今がそうだ。ミュータントを支配し、人類が繁栄する世界。食べ物も寝る場所もある。何が悪い?」
「支配がある。ミュータントは自由を求めることができない。おかしいとは思わないのかい?」
「思わない。強い者が勝つ。弱い者が負ける。食べ物が豊富な方が生き、枯渇すれば死ぬ。それだけのことだろう」
「変わらないのだね。君は……本当に眩しいくらいに」

 一旦言葉を切り、校長は目を閉じた。まるで旧友のように繰り広げられる言葉のやりとりに他の教師たちは驚きを隠せない。
 学校一の問題児であるあの秋坂冥星が……なぜこの学校のトップと関わりがあるのか?
 ざわつく部屋に、今度は荘厳な声で校長は冥星に決定を下した。

「秋坂冥星、君のやったことは決して許されることではない。どんな者であれ残虐な行為する者を私は決して許さない」
「別に許してほしいなんて思ってない。帰らせろ、それだけだ」
「貴様ぁ冥星! いい加減に――――」
「やめたまえ。一度目は体罰として認めたが、次に彼を攻撃した場合、君にはそれ相応の処置が待っているぞ」

 バツが悪そうにすごすごと下がっていくジャージ姿の男教師――――おそらく体育教師だと思われるが残念ながら冥星は腹が減っているので思考が停止している。もはや誰が何を言っているのかもわからない。

「だが、君はエリザ・サーベラスを彼女たちから助けた、違うかね?」
「その通りだ」
「では君は彼女たちをただ無意味に害したわけではないと?」
「その通りだ」
「君の持ち物にあったこの手紙は彼女たちが書いたものなのだね?」
「その通りだ」
「傷の治らないエリザさんに言い知れぬ悪意が降りかかれば大きな負担になる。それを防ぎたかった、そうなのだね?」
「その通りだ」
「さて、先生方――私は冥星君の行動を決して許さない。それを前提で話を進めるが、もう一度聞きたい。彼は本当に収容所へ行くべきなのか?」

 収容所――それは家畜以下の者たちが繋がれる牢獄。ミュータントが罪を犯した場合、司法により裁かれることはない。どんな罪であれこの収容所と呼ばれるどこにあるかもわからない監獄に一生涯叩き込まれ永久に労働を課せられる。死ぬまで、永遠に。
 ミュータントたちの墓場――それが収容所なのだ。
「校長! 既に冥星君は吉野君に被害を加えています! 彼は今でも病院で意識不明の重体なのですよ!? それに加え今回の事件――彼は危険です! 収容所へ入れるべきです!」
「いや……噂だとあそこにはとんでもないミュータントが収容されていると聞く。もしそんな奴と秋坂冥星が接触でもしたら」
「くだらない! たかが噂如きで……あのジュリアナ・ローズでさえもうこの世に存在しないのだ! ミュータントなど恐れるに足らんわ!」

 罪には罰を。ミュータントには死を。それが世界の掟だ。ミュータントの死は、収容所を意味する。つまり、これは裁判であり冥星は極刑か否かということだ。
 どうでもいい。冥星はどんなところでも生きていける自信があった。悪辣な環境でも、毒ガスが吹き荒れる大地でも、死の雨が降る高原でも……ただ、飯がまずいということを除けば我慢の仕様がある。まずい飯を除けば。あと働きたくもない。
 空腹で思考が低下している冥星だが、収容所には僅かばかり興味があった。
 それでもいい。『存在』する可能性があるとすれば、間違いなく――あの場所だ。
 見つけ出して、それから――。

「――最低ですあなたは」

 …………面倒な物を拾ってしまった自分に、後悔した。たかが小娘一人のために大義を成すためのチャンスを捨てようというのか?
 歯を食いしばる。選択権などない。そのための命、そのための生――ならば。
 冥星は決断した。それは何者にも邪魔をすることのできない強い意志。揺るぎなき信念。
 全ては、自分が働かなくても暮らしていける幸せな世界のために、この命燃やし続ける。


「彼を収容所に行かせるわけにはいかない」
「校長! いい加減に!」
「行かせるぐらいなら今、私がこの手で彼を殺す」
「――な」


 本気なのかそうでないのか。それはどうでもいい。肝心なのは、学校の長たる者が生徒を殺すと発言したことだ。こんなことが発覚すれば学園の存続する危うくなってしまう。すべての教師が口を閉ざす。これ以上の発言は、校長という独裁者によって禁じられているようだ。
「冥星君、君を収容所に行かせるわけにはいかない」
「……どっちでもいいが、強いて言うなら楽な方がいいな」
「君は人類にとって希望であり……同時に災厄でもある――君のお姉さんがそうだったようにね」
「――――俺が、あいつの代わりだと?」
「いいや、違う。私はそうだと信じている。君は決して、怪物にはならないことを」
「そうか」


 信頼されている。校長は冥星のことを誰よりも危険視していると同時に期待している。
 殺戮者として処分されるか、未来を守るために人類の味方になるか……そのどちらかを選べと。

「……何を心配しているのかわからないが……俺は親のことや姉のことなどどうでもいい。革命やら暴走やら……なにかしら迷惑をかけたらしいが、俺は無関係だ」
「――もちろん、信じたい。しかし――」
「だが、俺は自分の国を作る。これは決定事項だ。俺の作る国は誰も働かなくても暮らしていける最高の帝国だからな。皆ハッピーだ」
「……そこに、人は住んでいるのかね?」
「もちろんだとも。お前らのような数ばかりが多い下等生物でも確かにうまい料理は作れるからな。大歓迎さ」
「ふ……ふふふ……あっはっはっはっは……君は、実に、子供らしいよ」
「もちろんだ。俺は小学五年生。夢見るお年頃だ」

 校長は、冥星の肩をしっかりと掴み、その湿った瞳で冥星を見つめた。無礼な奴だと思いながらも、なぜか冥星はその手を引きはがすことができなかった。
 羨望、困惑、慈愛、嫉妬……様々な感情の入り混じった瞳だ。ミュータントは人間ほど感情的になれない。感情よりも理性を制御する力を持ち合わせているからだ。
 果たしてそれは良いことなのだろうか。

「どうか、このまま真っ直ぐに――――」

 傷つけ、苦しめ、それでもなお、己に期待を託すようなお人よしに、こんな顔をされても、自分の心は何一つ動くことはなかった。
 人類は確かに愚かだ。自分にも多少なりこの男のような気持ちがあれば、あるいは――。

「俺は俺のやりたいようにするだけさ」

 そんなくだらないことを考えてしまうくらい冥星は腹が減っていたのだった。


 ※※※※※※※※


「め、冥星さま……」
「あぁ? ご飯を食べている時は声をかけるなとあれほどいっただろうブース!!」
「う……じゃ、じゃあお休みの時に少しお話をしてもいいですか?」
「やだ」
「じゃあいつ話せばいいんですか!?」

 なんだか最近、奴隷がうざくなってきたなと思う今日この頃な冥星は至福のひとときである夕飯の時間を邪魔されご立腹だ。ただでさえ、ブス(冥星視点)なのに己の障害になるなら、それは災害ではないだろうか。エリザを災害指定生命体に登録するか否か悩んでいるところに再びエリザは精一杯の勇気を振り絞ったような甲高い声を上げ冥星の鼓膜をぶち破った。

「きょ、今日 お、お部屋でお待ちしてますから!!!」
「が……ぎ……耳がぁ……」


 顔を真っ赤に染め上げ、長ーい金髪をバァッサァと翻し、逃げるように階段を駆け上った――かと思えばお茶碗をお盆に乗せ、キッチンで綺麗に洗った後――あ、あとで洗うので水に浸けておいてくださいね! いや、私がやっておくから存分に逃げなさいと微笑む明子にお礼を言い、ダッシュで部屋に逃げ込むエリザ。海星はぐぅかわいいと一言つぶやく。

「……はぁ、騒がしいわね……」
「あっはっはっは! エリザってば本当に可愛いねぇ! おい聞いてんのかクソガキ」

 残念ながら冥星は耳がイカレてしまっているため誰の声も届かなかった。頭をバンバン叩く明子を無視し、こんな大胆な攻撃を仕掛けてきたエリザに憎悪を燃やしながら冥星は無我夢中でご飯を貪る。

「絶対許さんぞ……ぶつぶつ」
「ふ……誰がなんというと、お前はバカだよ冥星……」
「ふざけるな、俺はどう考えても天才的な頭脳を持った天才的神童だろ」
「いや、ただの屑でしょ」
「黙れ……小学校三年生までおねしょをしていた愚かなる妹」

 ガキンとフォークとフォークが擦れあう音が夕食を飾る。片方は先ほどのエリザに負けず劣らず顔を真っ赤にした妹、片方は器用に空いた右手でスパゲッティを啜る兄。そして行儀の悪い二人に拳骨を下す明子。今日も秋坂家の食卓は賑やかです。

「な、なんで、し、しって……」
「なんでかって? 当たり前だろ、そんなことは」
「な、なんでよ」
「俺がお前の偉大なる兄で、どんなに汚らわしい血を引いていても、お前は俺の妹だからだ」
「…………バカじゃん」


 その言葉で一瞬のうちに冷めた瞳に戻った海星はエリザに継ぎ、食卓を退場した。相変わらず小食で食べず嫌いだ。そんな妹のことが、冥星は大嫌いだ。
 いつから兄妹としていがみ合っていたのか。そんなことはもう忘れてしまった。何をしてしまったのか、あるいは何をされてしまったのか。考えることすらどうでもいいほどに、冥星は妹を己の視野から外した。
 ただ、間違いなく妹は自分のことが大好きだった。そう言っていたことが……確かあった。

「冥星」
「あぁ? いいかげん飯を食わせろ」
「今回の件は――許す」
「何のことだ?」
「とぼけるなよ冥星」
「…………あのじじい」
「もちろんお前がエリザを助けるために悪党を演じたこともだ」
「は……? なんだそりゃ? おい……」
「相手の子はmyuを発動したらしいな? それを止めるには瞳を狙うしかなかった」

 あの時、まさか相手が逆上して能力を使うとは思っていなかった。やむを得ず相手の瞳を狙い一人の少女に致命的な障害を負わせてしまったことは確かだ。もっとも、無断で能力を使おうとした少女に非があり、冥星は正当防衛ということで許された。
 いくら自分がナイスガイだったとしてもmyuを使われればひとたまりもない。あの時は、ああするしかなかった。

「気にすることはないさ」
「はぁ? 誰が気にするって」
「救いようのない子たちだった。相手を傷つけることしかできず、挙句己の力を誇示したがる……お前は確かに彼女たちの人生を奪った。でも、間違ってはいない」

 間違ってはいない。気休めにしてはなかなかの言葉だ。自分に逆らいさえしなければきっと普通の生活ができた。学校に行って勉強をして給食を食べて帰る……そんな当たり前の生活ができたのだ。

「――――収容所に行って当然の子たちだよ」

 それでも、間違っていないなんてことはありえない。
 冥星の行動が、彼女たちを死の門へ追いやった。
 また、あの時のように。

「そら、さっさとエリザのところに行ってやんなよ!」
「ちっ……酒臭いゴリラは本当に手がつけられんな……」

 缶ビールを片手に冥星を蹴り上げる明子に中指を立てながら冥星はすごすごとエリザの待つ自室へ赴くのだった……。

 

 


 
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