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とある彼/彼女の籠球人生

作者:駆瑠
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第四話

「Q, 何故俺はここに居るのでしょう?」


「A, 私と篠沢さんが連れてきたから」


「やっぱりお前のせいじゃねえか!!」


正直に答えただけなのに皐月に怒られた。


「けどさぁ……実際同じ人達とやってても飽きるだろ?」


「言いたい事は分かる。だからってなんで……! よりにもよって! 女子しか居ねえんだよ!!」


「なんでって……“女子ミニバスケットボールクラブ“だからだろ?」


お世話になってるバスケクラブに所属する篠沢さんの娘さんが去年このミニバスケットボールクラブに入ったとのこと。なんでもコーチの女性と旧知の仲らしく、娘さんもその伝手でここに入ることになったんだとか。


「夏音一人でいいだろうが……」


「それじゃ皐月が詰まらないだろ? 仲良く勝負しようよ」


「女子とか?」


「女子だから弱い…ってこともないだろ」


「まぁ、お前見てりゃそんな事言えんわな」


そして私達のこともコーチに話したらしく、一度見てみたい…っという話になったらしい。


「私は楽しみだぞ? このチーム、今年の全国大会ベスト4だったんだろ」


「へぇ、強いとこなんだな」


「「その通り!!」」


「うわぁ!?」


「うおっ!?」


突然後ろから響いた声に皐月と二人で振り返る。私達が入ってきた入口に居たのは背丈も髪も顔立ちも……何から何までそっくりな二人の女の子だった。


「よく来たな挑戦者!」


「挑戦者!」


「このチームのエース、日暮 琴那と!」


「琴覇が!」


「「相手になってやる!」」


……私達はどう反応すればいいのだろう? 隣を見れば、皐月も困惑顔で見返してきた。
とりあえず……双子らしき二人の更に背後から、額に青筋浮かべて歩いてくるジャージ姿の女の人のことを二人に言うべきだろうか?



「それで? 練習に遅れてきたエースのお二人に、私はどう応えればいいのかしら?」


そう……さっき皐月が女子ばかりと言った通り、チームは既にウォーミングアップを終えて練習を開始している。かく言う私達もウォーミングアップの最中だったわけなのだが……。


「ひっ……!? コ……コ、コ……コーチ……?」


「ヒ……ヒーローは遅れてやってくるものでありまして━━━━」


「そ、そう! 琴那の言う通り、これには……その……え~~……あれだ! そう、これには山よりも深く海よりも高い訳が━━━━」


「馬鹿、琴覇……! それ無いも同じ━━━━」


ゴツン! っと、いう音と共にニャー! っと、良い断末魔が体育館に響き渡った。












「それで? ルールは?」


さっきのやり取りを無かった事にしたらしい皐月がシュート練習をしながら聞いてくる。そのシュートは3Pラインの外側から撃ち続けており、他の子達が驚いた顔で皐月のシュートを見ていた。惜しいな……これが中学の試合なら三点の大量獲得なのだが……。


「変則の2on2。互いにオフェンス、ディフェンスを繰り返して三点取った方が勝ち。互いに攻撃が終わった時に同点だった場合はどっちかが一点上回るまでやる」


皐月は良いシューターになるという私の読みが当たっていたことに満足しつつ、ルールを説明していく。


「ボールが相手に捕られたり、ラインの外に出た時点で攻守交代。それまでなら何度でも攻めていいけど……」


「けど?」


「ファウルしても交代だから時間に気をつけてな」


「バイオレーションってやつか……攻撃は俺からの方がいいか?」


「いいけど……攻守交代して次の攻撃になった時に交代するから━━━━」


「っと、言う事は俺もディフェンスは最低一回はやらなきゃ駄目ってことか……苦手なんだよな……」


そりゃ、クラブの大人達に散々高さ使って攻められれば苦手にもなるか……。
私や皐月がシュートを決め続けても、相手に点を取られ続けたらいつまで経っても終わらない。勝つには相手の攻撃を一回は止めないと駄目だ。
ここは一つ、注意点と、励ましの言葉でも掛けておくか。


「皐月、リバウンドの話は前にしたよね?」


「ああ、外れたボールの確保だよな?」


「人数が二人しか居ない。よって私がシュートを外したら当然皐月に捕りに行ってもらうんだけど━━━━」


そこで私はゴール下のラインの一つを踏む。


「その線がどうした?」


「この線の内側がペイントエリア……制限区域だな。オフェンス側がこのエリアに三秒以上居ると、さっき皐月が言ったバイオレーションに引っ掛かる」


「三秒なんてあっという間じゃねぇか……」


「普通ならね。ただ、皐月に限って言えば基本外からだ。ミドル以上の攻撃が得意な奴にはそれ程関係無い。これが5対5なら他の選手からの圧力もあるしその限りじゃ無いけど━━━━」


「そうか……2対2だから一人はリバウンドに備えているから、ゴール下から動かない」


「つまり目の前の相手のディフェンスだけ考えればいい。ヘルプにいかれることもあるかもしれないけど、その時は無理せず私にパス。私が決める。スティールにだけ気をつけて」


「うし……分かった」


これでオフェンスは大丈夫かな。なら、次はディフェンスだな。


「あと、ディフェンスに関しては皐月の不安は多分当たってる。1on1になれば物を言うのは経験。身体能力では皐月の方が少し上かもしれないけど、相手はエースを名乗ってるわけだし、全国大会ベスト4だ。経験値はどう考えても向こうの方が上だ」


「お前も試合経験なんて無ぇだろうが……」


……わりかし痛いところをついてくれる。確かに、前世で世界のバスケ選手と戦い続けた経験値はこの身体ではなんの役にも立たない。体格が違う。身体能力は遥かに劣る。そんな身体で以前と同じプレイをしろと言われても無理だ。
だが━━━━。


「まぁ、任せなさい。ちゃんと作戦は考えてきてあるから」


「作戦?」


━━━━経験値はこの身体で使えなくても経験則は頭で役に立つ。












バスケットコートの片面で男子一人、女子三人……4人が二組に別れて対峙していた。


「準備はいいかね? 挑戦者」


「日神楽 皐月だ。いい加減覚えろ」


フリースローラインで皐月が少しだけ腰を落として待機し、琴那もボールを持って正面から向き合った。


「でっ…か……あんた、何センチ?」


「えっ!? え~~……175?」


「ッ……!?」


一方、少し離れたところで腰を落として二人を見ていた琴覇が、不意に夏音を見上げて身長を尋ねるも、返ってきた返事に声を詰まらせ━━━━。


「嘘付け! お前こないだ170になったばっかだろうが! 身長で鯖をよむな! ジェットコースターに乗りたい子供かお前は!?」


━━━━直後、皐月のツッコミに思わず脱力しかけた。


「皐月だって同い年だろ! いいじゃないか! もうちょっと欲しいの! ってかなんで知ってるんだ!?」


「お前のお袋さんに聞かされたんだよ! 『あの子、このままじゃ貰い手が居なさそうだし、皐月君、頑張って追い越してね』とか!」


「はあ!? なんで今からそんな事心配されなきゃならないんだ!? 私はバスケするから結婚する気無いぞ!」


「!? ふざけるな、そこのデカ女! 見るからに勝ち組な胸しやがって!」


「琴那の言うとおりだ、このデカ女!」


「胸なんて邪魔なだけだ! 第一私はデカ女じゃない! あと10センチ足りん!」


「170有れば十分だ! 数センチぐらい俺に寄越せ!」


「イヤだよ、せっかくここまで伸びたのに! なんで━━━━」


「……そろそろ始めていいかしら……?」


「「「「はい、すいませんでした」」」」


琴覇の質問が皐月、琴那も巻き込み停止不能になりかけた時、コーチの冷たい一言が、四人に疑問も挟ませずに謝罪の言葉を出させた。


「それじゃ━━━━」


静かに対峙した四人を見て、コーチがホイッスルに口をつける。
そして━━━━。


「ッ……!」


ピィッ、っと笛の音が響くのと同時、琴那がフリースローラインに立つ皐月にボールを投げ渡し、皐月が受け取ると同時にペネトレイトを防ぐ為に前進した━━━━。


「ふっ……!」


━━━━時にはボールは既に皐月の手を離れ、ゴールに向かって放物線を描いて飛んでいた。


「はぁ!?」


(やべっ……!)


しかし、その皐月もシュートを放ったことに自分で驚いていた。最近はただシュートするだけでなくパスを受けてからのシュートの練習を続けていたのだが、その癖が咄嗟に出てしまった。


(リリース速すぎ……! 入るわけないし!)


琴那がゴールを振り返る間にも、彼女と同じ事を考えた琴覇がゴール下に入ろうとするが、それは夏音に阻まれた。


「ぐっ……!?」


「ゴメンねッ!」


抵抗すら出来ずにゴール下への最短ルートから琴覇が押し出されていく。琴覇にしても体格差からある程度の力負けは予想していたが━━━━。


(デカいだけじゃなくて速い! ポジションが取れない!?)


単に押し合いに負けたのではなく、捕りに行こうとした時には既に進路上に夏音が居た。瞬発力には琴覇も自信があったが、夏音はその上を行っていた。
ゴール下で二人が激突するのを余所にボールはゴールリングで向かって落ち始め━━━━。


「おっ!」


「ナイスシュート!」


リングに掠ることなく、ネットを揺らして床に落ちた。その事に内心外すと思っていた皐月は意外といった感じに声を上げ、夏音はリングに掠らせずにクイックシュートを決めた皐月に賞賛の声を掛けた。


「ドンマイ、琴那。まだ一点だよ、次はもっと詰めて止めよう」


「分かってる。琴覇も出足で負けちゃ駄目だよ」


一方で琴那と琴覇もさっきのプレイの反省点を互いに指摘しあう。どんな形であろうとバスケが始まれば彼女達は冗談を挟まない。


「ディフェンス、大丈夫だな?」


「任せなさい! 皐月こそ三秒ルールを忘れないように」


夏音と皐月も一声掛けながら配置に着く。今度は琴那がセンターラインに立ち、その前で夏音がボールを持つ。


(改めて見るとコイツ、デカいなぁ……しかもそれだけじゃなくて━━━━)


ボールを持つ夏音の腕、そして脚に目を向ける。


(手足も長いなぁ。守備範囲は広そうだけど、もう一人はどうかな?)


琴那がちらっと、自分の妹の隣に立つ皐月を見て━━━━。


「…………!」



ピィッ、と鳴った笛の音に意識を目の前の相手に戻す。同時に投げられたボールを受け取り、ドリブルを始めた。


(来ない……か……)


ボールを投げ渡してから夏音は一歩も動かない。腰を落とし、両腕を低めに構えて琴那を待ち構えている。


(ドライブを警戒してるのか。けどね!)


右手でボールを突く勢いを強くし、夏音の左から抜けようとする。当然夏音も反応もするが、そこから更に切り返し反対側へ━━━━。


(ッ……!? これにも反応するの!?)


抜ける寸前に夏音も切り返してきた。だが━━━━。


「ぃよっ!」


「ちっ……!?」


「琴覇!」


夏音に捕まる前に左右に身体を揺さぶって皐月のディフェンスを振り切り、ゴール下に入った琴覇にパスを出した。


「よしっ!」


ボールを受けた琴覇がその場でターン、ゴールに向かってボールを放った。


「━━━━!?」


その時自分に覆い被さってきた影に琴覇は背筋が震えるのを感じた。


「そらっ!!」


「なっ!?」


影━━━━夏音が琴覇の後ろから腕を伸ばし、ボールをライン外に叩き落とした。


「ナイスブロック」


「ありがとっ!」


皐月が外に出たボールを拾い上げながら夏音に声を掛ける。そして夏音の返事を聞きながらさっきの会話を思い出していた。


『作戦?』


『篠沢さんに聞いたんだけど、あの二人はどっちもフォワードで、しかも外からのシュートはほとんど無いらしい。つまり一番の脅威はドリブルでのペネトレイトやパスなんだけど、その行動目的は一貫してゴール下に入ること。その方がシュートの成功率も高いしね』


『んで? 俺はどうしたらいいんだ?』


『まず簡単にゴール下に入れない。抜かれそうな時は私の居る側から抜かせる事』


『抜かせてどうすんだよ?』


『決まってる。私が叩き落とす』


実際夏音の言った通りにはなった。


(けど……抜かせたんじゃない。抜かせるしかなかった……!)


琴覇の動きは皐月のイメージよりも遥か上だった。大人を相手にした時のような、歩幅等の体格の差ではなく体捌きで身体を動かす琴覇に反応が追いつかなかった。わざと片側にスペースを空けなかったら想定外の方向に抜かれていた。


(まだまだ遠いな……)


フリースローラインに歩いていく夏音の背中を見て思う。まだ届かない……。


(集中しねぇと……)


こんなことを考えながらミスすれば夏音にどやされる。彼女はバスケには怖いくらい真剣なのだから。


(さぁて……どう攻めるかな……)


再び響く笛の音と共に投げ渡されたボールを受け取り、トリプルスレットの体勢で相対する琴覇を観察しながら夏音は攻撃の手を模索する。


(見た感じ反応は良さそうだよな。パスのタイミングも上手かったし、悔しいけど、連携も相手の方が上っぽいな……)


自分と皐月の能力、僅かばかりの間に得られた相手の情報。徐々に自分の選択肢を絞っていき━━━━。


(高さで勝負すんのは簡単だけど、それじゃこんな事してる意味も無い。
なら━━━━!)


自分の行動を決定。実行に移すべくドリブルを行い琴覇との間を詰める。


(来た! 速い……!)


ドリブルで突っ込んでくる夏音を見て琴覇も動く。右側から抜けようとする夏音に対し彼女も一歩踏み出し━━━━。


「ッ……!」


レッグスルーで切り返す夏音を見て踏みとどまった。


(こいつ……!?)


だが、夏音はそこで止まらず琴覇に背中を見せてバックターン。ドリブルする手を戻し再度右へ。


(やっぱ右から━━━━!?)


琴覇が重心を右に傾けたところでまた夏音がドリブルする手を替えながら左へと切り返す。それを追おうと無理やり重心を戻そうとして━━━━。


「へっ……?」


「琴覇!?」



そこまでだった。ステップバックする夏音を琴覇は“後ろへ倒れこみながら“見送った。


「よっ……!」


倒れ込む琴覇を尻目に夏音はジャンプシュート。放たれたボールは放物線を描いてゴールリングを潜った。


「よし!」


小さくガッツポーズする夏音を、琴那は琴覇を助け起こしながら見上げる。


「この感じ━━━━」


「うん……“あいつ“ソックリ……」


二人が思い出したのは今年の全国大会の準決勝。そこで相対した一人の選手。二人掛かりで行ったにも関わらず、小学生とは思えない動きで相手にされずコートを駆け回った少女。プレイスタイルはまったく違う。容姿が似ているわけでもない。
それでも━━━━。


「「負けない……!」」


二人の戦意をかき立てるには十分だった。













「ありがとうございました!!」


「ありがとうございました」


二人で頭を下げてから夏音と皐月は連れてきてくれた男性と体育館を後にする。ちなみに娘と一緒に帰ることを拒まれた男性は肩を落としながら帰っていった。


「…………」


帰って行く三人の背中を見送ってから朱里は俯いて黙る双子に向き直った。
勝負の結果は3ー1で二人は敗北した。途中、夏音との勝負を避け皐月を抜く作戦に切り替え一点は返したものの、攻撃を止めることが出来なかった。


「お二人共━━━━」


その一点にしても彼女達の本意ではない。二人の性格を考えればやられたまま引き下がるのを良しとしない。この落ち込みようは負けたことだけでなく、勝負の内容そのものも影響している。


「あかりん……」


どう声を掛けるべきか悩む朱里だったが、それより先に琴那から声を掛けられた。


「はい、何でしょう? あと、そのあだ名で呼ぶなと何度━━━━」


「あいつら、特にデカい方! 同じ学校なんだよね!?」


「えぇっ!? あ、はい」


「バスケ部!? あんな奴が今まで無名っておかしくない!?」


「いえ……部活に入るとかはしてなかったかと━━━━」


琴覇も混じっての突然の質問責めに、朱里の抗議はあっさり流された。


「あっ! でも、中学校に上がったらバスケ部に入られるとか━━━━」


「よし!! リベンジは中学に上がってからだ!」


「それまで練習だ、練習!」


(私も人伝に聞いただけなので、水無月さんがバスケ部に入られなかったら非道い目に遭うんでしょうね、私……)


朱里の内心を余所に二人はどんどんヒートアップしていく。


「いっくよ! あかりん!!」


「だからそのあだ名で呼ぶなと何度言えば……と、いうか……お二人の小学校だと中学は私達と同じになるのでリベンジは出来ないのでは━━━━」


「「…………あっ!!」」


「それ以前に私はこれから体育館を閉めて鍵を返しにいくわけなんだけど……三人共まだ続けるつもりかしら?」


「「ひっ……コーチ……!?」」


「ちょっ……コーチ! 三バカみたいに纏めないでください!」


「「あかりん!?」」


そうして彼/彼女達の小学校最後の一年は過ぎていった。 
 

 
後書き
バイオレーション

選手の接触によるファウル以外の、時間などのルールのファウルの時にバイオレーションになる。
後述の3秒ルールといったものが該当する。

制限区域

ゴール下にある台形、もしくは2011年以降のルール改定後に変更された長方形のエリア。オフェンス側がこの下に3秒以上いると上述のバイオレーションファウルを受ける。

ペネトレイト

オフェンス側がドリブルで相手ディフェンスの間を抜けていくこと。

無理やり重心を戻そうとして━━━━:アングルブレイク

身体の重心が偏って相手についていけなくなった状態。正確には技ではなく現象。動画を探してもらえばキレイに相手を倒していくプレイが見られる。

 
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