ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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剣使の帝篇
17.天使の帰還
前書き
転校生、逢崎友妃の正体とは?
そして舞い戻る天使
「はぁ!?」
放課後の職員室塔校舎の最上階で伝説の吸血鬼の叫び声が響いた。
「さっき説明した通りだ。わかったな緒河彩斗」
「い、いやいやいや、ちょっと待てよ! なんだよ! 俺の監視役って!?」
今朝、彩海学園高等部一年B組に転校してきた可憐な少女、逢崎友妃。彩斗に以前、ラ・フォリアが流れ着いた無人島を教え、結果的に夏音を助けるのに協力してくれた少女。
それが“神意の暁”の監視役だと伝えられても彩斗の頭は、すぐにその真実を認識できない。
確かに“神意の暁”は“真祖”に並び立つ吸血鬼だ。
今まで監視がついていなかったということの方がおかしかったのかもしれない。
だが、獅子王機関は彩斗が“神意の暁”であることを知っているようだ。
彩斗が“神意の暁”になったのは、ほんの一年ほど前のことだったはずだ。
だが、彩斗がなぜ、“神意の暁”になったのか詳しいことを憶えているわけではない。
「聞いているのか、緒河」
「痛っ!?」
頭蓋骨に衝撃が走り、彩斗は転倒する。
「なにも叩くことねぇだろ」
「お前が私の話を聞いていないからだ」
「大丈夫ですか、“神意の暁”?」
淡々とした喋り口調の藍色の髪に青い瞳にメイド服を着た人工生命体の少女が倒れる彩斗に手を伸ばす。
「ありがとな、アスタルテ」
少女のほっそりとした手を掴み、起き上がる。
「こいつに手を貸すことなどないぞ、アスタルテ」
「ついに生徒をこいつ呼ばわりかよ、このちびっ子教師は」
那月に悪態をつく。もう一度頭を叩こうとするが那月はそれを途中でやめる。
その理由は考えずともわかった。
「もう遅いよ、彩斗君。ボク待ちくたびれちゃったよ」
扉からちょこっとだけ顔を出した友妃が部屋を覗いている。
「なんだ。盗み聞きか、転校生」
「別に盗み聞きなんてしてないよ。ただボクは、彩斗君の監視役だから待ってるだけだよ」
その言葉を聞いて彩斗は頭が痛くなるのを感じた。
「よかったな、緒河。お前にも雌奴隷が出来たぞ」
「雌奴隷って、それが教師の台詞かよ」
ため息を吐きながら部屋を出る。
「おい、緒河!」
疲れてきた彩斗が部屋から出ようとすると那月が引き止める。
「明日も話がある。また放課後にここに来い」
へいへい、と適当に流しながら部屋を後にした。
今日の終わりを告げようと太陽が沈もうとする。朝日であろうと夕日であろうと吸血鬼に苦痛なのは関係ない。吸血鬼の体質になってこれだけはどうも馴れることが出来ない。
「で、いつまで着いてくるんだ、お前は?」
「ボクは彩斗君の監視役だからね。それにお前じゃなくてボクには、逢崎友妃って名前があるんだよ」
自転車を押す彩斗の後ろから黒色のギターケースを背負った黒髪の少女がピッタリとついてくるのだ。
流石に少女が一緒にいるのに彩斗だけ自転車に乗って先に行くなどという行動は気が引けた。後ろに乗っけるという選択肢もあったがまだあまり知らない少女を後ろに乗せられるほど彩斗は善人にはなれなかった。
適当に彼女の家が近づいたら別れればいいだろう。
「やっぱりあの話はホントなんだな」
「あの話って?」
「お前──」
友妃が彩斗を鋭い目つきで睨みつける。
「……じゃなくて逢崎さんが俺の監視役ってのはホントなのかと思いましてね」
「本当に決まってるじゃん」
友妃は当たり前のことを言うように言い放った。
「あと逢崎さんじゃなくて友妃って呼んでよ」
無邪気な笑顔で少女はこちらに微笑みかける。
「で、逢崎。俺についてきてるけどいいのか?」
ふくれっ面をした友妃は、再び無邪気な笑顔に戻る。
「ボクなら大丈夫だよ」
ボクなら大丈夫、この意味を彩斗は真に理解していなかった。
この意味を彩斗はわずか三十分後に知ることになるのだった。
「なるほど……」
彩斗は呆れたように言葉を洩らした。
アイランド・サウスこと、住宅が集まる絃神島南地区。九階建てマンションの七階の七〇三号室に彩斗は住んでいる。その隣の七〇四号室には、“第四真祖”の暁古城と暁凪沙の二人が、七〇五号室には、獅子王機関“剣巫”の姫柊雪菜が住んでいる。
これだけでも“神意の暁”、“第四真祖”、“剣巫”の三人が同じ階に揃ってる時点ジョーカー三枚で《ストレートフラッシュ》を起こしているようなものなのにここにさらに一枚カードが加わることになった。
それもとびっきり強力なのがだ。
七〇二号室。彩斗の隣の部屋にいた住人が昨日どこかに引っ越していった。
唐突なことだったが、すぐにその部屋には新たな住人が引っ越してきた。
もう察しの言い方はわかるであろう。
七〇二号室の新たなる住人は、彩斗の監視役、獅子王機関の“剣帝”こと逢崎友妃だ。
獅子王機関、吸血鬼、吸血鬼、獅子王機関。
もう役が一枚足りないとか関係なしに《ロイヤルストレートフラッシュ》だろこれは……
「ということでこれからボクが朝起こしてあげるから遅れないように学校に行けるね」
そう言って彼女は満面の笑みを浮かべて、七〇二号室の扉の中へと消えていった。
『一難去ってまた一難』ということわざがある。
意味としては、次々と災難が襲いかかってくるという意味だ。
「なんでこうなるんだ……」
緒河彩斗は自分の運の無さを恨むしかなかった。
『一難去ってまた一難』──昔の人はとてもいい例えをすると心からこのとき彩斗は思ってしまった。
こんなことを思ったわけ、それはほんの二十分くらい前に遡るのだった。
放課後の職員室塔校舎の最上階に吸血鬼の少年は昨日に引き続き訪れていた。
「今日はなんのようなんだ、那月ちゃん?」
「教師をちゃん付けで呼ぶでない」
那月はいつものように彩斗の頭を叩こうとするが、今回はそれを回避する。
「それで今日はなんなんだ?」
はぁ、と短いため息を吐いて那月は藍色の髪のメイド服の人工生命体の少女に目配せする。
アスタルテは、奥の部屋の扉を開く。
扉の向こうには、綺麗な銀色の髪、青い瞳の中等部の制服を着た少女。
「夏音……?」
「はい。お久しぶりでした、彩斗さん」
那月の用事が終わってから病院に駆けつけようと思っていたが、それよりも早く夏音の元気な姿が見れてほっとする。
「まさか、このために俺を?」
「まあ、半分はその用事だ」
「たまには、教師らしいこともするんだな、那月ちゃん」
「たまには、余計だ。あと教師をちゃん付けで呼ぶな!」
那月の攻撃を今度は避けることなくわざと受ける。
「なんだ。やけに素直に受けたな。よほど叶瀬夏音に会えたのが嬉しいのか?」
「ち、違ぇよ!」
「違うんですか?」
夏音が残念がるような声で彩斗に問いかける。
「い、いや、夏音が退院したのはものすごく嬉しいんだ。だけど、だけどな……」
言葉に詰まってあたふたしていると那月が改まったように言う。
「それでだ、緒河。お前に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと?」
那月の頬が微かに動いたのを彩斗は見逃さなかった。彩斗は、何か嫌な予感がするのだった。
「単刀直入に言う。お前の家で叶瀬夏音を引き取ってほしい」
「は……?」
言っている意味がわからなかった。
彩斗が理解できる範疇を唯に超えていた。
「も、もう一度おっしゃってもらえますか、南宮先生?」
「なんだ、急に敬語になって。いつもその調子で言えば私も叩いたりはしないぞ」
那月は満足したように口を開く。
「緒河彩斗。お前には叶瀬夏音を家で引き取ってもらう」
「なんでこうなるんだ……」
やっと理解できた状況に彩斗は思わず古城の口癖のような言葉が洩れた。
「なんだ、叶瀬がお前の家にいると何か不都合でもあるのか」
「いや、不都合はねぇけど、歳の近い男女が一つ屋根の下で暮らすっていうのは問題があるだろ」
「お前の家はマンションなのだろう。それなら剣巫の娘や暁古城の妹とも一つ屋根の下で暮らしていることになるなら問題などないだろ」
屁理屈を言う那月に彩斗は半分呆れている。
「第一、夏音は俺と二人暮らしなんかしていいのかよ」
夏音の方を向き、訊く。
「え、あ……はい。私は大丈夫でした」
頬を赤らめた夏音が俯く。
(いいのかよー。いや、いやメチャクチャ嬉しいんだけども、だって皆さんの憧れの中等部の聖女と一つ屋根の下を超えて同じ部屋で住めるなんて誰もが憧れるだろ。こんなチャンスもう二度と訪れないよ。えー、どうするどうするどうするよ)
心の中で葛藤し続ける彩斗。
「で、どうする緒河彩斗? 叶瀬と一緒に住むのか? 住まないのか?」
彩斗は精一杯心臓の鼓動を抑えて、一度咳払いをする。
そして可能な限り冷静を装って答えた。
「しゃ、シャあねぇか!」
あまりに意識しすぎて逆に裏返った。
赤くなる顔を無理やりにでも抑え込みながら、もう一度咳払いして続ける。
「那月ちゃんには、礼があるからな。夏音を引き受けるよ」
「そうか。嬉しそうだな」
那月は不敵な笑みを浮かべる。
「う、嬉しそうになんかしてねぇよ!」
こうして緒河彩斗と叶瀬夏音は二人暮らしをすることになったわけだ。
波朧院フェスタが真近に迫った二つの災難だ。
だが、“神意の暁”と“第四真祖”に襲う災難は、この程度で収まるほどのものではなかった。
後書き
剣使の帝篇完結
次回、魔族特区の祭典”波朧院フェスタ”で盛り上がる絃神島。
祭りに合わせて古城の親友、仙都木優麻と彩斗の家族、緒河美鈴と緒河唯が絃神島を訪れる。
旧友と家族との久しぶりの再会に喜ぶ一方で、南宮那月が失踪する。
さらに魔族特区を謎の時空の歪みが襲い迷宮へと変えていく。
それが二人の吸血鬼と二人の監視役を新たなる試練へと誘うのだった。
蒼き魔女の迷宮篇始動!!
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