魔法少女マギステルたかね!
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2話
春の陽気が感じられる時間まで、だいぶ早い。日は昇っているが、まだ幾分か肌寒い時間帯。
それでも遠目に見ると隙間無く路上は人でごった返していた。
麻帆良学園都市名物とも言える朝の登校風景だ。
つい半刻程前の、柔らかい朝の日差しと閑静で澄んだ景色は、喧騒と数えるのも億劫になる人だかりで様変わりしていた。
女子高等部の朝も、例に漏れずこの騒がしくも活気に満ちた風景を画いている。
そんな「いつも」に在って、例外とも言える事情も少なからず存在する訳で――
「くっ!? 私としたことが、なんという失態ですかっ!」
――その例外に、「遅刻寸前の高音」というなかなかお目にかかれない希少な姿がある。
昨夜の定期メンテナンスによる防衛任務で、多量の魔力と睡眠時間の減少、長時間の戦闘行為に於ける緊張とストレスは、過度の睡眠を要求し――結果、今の状況に到る。
呪いの言葉も三度吐ければ気も紛れようが、彼女はそういった言葉すら嫌う。生真面目な質なのもそうだが、何より自身の目標にそぐわない。
こんな時間に登校するなど、未だかつて無かった高音には、同じ時間――つまり遅刻間際だが――に登校する学生より些か余裕がない。走りながら食事を採る、などの娯楽映像の定番とも言える行為は全く思い付かないし、走った場合の登校時間の推量などは考えたことすらない。
つまり――
朝食は摂らず、あとどれくらいで到着するのか測りかねない高音は、妥協も知らず空腹の上、疲れた身体に鞭打ちの全力疾走状態だった。
規律に厳しく、遅刻も申事ながら、一般への魔法漏洩を危惧して、魔法による自己強化もしていない。
模範的な学徒ではあるが、融通の利かなさもある。ロウサイドの典型だ。
涙目に真剣な表情で走る様は、それだけで印象的ではあるが――それだけに「遅刻寸前の状況」と云うのは奇異さが際立つ。高音を知る者なら、空を見上げて天気を心配するくらいには。
これで「ちこくちこく〜」などと叫びながらなら、容姿も相俟って微笑ましいところだが――彼女にそれを期待するのも酷かもしれない。
遅刻寸前ともなれば、校門前に人の波が押し寄せるもの。薄すらと高音の視界にも校舎が見えて来ると、嫌が応にも群れた人に視線が向くモノだ。
そして――そこに「この状況で」会いたくない人物を見付けてしまっては、刹那と言えど身体を硬直させてしまっても致し方ない。
半ば現実逃避、気の動転、反射的な行動で近くは腕の時計と遠く校舎の時計を見比べ――若干の落ち着きを以て速度を緩める。
まだ、多少の時間的余裕があったらしい。
荒い息を落ち着かせ、額の汗をスカートのポケットから取り出したハンカチで拭う。遅刻の危機とはいえ、きちんと身嗜みを整える辺り、良い生活習慣が窺える。
瞳を閉じゆっくり深呼吸を一つ。幾らか早足とは言え、歩みに変えて、再び開けた視界を真正面に向けると――
――見知った校門と、「この状況で」会いたくない人物とを近くに捉えてしまう。
せっかく落ち着けた全てをどこかへかなぐり捨てたかの様に、眉間には皺を、歩調は荒く、怒気でも含ませたかのような視線はその人物へ。
それでも高音は、やはり“優等生“だった。
「おはようございます……“衛宮先生“」
その人物の脇を通り抜ける間際、すれ違い様に挨拶をする。いくら相手が自分の従者とはいえ、“表“では教師と生徒。目上の相手より先に挨拶するのは当然だし、名前を呼び捨てにするなど以っての外だ。……なのだが。
ツン、と撥ねるように視線とは逆向きに鼻先を向ける。別に嫌いなワケでもないが――やはり、“今は“会いたくはなかった。
「おはよう、“グッドマン“。
……ふむ。君ともあろう者が、些か余裕の無い時間帯の登校だな」
――ピクッ――
……“分かってはいた“が、やはり“こう来た“か。
何か一言あるのも、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるのも、全部全部“分かっていた“。――が、それでもやはり、感情も、それに影響する身体も無意識に反応してしまう。
思わず止まってしまうのを、若干の後悔を以て自らに叱責したとして――錆た雨戸の様に、ギギギと擬音でも付きそうな具合に顔を向ける。ついでにその戸板を外して感情すら通してやろう。曰く、「私は不機嫌です」。
腕を組み、口の端を吊り上げたその頭に来る顔に、文句の一つでも言わなければ気が治まらない。そんな気がする。
「……ッ――!」
――キーンコーンカーンコーン……――
辺りの空気を肺に入れ、その何かと一緒に吐き捨てようと口を開いたと同時だった。誰もが良く知る鐘の音により未遂に終わる。
「ほら、どうした。もはや一刻の猶予も無いぞ?」
尚も募る苛立だしさと一緒に言葉も飲み込む。確かに猶予は無い。
二度目の「ツン」を無意識にしながら、不機嫌さを両足への動力にして校舎へ向かう。
常に前へ。己の理想と矜持を以て前を向く高音。そこに生まれるのは「自信」。そんな高音だからこそ、こんなに余裕の無い表情は珍しい。
そんな珍しい姿は、周りから見れば何とも「美味しい」のだ。普段とは違った姿。そのギャップが他人の妄想に色を付ける。
此処は女子高。異性の交流が少ない咲き誇るのを今か今かと待つ、蕾達の花園だ――
遅刻は辛うじて回避された、睡魔に屈する事なく午前中の授業も残り一つで乗り切る……が、空腹は限界を超え、疲労も手伝い眩暈すら覚える。
据わった眼にギラついた“何か“を載せ、時計を凝視すること早十数分。
目に見えない“何か“を周囲に撒き散らす高音に、声を掛ける事の出来ない男性教員は、決して臆病ではない。心霊現象と区別の付かない“何か“は、結局“説明出来ない(オカルト)“という得体の知れないモノに、生存本能が警笛を鳴らし続け―― 目を反らして「何も無かった」と全てを否定しただけだ。
だから教科書を盾に顔を伏せながらガタガタ震える生徒が居ても、窓辺で空を眺めて現実逃避する生徒が居ても、きっと彼の中では「何も無かった」のだろう。彼の今日の授業は「黒板に向かって、黒板の為に説明する」と云う授業なのだ。
生徒は黒板ヒトリ。なべて世はこともなし。
――キーンコーンカーンコーン……――
授業終了の鐘の音。脊髄反射的なタイミングで、起立と号令する学級委員長。良く訓練された軍隊のように一糸乱れぬ直立を見せた級友達。
今、この場この時だけは――
鐘音が途絶えてから一分もしない廊下に高音がいる。
授業終了の号令と同時に教室を後にしていた。急いで昼食を確保せねば、と早足で学食へ向かう。
しかし、廊下は走れない。これは譲れないし、規律を乱すことは許されない。自己の為に他者に迷惑を掛けるなど以っての外。
朝食を抜かざるをえない時間とはいえ、弁当の用意も出来ず、このまま昼食まで抜く羽目になったら泣く。多分泣く。
もし――
――もしもだが、これで財布を忘れたりしたらどうだろう?
「……………ものすごく、嫌な予感が――」
そういえば、朝は急いでいた。
私はそもそも寄り道もしないし、学食も使わない。必要なモノは前夜に用意する、が、財布もその中身も昨日は確認していない。
――……ゴクッ……――
冷や汗が出て来た、口の中の感覚なんてもう良く分からない。分からないのに喉が鳴る。
思わず止まって、財布の所在を確かめる。
――……ない……――
無い。意識が前に行き過ぎて、財布の重みも何も全然知覚出来なかった。
いや、そもそも無かったのだから「知覚出来る訳がない」のだが。
「フ、フフフ……」
辺りが曇天の空の様に冥く見える。少しでも明るいモノを見ようと、廊下の窓に身体を向けるも、サッシに手を掛けたまま……落胆は顔を上げさせない。
『あー、可笑しい。なんでしょうか、これ。ここまで来れば、新しいコントか何か……あ、いえ、新しいくはありませんわね』
こと、ここに到っても気が付かないほど、高音は落ち込んでいた。冥い曇天こそ高音自身だと。
落ちた胆力などで、自身を御せるワケもない。ずるずる、と身を崩し、膝を屈してしまうのも致し方ない。
授業の圧迫から解放された生徒たちとは真逆の“何か“がそこに在る。
……在りはする、が。
誰ひとりそこへ近付こうとしないのも、また――頷ける話しでも在った。
水と油は混ざらないのだから。真逆の存在が在ったとすれば、そこに干渉出来るのもまた、似たような存在か全くの別物だけ。
「何をやってるんだ、 “グッドマン“」
ぴくっ、と肩を撥ねさせ、その男声に反応する。
些か過剰な反応だ、と自身でも感じていたが、ある意味それも当然かもしれない。
男声こそ衛宮士郎と名乗る、高音の従者にして女子高等部の教諭だった。
廊下に並んで窓際に立つ男女。
右に――腕を組んで、何とも嫌らしい笑みの長身男性が衛宮教諭。
左に――手を前に降ろし、指を絡めながら俯く女性は言わずもがな、高音だ。
「ふむ。つまり、寝坊して朝食を抜き、昼食のみならず金銭すら持参するのを忘れた、と」
あれから現状を「かなり厚くオブラートに包んで」説明した。
幾度も一日に失敗もすれば、身を保つ自尊心も摩耗し、「牽制までして」かなり厚くオブラートに包んで知人に話しを聞いてもらうのも吝かではなかった。
無論、最低限の自尊心から「決して愛衣や他の方々には言わないように!」と釘もさしておく。まだ完全に摩耗していない。絶対に。
……だというのに、この男。
あまりに身も蓋も無い言い様はなんだろうか。落胆とは別ベクトルのムカムカした『前衛的な』感情の赴くままに、キッと睨み付けてやる。『前衛的な』のは、怒っていて、哀しんでいて、恥ずかむ感情の総乱れの表情なのだろう。眉がつきそうなくらい中に寄っていて、涙目且つ羞恥に顔を真っ赤にすれば、きっとそうなのだろう。
少なくとも士郎には――いや、何故か思い当たる節があった。本当に何故か。
終始嫌味な笑みを絶やさなかった士郎だが、ここに到り、組んでいた腕を崩し、目を瞑って眉間に寄った皺を揉む。
一度、二度。
三度目にもなると、高音の方でもその様子の変わり様に、幾分気が安らぐ。
四度。揉みほぐすのをピタリと止め、左目だけを開き高音を見詰める。
「あー……、流石に朝も昼も――では健康にも悪いし、精神面でも悪影響を及ぼすしな」
彼は昔からそうだった。こういった女性の顔には弱いし、いつも怒らせてばかり。興に乗ってからかい過ぎた。いや、ヒトをからかっていなくとも――昔から、怒らせてばかりだった。
ふむ。ともう一度頷きを入れ、再び高音を見る。
見上げてくる顔は、険も取れて呆気っとしている。目尻の玉の涙と、涙痕残る頬に注す朱が、より幼さと愛らしさを強調する。
思考が追い付いてない。そんな顔だ。が、これはとても「破壊力」がある。……少なくとも、当人達以外の野次馬には。
「ついて来い。何時までここに居ては埒が明かん、移動するぞ」
ぽふ、と音でもしそうな柔らかい髪に、帽子越しに手を置きながら言う。
その二人の様子に、幾人かの興奮気味な視線が集まっているが――余裕の無い高音も、あまりに自然にソレが出来てしまう士郎には――全く気付かれていなかった。
二人が去った後も、話題はこれに尽きた。
野次馬達も、その場にいなかった者達も、舌で転がすように語り明かす。
女子ばかりで、男性が少ない日常でこんなに「美味しい」モノもない。
今は昼休み。
食後の甘味も良いが、もっと甘く新鮮な「ネタ」なら――
――膨れる妄想も、続く尾鰭も、留まることを知らないらしい。
勝手に先へ行く衛宮教諭の後を追い、ついて行く最中、ふと思う。
仮に学食へ向かったとして、食券もなにも買えない。理由も彼なら分かるハズ。
なんのことはない。金銭の貸し借りは風紀的に「大問題」だからだ。
当然、教員たる彼も貸さないだろうし、高音も借りるつもりもない。
それを危惧したが、途中で道を変える。
いや、学食が高音の頭にあっただけで、彼自身はこちらが正解なのだろう。
すると――自然、その行き先への推測へと思考がシフトする。
今居る所は実習科棟。
そのまま半ば答えに到りながらズルズルと先延ばしについていくと――
「家政科教員室?」
――広大な敷地を、ほぼ教育機関に割り当てた麻帆良の校舎は、実習室・準備室の他に学科毎の教員室が設けられている。
ここは当然、「家政科教員室」なのだから、家政科の教員の為の部屋になる。
そう、つまり――
この「衛宮教諭」は家政科の教員だった。
失礼します、とお決まりの語句と共に入室すると、少し驚きの顔をされたがにこやかに「どうぞ」と返される。
正直に言えば、ここへは来たことが無い。
そして、その教員達も全て知った顔でもない。
まあ、分かってはいたことだが――女性ばかりだった。寧ろ、女性しかいない。
ただでさえ、女子校に男性教諭となると極端に少なくなる。居たとして年輩や既婚者だろう。若い独身男性は稀だ。
ましてやそれが“家政科“ともなれば、当然かもしれない。
「女性は家庭を守る者」と言いたい訳ではないが、今も昔もこういった場所へ男性が踏み込むのは稀だった。
さぞ、男性一人――と云うのは肩身が狭かろう、と。
「グッドマン。君はそちら――
そう、その右端の空いている席に座りたまえ。そこが私の席だ」
言われた通りに座る。
その机の上に、男性らしい大きめの弁当箱が置いてあった。
『そういえば、久しぶりですね』
割と長い付き合いの割に、この麻帆良に来てからは彼の料理を口にしていない。――純粋に、ちょっとたげ……本当に“ちょっとたげ“――嬉しさもあった。
そんな感傷に浸っていたのだ。だから、懐かしさに触れる問いが来たら思わず「はい」と言ってしまうのも仕方ない。
その返事に滅多に見せない子供っぽい笑顔で返されてから――その問いを言葉で理解したのは遅すぎた。
――高音、紅茶で良かったか?――
彼と食事を共にしていた頃のこと。
私が彼の煎れた紅茶を初めて飲んでから、ひそかな楽しみにしていた。
それからは、その問いに、決まって嬉しさを表情に出して「はい」と答えていたから。
……きっと、さっきもそんな感じだったのだろう。だって、
――彼の表情も、昔を思い起こさせるから――
家政科の教員は、6名居る。
内、男性1名。他は女性だ。
実は、ここだけの話し、男性教諭の「衛宮士郎」に興味津々な女性教諭はかなり多い。
まあ、興味があるのと、付き合うのは話しが別だし、今はそれは関係ない。
女性だらけの職場で、最初はもしかしたら肩身狭しとオロオロするのでは? と、当初は思われていたのだ。
だが、いざ蓋を開けてみれば。彼は特に気負った様子もない。
女性の扱いに馴れたプレイボーイでもなく、既婚者か? と云うとそうでもない。
そのわりに馴れていた。
寧ろ、「肝が据わった」というか、サラっと聞いた話しでは、
「周りに女性が居ることが多かった」
……とのこと。
ものすごく気になる発言ではあるが、表情がそれ以上に気になるくらい疲れていた為、深くは聞いていない。
家政科教員としての実力は、何故か無駄に高い。執事か何かと間違いそうなくらいには。
紅茶を煎れる腕前も素晴らしく、家政科教員室にはいつの間にか全員分の立派なティーセットがある。
彼が用意したモノではなく、個人のモノ。一人が自分用のモノを用意して、「紅茶を煎れてほしい」と頼むのを見てから ――それからは割愛しよう。ある意味醜い。自尊心のぶつけ合いはあの時と、恋人が浮気した時だけで良い。
そんな彼が、一人の女生徒を教員室に連れて来た。
後で聞いた話しだが、事情があり昼食どころか朝食も食べれなかったらしい。
本来なら「自業自得」と云うべきなのだが、彼が私情だけでこういったことをするとは思えないし、校則にも「生徒に自らが作ったモノを分け与えてはいけない」なんて無いのだから良いだろう。
調理実習で失敗した生徒の為に、余った食材を出したりするし、調理実習で作成したモノを他の生徒に渡したりもする。
うん。問題ない。
それに――それにだ。
余程お腹が空いていたのか、待ちきれなそうな、嬉しそうな表情をした女生徒はかわいらしい。
紅茶で良いか? なんて問われた時の返事を聞いたら、正直ちょっと妬けたりもする。
するが――
――すごく良い表情だったし、その後の恥ずかしそうな顔は、そんな嫉妬心も帳消しにしてくれる。
私達――家政科女性教諭――にも紅茶を煎れてくれるらしいし、このくらいで目くじら立てたらポイントも下がろうものだ。
……何のポイントかは黙秘します。
さて、私達の紅茶も女生徒みたいに真っ赤にしてるし、暖かくて甘酸っぱい恋心は初々しいところが良いんです。
一番美味しい最後まで、ゆっくりじっくり味わいましょうか――
春の夕暮れ、紅く染まった空もいつも通り。
何が変わるわけでもないが、それは人には該当しないのだろう。
確かに今日と云う日、変わった何かがあった。
一時だけ、二人だけの過去返還。
ただ戻るだけか、そうでないか……
その答えなど誰も知らない。
知っているとすれば未来の誰か。
だが、何の変哲も無かったわけではない。一時だけとはいえ、「日常」では無かったのだから。
ただ、過去へ向いた二人とは違い、周りは劇的だったかもしれない。
それこそ「日常」の変革。変化の乏しい日常に、小石が投げられたその波紋。
何時だってそうだ。“小石(当人達)“より“波紋(周り)“の方が騒がしい。
沈んだ小石が、自身の起こした現象を確認するのは――
――さて、何時の話しだろう。
後書き
原作キャラが物凄く限定的にしか出ない。
でもそのほうが新鮮だと自分では思っていた数年前…
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