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打球は快音響かせて

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高校2年
  第三十六話 当事者と傍観者

第三十六話




<水面地区第二代表、三龍高校>

球場にアナウンスが流れる。
地区大会ですっかりお馴染みになった水面市営球場だが、今は少し様子が違う。
豊緑の東半分から、それぞれの地区予選を勝ち抜いた15校が集結していた。開会式では、15校による行進、地元高野連による挨拶、選手宣誓などが行われる。そして、始まるのが春の選抜甲子園を賭けた熱い戦い。この15校の中から4校が、来春甲子園の土を踏む。

(どこも、強そうだよなぁ)

行進しながら、翼は周りを見回して思う。
他校が強く見える。しかし、同時に自分達がよく“見られている”事にも気づいた。行進で校名が呼ばれた時には、観客席から大きな拍手があった。地元という事もあるだろうが、三龍は完全に、この大会の“話題校”だった。

(甲子園……あと少しで手が届くんだ)

頭で分かっていても、中々実感は湧かない。
3回戦で負けた夏から、監督が浅海になった事以外は、野球部の日常は大して変わっていなかった。夏までBチームで浅海に指揮されていた翼はなおさらである。それが何故、今や甲子園が現実の可能性として見えてきているほどになったのか、本当に分からない。そして、そんな劇的な状況を経験しているのが、中学では野球部ではなかった自分なのである。上手く行き過ぎていて怖いくらいだ。

(甲子園、か)

フワフワと、地に足が着かない感じのままに翼の開会式は終わった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


三龍の初戦の相手は、日真脇地区の2位校・日真脇南高校。堅実な野球で勝ち上がってきたチームだ。

そして、日真脇という田舎で“堅実な野球”と形容される勝ち方しかしていないという事は、往々にして、大した特徴がないチームという事を意味する。

「……昨日確認したように、ディフェンスはまずまずだが、圧倒的じゃない。ピッチャーにしても、浦田や城ヶ島とは格が落ちる。つまり…」
「自分達には打てます。」

試合前の円陣で、浅海の言葉を先取りして渡辺が答えた。渡辺だけではなく、三龍ナインの気合いは十分。緊張はなし、恐れもなし。激戦区の水面を勝ち抜いたという自信が、しっかりとチームに根を張っていた。

「そういう事だ。応援も沢山居る、報道記者も沢山居る、この状況を伸び伸びと楽しんでこい。いいか!」
「「「オーッ!!」」」

三龍ナインの力強い返事が響いた。



ーーーーーーーーーーーーーー


三龍のアルプススタンドでは、ブラスバンドが音合わせをしていた。全校生徒720人、そこに附属中学の生徒150人を合わせた大応援団。その応援団を指揮する応援リーダーは、引退した3年生を含む野球部だ。

「なぁ、本当に俺が団長でええんか?」

牧野がさっきから何度も何度も、2年生のベンチ外選手に確認をとっていた。地区大会から応援を引っ張り続けていた2年生にこそ団長をやらせるべきだと牧野は思ったのだが、2年生達は固辞した。

「まだ俺ら、応援を仕事にしたくはないんで。団長したら、そっちのが楽しくなっちまいそうで……やけん、牧野さんがやって下さい」
「そ、そうか……何か目立っちまって、悪りぃ気がするなぁ」

団長の牧野に、副団長の林が歩み寄る。
主将だった林も、アルプスでの応援については、牧野より下の立場だ。

「そろそろサタデーナイト、行っとこうで。“スタンドの神様”。」
「うるせー、皮肉かいや」

林を小突く牧野は、しかし満更でもない顔をしている。牧野が手元のメガホンを持って音頭をとると、事前の応援練習通りに、全校生徒による口ラッパが響いた。

「「「さぁいこうぜどこまでも
走りだせ 走りだせ
輝く俺たちの誇り 三龍 三龍
うぉっおっお〜お〜」」」





「イイですねぇ、こういうのは……」

アルプススタンドの1番高い所から見下ろしながら、校長がしみじみと言う。野球部の思わぬ快進撃には、半ば強引に浅海を監督にした校長も、実に満足げな表情だった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「「「さぁチャンス到来 やりたい放題
お祭り騒ぎで打ちまくれ
ドヤ顔でお立ち台へ 夢の甲子園掴み取れ」」」

三龍アルプスから聞こえる大音量のチャンステーマ「Good Lucky」の替え歌を聞いて、観客席の南海学園ナインはおぉーと驚きの声を上げた。

「ええ曲使うとるの〜」
「俺らもノッてまいそうやわ」

眼下のグランドでは、その旋律に乗りに乗った渡辺が合いの手とばかりに快音を響かせた。打球は右中間に弾み、ランナーが一人二人と帰ってくる。2塁に滑り込んだ渡辺は大きくガッツポーズ。三龍ベンチ、そしてアルプススタンドはお祭り騒ぎ。三龍の勢いは確実に日真脇南を飲み込みつつある。

「この1番バッターは要注意やのう。これでヒット4本目か。体は小さいが腰がよう据わっとるし、ええ振りしよるわ。」

よく日焼けした顔の濃い若者達の中でちょこんと座っているのは、白髪と、伸びっぱなしの白髭がトレードマークの南海学園監督・神谷史郎。
齢70近い老将である。

「ふーん、葵さんの彼氏のチーム、普通に強いんねぇ。コールドになりそうな勢いやないか。」

知花はふん、と鼻を鳴らした。
もちろん、南海学園は“葵の彼氏のチーム”を見に来ている訳ではない。
南海学園にしてみれば、今日の初戦に勝つと次の準々決勝で対戦するのが今目の前で繰り広げられている試合の勝者なのである。

キーン!
「キェェエエエエエエ!」

また快音と、奇声が響く。今度は3番の越戸。
左中間に打球が弾み、2塁ランナーの渡辺が悠々ホームイン。三龍アルプススタンドから一際大きな大歓声が上がる。両チームの選手達がベンチから出てきて、ホームベースを挟んで整列する。

スコアは9-2。三龍が8回コールド勝ちで、見事州大会の初勝利を収めた。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「浅海監督、州大会での初勝利おめでとうございます!」
「ありがとうございます。」

試合後、浅海は球場外で報道陣に囲まれた。
フラッシュが焚かれ、その眩しさに浅海は閉口した。

「今日の試合はいかがでしたか?」
「ええ、選手達が思い切って積極的にバットを振ってくれて、その姿勢がそのまま9得点という結果につながったと思います。」
「浅海監督の狙い通りですね!」
「あ、ええ、チームの狙い通り、です。」
「それでは監督……」

矢継ぎ早に質問が繰り出され、浅海はそれに一つ一つ答えていくが、既にかなりの倦怠感が襲ってきていた。

試合について聞きたい所を尋ねるというよりも、この人達は“物語”を求めている。それも、“女の監督がチームを甲子園に導く”という、浅海からすれば実にむず痒く少し気恥ずかしくなるような物語を。もちろん、教え子の練習の日々に、甲子園という結果で報いたい気持ちはある。だが、このように自分自身がヒロインとして持ち上げられたいが為に、勝ちを目指している訳ではない。今日の試合など、監督の自分は何もしていないに等しい。取り上げられるべきは自分じゃない……

「あ、そろそろ切り上げてくれますか?生徒達待ってますんで。」

浅海の表情が段々と暗くなってきた時、インタビューの場に堀口がやってきて、この一言で取材はお開きとなった。解放された浅海はふぅ、と息をついた。

「ありがとうございます堀口先生。」
「ん?いや、ワシはただ早よこっち戻って来て欲しかっただけやけん。次の相手の試合も始まるけんの。」

堀口は浅海の華奢の背中をポン、と叩いた。

「浅海、お前疲れよるのう。まぁ、頑張ってもらうしかないがのう。」
「いえ、そんなに負担に感じてはいないんですけど、このメディアの報道ばっかりは……どこか違和感が拭えなくて……」
「ははは、そらそうじゃ。教師は生徒を伸ばすもんやけんな。今のお前は、明らかに目立ち過ぎとるの」
「でも自分ではどうしようも……私が取り上げられるのは女だからですし……」
「ああ、やけん、こげに取り上げられるのは今だけなんやけ気にせんでええんよ。女が監督しよるのが目新しいから話題になりよるだけやし、ずっとしよったら目新しくもなくなるやろ。」

堀口はスラックスのポケットから缶コーヒーを一本取り出して浅海に差し出した。浅海は遠慮せずにそれを受け取り、ぐっと一口飲んだ。苦かった。無糖だった。

「生徒らは、お前に監督してもらって良かったと思いよるみたいやけ、今はこれでええやろ。とにかく、次も勝つ事に集中しようや。生徒もそれを望んどるやろ。」
「……はい」

浅海の表情が、疲れた表情からキリッと引き締められる。一瞬にして“指導者”の顔になり、生徒達の下へと向かった。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「渡辺お前どうしてもーたんや?」
「4の4は当たりすぎやろ〜」

試合後、次の相手を見る為に観客席に終結した三龍ナイン。初戦で大活躍した主将・渡辺が皆に声をかけられていた。

「まぁ、気持ち入りよったけん。日真脇のチームにゃ負けられんし、ここ二試合クソやったけんな。」

そう語る渡辺の頭は、傍目には青く見えるくらい刈り込まれていた。地区の準決勝決勝の二試合で1割近く打率を落とした反省と、故郷のチーム相手の活躍を誓って、決意の五厘刈りである。素振りや打ち込みの数を大幅に増やして、この初戦に間に合わせてきた。

「これで、日真脇の田舎を出てきた甲斐があったっちゅーもんやの」

しみじみと言う美濃部は、今日も先発し7回2失点のまずまずのピッチング。もうすっかり、エースとして定着している。勝ち気な童顔が、今では頼もしい。

ドンドンドドドン
「「「我ら〜パシフィカン♪
世界の南学(世界の南学!!)
た〜お〜せ〜白陽〜
無敵のナンガクーッ!!」」」
ドドドドドドン

不意に、三塁側のアルプススタンドから爆音のような大応援が聞こえてきた。木凪・瑠音地区の1位校、南海学園のアルプススタンドからだが、アルプススタンドはギッシリ応援団が詰まり、入り切れない人が内野席にまで侵食してきていた。
このド迫力に、三龍ナインは目が点になる。

「……ねぇねぇヨッシー、南海学園て木凪の糞田舎の学校なんでしょ?」
「斧頃島、ね。」
「応援ヤバないっすか?南海学園ってとんでもないマンモス校なん?」

隣の翼に枡田が尋ねる。翼は南海学園のアルプススタンドをじーっと見た。翼は目がいい。アルプススタンドで応援している人達には、結構見覚えがある。

「……斧頃高校の生徒に、漁師さんに商店街の人まで……これ多分、島挙げて応援来てる」
「泣ける話だな。過疎が進む田舎から甲子園を目指すという物語か。」

頬杖をついてグランドを眺めながら、宮園が言う。

「高校野球で島を元気にしようとか、そういう事なんだろう。南海学園の神谷監督は元々商学館の監督だった人だ。強化の為にまず監督から揃えるってのはよくある話だよ。それにしても創部2年とかでここまで来るのは少し出来過ぎだよなぁ。」
「…………」

自分の地元の学校にも関わらず、何故か宮園の方が詳しい事に翼は苦笑いした。今でこそ水面地区の高校野球には通じるようになったが、地元に居た頃は高校野球など興味が無かったので、翼は水面民の宮園が知っている事情すらも知らなかった。今も、南海学園よりずっと気になっている事があった。

「……!!」

見つけた。内野席の遠くの方。斧頃高校の制服を着て、しかし頭には南海学園の野球帽を被っている少女。葵である。遠くの方から、翼をジッと見ていた。

「ちょっと、トイレ行ってくる」

そう言って翼は席を外した。
隣の枡田が、ジトーッとした目で翼を見ていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「水面に試合見に来るって、南学の応援のついでにって事だったんだ」
「え?知らんかったん?メールにもそう書いたんに。」

球場の外で翼は葵と落ち合った。葵のセーラー服姿を、翼は初めて見た。日焼けを気にしていないのが三龍の女の子とは大分違うが、スカートも短く、女子高生だなぁ、と翼は思う。一方で、翼のユニフォーム姿も葵にとっては初めてだった。葵は翼の周りを一周して、じっくりとその姿を見た。

「……よう似合いよるやん、ユニフォーム。」
「ま、野球部だしね。」
「今日は1人早く来て、三龍の試合も見よったんよ。翼、レフトでノック受けよった。」
「え?試合前ノックの時から居たの?俺、分からなかったな」
「はー?ちゃんと見よったけぇー」

いたずらっぽく葵が笑う。
翼も自然と笑顔になった。

「……カッコ良かったよ」
「え?」
「翼があんなに何かを一生懸命しよるん、初めて見た。カッコ良かったよ。」

そう言った葵は、少し気恥ずかしそうにそっぽを向いた。翼は、カッコ良かった、そんな単純な一言で胸がいっぱいになるのを感じた。頑張ってて良かった、かな。少し、自分が認められたような気がした。

「はーい、はいはい、そこまでですー」
「イチャイチャタイムは終わりや終わりー」
「チームから離れて彼女と逢瀬とは、頂けないな好村」

翼はドキッとして、後ろを振り向いた。
枡田、鷹合、宮園の3人が柱の影に隠れ、目元だけを出しながら翼を見ていた。3人の視線は、全員が全員相当に冷ややか。揃いも揃ってジト目であった。その視線が、ゆっくりと移り、今度は葵を射止める。葵はビクッと身をすくめた。

「……可愛いっすね」
「ヨッシーの彼女、て感じやの〜」
「……そんなに可愛いか?」

宮園が1人だけ厳しい意見を言うと、枡田と鷹合は「え〜っ!」と信じられない顔をした。

「このレベルで可愛くないって、宮園さんどんだけ面食いなんすか!」
「これやさけイケメンはアカンねん!心が歪んでもーちゃーるわ!」
「…………」

勝手に品定めされた葵としては、閉口するしかなかった。

「ご、ゴメン、悪い奴らじゃないんだ、ただバカなだけで……じゃ、俺もう行くよ。さすがに怒られちゃいそうだし。見ててくれてありがとうな。」

翼は慌てて葵の機嫌を取り、チームに戻っていった。葵は少し物足らなさそうな顔をしたが、しかしどうしようもない。最後に精一杯の笑顔を見せて、翼に手を振った。

「それじゃあ葵さん、彼氏は借りていきますよー!」

戻ってきた翼の背中をバシバシと叩きながら、枡田が大きな声を出した。

「また実家帰った時に可愛がっちゃってな!」

翼にヘッドロックをかけながら、鷹合が笑う。

「……不純異性交遊は控えるんだぞ」

宮園がそっぽを向きながら、ボソボソと呟いた。
葵はクスクスと笑って、全員に手を振った。

(……当たり前やけど、翼にも、あっちの仲間がちゃんとおるんね……)

葵は少し寂しい気もしたが、素直にその事を喜ぼうとした。それは翼を水面に行かせた時点で、ある意味宿命だった。翼の頑張りを、かなり引いた所からでないと見守る事ができないという事は。











 
 

 
後書き
グッキーチャンテの歌詞は楽天の関西チャンテを参考にしました。 
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