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打球は快音響かせて

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高校2年
  第二十九話 9番打者

 
前書き
各校のイメージをまとめます。

水面海洋→地区トップの強豪。怖い監督の元で鍛え上げられたチーム。粗野な雰囲気の漂うチームで形振り構わぬ強かさあり。機動力を混じえた攻撃野球が特長。

帝王大水面→近年頭角を表している大学付属高校。御三家の中では最も伝統が浅い。進学も意識した子が行く為に海洋より品が良く、人気があり部員も多い。大きく作った体つきと強打が特長。

水面商学館→最も伝統があるものの、最近は少し落ち気味。集まる選手の質も上記二つとは少し落ちる。堅実な守備優位の野球が特長。

三龍→中堅私学で、そこそこに強化はしているがそれほど目覚ましい結果が出ている訳ではない。トレーニング設備などハード面はまずまずだが、ソフト面がイマイチ。

だいたいこんな感じ。まだ商学館は話の中で登場してはおりませんけど、多分こっから出します。
 

 
第二十九話



「おーっす!」
「あ、林さん!お早うございます!」
「「「お早うございます!」」」

応援席で太鼓やメガホンなどを準備しているベンチ外の1、2年生の所に、制服姿の3年生達がぞろぞろとやってきた。その数、10人以上。

「先輩、進路大丈夫なんですか?」
「俺はまぁ、推薦もらえそう。ま、受験する奴も1日くらいここ来たって別に影響ないけ。」

林はそう言うと、グランドに目を向けた。
マリンブルーの海洋のユニフォームと、クリーム地に紺の漢字の校名、自分が夏まで来ていた三龍のユニフォーム。秋の早朝の涼しい空気の中で、両軍が精力的に体を動かし、アップに励む。

「俺らは3回戦、こいつらは準決で、か…」

どこか羨ましくもあり、どこか誇らしくもある。
応援席から見ている事しか出来ないのは歯がゆくもあるし、しかしこの舞台は自分などには与えられるものではなかっただろうという諦めもある。あの夏から数ヶ月。18歳は、少しずつ諦めを覚える。

「頑張れよォーー!」

林は大声で叫んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーー


「後攻お願いします。」
「あ、やっぱり?」

試合前のオーダー交換、そして攻めの順番決めのじゃんけん。主将の渡辺は、海洋の主将の川道と相対してじゃんけんに勝ち、後攻をとった。
川道はじゃんけんに負けると大げさに悔しがり、それを見守っていた海洋の闘将・高地監督がはぁーと大きなため息をついた。

「それではお願いします。」
「おう、よろしく。」

浅海が頭を下げ、高地監督がそれに鷹揚に応える。甲子園優勝経験のある名将でもさすがに女の監督を相手にするのは初めてだし、それが準決勝の舞台でと言うのも驚きだろう。どこか、目のやり場に困っているようにも見受けられる。

お互い、それぞれのチームに戻ろうという時、川道が不意に渡辺に近づいて耳元で囁いた。

「なぁ、お姉ちゃん監督ってどんな感じ?」
「?」

渡辺が振りむくと、川道がニヤニヤと、頬のこけた顔に笑みを浮かべている。渡辺はその顔にムッときた。

「バカにしよん?」
「いやいや、羨ましいやんけ。ウチなんか、あんな厳ついジジイやで。あー、俺も綺麗なお姉さんと野球したいわー」

言うだけ言って川道は踵を返し、その場を離れていった。渡辺はさらにカチンとくる。こいつらは浅海先生をただのマスコットか何かだとしか思ってない。見た目だけに気をとられて、何も分かってやしない。これまでの戦いぶりを見てれば、浅海先生の采配による勝ちもあったというのに。

「……絶対潰す」

夏に負けた先輩の無念を晴らす為。
そして浅海先生の価値をこいつらに認めさせる為。普段穏やかな渡辺は、珍しく燃えた。



スタメン

水面海洋
9堂上 右右
4安藤 右左
2川道 右左
6江藤 右右
5西市 右右
3穴井 右右
7丸本 右右
1城ヶ島 右右
8高口 右右

三龍(さんりょう)
4渡辺 右右
6枡田 右左
9越戸 右左
7太田 右右
5飾磨 右右
2宮園 右右
8鷹合 右左
1美濃部 右左
3安曇野 左左



ーーーーーーーーーーーーーー



小さな体がマウンドで躍動する。
右腕から放たれるのは、左打者の懐に鋭く曲がってくるボール。

ガキッ!
(詰まったぁ〜)

川道はマトモにスイングをさせてもらえず、力の無いゴロがショートに転がる。川道は懸命に走るが、俊足に備えて浅く守っていた枡田からファーストに矢のような送球が送られ、スリーアウト、チェンジとなる。

(まぁまぁやな。ベスト4まで勝ち抜いてきたピッチャーやさけ、打ちやすい訳はあらへんけど。こんな奴おるんなら、夏にも投げさしゃ良かったのに。)

川道は自軍ベンチに戻りながら、美濃部を睨みつける。今日の美濃部も好調。海洋打線は三者凡退に終わった。

(見た感じ、ちゃんと変化球使えるし、鷹合とは違って考えて投げよるピッチャーやな。)

投げ合う相手の立ち上がりを見てからマウンドに上がるのは、水面海洋のエース・城ヶ島直亮。前の試合では選抜出場のクリーンアップが丸ごと残った強打の帝王大水面を完封し、準優勝の夏に続いて評価を上げている。

(ま、俺が点やらんかったら、負ける事は無い。)

城ヶ島の顔も引き締まった。



ーーーーーーーーーーーーーー


ブンッ!
「ストライクアウト!」

手元でフォークがストンと落ち、宮園のバットはその変化にクルリと回った。
2回の三龍の攻撃を軽くいなした城ヶ島が涼しい顔で自軍ベンチに戻っていく。

(相変わらず憎いピッチングしやがる。考える暇もなくポンポン投げ込んでくる上、コントロールは抜群だし球速も140近く出てる。こりゃまぁ、良い投手だよな。)

三振した宮園はベンチに戻って防具を付けながら、城ヶ島に入れ替わってマウンドに上がった自軍の投手を見た。

(でも、美濃部も負けてない。)

スコアは0-0。両軍の先発投手がパーフェクトな立ち上がりを見せている。美濃部は童顔をキュッと引き締めて、投球練習から気合十分。夏の大会で見てるだけだった無念を晴らすかのようだ。

<3回の表、水面海洋高校の攻撃は、7番レフト丸本君>

3回の海洋の攻撃は7番の丸本から。
178cmの上背で、下位の打者とは思えない雰囲気を持っている。
小さな左打者が多かった前チームの打線から、海洋打線は大きく様変わりしていた。丸本のような強打者タイプの右打者が多く、帝王大水面ほど体をムチムチに作っては居ないが、長打の怖さを十分に備えている。前の試合では帝王大のお株を奪う二塁打以上が6本の長打攻勢。この大会全体を通しても一試合平均の長打は4〜5本である。

カキッ!
「ファースト!」

しかしそういう打線だからこそ、低めに集まる美濃部のスライダーが有効に働く。アウトコースに逃げる変化に対して、しっかり振り抜いてくる右打者は引っ掛けたような当たりを連発する。こういうタイプの打線に美濃部は抜群に相性が良かった。

ブンッ!
「ストライクアウト!」

7番丸本はバットの先に当てたようなファーストゴロ、8番城ヶ島は空振りの三振。3回の海洋の攻撃も簡単にツーアウトとなる。

<9番センター高口君>

このツーアウト走者無しの場面で打席には小さな右打者が入る。9番の高口は旧チームからのレギュラー。2年夏からレギュラーを張る選手が9番を打っている所に、打線の層の厚さを感じさせる。

(みんなあっさりしすぎっちゃろ〜。ピッチャーが気持ち良く投げとーやんけ。)

高口はやれやれ、とでも言わんばかりにため息をつく。そしてバットを一握り短く持った。

(しゃーないけ、俺がその分球数稼いだるわ)

カコッ!
カキッ!
高口は美濃部の決め球スライダーに対してよく粘った。快打を飛ばすのではなく、アウトにならない事。それが9番打者の“役割”だった。

(チョコチョコ当ててきよってからに!)

美濃部は逃げる変化についてくる高口に対して一転、インコースをシュートでえぐりに行った。
アウトコースに対して前のめりになっていた高口は大きくのけぞり、ユニフォームの袖を叩いて球審にアピールした。

「デッドボール!」

球審がそのアピールを認め、ツーアウトから死球で高口が出塁する。マウンド上の美濃部は口を尖らせて不満げである。普通に避けられたボールだろう、という意味だ。

(当たり方が上手いっていうのかな。細かい所まで気を配ってくるよ。)

ムッときている美濃部とは違い、捕手の宮園はむしろその“名演技”に感心していた。

<1番ライト堂上君>

打順は1番に帰る。堂上も183cm、海洋打線の中では最長身の強打者だ。1番打者ながらパワーも備え、この秋は毎試合長打を放っている。

(ここだよなぁ。海洋の事だから、ここは必ず走ってくる。例え盗塁が失敗しても次の回は1番から、成功したらチャンスで堂上に回せる。)

盗塁に備え、宮園が右肩をぐるぐると回した。肩の強さには自信がある。夏の大会では川道に盗塁を許したが、来ると分かってる盗塁はプライドにかけて許す訳にはいかない。

ザザッ!
「セーフ!」

マウンド上の美濃部もランナーを警戒し、牽制球を何度も投じる。その度にランナーの高口は頭から一塁に戻る。美濃部の牽制は速いが、それでもリードを狭める気はない。

(……さぁ、来るぞォ)

宮園は身構える。美濃部がセットポジションからクイックモーションで打者に投げ込むのと同時に、高口が二塁にスタートを切った。

(来た!)

宮園は腰を気持ち浮かせて二塁への送球に備える。刺せる。その自信があった。

(!?)
カーーン!

しかし、ボールは宮園のミットに飛び込む前に、堂上のフルスイングしたバットに打ち返され、吹っ飛んでいった。

(ランエンドヒットか!)

宮園が気づいた時には既に打球は高々と弧を描き、右中間へ。ツーアウトで長打を警戒し深く守っていた外野の、更に上を越えていった。
ガシャン!
そのまま右中間フェンスに直撃し、大きな音を立てる。

スタートを切っていた一塁ランナーの高口はその足を緩める事なくホームまで駆け抜ける。海洋に先制点がもたらされる。

「3つ!3つ!」

クッションボールを処理したセンター・鷹合が内野の方を振り返ると、中継に入ってボールを要求する渡辺と、二塁ベースを蹴る堂上の姿が目に入った。

「うらぁーっ!」

鷹合の「144キロの肩」が外野でも唸った。
鷹合の送球は矢のような速さでグングンと伸び、中継に入ったはずの渡辺の頭を越えていく。

「オッケー!」

渡辺と三塁の間の位置で2枚目の中継に入っていた枡田の所にその送球がドンピシャでやってくる。枡田はその送球を中継し、三塁へ投げた。
右中間から三塁へ。ノーバウンドで、一直線にラインがつながった。

「アウトー!」

堂上が三塁に滑り込んだ時には、既にサードの飾磨がボールを持って待ち受けていた。鷹合と枡田。強肩同士の中継プレーが、矢のような速さでボールを送り、三塁を狙った打者走者を刺した。

「よう投げたで枡田ァー!」
「廉太郎くんもええ肩しよるわー!」

枡田と鷹合は、かなりの距離があるそれぞれの位置からお互いを褒め合う。
刺された堂上は呆れたような顔で首を傾げていた。まさか右中間の1番深い所からあんなに速くボールが帰ってくるとは思っていなかったのだろう。
先制点は海洋。しかし、同時にビッグプレーが飛び出し、スリーアウトチェンジとなる。





「悪い」

ベンチに美濃部が戻ると、宮園が手を立てて謝った。

「ランエンドヒットは考えてなかった。俺のミスだ。」

美濃部はフン、と鼻を鳴らした。憮然とした顔で、そっぽを向いた。

「打たれたんは俺やけ。俺の球も甘かったわ。……次はちゃんと低う投げるけん。」
「頼むぞ」

美濃部より頭一つ背の高い宮園はそう言って、美濃部の頭をポンポンと叩いた。美濃部は童顔を不機嫌そうにしかめるが、口元が微妙に緩んでいるあたり、満更でもなさそうである。

「1点でよく止めたよ。点は取られたけど、これからこの試合動き出すはず。相手のペースに呑まれずに、構え遅れずしっかり狙い絞っていけ!」
「「「オウ!」」」

守備を終えて帰ってきたナインを、浅海が攻撃前の円陣で鼓舞する。ナインはその言葉に力強く頷いた。

夏と違って、先制される展開。しかし、三龍ナインには焦りはなかった。



ーーーーーーーーーーーーーー



バシッ!
「ストライクアウト!」

しかし、反撃に出たい三龍打線の前に城ヶ島が立ちはだかる。点を取った後の守りが大事。その常識をキッチリ体現するかのように、ビシバシとコーナーに決めて7番の鷹合、8番の美濃部を打ち取った。

<9番ファースト安曇野君>

そして打順はラストバッターの安曇野へと回る。夏まではベンチ外だったが、夏休みの練習試合で好調をキープしレギュラー入りした2年生だ。

(やべーな。相手のペースになってきよる。)

左打席に入ると、安曇野はバットを目一杯“長く”持って大きく構えた。それはさながら強打者のようで、先ほど同じ場面で打席に立った海洋の9番・高口とはまるで正反対の構え。
そうなのだ。安曇野は9番ではあるが、打撃優位の選手なのである。

(ポンポン投げ込んできよるけ、どーせ俺の事も舐めてきよるんやろ。普通に打っても打てんけん、狙い球一個だけ絞って振るだけや。)

安曇野の狙いはスライダー。引っ張りが得意な自分が最も打てそうな球に狙いを絞った。
初球、その狙いのスライダーがストライクゾーンに入ってきた。

(打つ!)
カーーン!

食い込んでくるスライダーを思い切り引っ張りこんだ打球はライトポール際にぐんぐん伸びる。

「えっ」
「マジかっ」
「入れ!入れ!」

三龍ベンチも、9番のまさかの打球に身を乗り出して声を上げる。打球はそのままライトポール際に飛び込んでいった。

「よっしゃーーっ!」

一塁ベースを蹴った所で打球の行方を確認した安曇野は飛び跳ねてガッツポーズ。これが高校通算第一号のホームラン。その第一号がこの準決勝の舞台で飛び出した。

「うぉーっ!」
「ナイスバッティーーン!」
「一生に一度の当たりやーー!」
「まぐれ当たりの大打者ーー!」

味方ですら期待していなかった伏兵の一発に三龍ベンチはお祭り騒ぎに。とられたら取り返す。
先制された直後の攻撃ですかさず追いついてみせた。

(……はぁ?キモッ)

捕手のポジションで呆れた顔をしている川道は心の中で悪態をついた。

(こんなポンポンアウトになった後の9番が、何で初球から打ってくんねん。普通粘って攻撃長引かせようとするやろがえ。)

前の回の海洋の9番・高口とは真逆の安曇野のバッティングは川道からすると全くの想定外だった。川道は三龍ベンチをキッと睨む。その視線の先には、ホームランを打ってベンチに帰ってきた安曇野とハイタッチを交わす美人。三龍高校野球部の“お姉ちゃん監督”。

(なるほど、こいつらはこういう野球をしてくるんやな)

川道は表情を珍しく引き締めて、グランドに視線を戻した。
秋の大会準決勝、三龍対水面海洋の試合。
序盤は1-1、双方譲らない。

 
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