星の輝き
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第18局
「聞いたか?」
「聞いた。塔矢アキラがウチに入学したらしいな」
「校長が塔矢に言ったらしいよ。君が入ってくれれば囲碁部の皆にもいい刺激になるでしょうとかなんとか」
「ホントか?」
「プロ級の腕なんだろ?学校の囲碁部なんかに入ってどうするんだよ」
「たまんねーな」
「選手枠、確実にひとつ取られるぜ」
「でも、院生って大会出られないいんだろ?」
「塔矢アキラは、院生じゃないぜ」
「えっ!そうなんだ。プロレベルっていうから、てっきり院生なのかと思ってた」
「じゃ、何でアマの大会に出てこないんだ?」
「なんか聞いた話だと、『自分が出るとほかの子がやる気をなくす』とか言ってるって」
「なんだそれ、マジ!?」
「もし入ってきたら、選手枠確実にひとつ取られるぜ」
「団体戦は?1年の塔矢が大将?」
「まさか、だって、部長の岸本さんはどうなる?」
「3年生全員黙っちゃいないだろ」
名門海王中学校囲碁部、入学式直後の光景だった。
塔矢アキラの噂は以前からアマチュア達の中ではなされていたが、それがここにきて、問題となりつつあった。
誰もが、自分達と異なる異質な存在をすんなりと受け入れることができるわけではなかった。
ましてや、一流進学校の学生とはいえど、まだまだ中学生の子供達の世界だ。
少ない情報からのあやふやな噂は、すぐにでも明確な拒絶対象へと変わっていった。
特に男子達の間では。
自分達を脅かすものとして。
「でも、あっさり断ったって話もあるぜ」
「院生すらぬるいってことだろ?中学校の囲碁部なんかメじゃないんだろ」
「なんか、女子達はキャーキャー言ってたけどよ。結構なイケメンらしいぜ」
「ケッ!」
「冗談じゃないぜ!」
ヒカルとあかりの入学式も無事に終わり、ヒカル達の新しい中学校生活はスタートを切った。
中学校の真新しい制服に身を包み、気分も新たに二人の新しい門出だった。
ヒカルとあかりは偶然にも同じクラスとなった。
また、塔矢アキラはどうやら違うクラスとなったようで、まだ学校では顔を合わせていなかった。
これは別に、ヒカルがわざと避けたり逃げていたわけではなく、ただの偶然だ。
ヒカルはもう、塔矢とのかかわりは、流れにすべてを任せるつもりだった。
だから、たまたま会う機会がないだけだった。
もっとも、ヒカルのほうから積極的に顔を合わせるつもりもないのだったが。
海王中学入学が決まった際、二人には、二人以上に喜んでいたそれぞれの家族から、大きな入学祝があった。
パソコンだ。
今後の勉強に役立つだろうと、それぞれの自室にインターネット環境とともに設置された。
それによって、ヒカルは以前より早くネット碁に取り組むことが可能になっていた。
以前の経験から、佐為の対局相手を探すのに最適だと分かっていたのだが、ヒカル達のお小遣いでは、ネットカフェ等に通うのは無理があったため諦めていた。だが、自室でできるとなれば話は別だ。
春休みの間、思う存分佐為に打たせていた。
ヒカル自身はネット碁を打つことはなかった。
身バレの可能性を減らしたいというのも理由のひとつだが、一番の理由はヒカルにとっての一番対局したい相手は佐為だったからだ。
自分はほかの相手とは、その気になればいつでも打てる。
今は、一局でも多く佐為と打ちたかった。
以前、ネットで話題になったことが少し気になったが、もう気にしないことにしていた。せっかくの海王中学の入学祝なのだ。有効に利用しなくては、と。
もっとも、もうすでに話題になっていることにはまだ気がついていなかったが。
しかし、さすがに中学校が始まったため、ネット碁の利用は入学前に比べると、かなり減っていた。
二人は特に部活にも入らず、学校が終わるとまずヒカルの家へ向かった。
そして、今までと同様、宿題を終わらせた後に対局。そのため、自然とネット碁はあかりが自宅に帰った後となった。
そうなると、時間的な制約もあり、あかりと奈瀬と、1日おきに1局ずつ。さらに、時間がある時だけ、1・2局打つ程度だ。対局以外にも囲碁の勉強の時間は必要だったので、あかりと奈瀬以外とは打たない日がむしろ多かった。
極端に減ったsaiとの対局機会に、世界中のネット碁ファンが嘆いていたのだが、チャットが苦手なヒカルはまったく気がついていなかった。
また、週末の図書館通いも続ける予定だ。小学生のころよりやや増えたとはいえ、中学生のお小遣いでは囲碁の雑誌や本を購入するのはなかなか厳しいのだ。最新のプロの棋譜の勉強のためにも、図書館通いは必要だった。
ただ、今月から2週間に1度程度、奈瀬の院生がない土曜に直接指導する約束になっていた。
あの日以来、奈瀬は佐為の扇子を見ることはなかった。佐為の声も聞こえずじまいだ。
結局なぜあの日、佐為の扇子を奈瀬が見れたのかはまったく分からなかった。
家の距離が少しあるため、頻繁に通うのには無理があったが、幸いなことに、ネットでの環境が整った。
ただ、ネットで対局するのはいつも佐為なので、是非ヒカルとも、との奈瀬熱望だった。
その場所をどうするかが、今ヒカルを悩ませていた。
「ね、ヒカル、今度の土曜、奈瀬さんと会う場所はどうするか決まったの?」
「いやー、どうしたもんかなー。奈瀬は俺んちに来るって言ってるけど、毎回そうするのもなぁ。あっちも金かかるだろうし…」
ヒカルの家に奈瀬が来ると聞いて、あかりは微妙な表情になった。
奈瀬自身はヒカルの碁だけに興味を持っているようではあったが、それでもやはり気になってしまうのだ。
「…ねぇ、ヒカル、私も一緒していいんだよね?」
「ああ、もちろん。あかりの勉強にもなるだろ?図書館は日曜にいけばいいしな」
少し複雑な表情をしているあかりの様子にはまったく気づかず、ヒカルは屈託なく答えた。
「ただなー、もっといい場所があればいいんだけどなぁ。碁会所とかなら2面使えるけど、うちじゃそうも行かないからなぁ」
そう、ヒカルの家には碁盤が一つしかない。二つあれば2面打ちでの指導も可能なだけに、ちょっと残念だった。
「なら、その日は私が家から持って来ようか?」
「ああ、あのおもちゃのがあるか…。ま、そうするしかないかなぁ」
-奈瀬も着実に力をつけてきていますからね。ヒカル、しっかり指導してあげてくださいね。
「わかってるって。まぁ、2週に1度で勘弁してもらうけどな。約束した以上、きちんと指導するさ。奈瀬がどこまで上達するのかも興味あるしな」
以前のヒカルが奈瀬と初めて会ったのは中学1年の院生に入ってからだ。その当時と比べても、今の奈瀬は少し強くなっているように感じた。間違いなく、ヒカル達との出会いの影響だろう。
自分の存在が、以前と異なる出来事を生み出しているこの事実。
そのことが気にならないといえば、嘘になる。
先々のことを考えれば、、また起きるかもしれない別れが、とても怖くもあった。
ただ、今のヒカルは、とても幸せだった。
佐為がいて、佐為と碁を打てる。
佐為と一緒に、神の一手を目指して碁を打てる。
それが何よりも嬉しかった。
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