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許されなかった浮気

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第四章


第四章

「俺も御前と同じ立場なら夢に見るかもな」
「そうなるわよね」
「しかしな。夢は夢なんだ」
「夢は夢?」
「夢は世界の半分だ。けれどその半分の世界はな」
 実は憲伸は江戸川乱歩のファンだ。だからこう言ったのである。
「この世界と違ってすぐに変わるものだからな」
「すぐに変わるものだからって」
「変えてやる。今日はな」
「今日は?」
「早いうちにベッドに入るぞ」
 妻にだ。告げた言葉はこうしたものだった。
「いいな、飯食ってな、いや」
「いや?」
「風呂も一緒に入るぞ」
「えっ、一緒にって」
「そこからだ。最近一緒に入ることもなかったな」
「そうね。そういえば」
「まずは風呂を一緒に入る」
 そこからだというのだ。
「そこからベッドだ。それでわかるな」
「ええ、そういうことね」
「最近してもいなかったしな」
 夫は気付いたのだ。このことにもだ。
「一ヶ月位か」
「それ位になるわよね」
「じゃあそれだ。今日は、いや当分思いきりしてやる」
 夫としてだ。そうするというのだ。
「わかったな。今晩からな」
「ええ、じゃあお願いするわ」
 邑子も妻として憲伸の言っていることがわかった。そのうえでだった。
 食事を終えると食器を片付けてから夫と二人で風呂に向かった。それからだ。
 二人きりの夜を過ごした。そうした日を何日か続けてから家に遊びに来た良子にだ。笑顔で言った。
「もうね。すっかりね」
「よく寝れるようになったの?」
「ううん、かえってね」
 それがだ。どうかというのだ。
「寝れなくなったわ」
「ああ、旦那さんと二人だから」
「もうね。旦那凄いのよ」
 結婚してもまだ可愛らしさはそのままの声で言う。ヤンキーの頃から声はそう言われていてコンプレックスはあったが今では気に入っている声でだ。
「毎晩毎晩ね。それでね」
「寝れないのね」
「睡眠時間はかえって短くなったわ」
 こう良子に言うのだった。紅茶を飲みながら。
「けれどそれでもね」
「前よりはずっといいのね」
「もうおかしな夢を見なくなったし」
 そうなったというのだ。
「眠りは深くなったし。見る夢もね」
「そっちはどうなったの?」
「夢の中でも旦那と一緒よ」
 具体的にどう一緒だったかは言うまでもなかった。
「いや、いい夢見てるわ」
「そう。だからよくなったのね」
「やっとね。そうなったわよ」
「あの話はもう夢に見ないのね」
「というか何でかしら」
 邑子は紅茶を手にしてそのうえで首を捻った。
「何であんな夢を見たのかしら」
「そのことね」
「そうよ。あんたの話を聞いてなのはわかるけれど」
「やっぱりあれじゃないの?」
 少し首を捻りながら。良子はその邑子にこう答えた。
「あんた旦那さんと暫くね。そういうことはね」
「してこなかったっていうのね」
「そうよ。夜はご無沙汰だったでしょ」
「ええ、そういえばね」
「それで。まあ浮気は考えてなかったにしても」
「夜寂しくてなの」
「満ち足りてないとそんな夢も見るらしいし」
 悪夢の世界というものはこの世界が満ち足りていれば見ないというのだ。そうした意味でこちらの世界と夢の世界は表裏一体と言えた。
「だからね」
「それで見たのね」
「そういうことだと思うけれど。どうかしら」
「少なくとも今はあんな夢見ないし」
 邑子は本当に見なくなった。そうした夢はだ。
「じゃあ。そうかも知れないわね」
「そうよね。で、今は旦那さんと一緒の夢なのね」
「そればかり見るわ。もう満足してるわ」
「それはいいことね。それじゃあね」
「ええ。今日もね」
 その今日もだとだ。邑子はにこにことして良子に話した。
「夜も旦那と楽しくやるわ」
「そうするのね」
「あんたはどうするの?」
「私はずっとだから」
「えっ、ずっとなの」
「そう。ずっとそうだから」
 だからだというのだ。良子はだ。
「そうした夢は見てこなったのよ」
「そうだったのね」
「そう。何はともあれよかったわね」
「ええ、もうあんな夢は二度と見ないわよ」
 邑子は穏やかな、そして満ち足りた笑顔で良子に応えた。そうしてそのうえで紅茶を飲み邑子と話をしながら今夜のことを考えていた。夫と過ごす満ち足りたその夜のことを。


許されなかった浮気   完


                    2012・4・4
 
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