英雄王の再来
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第5騎 トルティヤ平原迎撃戦(その2)
前書き
こんにちは、mootaです。
遅くなりました、ごめんなさい。
・・・なんか、いつも言ってるような気が。
激動のエル様は、これからどんどん進んでいきます。よろしくお願いします。
第5騎 トルティヤ平原迎撃戦(その2)
アトゥス王国暦358年4月30日
ミルディス州軍陣営
総督 テリール・シェルコット
深い霧が包むトルティヤ平原の中、ミルディス州軍はアカイア王国軍の先鋒として、奮闘していた。戦端が開かれてから約4時間が経過した。ここまで、ミルディス州軍は少ない兵を2分させ、アトゥス王国軍の両翼に攻撃を仕掛けていた。後ろにいた5万もの大軍を抱えるアカイア軍が両翼への攻撃にも、アトゥスにばれないように参加してはくれている。そして、その後、ミルディス州軍、アカイア軍全体での総攻撃が始まり、戦況は大きく変わった。しかし、先鋒として最前線で戦うミルディス州軍の被害は大きいものだった。
アカイア軍本隊が戦闘に参加した事により、アトゥス軍は総崩れとなる。小数と勘違いしていた敵が、何倍もの大軍で攻撃してきたのだ、支えられる訳がない。こちらの勝利は、確信となりつつあったのだ。しかし、どこで間違ったのか。戦端が開かれてから、7時間を過ぎた頃、何とも言えぬ不安と、異様な光景がミルディス州軍を襲ったのだ。
「総督!まだですか!?このままでは、我が軍は全滅してしまいますっ!」
一人の兵士が、悲鳴を上げる。耳障りな声だが、その悲鳴はよく理解できると言うのが、悔しい。
「もう少しだ!もう少しのところに、ヒュセルがいるはずなのだ!」
そう、檄を飛ばす。半分は、自分の為でもあるが。
今、私は兵を退かずに、ヒュセル王子を探している。何故か、この異様な光景を前にアカイア軍は、後退を始めている。混乱に混乱を巻き起こし、情報伝達、軍隊運用などの全てが上手く行っていない為である。その原因は、今も目の前にある。
「うわっ!わぁぁぁ!」
そう言った悲鳴と共に、鈍く、何かが折れる音を立てて、その悲鳴を上げた人間は絶命する。
「そ、総督!もう無理です!な、何なんですか!これは!」
彼は、問う。アトゥスが、これをどうやったかは解らない。しかし、目の前に起きている事ぐらいなら、説明出来る。・・・それは、“馬”なのだ。
アトゥス軍を半包囲していたアカイア軍、そして、中央にいた我々、ミルディス州軍は奇襲を受けた。両翼より、何万と言う“馬”が突撃してきたのだ。“騎兵”ではなく、ただの“馬だ。勢いに乗って飛び込んでくるその“馬”は、例え、5万という大軍でも抑える事は出来なかった。“馬”に踏み潰され、突き飛ばされ絶命する兵士が後を断たず、軍は混乱を招いた。その混乱の最中、誰が言ったのか、「アトゥスの騎兵8万が、攻撃してきたぞ!」という声が上がったのだ。密集体形を取っていた事もあり、混乱は更に広がり、情報が錯綜し、今のアカイア軍は指揮系統が麻痺しているに等しい。
これらにより、勝利が目に見えていたにも関わらず、アカイア軍は一度撤退し、再編成する様相を見せているのだ。これだけの大軍が混乱し、統率が出来ないと言う事は、壊滅に等しい状況だ。撤退はやむを得ない措置だった。しかし、そんな事をされれば、私は何の功も上げられずに終わってしまう。それだけは、それだけは避けなければならない。だからこそ、この混乱の中で、敵大将を探している。
「えぇい!ヒュセルは何処だ!逃げずに姿を現せ!」
私は、大声で叫んだ。手柄を何としても、私の手に入れたいのだ。その時、ふと思いも知らない声が返ってくる。
「それは、無理な質問だ。ヒュセルは、もうここにはいないからな。」
この状況にも、何の不安や恐れを抱いていない声だった。その声の主は、全身が黒色に染まった甲冑を着ており、そのマントさえも黒色である。小柄と言える体型だろう、そう思っていた。
「何奴!?」
「それも、答える必要のない質問だ。何故だか分かるか?」
低く笑いながら、そう言った。その顔は、まだ、あどけなさが残る少年だ。ただ、その顔から異様な“威”を感じさせる。
「偉そうな事を言う!ヒュセルがいないなら、お前の首を貰ってやろう!」
その異様な“威”から、兎も角、身分の高いものだろうと踏んだ私は、長剣を相手に叩きつけた。
「やれるなら、やってみろ!」
相手は、そう言いながら、私の一撃を軽やかに避けた。馬に乗っている事を忘れさせるかのように、馬ごと目にも止まらぬ速さで避けたのだ。そして、翻った勢いのまま、手に持つ長剣を白く煌めかせて、私に斬りつけてきた。瞬間、お互いの間に火花が散り、鋭い音が鳴り響く。私は、何とかその一撃を受け止めた。しかし、その一撃は、相手の見た目とは程遠く、とてつもなく重いものだった。さらには、手が痺れ、剣を持つ手に力が入らない。
「そういえば、先程の答え、教えていなかったな。何故、名乗る必要がないのか・・・それは、お前が負けるからだ!」
相手は、そう叫んだ。もう一度、白刃を煌めかせて、私に目掛けて斬りつけてくる。痺れるこの手では、防ぐ事は叶わなかった。相手の一撃は、剣を折り、私の胸に強かに衝撃を与えた。壮麗に装飾した鎧を断ち割り、その衝撃に吹き飛ばされ落馬する。胸を打つ痛みと、落馬の痛さに意識が遠くなっていく。遠くなる意識の中、ある光景と声が飛び込んできた。
「エル様、ご無事ですか?」
「あぁ、問題ない。それで、レティシアとジムエルは?」
「はっ、あちらも撤退の準備が出来たと。」
「よし、全軍に伝えよ。敵の撤退に合わせて、こちらも退く。」
・・・エル、その名には聞き覚えがあった。しかし、遠くなる意識の中、それを考えることは出来ない。エル、そう呼ばれた少年がマントを翻し、去っていく。そのマントは、黒一色ではなかった。黒地の中央に、白い百合の花が咲いていた。・・私は、そこで意識を手放した。
アカイア王国軍陣営
第一等将軍 バショーセル・トルディ
彼の目の前には、つい先刻までには想像をもし得なかった光景が広がっていた。いや、霧のせいで全体像は見えないのだが。しかし、彼のもとに届く報告は、信じ難いものには違いない。
「報告します!右翼、パセルヘア将軍、撤退を申告!」
「左翼、ナルディア将軍の部隊、撤退しつつあります!」
“アトゥス軍が大軍を率いて、両翼に急襲してきた”その報が届いて以来、このような報告が矢継ぎ早に来るのだ。
「一体、何が起こっているのよ・・・?」
彼は、もとい彼女は、困惑していた。アトゥス軍は、完全にこちらの策に嵌まり、アカイア軍の大勝利が目に見えていたのだ。それが、瞬きをするほどの暇に、戦況が変わったのだ。
「と、トルディ将軍、どうしましょうか?」
そう、遠慮がちに問い掛けてきたのは、先程逃げ出すように本陣から出て行ったヘルセント・デューナー参謀長である。彼も同じく、信じ難い報告を聞き、舞い戻ってきていたのだ。
「どうしましょうか、ですって!?あなたは、参謀長でしょう!私に聞く前に、少しは考えなさい!」
甲高い声が、周囲に突き刺さるような響く。そして、彼女は、手に持つ鞭を振り回している。
「ひっ!・・・あ、あ、では、アトゥス軍はこちらの動きを知っていたに違いありません。わ、我々が少ない軍の後ろに大軍を隠していることを。」
デューナーは、恐怖に怯えながらもトルディの質問に答える。
「ぐぬぬぬ、くぅーっ!?」
トルディは、声にもならぬ、音にもならないものを立てた。
「こ、ここは一度撤退して、建て直すべきかと。」
デューナーは、さらに問い掛ける。しかし、この問い掛けまでの理屈は、論理として破綻している。本来であれば、起きた事柄に対し、その起きた原因は明確かつ、正確でなくては成り立たない。しかし、デューナーの言い分は、逆の論理である。つまり、起きた事柄に対し、それらしい推測を当て付けたに過ぎないのだ。だが、混乱するアカイア軍陣営には、それすらも魅力的な答えに聞こえるのだろう。
「し、仕方ないわ。一度、トルティヤ平原の北まで撤退します。」
「はっ!」
そうして、アカイア軍全軍に、撤退の指示が出された。良く良く考えれば、彼らに出てる被害が実質的なものではなく、相対的なものだった事に気づけたに違いないが。しかし、アカイア軍は、5万もの大軍を半包囲させると言う密集体形を取っていた事もあり、混乱が大きく、収まらなかった。
さらに、2時間後。
アトゥス王国軍陣営 シャプール砦
士騎長 アレスセレフ・クレタ
アカイア王国軍は、撤退した。斥候の報告によると、トルティヤ平原の北に再集結しているようだ。こちらも、それに合わせて、トルティヤ平原とシャフラスの間にあるシャプール砦まで撤退した。取り敢えず、アトゥス軍の一難は去ったと言える。これも全て、私の隣にいるエル・シュトラディール王子のお陰だろう。彼が考えた作戦は、誰もが思いも因らないものだった。そう、考えている内に、王子の前に、今回の作戦の“立役者”が4人、姿を現した。
「エル様、只今、帰還致しました。」
4人を代表して挨拶をしたのが、レティシア・ヴェルムである。この土地には珍しい緑がかった黒髪を、首元辺りで一括りに結んでいる。顔は、女性のように白く、知的な印象を与える。年齢は、31歳。
「いやー、もっと戦える場が欲しかったですよ、エル様。」
そう、生意気にも答えるのは、ジムエル・シャルスベリアだ。茶色い短髪が特徴で、まだ、その顔にあどけなさが残る18歳。
「ふふ、そうか。なら、次はしっかりと用意しよう。」
エル様は、優しく微笑みかけて答えられた。お優しいな。ジムエルは、あのように口が悪いところがあるのが問題だ。しかし、軍略に関しては、光るところがある。
「二人とも、良くやってくれた。もちろんの事、褒美を与える。何が良いか考えておいてくれ。」
今回の功は、彼らにある。アカイア軍に突撃させた“馬”は、彼らが連れてきたのだ。シャフラスを出立する前より、エル様からレティシア、ジムエルにそれぞれの百騎を有効に使い、2万から3万の“馬”を集めて戦場に急行せよ、と密命があったのだ。その“馬”は、エル様が10歳の頃から集めて育てられていたものと、野生に生息するものを集めたもの。騎兵を管理する我々には、“馬”を統率する事など、容易な事だ。そして、その“馬”を敵の両翼に、レティシア、ジムエルの2百騎と共に突撃させた。つまり、今回の作戦は、少数を多数に見せたのだ。霧と言う視界の悪さ、“馬”の突撃力、敵の混乱の誘発等を有効に使った作戦だ。ただ、これは今回の戦闘が始まる前にエル様が準備させたもの。どうやって、敵が大軍で来ると情報を得たのか、私達も知らない。
レティシア、ジムエルが退席した後、エル様の御前に残るのは2人。今回の作戦時、斥候と煽動をした者だ。
「2人共に良くやってくれた。そなたらが居なければ、この作戦は成功足り得なかった。名前を聞かせてくれるかな?」
エル様は、そう静かに、そして優しく言われた。声を掛けられた2人は、驚き戸惑うように顔を見合わせた。この2人は、王族に声を掛けられる事がないほどに、地位が低いのだ。
「2人共、エル様はお優しい御方だ。何も取って食ったりはせん。」
私が、助け船を出した。その言葉に、エル様は苦笑されている。
「あ、わ、私は、ルチル・ラウリラと申します。」
光に照らすと赤色が挿す長い茶髪に、白い肌が特徴の女の子だ。歳は、16、7位だろうか。
「ぼ、僕・・・いえ、私は、ソイニ・ラウリラと言います。」
こちらも、全くと言って良いほどの同じ特徴を持つ男の子だ。違う所といえば、髪が短いと言うくらいか。歳も同じ位か。似ているところを見ると、姉弟か。
「ん?姉弟か?」
エル様も、私と同じ疑問を持ったらしい。
「「い、いえ。双子です。エル様。」」
彼らは、声を揃えて答えた。なるほど、間違いないらしい。その答えに、エル様は苦笑されている。彼らはそれに、少しばかり驚いた表情を見せる。
「いや、ごめんごめん。二人とも、もちろんの事、褒美を与える。何でも良いから、考えて置いてくれ。」
先程と同じように、そう伝えられた。そこで退席すると思っていた双子だが、その場を動かなかった。緊張で立てないのか、私がそう思った時だ。想像の斜め上に行く答えが返ってきた。
「え、エル様!じ、実は御願いは、もう決めてあります!」
ルチルが、そうもどりながらも言う。それに少しばかり驚いた表情を見せるエル様だが、すぐに笑顔に戻る。
「そうか、なら、聞こうかな?」
「わ、私達を、エル様のお側に置いて欲しいのです!」
場が一瞬ばかり、凍りついた。その静寂に包まる場に、不安そうな彼女らの顔から、血の気が引いていくのが分かった。
「それは、従卒に。と言うことかな?」
さすがにエル様も驚かれたのか、探るようなお声だ。しかし、その表情は変わらず、微笑みを携えている。
王族の従卒と言うのは、アトゥスでは、非常に厳しい条件がある。地位、家の正統性、能力、人格等ありとあらゆる項目に置いて、高格の者でなければ成る事は叶わない。特に、エル様は王位継承権第3位の王子である。その条件はより厳しいものとなる。これは、さすがに難しい。彼らは、今回の作戦に偶々、招集された身分の低い者だ。どの項目も満たしてはいない。
「よし、わかった。なら、2人とも明日から私の従卒だ。よろしく。」
そうですね、さすがにそれは叶いませんね。ん?
「え、エル様!?」
私は狼狽した。戦場でも、ここまで取り乱した事はないだろう。
「どうした?アレスセレフ。」
「いえ、この2人を従卒には難しいのではありませんか?」
「いいんだよ。決定権は、王子たる私にあるんだから。」
その答えに、確固たる意思が見えた。こうなると、もう周りの意見が通ることはない。まだ、短い付き合いだが、それぐらいは分かるようになってきた。
そう言われた2人は、顔を輝かせて、御礼を言ってから退席した。しかし、これには他の家臣達も飽きれ気味だった。まぁ、「破天荒だな、この人。」ぐらいの好意から来るものだろうが。
その夜
アトゥス王国軍陣営 シャプール砦
王子 エル・シュトラディール
アトゥス王国暦358年4月30日、王位継承権第3位の王子エル・シュトラディールが、劇的な初陣を掲げたこの戦は、後世、“トルティヤ平原迎撃戦”と呼ばれる。しかし、エル・シュトラディールの初陣は、これで終わりではなく、長い“激動”の始まりに過ぎないと言う事は、まだ、誰も知り得ない事である。
冷たくも、どこか温もりを感じる夜風が、部屋を吹き抜ける。虫の鳴く声も、日に日に多くなっているように感じる。そのような中、シャプール砦の大広間では、物々しい雰囲気が漂っていた。
今、私の目の前には、2人の“捕虜”がいた。それぞれが、それなりに身分の高い人間だが、その身分に見合わない愚直な行動をしたために捕らえられたのだ。2人とも、私に向けて、射殺さんとせんばかりの目をしている。
そのうちの1人は、軍が混乱し、撤退を余儀なくされる中、自分の功の為に味方を危険に晒すという愚直な行動を取った人間。ミルディス州総督 テリール・シェルコットである。豪奢とも言える甲冑に身を包んだまま、鎖に巻かれ拘束されている。
もう1人は、アトゥス王国軍が頭を抱える人物である。自分の作戦と状況判断を盲信し、敵の策に見事に嵌まり、7千の兵を無駄に死なせた人間。アトゥス王国 王子 ヒュセル・シュトラディールである。こちらは、さすがに甲冑は脱いでいるが、その絹の服は、豪華で派手と言うしかない。
「何故、お二人が呼ばれたか、分かりますか?」
エルは、彼らに問い掛けた。出来るだけ静かに、そして、感情を抑えて。
「私の処遇についてでも、話すのだろう?」
シェルコット総督が、もはや諦めたと言わんばかりに呟いた。
「エル!2人とはどういう事だ?私もこいつと同じく数えられているのか!?」
敵の捕虜と同じく数えられたのが、そんなに嫌だったのか、唾を飛ばしながら叫んだ。そして、私に迫って来ながら、さらに叫ぶ。
「それに、何故、お前がそこに座っている!?そこは、指揮官が座るところであろう?!お前ではなく、私が座るべきだ!」
この大広間は、一般的な謁見の間に似ていて、部屋の入り口から最奥の所に、床より一段上がって椅子が置かれている。私が今、そこに座っているのだが、それが気に入らないらしい。
「兄上、今は捕虜という形ですが、一応の客人の前です。お静かに。」
「なっ!?」
その言葉に対して、まだ何か言いた気ではあったが、私がそれよりも先に、シェルコット総督に話し掛けた。
「シェルコット総督、話を戻します。私が聞きたいのは、1つ。何故、この時宜に、アカイア王国軍が大軍を動かしたのか。これです。」
彼は、驚いた表情を見せた後、目を瞑り考えるような素振りを見せた。ただ、そのままで、答えようとしないので、さらに問い掛ける。
「・・・話せませんか?まぁ、普通はそうでしょうね。ただ、貴方はもう、普通じゃない。今、私達が貴方を解放したとして、何も無しに帰れますか?」
その言葉に、唾を飲み込んだのが分かった。
「あの混乱の中、功を焦るばかりにミルディス州軍は進軍し続けた。それは、あの混乱を助長させた・・・そう、言われてもおかしくはないでしょう。」
私は立ち上がり、彼の側に立つ。傍にいたアレスセレフとトレェルタが、警戒の為か、鋭い視線を総督に向ける。私の言葉と、2人の鋭い視線を感じてか、呻きながら答える。
「だ、大丈夫だ。トルディ将軍の信に厚い私なら、すぐに向かえ入れてくれよう。」
本気で思っていないのが、直ぐに分かる程に目が泳いでいた。どうやら、彼はトルディ将軍の事を良く思ってないらしい。
「本当ですか?トルディ将軍は、気に入らない人間の首を撥ね、保存、観賞を好むと聞いています。貴方もその1つに加えられなければ良いですが・・・」
彼は、その言葉に顔面を蒼白にする。何故か、その隣にいたヒュセルまでも蒼白になっているのは、理解出来ないが。
「何か、“お土産”でもあれば、許されそうですけどね。」
彼は、先程から私を見ようともしない。ここまで追い詰めてはみたものの、特にこの話題から引き出す事はない。もう一度、話を戻して聞く事にする。
「総督、教えて頂けませんか?何故、アカイア王国がこの時宜を選んで、侵攻してきたのか。」
「・・・・・」
彼は、依然として答える気はないようだ。私は、彼の真正面に立ってから、小さな声で、しかし、強い意味を持たせて問い掛ける。
「では、アカイア王国が、チェルバエニア皇国に“和平の使者”を送ったと言うのは本当ですか?」
勢いよく、顔を上げる。その目は、顔は驚愕に満ちている。何故、知っているのかと・・・。私は、その表情につい、苦笑してしまう。
「し、知らぬ!そんな事は知らぬ!」
彼は、苦しげにそう答えた。だが、もう遅い。その反応だけで、答えを貰ったようなものだ。
「・・・そうですか。まぁ、いいですよ。トレェルタ、彼を賓客として遇する。部屋を用意させて欲しい。」
私はそう言ってから振り向き、再び椅子に座ろうとする。しかし、それを“怒気”を孕む声で遮られた。
「賓客だと!?ふざけるな、エル!こいつは、敵だぞ。即刻、首を撥ねるべきだ!」
ヒュセルは、顔を真っ赤にして、そう叫んだ。敵対しているとは言え、それなりの身分にある者は、捕虜となってもそれなりに遇するのは当たり前だ。でなければ、捕まえた方の民度を疑われかねない。しかし、ヒュセルにとってシェルコット総督は、自分に恥を掻かせた張本人なのだ。それを許すような行為は、耐えられない。そう言う事なのだろう。
私は、それに少しばかりの“憤り”を感じながらも、何もない風を装って椅子にゆっくりと座る。私から部屋を用意するよう言われたトレェルタは、念の為なのか、立ち止まり、こちらを見ていた。
「トレェルタ、頼む。」
私がそう言うと、彼は小さく頷いてから、退出していった。それと、ヒュセルの文句で何とも言えぬ雰囲気に、訝しげな表情をしていた総督に話し掛ける。
「総督、少しばかりお待ちを。今、用意させていますので。」
「あ、いや・・・」
彼は、ちらりとヒュセルの方を見て、そんな言葉を口にした。まぁ、彼の懸念の通り、ヒュセルは大きな声を張り上げる。
「エル!私の話を聞いているのか!?」
顔を林檎のように、真っ赤にして。
「話を聞かなかったのは、兄上、あなたでしょう?」
私は、肘掛けに肘を置き、頬杖を立てる。
「なっ!?どういう事だ!?」
「・・・私が、軍議で言った事を覚えておいでか?」
ヒュセルの目から視線を離すことなく、そう問い掛けた。
「そ、それは、只の結果論であろう!?な、何を得意気に言っている!」
ゆっくりと、椅子から立ち上がり、彼の傍へと歩いていく。
「・・それと同じ事を、死んだ将兵達に言えますか?」
彼は、その言葉に笑いを堪えるような仕草を見せた。私の視線から目を反らし、溜め息を付きながら答える。
「エル、よく聞け。我等は王族だ。国を統治する最も偉い人間なのだ。将兵達は、私達の為に死んで当たり前だろう。むしろ、光栄だと思うべきなのだ。」
彼は、何の悪びれもなく、いや、まるでそれが“正義”のように語った。それを聞いた時、私はどうしようもなく“憤り”を感じた。
ー刹那、私は、腰に携える長剣を引き抜き、白刃を煌めかせて、ヒュセルの喉元に突き付けた。その刃先は、あと数ルミフェルグで、その肌に食い込ませる事が出来る。彼の首元で光る長剣を見ながら、白く輝く刃に、どす黒い愚劣な人間の血が滴る所を、想像した。
「ひ、ひぃ!・・・な、何をする!あ、兄にこんな事をして許されると思っているのか!?」
ヒュセルは、小さく悲鳴を上げて、そう抗議する。
「・・・・」
私は何も言わない。ただ、この愚兄を睨み続けた。すぐ近くにいるシェルコット総督は、何か“興味深げ”に此方を見ている。
「王族あってこその、あいつらだろう!?何を臣下に媚ている?!」
その言葉に、長剣を持つ手に力が入る。あと一押し、それだけで、この愚兄の喉元を掻き斬る事が出来る。そう思った時である。勢いよく、この大広間の扉が開かれ、レティシア・ヴェルムが駆け込んできた。
「エル様、ご報告が。」
彼は、今の状況に少しばかり驚きつつも、そう言った。私は、長剣を引き、鞘に納める。その時点で少し違和感を感じた。いつも冷静沈着なレティシアが、その目に少しばかりの動揺の色を見せているのだ。それは、私がヒュセルに剣を突きつけていた事に動揺しているのではない。彼が今まさに報告しようとしている事に、心を乱しているのであある。私は、自分自身の心を落ち着かせてから、続きを促した。
「クッカシャヴィー河に出陣されていたノイエルン殿下が・・・ご落命されました。」
その報告は、春の暖かみを含む夜風が吹き抜けていた大広間を、一瞬で冷え上がらせるものだった。
後書き
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。
次回は、「決裂」です。
お楽しみにしていただければ、幸いです。
ではでは。
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