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無欠の刃

作者:赤面
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幼い日の思い出
  生まれ、落ちた

 腹部が貫かれる。
 激痛に、喉から苦痛の声が漏れた。
 痛みで霞む目を必死に動かして、大切な人たちの姿を探す。
 ごぽりと、血が胃の奥からせりだした。

 「…クシ………、ナ…」

 今にも落ちそうになる瞼を、必死にあげる。
 自分の声に反応したらしい彼女の赤い髪が、動く。
 こちらを顧みた彼女の頬を、赤い線が伝っていた。
 自分と同じように腹を刺されてしまったのだと悟って、金色の青年は顔を歪めた。

 ああ、と。
 たった二つの文字を脳裏に浮かべながら、自分の体を貫いた爪をもつ獣の姿を、視界の端にとらえる。

 九尾。
 うずまきクシナという赤い髪の毛を持つ女に封じられていた、圧倒的な力を持つ化け物は、彼女の体に施されていた封印式を破り、今、この忍びの里を襲い、殺戮を繰り返していた。
 九尾は今現在、突如として現れた仮面の男に操られ、暴走してしまっている。
 それを封じることが出来るのは、今、この場では自分しかいない。
 そんなことはわかっている。
 わかっている、けれど。

 彼は目を凝らし、妻の向こう側にいる二つの小さな命を見つめた。
 小さな赤子は三つの視線を浴びながらも、すーすーと、穏やかに寝息を立てている。
 安らかな、誰かの庇護下に居なければ生きていけない赤子たち。
 そんな存在を、これから奈落に突き落とす。

 知らず知らずのうちに体を震わせた英雄は、口から零れ落ちる血をぬぐわないまま、震える声と手で印を結び、術を紡ぐ。
 傷口からあふれ出た彼の血液が、ふたりに降り注ぐ。
 頬にまとわりつく粘っこい感触に、赤い髪の毛を持つ赤子がぐずったように体を動かし、隣にいた赤子の手を握る。
 決して離さないように、固く、掌を握りしめる。

 ぎゅっと、手を握ったと同時に口を堅く結んだ赤子に、ぽたぽたと、英雄と英雄の妻の涙が雨のように降り注いだ。
九尾の尾に刺された腹から漏れ出でた血が、赤子たちにかけられた血が、その涙によって流れていく。
 涙が血を洗い流す光景は、美しいという形容詞が似合うものではなかったけれど。
 それでも、どこか神聖な雰囲気をただよわせていた。

 金色の髪をもつ赤子が、あーあーと泣きだす。
 先ほどまで瞑られていた瞼が、ゆるりと震えた。と思うと、ゆっくりと上がっていく。
 美しい青い瞳が、空と同じ色の目が、瞬いた。
 透明のしずくが炎に照らされて、きらきらと輝く。それを見つめながら、英雄は声を絞り出す。

 「ナルト」

 これから、この少年に九尾を封じる。
 今更の事実に彼の体が強張ったが、そっと女に手を握り返され、その動揺を封じ込める。
 辛いことも、悲しいことも、痛いことも。これからたくさんの不幸が、彼に訪れるだろう。
 それでも。――それでも。

 英雄の手が必死に伸ばされ、吸い込まれるように、ナルトの隣にいた赤い髪の毛を持つ赤子の背中に触れる。
 どくり、どくりと。
 心臓の音が赤子の体から英雄に伝わり、今此処に、確かに生きているのだという事実を告げる。
 更に目から涙をあふれさせながら、英雄は小さく、名を呼んだ。

 「カトナ」

 赤い髪は、母親譲りなのだろう。
 まだ、瞼が上がっていないため、その瞳の色をうかがうことは出来ないが、きっと、母親と同じ、赤い目なのだろう。
 夕焼けの中に溶け込んでしまうような、そんな色の瞳なのだろう。

 その瞳が見られないことを残念に思いながらも、英雄は指にチャクラを込める。
 自分の体の中を這い出した独特の感触に、ゆっくりと、カトナはナルトから少し離れた場所で体を動かす。
 ざわざわと肌の下を撫で行く感触は、決して気持ちいいものではないのだろう。

 「あー?」

 小さな声だった。嗚咽が混ざったような、文字にすらなれない、あどけない声があがる。
 カトナは不思議そうに父と母を見上げる。
 彼女の手が、指が、全身が、両親を欲して伸ばされる。
 されども、赤子の手は届かない。
 苦痛に顔を歪ませている自らの両親の姿を、僅かに開いた目で見つめるカトナの頬を、涙が伝っていく。
 真っ白な肌をなぞる透明なしずくが、きらきらと、真珠のように輝いた。

 赤子の小さな手は彷徨うように、暫くの間、うろうろと何もない空中を触っていた。
 だが、やがて金色の赤子の掌にたどり着くと、勢いよく握りしめる。
 そうして、自分の手に伝わる、自分以外の温かな熱に安堵したような息を吐く。
 ほっとしたように口元を緩ませた子供は、微かな視界に映る二人に向けて、ふにゃりと笑った。

 それと同時に、赤子の体に、まるで蛇が這ったかのような独特の痕が刻まれた。内側から歪な曲線が浮かび、何らかの文様が描かれていく。
 女が息を呑み、泣きそうな顔になったが、気丈に耐える。

 「ナルトを、頼むぞ」

 そう言った父親の声に、カトナはむずむずと体を動かした後、自分の腹を撫でている手を、弱弱しいが確かな力で握りしめ、あぐあぐと口を開いた。
 声帯が未だに整っていないため、それは言葉にすらなっていなかったが、小さな紅葉のような手を動かして、カトナは確かに、笑みを見せた。

 ――任せろとでも言うような、そんな顔を、浮かべた。

 英雄は目を細め、うんとうなずく。
 ごめんねともう一度、目の前のふたりに向けて謝る。
 これから英雄は、娘と息子に重荷を背負わせる。

 尾獣バランスのため、国のため、里のために、男は自分の息子に九尾の妖狐の半分のチャクラを封じ。そして、自分の娘に息子の負担を軽くするための術式を刻み込む。
 その分、これから自分の息子たちはたくさんの不幸を、憎悪を背負っていくのだろう。
 けれど、大丈夫だ。
 金色は、不敵に笑う。

 だってこの子たちは、自分と彼女の子供だ。

 ミナトはナルトの頬を撫でる。
 今日、確信したことが二つあった。
 クシナを襲った面の男が、やがてこの世に災いをもたらし。そして、それを止めるのがナルトだと。
 自来也が言っていた予言の子はこの子なのだと。
 なぜか、そう確信できた。

 そして、もうひとりは。
 カトナと、もう一度繰り返す。
 ナルトには、自来也の小説の主人公のように、決してあきらめず、前を見続ける男のようにほしいという思いを込めた。
 対する彼女の名は、ミナトとクシナが相談してつけたものだ。
 英雄にはならなくていい。ただせめて、せめて少しだけ。そう願って、考えた。
 籠められた思いは、その名前をつけた思いは、きっと、この子に伝わっている。
 不思議と、そう思った。

 「…っ……」

 言いたいことはたくさんあって、でも、もうちゃんと全部告げ終わった。
 本当はもっとずっと見ていたかったけれど、名残惜しいけれど。
 それでも、もう、時間がないから。
 ミナトは目を伏せた。

 「八卦、封印」

 術式が完成する。
 瞬間、英雄ふたりの腹を貫いている尾に異変が起きた。
 まるで蜃気楼のようにそれが揺らいでいく。

 「おのれぇええええええ!!!」

 九尾の妖狐が恨み言を発しながらも透けていき。そして、完全に姿を消した。
 狐の、最後の絶叫が木霊する。
 奇怪な叫び声に、カトナは顔をしかめた。
 それとは対照的に、安らいだ顔をした英雄は、ずるりとその場に崩れ落ちる。彼女もまた、それに引きずられるように倒れこんだ。
 崩れ落ちた二人の体から、勢いよくカトナの体に血が降りかかる。
 真っ赤なそれが視界を潰していく。

 びくっと身をすくませた赤子は何度も瞬きすると、体を動かす。
 ぐずっているようにじたばたと手足を動かして、なんとか寝返りを打とうとする。
 しかし、まだ生まれたばかりの彼女の手足は、彼女が思う以上に自由には動かない。

 やがて、力尽きた赤子は体を動かすことをやめて。その代わりに、目を動かす。
 何かを探すように、うろうろと赤い眼を揺らして。そうして、自分のそばに居る金色の赤子をとらえる。
 カトナはぱくぱくと、また口を開いては閉じてを繰り返していたが、最後に、ゆっくりと手に力を込めた。





 そして、それから八年後。


 森の中に、一人の少女が立ち、一人の少年が座っていた。
 金色の、太陽のごとく光り輝く髪の毛を持った少年は、海よりも静かで穏やかな青い瞳を限界にまで見開き、自分の目の前に開かれた巻物を楽しそうに見つめている。
 そんな少年の後方に、まるで少年の背を守るかのような絶妙な位置に、少女は立っていた。

 見た目からして七歳から八歳くらいなのだろうが、恐ろしく整った顔は、年のわりに大人びている。
 赤い瞳は、まるで夕焼けの色を貰ったかのように、吸い込まれそうな色をしていた。
 子供だというのに、その表情はあまりにも冷めており。同時に、垂れ流されるはずのない、大人の色気を漂わせている。
 風によって靡いた髪の毛は血よりも赤々しいけれど、毒々しくはなく、彼女の容姿を際立たせていた。

 誰かが見ていたならば、息を呑んだかもしれない。
 それほどに美しい容姿を持った少女が纏っている衣装は、中忍が着るものに似ているが、動きやすさが重視されているのか、一切の防具をまとっていない。
 本来、腰には手裏剣や苦無が入れられた袋が携えられているものだが、それさえも持っていない。
 だが、丸腰というわけではなかった。

 彼女の手には、長い長い、黒色の刃を有する刀があった。
 刃自体の長さはおおよそ、彼女の身長くらい。……つまりは、1m20mほどあるのだろう。
 柄の長さも含めると、少女の身長を軽くこえ、1m80cmほどはあった。
 俗に、大太刀という部類に含まれるであろうその刀は、大の大人ほどの身長だ。扱いにくいなどの次元を超え、最早、熟練者の間でしか扱えない部類に入るものなのだろう。
 しかも、その刀身にあうようにそれなりの重さがある。
 背負われている二本の鞘の、どちらか一本の重量を含めれば、2kgは超えるだろう。

 しかし、まだ幼いはずの少女は全くその長さに頓着することなく。かといって、その長さに比例した重さにも振りまわされることなく、流れるような滑らかな動きで刀を動かす。
 一閃、二線。
 彼女の腕が動くとともに振るわれる黒の刃は、漆黒の軌跡を宙に残し、降りまいた。
 刃の動きに合わせて空気の流れが変わり、青色の光が彼女の体から、水のように流れ出す。
 それをどこか茫然としたような目で見つめていた彼女は、ふと、何かに気づいたように辺りを見回し、自分の頭の上で光り輝く太陽の位置に気づく。

 「…時間」

 少女が自分の持っていた漆黒の刃の柄から、いきなり手を離す。
 落ちたそれが勢いよく地面に突き刺さる。
 背負っていた二本の鞘のうちの一つ、海のような青さを匂わせる色で塗られた鞘をとり、引っこ抜いた刃を収める。
 じゅくりと、まるで人間の体に刀を突き刺したかのような。そんな、本来なら奏でられるはずの無い音が耳に届いたが、少女はそれに微塵も動揺を見せず、後ろを顧みた。

 「ナルト」

 呼びかけられてぴたりと動きを止めた少年が、不思議そうに首をかしげた。
 金色の髪の毛が首の動きに合わせて揺れ、青色の瞳がらんらんと光り輝く。
 お父さんと同じ色だと、少女はそんなことを思った。

「どうしたってば、カトナ?」
「…もうすぐ、遊ぶ」
「! そうだったってば!!」

 単語だけの要領を得ない説明だったが、それでも少年は少女の意図を悟ったらしく、自分の目の前で開いていた巻物を、慌てて懐に仕舞う。
 慣れた手つきは、彼が何度この行為を繰りかえしたかを如実に告げていた。
 にこにこと笑みを浮かべた少年は、自らの双子の片割れに向かって、勢いよく手を出した。

 「行くってばよ、カトナ!」

 何の言葉も返さず、少女はただうなずいた。
 細い手で少年の手を握りしめ、少年の背中を追うように走り出す。

 うずまきカトナ、八歳。うずまきナルト、八歳。
 いつもの日常であった。 
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