ニヒリズム

第五章

「終わったよ」
「助かったね」
「いやあ、五十パーセントの確率を生き延びたんだね」
「中々凄いじゃないか」
「退屈が吹き飛んだよ」
　こうだ。顔に冷や汗を流させたまま言うのである。
「タスカー？消え去ったよ」
「そうだね。死ぬというスリルを味わったらね」
「そうなるね」
「全くだよ。けれど」
　それでもだった。ここでだ。
　伯爵も他の者達もだ。最後に残った彼を見たのである。その彼は。
　伯爵が置いた拳銃を見ていた。その彼に声をかける。
「残るは一発」
「つまり君が撃てば確実に死ぬけれど」
「どうする？流石に確実に死ぬのなら」
「もう止めるべきじゃないかな」
「どうかな」
　こうだ。全員で告げたのである。
「どうだろう。もういいんじゃないかな」
「君だって確実に死にたくはないだろう？」
「そうだよ。遊びで死ぬなんてね」
「それはどうも」
「タスカーは君も吹き飛んだ筈だよ」
　そしてだ。伯爵も彼に言っていた。
「じゃあいいじゃないか。退屈だって消えたし」
「そうだね。遊びは終わりだよ」
「後はウォッカでも飲まないか？」
「それかサウナに行くかい？」
「娼婦でも買いに行くか」
「馬鹿行っちゃいけないよ」
　しかしだ。その灰色の目の彼はだ。屈託のない笑みでこう友人達に答えたのである。
「君達はそれぞれ命を賭けたよね」
「それはそうさ」
「その通りだよ」
「なら僕もそれをするだけだよ」
　こう言うのだった。
「同じくね」
「いや、だからそれをすればだよ」
「君は確実に死ぬんだよ」
「何しろ残りは一つ」
「その一つに銃弾があるのがわかっているから」
「決まりは決まりだよ」
　やはりこう言う彼だった。
「ゲームでもね」
「どうしてもっていうのかい」
「そう言うのか」
「そうさ。じゃあはじめるよ」
　こうしてだった。彼は拳銃を手に取った。そうしてだ。
　友人達が止めようとするのを見ながらだ。引き金を引いた。それで終わりだた。
　銃声が響き彼は倒れた。それを見てだ。
　伯爵はだ。呆然として残った友人達に言うのだった。
「これがあれかな」
「あれ？」
「あれというと」
「遊びってやつかな」
　こう言ったのである。
「生きるか死ぬか。退屈を紛らわせる為にね」
「いや、この遊びは極端じゃないかな」
「そう思うけれど」
「そう思うよ。究極の遊びだよ」
　伯爵は友人達に述べていく。
「人間は絶対に死んで神の御前に召されるのなら」
「それならなんだ」
「こうしてタスカーを忘れる為に」
「そういうものなんだろうね」
　こうした話をしてだった。伯爵はだ。
　倒れている友人の目を閉じさせてだ。静かに言った。
「じゃあ彼を送ろう」
「そうだね。ここにいても何にもならないし」
「それならね」
「じゃあ人を呼んでね」
　こう話してだった。彼等は去った友人を見送るのだった。そこにはタスカーはもうなかった。代わりにだ。このうえない虚無があるのだった。
　そしてその虚無についてだ。伯爵は述べた。
「タスカーじゃないけれど」
「そうだね。それはないけれど」
「何かね」
「心がからっぽになるよ。虚しいよ」
　虚無にだ。こう言ったのである。
「こんな気持ちははじめてだよ」
「けれどこの気持ちは忘れられない」
「そういうものみたいだね」
　友人達も虚無を感じていた。それはえも言われないものでだ。彼等の心の中にありそこからだ。彼等を覆っているものだった。


ニヒリズム　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１１・１０・２２