少年少女の戦極時代Ⅱ
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オーバーロード編
第34話 リセット
ヘルヘイムの森を、鎧武と龍玄が歩いている。――マリカは、鎧武と龍玄が進む道より高い位置を取って、彼らを監視していた。
一芝居打つからその隙に鎧武の首を取れ。それが光実の「交換条件」の筋書きだ。
――“だから疑われないよう、本気で撃ってくださいよ”――
鎧武の後ろを歩いていた龍玄がこちらを見上げた。マリカは肯き、ソニックアローを番えた。
(肩くらいでいいかしら)
狙いを定める。湊耀子には呼吸と等しく簡単な行為。
そして、マリカは矢を放した。ここで龍玄が矢に当たったフリをして鎧武を孤立させるのが作戦――のはずだった。
マリカは息を呑んだ。
龍玄はソニックアローを避けなかった。正確に述べるなら、避けはしたが、その方向では自ら急所を貫かれに行ったも同然の避け方だった。
結果として、龍玄の変身は本当に強制解除され、地面に光実が横たわる図となった。
(本気で当たりに行った、っていうの? あの子が?)
ほんの短い間だけ呆けたマリカだが、すぐはっとし、倒れる光実と鎧武の間に飛び降りた。
『ここから先は行かせないわ』
紋切型の台詞を口にし、後ろを振り向きたい衝動を堪える。
ソニックアローは決して軽傷で済む威力にはしなかった。今の光実がどんな状態かは想像するだに恐ろしい。
だからマリカは目の前の鎧武に集中することで、自分の中の、光実を案ずる甘さに蓋をした。
結果的に、湊耀子では鎧武に勝てなかった。勝たなかった、と表現したほうが正しいかもしれない。マリカとしての全力は出していないし、今回は光実の作戦を優先したのだから。
(カチドキアームズ、あれほどの性能とはね。後でプロフェッサー凌馬に報告しなくちゃ)
川辺から森の中へ、鎧武を尾けて湊も戻る。鎧武が倒れた光実から完全に離れたのを見届け、湊は光実に歩み寄った。
「やられちゃったんだ」
「そう言うあなたも結構な有様よ」
光実は苦笑した。光実が背を下にしているから見えないが、背中にはそれなりの傷を負ったはずだ。それなのに彼は痛みでも苦しみでもない、ひどく安堵した表情を浮かべていた。
「ごめんね、湊さん……イヤな役やらせちゃって」
「悪役にはもう慣れたからいいけれど。やっぱりあなた、自分から矢を受けたのね」
「うん。自分でカタを付けるだけの勇気、なかった、から」
「――この計画を持ちかけた時から、全部演技だったってわけ」
病んで、堕ちるところまで堕ちたように見えた光実。だが今、晴れ晴れとしている彼に、その時の面影は微塵もない。
(シドなんかは、呉島の人間は操りやすいと見てるみたいだけど、私はちょっと疑問だわ)
呉島光実は決して強くはない。だが、しなやかな感性の持ち主だ。それを湊は今回の一件で思い知った。
「ねえ、湊さん。僕、しぬのかな」
湊はあわや噴き出しかけたが、堪えた。
「生憎、その程度で死ねるほど、人間ってものはヤワにできてないのよ。坊や」
「そ、か……」
「オーバーロードのほうには駆紋戒斗が向かってる。葛葉紘汰も向かった。あなたはもう退場でいいでしょう」
「――優しいんだね。湊さんて」
「どうかしら。もしかしたらこれを弱みに、あなたのお兄さんに付け入るかもしれなくてよ」
「はは…それは、困るなあ…兄さん、ほんっと信用しちゃいけない人、信じちゃう、から…」
「眠いなら寝てなさい。どうせ今日までロクに寝てないんでしょう?」
「ん…じゃあ、おことばに、甘えて…おやすみ、なさ…、…」
それでは眠りではなく失神だ、と伝えたくとも、当の本人はすでに夢の中だった。
湊は溜息をつき、着けっぱなしのゲネシスドライバーにピーチエナジーロックシードをセットした。桃の鎧が湊をマリカへと変身させる。
変身中の腕力と脚力であれば、女性の湊でも、光実一人抱えてベースキャンプに帰るのは容易い。
(コドモの心中ごっこに付き合わされて、こっちはいい迷惑よ。労災下りないかしら)
マリカは光実を負ぶって立ち上がり、人がいないのをいいことに、ぶつくさ職場に文句を言いながらベースキャンプを目指した。
後書き
なので自分の目を信じて湊さんを優しくしてみました。
続いては光実。原作では闇堕ちするくらい病んだ彼ですが、我が家の光実はその「病んでる」自分をも理性によって把握していました。
そんな光実が選んだのは、堕ちる前に自ら決着をつける道でした。
自慢するようで心苦しいですが、この展開はリアタイで光実の背中から奇襲を観ていて思いついたものです。あの時点で我が家の光実には「よしこうさせよう」という構想が出来上がっておりました。
さてこの後、裏切りの斬月が待つわけですが、光実は一回休み状態。さあ偽斬月は誰がやる!?
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