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打球は快音響かせて

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高校2年
  第十七話 さぁ、いきましょう

 
前書き
太田桂吾 外野手 172cm76kg 右投右打
出身 知先中学
まじめな努力家。体を太く作った成果もあり、
パワーはまずまず。できることを確実にする打者。 

 
第十七話





「応援団長?」
「そうや。ずっとBの主将でやってきたのはお前やけ、1年を引っ張る事もできるやろ。」

練習後、メンバー外2年生が集まり、来る夏の大会の応援団長を決めようとしていた。

「でも、俺今松葉杖だし…あんまり盛り上げられないよ」

太田に団長に推薦された翼は難色を示した。
こんな状態では盛り上げるのも難しいし、自分以外に相応しい奴も居るだろうという判断だ。

「大して動かんでもええけ!お前がやるって事に意味があるんやけ!」
「そうやそうや」
「お前しか居らんやろ」

しかし、太田を始め、2年生は翼を推した。
太田の言う通り、Bチームの主将は翼だったし、殆どBチームのメンバーであるベンチ外部員の中で、Aチームから漏れてきた2年がリーダーをするというのもおかしな話だろう。

「…よし、分かった。頑張るよ」

また一つ、翼の肩書きが増えた。



ーーーーーーーーーーーーー



「フレェー!」ドドン!
「フレェー!」ドドン!
「さーんーりょーう!」
「「「フレッフレッ三龍フレッフレッ三龍!!」」」

全体練習後に、ベンチ外の部員は応援の練習をやっていた。時間をかけてはやらないし、大会前の追い込み期間が終わった頃から始める付け焼き刃だが、これをやらなかったらやらなかったで、エール交換など対戦マナーに対応もできないし、何よりベンチ外部員がスタンドでダラダラとしているのはとても格好が悪いのだ。応援なんかする為に野球部に入ったんではない、などと甘えた事を言っている訳にはいかないのである。チームとしての品格に関わるのだ。

「団長、好村なんやな」
「まぁ毎年Bの主将がしよるけんなぁ。好村そんなにネタキャラ違うけど、まぁそこそこにやるやろ」

その応援練習を横目で見ながら、メンバーに入っている渡辺と飾磨はトスバッティングをしている。ベンチ外の役割が応援なら、メンバーに入った者の役目は「できるだけ多く応援させてやること」だ。一つでも多く勝つ事だ。

「お疲れ」
「あ、宮園。お前もう戻るん?」

セカンドバッグを肩にかけてクラブハウスから出てきた宮園に、バットを持った渡辺が声をかける。宮園は端正な顔に苦笑いを浮かべた。

「結構、昨日までの追い込みが堪えてるんだよ。今日は早めに休む。」
「おう、しっかり寝るんぞ!」

宮園は頷き、渡辺に背を向けて歩き出す。
渡辺もすぐに飾磨のトスする球に視線を戻し、シャープなスイングで打ち抜く。

パァーン!

トス打撃用の竹バットが良い音を立て、集球ネットに鋭い打球が突き刺さる。

「さぁーいきましょー!」
「「「さぁーいきましょー!」」」
「さぁーいきましょー!」
「「「さぁーいきましょー!」」」

グランドから出て行く宮園の背中を見送るように、応援練習の大きな声が響き渡っていた。



ーーーーーーーーーーーーー



「今日もアガり、早いですね」

自主練習を殆どせずに寮に戻った宮園が風呂に入った後洗い物を洗濯場に持って行くと、そこには京子が居た。とても京子一人分ではない量の洗濯物を抱えていたのは、部員に頼まれた分だろう。
京子は気が強く野球にも詳しいが、その見た目から特に3年生には可愛がられていた。それには、京子が3年生に対してはあまり指摘をしないという部分も関係している(先の短い3年生に何を言っても無駄、と京子は割り切っているだけなのだが)。そしてこのように、よくユニフォームの洗濯を頼むのである。少し不満気ながらも引き受けてくれるのが可愛いのだそうだ。

「疲れたからアガった、それだけだ」

多量の洗濯物と格闘しているいじらしい京子の様子にも、表情をピクリとも変える事なく宮園は素っ気ない返事をした。幼い時からの付き合いで、今更京子を可愛いなどとは思わないかもしれないが、それにしても冷淡だ。

「でも、疲れてる割には勉強する余裕はあるんですね。最近の定期テストも成績良かったそうじゃないですか」
「…文武両道で良いことじゃないか。お前、俺にバカで居て欲しいのか?」

空いている洗濯機に乱暴にユニフォームと洗剤を放り込み、宮園はスイッチを入れる。
ガタガタと音を立てて洗濯機が動き始める。

「そういう事が言いたいんじゃないです。この夏の大会が最後で、レギュラーも獲れずベンチにも入れなかった先輩も居るんやから、もう少し一生懸命な姿勢見せないと…」
「一生懸命やってるよ、全体練習では。そういう“頑張ったアピール”の為に少ない時間を使えるかよ」
「そ、そりゃ無駄な事かもしれませんけど…」
「生憎な、お前の兄貴みたく野球だけしてる訳にはいかないんだ。」

跳ねつけるように宮園は言う。
京子はその態度に怯んだ。
宮園は苛ついていた。怒っていた。

「…俺は下手くそだからな。洗濯物、出来上がったら俺の部屋に届けてくれ。お前はまだここに居るだろ?頼む」

宮園はフッと、自嘲気味の笑みを最後に浮かべて、洗濯場を出て行った。

「…違うっちゃ。兄貴がずっと目標にしよったんは、光君やったんに。」

そこには、悲しそうな目をした京子と、山のように残った洗濯物だけが残された。



ーーーーーーーーーーーーー



ズパァーーン!

スタンドまでミットの捕球音が響き渡りそうな、威力のある真っ直ぐ。

「オリャー!」

マウンドで鷹合は雄叫びを上げる。
気迫十分、闘志が漲る投球である。

「いいぞー!いいぞー!レンタロウ!」
「「「いいぞいいぞレンタロー!いいぞいいぞレンタロー!」」」

三龍応援席では、一人だけ席に座っている翼の音頭でベンチ外部員が喝采を上げる。
夏の大会初戦。三龍はシードなので二回戦からの登場である。

「…142か」
「確かに速いなぁ」

二回戦からでも、バックネット裏にはスピードガンを構えてメモをとっているスカウトと思わしき大人や、ビデオカメラを回しながらスコアをつけている他校の野球部員が居る。

確かに鷹合はただのフィジカルお化け、筋肉で野球しているような選手だ。しかし、ここまでフィジカルだけでできてしまうのなら、それはそれで脅威であり可能性なのだ。

(…さすがに普通の公立レベルなら、鷹合のこのスピードには中々対応できねぇよな)

ミットの中の左手にビリビリとした衝撃を感じながら、宮園は内心つぶやく。
そして構えた所はほぼ真ん中。

ガキッ!
「オッケー!」

どん詰まりの打球がセカンド渡辺の元に転がる。キッチリとボールが一塁に転送され、スリーアウト、チェンジとなる。

(…捕手はただ受けるだけ、リードも何もあったもんじゃねぇな)

宮園は一塁のバックアップもそこそこにして、自軍ベンチへそそくさと引き揚げていく。

「…つまらねぇ」

宮園の小さな呟きを聞く者は居なかった。



ーーーーーーーーーーーーー



「よっしゃーこの回いくぞー」
「先制するでー」

攻撃に移る三龍の応援席。
頭に色とりどりのハチマキを巻いた、ユニフォーム姿の野球部が意気を上げる。

「…好村、あのな」
「分かってる。牧野さんだろ?」

足に大きなギプスをつけている為、立ち上がる事もできない翼に、太田が耳打ちしてきた。
翼は言いたい事を察して、スタンドに居る野球部員の中で一人明らかに暗い顔をしている、3年生の牧野を見た。
3年生16人のうち、ベンチを外れたのは5人。3人はボールボーイで、1人はスコアラー。
そうして牧野だけが1人スタンドで応援する羽目になったのだった。

3年生が1人だけというのは、やはり下級生は気を遣うものだ。何を言っても生意気にしかとられないだろう。腫れ物扱いで放っておくのが普通だ。
しかし…

「ちょっと俺、行ってくるよ」
「は?お前、正気か?」
「あんな暗い顔されてたんじゃ、たまらないだろ?元気出してもらってくる」

「応援団長」翼はそんな牧野に声をかけるべく、松葉杖を突いて、エッチラオッチラ、出向いて行った。

「牧野さん」
「……何や」

案の定、牧野は撥ね付けるような態度である。
放っておいて欲しいらしい。
が、翼は退く気なんか無かった。

「この中で3年生は牧野さんだけです。僕ら下級生を引っ張ってください。お願いします。」
「あぁ!?何やそれ!嫌味か!?」
「違います。牧野さんに1年と同じ事させられないんで。」
「うるせぇわ!」

本格的に牧野はキレた。

「お前みたいに、中学まで野球しよらんかったからって言い訳も俺はできんのじゃ!野球ばっかりしてきたのにこのザマなんじゃ!この気持ちお前に分かるんか、オイ!」
「こいつがいつ、高校から始めた事を言い訳にしました?」

翼の後ろから、太田がヌーっと現れる。
先輩相手だが、全く恐れる様子がない。
腹をくくっていた。

「むしろ、高校から始めたってんで、差を埋めようとこいつは遅くまで頑張ってました。俺は一緒にやってきたから知ってます。」
「太田……」

翼は、何だかこそばゆい気がした。
でも、嬉しい。こうやって自分の肩を持ってくれるのは。

「そうやってスタンドでシケていても、もうグランドに戻る事はできませんよ?今できる事やって下さいよ。それとも何ですか?弱いチームのベンチ外になりたいんですか?」
「……」

太田の言葉に牧野は黙る。
そして、おもむろに足下に置いていたメガホンを手に取った。

「……さぁーいきましょー!」

メガホンに口を開けて牧野は叫ぶ。
突然の事に、一連の流れを見物していた1年生もキョトンとした。
その様子を見て、牧野が怒鳴る。

「何黙っとるんちゃ!早よ続かんかい!」
「「「さ、さぁーいきましょー!」」」

意図を理解した翼ら下級生が、牧野の音頭に続く。太鼓がドコドコとリズミカルに叩かれる。

「三龍最強!」
「「「三龍最強!」」」
「三龍最強!」
「「「三龍最強!」」」
「「「いけっいけっいけっいけっいけーっ!
(ドンドンドン)
おせっおせっおせっおせっおせーっ!」」」

牧野が指揮する「さぁいきましょう」が球場に響き渡る。

「……ありがとう、太田」

耳打ちした翼に、太田は屈託のない笑みを見せた。

「…思った事言っただけやけ」

カーン!

グランドからは甲高い打球音が響いてくる。
スタンドの応援席も、グランドで躍動するレギュラー達と一体になっていった。




 
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