皇太子殿下はご機嫌ななめ
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第58話 「舞台に上る者、退場する者」
前書き
いっぱい亡くなってしまったー。
第58話 「同時多発テロ事件」
ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
最近、エルウィンと遊んでいない。
いかん、このままでは母子家庭になってしまいかねん。というわけで久しぶりに遊んでやろう。
と、まあこう思ったわけだが……。
考えてみれば、俺も親父と遊んだ覚えは無いぞ。
「そなたは幼い頃からかわいげがなかった」
人のモノローグにでしゃばって来るな。
■最高評議会ビル玄関前 オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク■
帝国同盟が初めて、お互いの問題に関して協議を行う。
フェザーンを間に挟んだ高等弁務官同士の腹の探り合いとは違い、公式なものだ。歴史的な出来事といっても過言ではない。
ホテルから同盟側の警護に守られた我々が到着したときには、同盟の記者たちが玄関先に集まっていた。いくつもフラッシュが焚かれる。
自由惑星同盟が始まって以来、初めて公式に帝国を代表して貴族がこのビルに入るのかと思うと、身が引き締まる思いだ。ラインハルトも緊張しているようだな。致し方あるまい。
集まった群衆の中に地球教徒がいる。手はプラカードを掲げ、口々に怒声を浴びせてくる。
なんとも愚かな事だ。サイオキシン麻薬にさえ手を出さなければ、良かったものを。
玄関の階段に足を掛けようとしたとき、集団の背後にいた男が、何かを投げ込んできた。
「危ないっ!!」
ラインハルトを庇い倒れこむ。
爆発音が耳に劈くように響く。その瞬間、ブラスターの熱線が我が身を貫いた。
朦朧とする意識の中、飛び散った肉片がまるで雨のように降り注いでくる。
テロか……。
「公爵様!!」
身体を揺すぶられた。
「ラインハルト」
「しっかりしてください。すぐに医者が来ます」
仰向けになった私の視界の隅で、同盟側の兵士達が地球教徒を取り押さえている。
「撃つ前に押さえられずして、何のための警護かっ!!」
「――議長が!」
困惑とあせりの入り混じった叫び。喧騒。
議長? サンフォード議長もまた凶弾に倒れたというのか?
騒ぎ立てる声が煩くて、よく聞き取れぬ。
そういえば玄関ホールで、帝国同盟の両者が握手するというセレモニーがあったな。
頭が働かぬ。ここで死ぬわけにはいかぬのに……。
わたしにはやるべき事があるのだ。
アマーリエやエリザベート、フレーゲル。近しいものの顔が浮かんでは流れる。私に係わりのある者たち数多の者達が浮かんでは消える。
そして皇太子殿下。
見える。皇太子殿下のお作りになる帝国の姿が……。
みな笑っている。
その中でラインハルト。なぜ、そなただけが泣いているのだ?
「担架。担架をすぐに!」
「いかぬぞ。泣いてはいかん。宰相閣下に報告するんだ。……あと……帝国……を…頼んだぞ」
ラインハルトに向かい、そう言う。
視界がぶれ、赤く染まる。同時に意識が途絶えた。
■最高評議会ビル玄関前 アレックス・キャゼルヌ■
サンフォード議長とブラウンシュヴァイク公爵が地球教徒のテロに倒れた。警護の兵ごとだ。
いったいどこからあのような武装を手に入れたのか……。
捜査が入るだろうが、今はまだ分かっていない。
ブラウンシュヴァイク公爵と共にいた金髪の少年は、報告のために旗艦に向かった。担架に載せられていった公爵をしばらく見守っていたが、顔を上げ、意を決したように堂々と歩き出す姿に、言い知れぬ何かを感じたのも確かだった。
確か、ラインハルト・フォン・ミューゼルといったか。報告書によれば、あの皇太子の秘蔵っ子だそうだ。帝国には皇太子だけでなく、あんな少年もいるのだと思い知らされる。
「先輩」
ヤンとアッテンボローが部屋にやってきた。
その後をラップと連れ立ってフォーク大佐の顔も見える。どの顔も沈痛な表情を浮かべていた。
「ロボス司令長官とシトレ校長は二人で話をするらしく、しばらく席を外すように言われました」
「それで俺のところに来たのか」
「はい」
ラップがそう言い。みなが頷いた。
俺はアッテンボローに目配せする。まあコーヒーでも飲んで落ち着くといい。
サンフォード議長が亡くなった。
気の弱いところもあったが、和平のために動いていた人物だった。
軍も協力を惜しまず、ようやく同盟は政治も軍も一つになって動けるようになってきたというのに、最悪だ。議長と皇太子。正反対の人物だが、それでも対話の糸口がつかめかけていた。
「次の議長は……」
誰だろうか?
まともな奴なら良いんだが……。
「ヨブ・トリューニヒトでしょう」
ラップが苦い物を噛んだような渋い物言いで言った。
考えないようにしていたが、やはりそうか。最高評議会議員の中でも、すでに根回しが済んでいるのだろう。テロを画策したとまでは思わないが、状況を利用するはずだ。
「それにしても今回のテロは……まさか帝国が」
「いえ、それは無いでしょう。あの皇太子はなんのかんの言っても、対話の窓口を閉ざしていない。むしろ銀河系に単一の国家しかない状況に、懸念を持っているはずです。何らかの形で別の政体を持つ国家の存続を図っている」
フォーク大佐がそう言う。
驚くべき事にヤンもフォーク大佐の意見に頷いた。
「多様性の維持です。それに民主主義国家のみになる事も問題視している」
ヤンもそんな事を言い出す。そういや最近、皇太子に関する本をやたら読んでいたみたいだが、皇太子の思想のようなものを探っていたのか?
「色彩で言えば、カラフルである事を望んでいるんです。民主主義一色も専制主義一色も好ましくない。あの皇太子らしいといえば、らしい考えです」
「なるほどな~」
なんとなく言いたい事は分かる。
色んな思想があって良い。それは政治体制にも言えることだと、そう考えているのか。思想に関しては同意する者は多いだろうが、政治となればどうしても単一で無いとダメだ、という意見が主流となりがちだ。
どちらかというと押しの強いフォーク大佐と意固地な部分のある口の重いヤン。正反対ではあるが、そこに陽気なアッテンボローと真面目なラップが加わる事でうまくいっている。
考えてみれば、おもしろい組み合わせだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。今回のテロが地球教の画策した事なら、あの皇太子も狙われている?」
アッテンボローが慌てたように言い出した。
「まずいぞ」
「そりゃまずい」
ラップも同じように考え込んだ。
地球教にとって厄介なのは、同盟ではなく帝国だ。
その中でも一番厄介で目障りなのは、あの皇太子。ルードヴィヒ・フォン・ゴールデンバウムだ。
あいつさえいなければ、そう考えてもおかしくない。
「しかしあの皇太子がテロに倒れるなんて事になったら」
「帝国の後継者問題が浮上してくる。今は皇太子の下で一つに纏まっているが、次の後継者が皇太子ほど英明でも開明的でもない限り、武力による統一を目指すだろう」
「国力を増した帝国が戦争を仕掛けてくる」
勝てるのかという思いが体を震わせた。
■ノイエ・サンスーシ ジークフリード・キルヒアイス■
目の前で宰相閣下とエルウィン・ヨーゼフ殿下が戯れていた。マクシミリアン殿下も一緒になり、宰相閣下に馬乗りになって、ぽかぽか叩いているところなんか、微笑ましいと同時にざまーという思いが湧き起こってくる。
いけない。
わたしもずいぶん性格が悪くなってしまったようだ。
その様子をこれまた皇帝陛下がにまにましつつ見ていらっしゃる。
ざまーみろと思っておられるのが、丸分かりだ。ベーネミュンデ侯爵夫人がそんな陛下のご様子を、呆れたような眼差しで見つめていた。
アレクシアさんは日傘の下で微笑んでいる。視線の先には宰相閣下とエルウィン・ヨーゼフ殿下。暖かい日差しの下、柔らかな芝生の上で楽しそうに戯れる。
ふと、まだまだ小さかった頃、父や母と一緒に遊んだ事を思い出してしまった。
思えば遠くまで来てしまったような気がする。小さいときはノイエ・サンスーシに立ち入るなんて、思いもしなかった。
「ふむ。少し休憩するかのう」
陛下の言葉に、背後で控えていた女官達が近づいてきた。
ベーネミュンデ侯爵夫人はマクシミリアン殿下を抱き上げ、宰相閣下がエルウィン殿下を小脇に抱え込んだ。なんという持ち方を……。
きゃっきゃと笑うエルウィン殿下。満面の笑みを浮かべている。マクシミリアン殿下も同じようにして欲しがったが、ベーネミュンデ侯爵夫人はメッというように、人差し指を立ててみせた。
アレクシアさんは一足先に、陛下の下に向かっていきました。どうやら皆のために飲み物を用意なさるつもりなのだろう。よく気のつくお方です。
「なにをっ!!」
突然、アレクシアさんの悲鳴のような鋭い声が響きました。
わたしの所からはアレクシアさんの影になって良く見えません。どうやら女官の一人がスカートの中から何かを取り出そうとしているようでした。
「やめなさいっ!!」
アレクシアさんの声。陛下が不審に思い、近づいていった瞬間。
爆裂音が響き渡りました……。
爆音と共に降り注ぐ赤いもの。わたしの頬に飛び散った飛沫を指で拭う。指先についているのは、小さな肉片だった。
慌てて周囲を見回しても、アレクシアさんの姿が見えない。陛下は倒れ伏している。
「アレクシア! 親父!」
宰相閣下が走ってきました。わたしにエルウィン殿下を押し付けると、血の跡を見つめながらも陛下を抱き起こします。
いったい何が起きた? 人を原型が留めないほど消し飛ばす爆薬。そんなものをどこで? いえ、そうではない。そんなものを抱えて自爆できるものなのでしょうか?
ああ、わたしはいったい何を考えている。
そんな事を考えている場合じゃない。ダメだ。頭が働かない。なんだろうこの感覚は。霞が掛かっているように、現実感がない。
まさか、本当に、アレクシアさんが死んだ……?
宰相閣下が医師を呼んでいる。何かを叫んでいる。何を言っているのだろう。よく聞き取れない。
「しっかりしなさいっ!」
頬を張られた。
目の前にベーネミュンデ侯爵夫人が立っていた。
目の焦点があう。耳は閉ざせないのに、何も聞こえなかった耳に音が飛び込んできた。
「被害を報告せよ。何人死んだっ。ノイエ・サンスーシ内の全女官の身元を確認させろ」
爆裂音に急いでやってきた近衛兵たちに向かい、矢継ぎ早に指示を飛ばす宰相閣下。顔が青ざめつつも、口調はしっかりしている。冷静だ。
エルウィン殿下が泣いている。ぎゅっと抱きしめると、小さな手がわたしの服を掴む。
■宰相府 リヒテンラーデ候クラウス■
ノイエ・サンスーシ内で地球教徒によるテロが起きた。
陛下とアレクシア、そして数名の女官が亡くなった。しかし不幸中の幸いとでも言うべきか、皇太子殿下とエルウィン・ヨーゼフ殿下、マクシミリアン殿下はご無事であった。
無言のまま宰相府の廊下を歩く皇太子殿下のお姿は、込み上げる怒りを抑えようとし、かえって青く燃え上がる高温の炎と化したかのようだ。
だが視線は冷たい。冷たく凍りつき、冷たすぎて触れれば熱く感じてしまうほど、冷たい目。
宰相府に戻られた皇太子殿下は軍務省に通信をつなぎ、帝国軍三長官を呼び出された。画面に現れた三長官、元帥達は皇太子殿下を前にして、緊張の極みだ。
まるで新兵のように、がちがちに強張っている。
「勅命である」
ぽつり皇太子殿下が言われた。
――勅命。
部屋の中にいる者、画面の向こうにいるもの達。それら全てが息を飲む。
皇帝陛下亡き後、皇太子殿下には勅命を下す権力がある。
次に皇太子殿下が何を言いだすのかと、固唾を飲んで見つめた。
「帝国軍宇宙艦隊のみならず、地上部隊、憲兵、警察、内務省、それら全てを使い、地球教徒を検挙せよ。全ての支部、集会所を強制捜査せよ。宇宙艦隊は地球へ向かい。総本部とやらを壊滅して来いっ!!」
なんなら地球そのものを破壊しても良い。
そう言われた皇太子殿下のお姿に、ルドルフ大帝が重なって見えた。
一時的な怒りだろう。だが、まだ、皇太子殿下の理性は働いている。これほど怖い事を言いつつも、このお方は唯の一度も、殺せとは命じていない。大逆罪を適応してはいない。
「以上だ」
「ぎょ、御意」
元帥達の声が震えている。
皇太子殿下の勅命を噛み締めている。内容を把握しようとしていた。
そして気づいた。
勅命は、捕まえろ。調べろ。本部を壊滅して来い。
まだ大丈夫だ。
このお方はルドルフ大帝にはならぬ。
通信を終えた皇太子殿下が私の方に振り返り、葬儀の準備だ、と苦い口調で言った。
フリードリヒ四世陛下とアレクシアの葬儀。
帝国を挙げての国葬となろう。そして皇太子殿下は第三七代銀河帝国皇帝となられる。
「――殿下」
アンネローゼがおずおずと声を掛けてくる。
手元の画面にはラインハルトが映っていた。ラインハルトの顔色が悪い。
……まさか!!
帝国で地球教徒によるテロがあったのだ。同盟でも同様であって不思議ではない。
「どうした?」
「ブラウンシュヴァイク公爵とサンフォード議長がテロによって死亡しました」
「そうか、こちらも馬鹿親父とアレクシアが死んだ」
画面の向こうでラインハルトが息を飲む。
「それは……」
「急いで戻って来い。協議は一時中止だ。同盟側にはフェザーンを通じて説明させる」
「はい」
短く返事を返すラインハルト。
顔を上げ、真っ直ぐ見返すその目は、これまで皇太子殿下に振り回され、ぶちぶち文句を言っていた少年のものではなかった。
皇太子殿下に比肩するほどの覇気を感じる。
こやつの中にあった何かが、はっきりと目覚めた。
通信を終えられた皇太子殿下が笑う。
「獅子が目覚めたようだな」
その言葉にラインハルトも、この銀河という舞台に上がってきたのだと気づいた。
後書き
さて次で、このお話も終わりになります。
もともと皇太子殿下が皇帝陛下になって終わりにするつもりでした。
だからタイトルが"皇太子殿下"はご機嫌ななめだったんです。
う~む。なんという"俺達の戦いはこれからだ"ENDでしょう。
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