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覇王と修羅王

作者:鉄屋
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合宿編
  十一話

 
前書き
今回から偶に覇気で遊び始めます。 

 
 無人世界カルナージの宿泊ロッジ前、アレクの前に不敵な顔で仁王立ちする女が居た。
 女の名はルーテシア・アルピーノ。口の端を吊り上げて握った拳をゆっくりとアレクに突き出す。

「さあアレク、選んでちょうだい」

 拳から出た二本の紐は、この四日間の命運を分ける綱。だが、これはもう一人の命運さえ司り、今迄に無い重圧がアレクに圧し掛かる。他の命を預かる事がこんなにも重いとは……。
 チラリ、と移した視線の先にはもう一人だけ居る男、エリオ・モンディアル。彼はアレクに全てをアレクに託すと、どうなろうと悔いは無いと、神妙に頷いた。
 エリオの覚悟を感じ取ったアレクは迷いを振り切り、一つの綱を握り、抜き取った。

「――っっっシャァッ!! 男部屋ゲットォッ!!」
「あぁあ~ん。なんで当てるかなぁ……」

 ルーテシアがなのはのうっかりで思い付いた、寝泊り着替えを全て女部屋で行えという思春期の男を弄ぶような悪巧み。これを知った時、アレクもエリオも冷汗が走った。
 だが、勝負に勝った。これで女部屋に組み込まれる事がなくなった。感無量の勝利である。
 つまんなぁい、と口を尖らすルーテシアに目をくれず、アレクはエリオに駆け寄り、片手を上げる。

「アレク!」
「エリオ!」

 パァン! と小気味良いハイタッチを鳴らした後、ガッシリ! と手を組み、ブォンブォン! と上下左右に振り回しまくる。
 今、二人は苦難を共にする友であり、恐らく此処では唯一無二の理解者である。最初にして最難関を潜り抜けた喜びを分かち合う。

「アレク、ありがとう。ありがとう!」

 エリオは今、猛烈に感動している。
 管理局勤めになって早四年、増える知人は何故か女性ばかり。皆良い人達なので文句は無いが、男としては不満も溜まる。
 何時も一緒にいるパートナーのキャロは羞恥心がかなり欠落していて、育ててもらったフェイトも距離感が近く、年頃の男には何かと毒だ。ここ最近ルーテシアも体格差でキャロをからかい巻き込むので、色々困っている。
 だが、ようやっと現れた同世代。それも同じ境遇に引き摺り込めそうな救世主。苦楽を分かち合い、エロオ・モイデヤルとかいう細やかで恐ろしい囁きと決別するのだ!

「なんのなんの、お安い御用でやんす!」

 アレクも又、轟列に共感している。
 生まれと資質でアインハルトに目を付けられ、屋上に呼び出されてから始まったクラスメイトとの殴り愛の日々。陰険でないのは唯一の救いだが、何かと鬱陶しい。
 アインハルトから狙われなくなったは良いが、代わりに何かと無自覚でガードの緩い面が目立ち、ヴィヴィオからの通信攻撃も増えてきた。そして何か起こせば鉄拳制裁の末路。
 だが、漸く現れた同類系統。それも何かと押し付けても笑って許されそうな救世主。苦を渡して楽だけ貰い、自由放浪を優雅できる日々を取り戻すのだ!

 終に肩まで組み始めた二人へ、暑苦しいとルーテシアが水を差す。

「男同士の友情確認は、とりあえず其処までにしたら?」

 我に返り見回すと、多種多様な表情だが、一様に言葉が出ない面々の顔が並んでいた。
 エリオを知る者は始めて見る狂喜ぶりに驚き、アレクを知る者も珍しい燥ぎっぷりに目を丸くしていた。
 そして両方を知るティアナはため息交じりに、エリオが毒されなければいいけど、と呟いた。

「大人組は着替えてアスレチック前に集合ね!」

 なのはの音頭に大人組は頭を切り替え、訓練を行えるべく動き出す。
 これより始まるのは基礎訓練。午前中は全てそれに割り振られている。

「じゃあ子供組は水着に着替えてロッジ裏に集合な」

 対し子供組は旅行も兼ねているので、ノーヴェは遊ばせようと指示を飛ばす。
 だが、アレクとアインハルトは水着の用意なんてしていない。どうする、と顔を合わせているとルーテシアが声を掛けた。

「アインハルトには私のを貸してあげる。お古だけどいい?」
「は、はい……」

 女性の密度が多いので何かと融通は利きやすいが、それは飽くまで女性のみ。
 じゃあ俺は大人組に混ざってみようかね、とアレクは避雷針エリオの後を追おうとするが、肩を叩かれた。
 振り返ると、とても意地悪い笑みがあった。

「アレクも私のを貸してあげよっか?」


◆ ◇ ◆


「俺さ、エリオはスゲー苦労してると思うんだ」
「はあ……」

 何を突然、と思いながらアインハルトはそれと無くアレクに相槌を打つ。
 二人の格好は水着で、アインハルトは当然ながら女物である。そして、アレクは予想外に男物であった。
 エリオのお古らしいが、何故ルーテシアが持ってるのだろうか。知りたいような、知りたくないような。
 変な事で悩んでいると、ヴィヴィオの呼ぶ声が聞こえた。

「早く来てくださーい!」
「ほら、呼んでるぞ」
「ノーヴェさん、私は練習を……」
「まあ準備運動だと思ってくれよ。チビ達の遊びは中々ハードだからな」
「そうそう、水着に着替えおいて何言ってんだか」
「アレク、それはお前にも言えることだ。ほら、行ってこい」
「はい……」
「へ~い」

 ノーヴェに促され、二人は渋々といった感じでパーカーを脱ぎ川へ入っていく。
 その際にアレクはアインハルトの胸部水着を見て、ふと思った。コレ、ズレ落ちるんじゃないか、と。次いで、引っ掛かるにはどうも大きさが足りてないような、とも。
 だが、少しばかり長く見てた為、若干怒気を含んだ視線に刺されていた事に気付く。

「何か、言いたい事でもあるのですか?」
「いや、別に?」

 アレクは何でも無さ気に目を逸らすが、アインハルトには何とも言い難い怒りが沸き起こる。ただ、ティアナの言った事が真実味を帯びてきたので、追及する事は出来なかったが。

「で、何すんの?」
「じゃあ、競争しましょう!」
「へ~いへい」

 合流するとヴィヴィオがテンション高く向こう岸を指さして言うが、アレクは全くやる気が出ない。
 適当に付いて行けばいいか、と思っていると、小悪魔が近寄ってきた。

「ねえねえ、折角だから勝敗に色付けしない?」
「例えば?」
「そおねぇ。私が勝ったら……アレクとアインハルトの関係とか馴れ初めとか、事細かに訊きたいかなぁ~? 勿論、拒否権無しで」
「……乗った。俺が勝ったら、悪巧みしてごめんなさいと床に頭を擦り付けて謝ってもらおうか」
「おっけぃ。あ、魔法は無しだよ」
「おう、魔法は使わん。というか必要ねえ」

 フフフ……、と不敵に笑い合う二人に、周囲も乗った。

「あ、あたしもアレクさんとスパーとかしたい!」
「リオずる~い。じゃあわたしも!」
「私も!」
「……では、私は試合形式で」
「……は?」

 何時の間に、全員との賭け事に成ったのだろうか。アレクは周りを見渡した後、ルーテシアに視線を戻すと……ニヤリと嫌な笑みが映った。

「勝てばいいのよ。まあ勝てれば、の話だけどね?」
「……はは、ふははははは。吠え面掻かせてやろうじゃねえか!」

 ルーテシアの挑発に、アレクの負けん気が迸る。
 もう一切の手加減はしない。禁止されたのは魔法だけだ。要は、魔法だけ使わなければいいのだ。

「よーい……ドンッ!」

 合図と共に一斉に泳ぎだす中、アレクだけはその場に留まった。
 何か耐えるような溜めるような格好に、後ろを見て訝しげる面々の中で、アレクを一番知るアインハルトだけは何をしようとしてるのか予想出来た。
 ソレは、魔法で無い事は確かだが、使って良いのだろうか? ……いや、ダメだろう。

「アレクさん、覇――」
「覇気ブースター点火!!」
『きゃああああっ!?』

 アインハルトの声を切り、アレクは足裏より覇気噴射。可笑しい速度でスタートを切る。
 途中、津波の様な被害を出して向こう岸へ飛んで行くがアレクは気にしない。気にするのはすぐ其処まで迫った向こう岸。
 此の儘では人身事故確定だが、止まれば負けだ。
 両拳組み、突き出し、そこからフィールドのように覇気を纏う。ついでにドリルのように捻じり、岸に突貫。

「覇気よ、我が身を護れ!」

 飛び出した勢いは早々に切れず、ガリガリと大地を大分削って漸く止まるが、損傷無し。
 立ち上がり振り返るが、岸に辿り着いた者は居ない。
 今回も勝った。なんか水死体っぽく浮いてるのが居るが、此方に万全の状態。完璧な勝利である。
 岸まで戻り、拳を天に向けて突き上げる。

「これぞ無双奥義!」
「……これが、奥義なんて、訳ないでしょう」

 生き抜いて岸まで辿り着いたアインハルトが、グッタリしながらも確りと否定した。


◆ ◇ ◆


「解せぬ」
「あたしはお前の頭が解せないよ」

 川瀬の岩に腰掛け首を捻るアレクに、ノーヴェは頭痛を抑えるようにしてツッコむ。
 何故レッドカードをくらって退場させられた理由が解らないのか。遊びに戦闘思考で挑むなんて以ての外だ。挑発したルーテシアも悪いが、アレクは限度を明らかに超えている。
 一応、何が悪かったか考えているようなので放っておいている。ただ、参考になりそうな目の前の遊びを全く見ていないので、正解には程遠いだろうが。

「クリスよ、お主はどう思う? ……ふむ、一撃じゃなくて何発も続かないと奥義じゃない、か?」
「……遊びは勝負や喧嘩と別ものです、だ」

 クリスは何度か手を突き出して否定するように腕を振ったのだが、アレクはまた読み取れなかったようだ。相変わらず意思疎通が出来てない。
 と言うか、全く関係無い事を考えたいやがった。

「アレク、とりあえず奥義から離れろ。ティアナに報告するぞ」
「へ~い。……お? どうやらお一人様ご帰還なようで」
「ん? ……アインハルトか。アレク、タオルと飲み物」
「合点承知」

 ノーヴェは少し覚束ない足取りで歩いてくるアインハルトを座らせ、アレクが持ってきたタオルと温かい飲み物を渡す。
 アインハルトの様子は見た感じ、普段とは違う形で筋力を使用した消耗。だが、身体を冷やさなければすぐに回復するだろう。

「どうだ? 普段と違う筋力使ったから中々ハードだっただろ?」
「……はい。ヴィヴィオさん達は何時もこのような事を?」
「だいたい週二回くらいか。水圧ってのは結構良いトレーニング材料だからな、遊ばせながらやれせてる。何か為になってくれればいいけどな」
「いえ、貴重な体験でした……」

 アインハルトはヴィヴィオを見ながら、手合わせした時を思い出した。
 試合時ヴィヴィオはどれだけ打たれても引く事はせず、後半に成るに連れ、粘り強く成って行く感じがした。あれは体力だけではなく、良質な筋肉の賜物だったのだろう。加えて柔らかな筋肉はバネにも成り、壊れ難く成る。
 アインハルトは飲み物を一口通し、感嘆の息を吐く。

「……そうだ、面白いもんを見せてやろう。ヴィヴィオ、リオ、コロナ、水斬りをやってみせてくれ!」
『はーい!』
「水斬り……!?」

 ヴィヴィオ達の十分に力の乗った拳が水面を斬り、水柱を上げる。
 疑問を浮かべるアインハルトだったが、打ち出す拳の動作、起こる現象に目を見開いた。力を押し通す様は、剛通拳とよく似ていたのだ。
 アインハルトは反射的に横を向いた。

「なして俺の方を見るのかね?」
「あ、いえ、その……」

 ついアレクの方を向いてしまった理由は、拳を向けた本人であり、動作の一部始終を見て、受けた衝撃を知っているからである。
 だが今更、貫かれるような衝撃はあったか、なんて受けた感想を求めるのは酷かもしれない。

「気になるなら、試しにやってみたら?」
「……はい、そうですね」

 確かに、とアインハルトは上がってきたルーテシアに促され、入れ替わる形で川に入って行った。
 そして、拳を突出し水柱を上げるが、ヴィヴィオ達とは違い壁のような上がり方。水中に居る為、満足に踏み込みが出来ない結果だった。
 なるほど、断空の変形だったのか、と違いを看破したノーヴェはパーカーを脱ぎ、水斬りとの違いを教えに行った。

「お、ノーヴェのコーチ魂に火が点いた」
「んじゃぁ、これであいつもヴィヴィお嬢達の仲間入りって事ですな」
「アインハルトは押しに弱そうだし……決定で間違い無いですな」

 良い事ですな、そうですな、と頷き合っているとノーヴェの模範が行われた。
 拳でなく蹴りだったが、起こる現象は変わらない。川底から上へと綺麗に割れた水柱が立ち上がった。
 その後、次々と上がる水柱。主にアインハルトと、触発されたヴィヴィオが行っている。水遊びの筈が何時の間にかトレーニング風景に変わっていた。

 暫く見入っていたルーテシアが思い出したようにアレクに訊く。

「アレクは混ざんなくていいの?」
「ん~……。タイプが違い過ぎるしなぁ……」

 目の前で振るわれている拳は、全身を巧く使い衝撃を拳打で飛ばす柔の技。
 だがアレクの拳は剛。身体はカタパルトで、拳や蹴りは発射される弾丸。更に覇気を纏わせ撃ち砕く、相手を破壊する拳。根本的な部分から違う。
 見る、参考にする、というだけならまだしも、トレーニング中では異物を混ぜるようなもの。拳が完成してない中は刺激しない方が良い。

 ただアレクは説明するのが面倒だったので、端的に予想結果だけ言った。

「混ざったら……豪快爆発でレッドカード通告ですな」
「それはダメですな」

 
 

 
後書き
アレクとルーはわりと馬が合う。 
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