少年と女神の物語
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第五十八話
「また来たわね、ムソー!」
「おう、また来たぞママ」
で、いつも通りこっちに来た。
まあね?前のスクナビコナのときに比べたら軽症だけど、心臓と肺が貫かれてるから。
死に馴れてる分何も無くても意識は取り戻しそうだけど、こっちに来るくらいはするでしょ。
「なんだか、ここに来ることをなんとも思わなくなってる?」
「いや、そうでもないよ。ママに会えるのは嬉しいし」
「ムソーくらいよ、そう言ってくれるの!本当に嬉しいわ!!」
そう言いながら、ママは抱きついてきた。
この人もあれだな・・・見た目にそぐわない蠱惑的な感じはするんだけど、林姉と同じだ。
相手が年上だと、たまに信じられなくなる。
いや、こっちは林姉と違って間違いなく年上なんだけど。
「にしても、ムソーは運がいいのか悪いのか。あたしが知ってる中でも、あんな人数の神と同時に戦った神殺しなんていないわよ?」
「まあ、いないだろうな。まつろわぬ神だけなら二柱、従属神まで合わせたら五柱だからな。いやいやホント、よく勝てたもんだよ」
まあ、カンピオーネなんて、それくらいには無茶苦茶な存在だし。
どんな権能が手に入ったのか・・・
「ちなみに、ムソーが倒した神は芝右衛門狸様と本陣狸大明神様の二柱がまつろわぬ神、残りの三柱は従属神よ」
「へぇ、まつろわぬ神はその二柱だったのか・・・」
どんな神が顕現してきたのかは分かってたけど、どの神がまつろわぬ神かは分かってなかったからな。
・・・ま、どんな権能でもいいか。どうせ何らかの形で役に立つんだし。
「にしても・・・これで、俺が出会ったまつろわぬ神は十三柱になるのか?」
「そうね。やっぱりアテ様と一緒に暮らしてて、出会う確率が高くなってるのかしら?一番近い時期に神殺しをした二人も、こんなには出会ってないし・・・あのことも関係してるだろうけど、それよりも・・・」
「・・・ねえ、ママ。何か気になることでも?」
どうにも、話そうとしないことがあるみたいだから、俺のほうから催促してみる。
神との遭遇確率が高いのに、何か理由があるみたいだし。
「・・・ええ、いくつか気になることはあるわ。ムソーがこんなに、頻繁に神様と出会う理由に」
「ふぅん」
「軽いわね」
って言われてもなぁ・・・
「別に、今更だし」
「今更って・・・これからも増えるかもしれないのよ?」
「それについては、前にも話さなかったっけ?」
俺がそう言うと、ママはなんだか困ったような表情をし始めた。
「確かにそうなんだけどね?それでも、あたしと旦那の息子は神様との戦いで死んでいったから・・・」
「まあ、そうなんだろうね。でも、大丈夫じゃない?ほら、沈まぬ太陽・・・ウィツィロポチトリから簒奪した権能もあるんだし」
俺がそう言うことが分かっていたのか、ママの返答は早かった。
「確かにそうだけど、その権能には弱点もあるのよ?今のところムソーは出会ってないけど、闇や夜に化身する神様に出会ったらどうしようもないし。何より、その権能の元の神様だって、天敵なのよ?」
「分かってるよ、それは。むしろ、俺がその隙をついてウィツィロポチトリを殺したんだし」
不死身の属性を持つ神は、異常なほどに面倒。なんせ、死なないんだから。
その分、その力が手に入ると異常なほどに心強いんだけど。
「分かってるならいいわ。その自覚が無くて、死んじゃった子もいたから」
「大丈夫だよ、俺は死なない。神代が守るのは、自らをも含めた神代だ」
そして、俺の意識は戻った。
◇◆◇◆◇
「ちょっと、早く起きなさいバカ兄貴!起きなさい!起きてってば!お願いだから、起きてよ・・・お兄ちゃん・・・」
俺が意識を取り戻すと、俺を揺すりながら泣いている氷柱の顔が目の前にあった。
梅先輩のときを思い出すな・・・手に血は、ついてないな。
「・・・大丈夫だから、な。泣くなよ」
「あ・・・」
俺が手を動かして氷柱の頭を撫でると、氷柱はようやく俺を揺するのをやめた。
いや、気持ちは分かるんだけどな・・・結構痛いんだよ。
「・・・大丈夫、なの?」
「ああ、問題ない。俺が死なないの、知ってるだろ?」
「そうじゃなくて!」
「大丈夫だよ」
俺はそう言いながら立ち上がる。
やべぇ、すっごく痛い。前のスクナビコナのときみたいに穴だらけのほうがよかったな・・・。
動くたんびに来る肋骨の刺さる感覚が、泣けないほどに痛いな。
「その傷で大丈夫なわけ、」
「いや、意外と大丈夫だ。・・・この感じなら上に羽織れば見た目で怪しまれはしないだろ。・・・あ、でも血を吐いたときについた血だけは拭っとかないと・・・」
俺はそう言いながら、神酒で濡らした布で口元を拭う。
そのまま召喚した上着を羽織って体形を隠し、肋骨の辺りがおかしくなっているのをごまかす。
「ほら、これで問題ないだろ?」
「・・・・・・」
氷柱の反応はなし。
・・・怒らせたか?
「えっと・・・氷柱?」
「・・・その傷で歩く気?」
「ああ、俺のほうに霊薬はないしな。氷柱もだろ?」
氷柱は、首を横に振った。
「じゃあ、仕方ないだろ。家に帰って、治癒の霊薬を使うしかない。そこまでは歩いて帰るしかないから、こうするしかないだろ?」
「・・・違う、他にも手段があるじゃない」
氷柱が言いたいことは、すぐに分かった。
でも・・・
「私が、それをすれば、」
「ダメだよ、氷柱。それは、本来軽々しくやっていいことじゃない」
忘れそうになるけど、本来はそのはずだ。
「でも、」
「でもじゃない。・・・キスってのは、自分の好きな人に対してやるものだ。最低限、それだけは守らないといけないんだよ」
「・・・説得力、ないわよ?」
それを言われると、かなり辛い。
「・・・まあ、だからこそだ。俺がこんな状況だから、そんな事を考えてる」
「・・・私とキスをするの、イヤなの?」
「そうじゃないよ。でも、それだけで決めていいことじゃない。ほら、行くぞ」
俺がそう言って歩き出すと、
「兄貴!」
そう、真後ろから氷柱に呼ばれた。
「ん?どうかしたか、つら」
そして、振り返りながら言おうとした言葉は、最後までいうことができなかった。
俺の口は・・・氷柱の口に、塞がれていた。
ほんの数秒間、舌も入ってきたが・・・それで、氷柱は口を離した。
「・・・これで、傷は治ったでしょ?」
そう言って笑う氷柱の顔は、いたずらっ子のようにも見えた。
「確かに治ったけど・・・でも、俺が言ったことは、」
「それなら大丈夫よ。何の問題もないわ」
そして、氷柱は表情を変えずに、しかし頬を真っ赤にした状態で、
「私、兄貴のことが好きだから。異性として、ね」
そう、はっきりと言ってきた。
・・・どこか、吹っ切れたようにも見えた。
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