Element Magic Trinity
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それが彼女の願い通りじゃないとしても
静寂と沈黙。
普段の妖精の尻尾なら、絶対に有り得ず、あの騒がしさとは無縁な言葉。
誰も、騒ぐ気になれなかった。
「・・・何のつもりだよ、バカティア」
ポツリ、と。
ギルドを覆う静寂を小さく破ったのは、ナツの声だった。
『私は、妖精の尻尾を抜けるわ』
『お祖母様の命令通り、家に帰る』
『戦いに行く』
『アンタ達には頼らない』
『何かあっても、無関係だと言って』
ティアがギルドの全員に宛てて書いた手紙。
整った字で、白い便箋に並べられた言葉。
彼女は1人で戦いに行った。
相棒も、弟も、同居人も、同じ類の魔法を使う者も、友達も、チームメイトも、誰も連れずに。
「姉さんっ・・・」
「ティアぁ・・・」
クロスとルーが呟く。
ティア=T=カトレーンの存在は大きかった。
孤独を好み、団体行動を嫌うとしても。
「ギルドを抜ける、って・・・」
「マジかよ・・・オイ」
ギルドに13年もいた古株。
最強の女問題児。
冷酷で、無表情で、曲者だったとしても―――――。
放っておく理由は、何1つない。
「っ・・・」
「ドラグニル!」
ギリッ、と。
小さく切歯の音が静寂に響く。
地を踏みしめてギルドの出入り口へと向かって行くナツに、ライアーが叫ぶように声を掛けた。
「・・・どこに、行くつもりだ」
感情を無理矢理抑え込んだ声でライアーが問う。
「決まってんだろ。ティアのトコだ!」
「アイツが今どこにいるかお前に解るのか・・・カトレーンの実家の場所も知らないのに」
「んなの勘でどうにかする!」
「バカが!その程度でどうにか出来る訳ない!」
「うっせえ!あのバカを1発殴ってギルドに連れ戻す!で、オレ達全員でティアのばっちゃんと・・・」
ティアのばっちゃんと戦う。
ナツはそう言おうとした。
だが、最後まで言う事は不可能だった。
「いい加減にしろ!」
ナツの声を、ライアーが遮った。
感情を抑え込めなくなったのだろう、その声には怒りが込められている。
ただの怒りではない。
どこにぶつけていいか解らない、行く当てのない、どうしようもない怒り。
「・・・ライアー」
全員の視線がライアーへと向かう。
彼がここまでの怒りを爆発させる事は滅多にない。
そもそも、短気だったら苦労人なんて務まらない。
1本に結えた長い黒髪を揺らし、ライアーは叫んだ。
「何故お前には解らないんだドラグニル!ティアが態々手紙を残した意味が!手紙なんざ残さなければ、自分の行く先は俺達に知られなかったのに!手紙がなければ、俺達はどうしようもなくギルドで頭を抱えるだけだったのに!」
怒りを鋭い言葉の刃へと変え、ライアーは四方八方に飛ばす。
つり気味の目を更につり上げ、その表情を怒りに染めて。
「アイツだって、本当はお前達の力を借りたいんだ!それでも・・・それでも借りる訳にはいかなかったんだよ!カトレーンの裏側を知られたくないからじゃない・・・そんなの、単なる後付の理由だ」
痛いほどに握りしめた拳が震える。
「アイツは“ティア=T=カトレーン”でいたかったんだ!出来損ないだの三流だのじゃなく、このギルドの中では、最強の女問題児で海の閃光で氷の女王で妖精の尻尾の魔導士のティアのままでいたかったんだ!だけど、お前達が戦いに参戦したら、ティアが隠し通してきたものをお前達が知る事になる!それだけは耐えられなかったんだよ!」
声が響いて、静寂に吸い込まれる。
感情が高ぶっているからかその頬は赤く染まった。
「だから態々手紙を残した!お前達が追ってこないようにと、手紙を枷にした!行く先を知らせる事になるが、可能性として主がカトレーンの家の場所をドラグニル達に教えてしまう恐れもある!2つに1つ、どちらにしろ追われるなら、追わないでほしいという自分の意志を伝えてしまおうと考えたんだ・・・」
声のトーンが落ちる。
小さく俯いた顔が、上がった。
その表情は辛そうで、今にも泣きだしそうに歪んでいた。
「お前は・・・ティアの意志を踏みにじるのか?」
再び、静寂が姿を現す。
ナツとライアー。
この2人は、それぞれティアに近い2人だ。
ナツはチームメイトであり、戦友。
ライアーは同居人であり、ティアに片思いしている。
そんな2人が、今、同じ空間の中で、確かに別の道を行こうとしていた。
「意志とか、そーゆーの解んねえけど・・・アイツが1人で戦っていい理由じゃねえし、オレ達がアイツを放っておいていい理由でもねえだろ」
「放っておいてほしいとティアが望んでいてもか」
ライアーの瞳が鈍く光った。
その右手が、ゆっくりと背中に伸びる。
「これはカトレーンの問題じゃねえ。もうギルドの問題になってんだ。一族とかそういうの関係なく、仲間を三流だとか出来損ないだとかいうあの女を許せる訳ねえだろうが!」
ナツには戦う意志がある。
仲間をバカにされて黙っていられる程、利口になった覚えはない。
ナツがライアーを睨みつけた、瞬間――――――
「そうか・・・残念だ」
ライアーが小さく呟いた。
「!」
ナツは思わず1歩下がった。
何故なら、ナツの首にはフィレーシアンの切っ先が向けられていたのだから――――――。
「お前の仲間を思う気持ちには称賛を送ろう・・・だが、その思いが常にいい方向に向かうと思うな。その思いで全ての人間が救えると思うな。その思いが誰かを傷つける事もあるという事を学べ・・・ナツ・ドラグニル」
その瞳は、冷酷。
フィレーシアンを突き付けるライアーは本気だった。
これ以上ティアを追おうとするならば、ライアーはナツを容赦なく斬るだろう。
「お、おい!何をしてるんだライアー!今すぐフィレーシアンを降ろせ!」
「主の命令だが、それは断らせてもらう。それで俺に何らかの罰が与えられようと構わん」
クロスが叫ぶが、今のライアーには通用しない。
その体からじわじわと魔力が溢れる。
ゆっくりと足元から風が巻き起こり、黒髪を舞い上げていく。
魔力が風へと具現化されているのだ。
「・・・愛する女が辛い思いをしなくていいのなら、俺への罰など軽いものだ」
誰に言う訳でもなく呟く。
フィレーシアンに魔力が纏われ、風を帯びる。
「覚悟ォ!!!!」
槍形状のフィレーシアンを握りしめる。
ライアーがフィレーシアンを強く、容赦なく振り下ろそうとした・・・その時だった。
「槍を受け止めろ、見えぬ剣よ」
声が響く。
淡々とした中に優しさの篭った声が。
その瞬間――――
「!」
ライアーのフィレーシアンが、受け止められた。
誰に、かは解らない。
突然見えない壁が出来たように、受け止められる。
「全く・・・お前達全員ティアに言われた事を思い出せ」
そんな中、1人の少女の声が響いた。
銀髪を後ろで1本の三つ編みにし、花弁のような形のスカートのノースリーブワンピースを纏った少女。
透き通るほどに白い肌に映える茜色の瞳が、ナツ達を鋭く睨んでいる。
「ヴィーテルシア?」
「いいから黙って全員冷静になれ・・・お前達はティアがいなければ冷静にさえなれないのか」
冷静に――――――。
それはティアの口癖だった。
冷静になれない人間は敵じゃない。冷静さを欠いたら即刻負け。
ヴィーテルシアは、誰よりもその言葉を近くで聞いていた。
だから、行動出来る。
「ティアの意志を語る前に、お前達にはするべき事があるだろう!騒いで何が変わるというんだ!お前達は一体ティアの何を見てきた!?何を聞いてきた!?」
厳しい口調に、先ほどまでとは違う意味で静寂が訪れる。
ナツの怒りとも、ライアーの怒りとも違う怒り。
ヴィーテルシアは茜色の瞳に炎を宿した。
「確かに私もティアを追いたいと思っている。それをティアが望んでいようが望んでいなかろうが関係ない」
ヴィーテルシアは、答えを出した。
実に単純で、純粋で、考える必要なんてこれっぽっちもない答えを。
「ティアが自分の意志で戦う事を選んだのなら、私は自分の意志で参戦する事を選ぶ」
ずっと近くで見てきた。
相棒は誰に何と言われようと自分の動きたいように動き、自分の言いたい事を言い、常に自分の意志を貫き通してきた。
なら、相棒である自分にもその権利はあるはずだ。
「手紙がどうだの、ティアが何を望むだの関係ない。私は私の意志で動く」
真っ直ぐな瞳。
揺るがない自信に溢れた声。
その姿が、ティアと重なる。
「他人の意志がどうのこうのと口論するお前達に助けてもらわねばならないほど、私の相棒は弱くはない。お前達はギルドにいろ。私だけで十分だ」
突き放すようにヴィーテルシアは言い放ち、くるりと背を向ける。
その脚が1歩前に踏み出した。
「待てよ」
それと同時に、声が掛かる。
ずっと沈黙していたアルカの声が。
「悪ィが、意志とかそーゆーのは定番すぎて嫌いだ。だけどな、簡単に言っちまえばこういう事だろ?“好きに動け”・・・違うか?」
自分の意志で動くという事は、ティアの意志を無視するという事。
だが、それがどうした。
このギルドは前からそうだったじゃないか。
だから評議院から嫌われている。だから問題児と呼ばれている。
「好きに動くってのはオレ達の専門だろ。だったら考えるなんて専門外で面倒な事しねーで動いちまえばいい。動いてそれがプラスになろうがマイナスになろうが、動いたって事に意味があるんじゃねーの?」
そう言って、ニシシと笑う。
動いて何かを解決するタイプのアルカは頭を抱えない。
抱える必要がないからだ。
「ま、ティア助けられてミラがオレに惚れ直してくれるってなら一石二鳥だけど、仕方ねーから惚れ直してもらうのは諦めてやんよ。必要もねェしな」
ミラに顔を向け、軽くウインクしてみせる。
それに対し、ミラはいつもの優しい笑顔で応えた。
「つー事は、だ。オレがやるべき事・・・っていうか、やりたい事はティアを助けるって事だけっつー事だろ?なら話は単純だ。よーし、派手に暴れるかァ!」
背後に炎が見えそうな勢いでアルカは突っ走る。
突っ走ろうとして――――――
「すとーーーっぷ!」
「うわっ!」
ぐいっ、と。
ルーがアルカのジャケットの裾を掴んだ。
アルカは思わずコケそうになる。
「っと・・・危ねぇだろルー!」
「僕も連れて行ってよ!」
「お前はギルドにいろって。その方が安全だし・・・」
「バカぁ!」
アルカの言葉をルーが遮った。
目を潤ませ、自分より背の高いアルカを上目遣いに睨みつける。
その童顔と相まって『恋人を引き留める彼女』に見えなくもない光景だった。
「ティアが大変な思いしててアルカまで行っちゃうなんてやだよ!だったら僕も行く!僕だけ安全なトコにいるなんて誰が許しても僕が許さないよ!さー問答無用に連れてけー!」
「わ、解った解った!解ったから殴るなって!一撃一撃は軽いけど・・・って!」
ポカスカという言葉が似合いそうなグーパンチをアルカにお見舞いしまくるルー。
そのパンチの1つがアルカの肩に直撃した。
「俺も行くぞ。姉さんを放っておくなど・・・そんな事したら、俺はもう姉さんの弟を名乗れないじゃないかっ!」
「おーい、戻ってこいよクロスー」
ぐっと拳を握りしめて涙を流すクロスをスバルが正気に戻そうと試みる。
が、当然のように失敗した。
クロスは天を見上げ「姉さん、待っていてくれ・・・必ず俺が助けだす!」とか何とか呟いている。
「もちろん、私達も行くよ」
「ああ、ティアには日ごろから世話になっている。その恩を仇で返す気は毛頭ない」
「それになんか強そうな奴がいる気がするしな!くぅ~・・・妖精戦闘狂の血が騒ぐぜ!」
サルディア、ヒルダ、スバルも続く。
「私達も行きます!」
「まだギルドに入って少しだけど、ギルドの一員ですから!」
「ティアさんにはいろいろお世話になってるしね」
ウェンディ、ココロ、アランも口を開く。
「あたし達だって!」
「あい!オイラ達はチームだよ!」
「私もティアに救われた・・・私がティアを救うのは当然の事だろう」
「ま、ティアのばーさんがムカつくってのはあるしな」
「おっしゃあ!燃えてきたぞ!」
最強チームも勿論動く。
それだけじゃない。
ギルドの全員が・・・老若男女関係なく、ティアの為に動く。
相手が何であろうが関係ない。
仲間の敵はギルドの敵なのだ。
「・・・全く、ここまで来てしまってはもう止められんな」
ゆっくりと首を横に振り、ライアーは呟く。
フィレーシアンを戻し、微笑んだ。
「俺も行こう。あとで怒られる時は全員一緒だ」
「だな」
「仕方ねーか」
「あい!」
「よーし!ティアのお説教は長いけど、全員覚悟はいいかーっ!」
『おーっ!』
ライアーの言葉にアルカとグレイが苦笑し、ハッピーが笑顔で頷く。
ルーが拳を突き上げて叫び、全員がそれに答えた。
ギルドに騒がしさが戻り、先ほどまでの静寂が嘘のよう。
その空気の中、ヴィーテルシアは狼の姿となり、目を伏せた。
(そうだ、それでいい・・・あの気高きティアを救えるのはお前達しかいないんだ。意志も何も関係なく、お前達はお前達らしく選び、戦え)
枷は外された。
自由を奪うものはもうない。
羽を取り戻した妖精は、空へと羽ばたく。
「よし!行くぞォ!」
『オオッ!』
ナツの声に合わせ、全員が声を揃えて雄叫びを上げた。
その時――――――
「美しい絆だ・・・惚れ惚れするよ」
聞き覚えのない声。
全員の視線が、ギルドの入口へと向く。
そこには、3つの人影。
3人全員に共通しているのは、フードを目深に被り、マントを着用しているという事。
その中央に立つ、1番背の高い人影が、恭しくお辞儀をした。
「初めまして、妖精の尻尾の皆さん」
「私達は、カトレーンからの使いの者です」
その言葉に、緊張が走る。
敵と化したカトレーンの使い。
それはナツ達にとって、カトレーン同様に敵であった。
後書き
こんにちは、緋色の空です。
すいませんでした!あれもこれもと書いていたらルーとアルカを絡ませる事が出来ず・・・。
次回!次回ですから!
本当にすいません!
感想・批評、お待ちしてます。
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