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打球は快音響かせて

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高校一年
  第十話 ゆく年、くる年

第十話



「ただいまー」
「あら、お帰りなさい!」

年末年始、翼は約半年ぶりに実家に帰省した。
久しぶりに玄関に上がると、母が翼を迎えた。
翼によく似た、すらっとした母である。元々は関東の玉虫出身なので、方言は使わず、少し上品な感じがする。世話を焼くような事はあまりしない。進路に関しても口はあまり出さなかったし、むしろ葵の方がうるさかったくらいである。だから翼の進路決定はデタラメだったし、だからこそ自立心も多少はあって寮生活も苦になっていないのかもしれない。

「あー、お兄ちゃんお帰りー!」

自分の部屋から、妹の成海もやってきた。
成海は中学3年生で、反抗期も殆どなかったような呑気な妹であった。高校受験を控えているはずが少しも勉強している様子がないのは、島の子どもらしい。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんさー」
「ん?」
「神崎葵ちゃんと付き合ってるんだー?」

翼は自分で注いだお茶を吹き出しそうになった。帰ってきていきなり葵の事を言われるとは。
その事を家族に言った覚えなんてないのに。

「神崎さん家の娘さん、結構可愛いわよねー。全く、どうやって捕まえたんだか」

母もその事を知っているようだ。特段驚く事もなく、平然として夕飯の支度をしている。

「母さん、それ誰から聞いたの?」
「え?結構この辺じゃ有名よ?」

翼は夏の帰省の時に葵が言っていた事を思い出した。高校の友達に自分の事を自慢している、と葵は言っていた。それが広まったのだろう。翼は冬なのに汗が垂れた。この島を離れている間に色々、おかしくなっているような気がする。

「まだ夕飯まで時間あるから、挨拶しに行ってきたら?」
「どこへ?」
「当たり前じゃない。神崎さんのウチよ。ほら、早く行って」

急かされるようにして、翼は葵の家に向かう事になった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「おぉ、翼君!お帰りやねぇ、ちょっと待ってな、葵呼ぶけんな!」

葵の家に行くと、葵の父が応対してくれた。彼氏にとって天敵であるはずの彼女の父だが、しかし小学校の時分によく遊びに行っていた事もあって顔も元から知ってるから気まずくはなく、そして何故か翼の顔を見ると上機嫌に見えた。これを見ても、翼は葵との関係が相当、周りからガッチリと固められてしまった事を感じる。
許嫁。そんな言葉が思わず浮かんでくるくらいだった。

「あ、お帰り…」
(あれ?)

家の奥から出てきた葵の様子は、どこか気まずそうだった。周りが盛り上がると、何故か本人がその気にならなくなる。
まぁ、当たり前か。翼は納得した。久しぶりに帰ってきた自分も戸惑うのに、この環境に常に晒されている葵が戸惑っていないはずがない。

「なぁ、ちょっと歩こうよ」
「え?」
「近所の神社までだよ」

翼は葵の手を引いて出て行った。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「…って感じで、カナコが父ちゃんとかに言うたけぇ、もういつもおちょくられて大変よー」
「…でもやっぱり、元の原因は葵じゃ…」
「友達に言われるんと大人に言われるんは訳が違うけぇ!そんくらい普通空気読むやろって話っちゃ!」

葵は頬を膨らませてむくれる。この癖は変わってないよなぁ、と翼は思う。こうして2人で歩いているうちにも、何人もの近所の人に声をかけられた。

ピューっと風が強く吹く。木凪は温暖だが、しかし冬は風が強いので体感温度は思いのほか下がる。普段着のまま家から出てきた葵は寒そうに身をすくめた。

(………)

翼は唐突に葵の腰に手を回し、ムギュッと脇に抱いた。葵は「ひゃっ!」と頓狂な声を上げ、翼の顔を見上げて、島の子らしい健康的に日焼けした顔に照れ臭そうな表情を浮かべる。
翼がその腕に感じる葵の感触は、引き締まった弾力があったが、初めて抱いた時より少し柔らかみが増したような気がする。そして体温がある。何とも言えず心地よい温かさだ。

(周りがどう変わろうが、こいつさえ変わらなきゃ、まぁ良いのかなぁ)

ショートカットの葵の髪からは、やたらと良い匂いが漂ってくる。翼は自分の顔が緩んでくるのを感じた。やたらと葵が可愛く見えた。




ーーーーーーーーーーーーーーー




「ヒ・カ・ル・くーん!」
「やぁ、あけましておめでとう」

宮園は初詣に来ていた。
自分の家の近所の神社まで、電車に40分揺られる距離の自宅から青野がやって来ていた。
昨晩に初詣に行こうと青野がメールしてきたので、宮園は意地悪をするつもりで俺の近所の神社に来てくれるなら、と吹っかけたら、そしたら本当に青野は来たのである。宮園はこういう事を何回も繰り返していたが、その度青野は文句も言わずに従った。あまりにも素直に従うので、そろそろ宮園も興ざめしていた。やはり、2回振ってもなお食らいついてくるだけあって、こいつは相当俺の事が好きか、それか相当のバカだ。両方な気もするが。

「嬉しいなぁ〜光くんと一緒に初詣なんてなぁ〜」
「ほらほら、早く行くぞ」

ベタベタと自分にくっつく青野に宮園は苦笑いする。みなみに、宮園家は日付が変わるとすぐ初詣を終えるので、宮園にとってはこれが初詣ですらない。

「……おぉ、光やんけ!あけおめやね!」
「あぁ、康毅じゃないか。久しぶり。あけましておめでとう。」

神社の階段を青野と登る宮園に、顎の発達した縄文顔の少年が話しかけてきた。この少年は福原康毅。宮園とは小学校からの付き合いで、水面西ボーイズでは宮園が3番、福原が4番だった。

「選抜出場おめでとう。今年も走って初詣か。熱心だなぁ。」
「そうよ!やっぱりここの神様に、甲子園でも打てるように願掛けせにゃいけんと思うてな!」
「あれ?お前、試合出れるのか?」

宮園は心の中では意地悪く笑っていた。
福原の所属する帝王大水面は、昨秋に三龍を破り、そのまま東豊緑大会でも準優勝して選抜甲子園への出場を決めた。ただ、福原はベンチにも入っていなかった。

「おう!秋は腰いわしよったけど、今は万全やけ!先に甲子園味わってくるわ!」
「そうか。頑張れよ。土をお土産に持って帰ってきてくれ。」

宮園は顔ではニッコリ笑っているが、内心ではクスクス笑っている。本当にベンチ外れたのは怪我のせいなのか?単純に実力不足じゃないのか?
宮園は福原のやたらとプラス思考な人となりを思い出していた。またそんなに、モノを都合良くとらえちまってさ。

「お、これはこれは彼女さんか?光にもやっと彼女が出来たんやなぁ!」
「そうです〜!青野です〜!去年の9月からお付き合いしてま〜す!」

福原は青野にも気さくに話しかけ、青野も福原に愛想良く挨拶した。あぁ、バカ同士だから波長が合うんだなと、宮園は思った。

「こいつなぁ、俺と違ってよっぽどモテるのに、全然彼女作らんのやけ!まぁ青野さんほどの女やないと、こいつは落とせんばい!」
「いやいやそんな〜」
「何言ってんだよ康毅。お前の方がモテてただろうが。」

それは事実だった。多少イケメンでも性格がねじ曲がっている宮園より、前向きなオーラを放っている福原の方がよっぽどモテていたのだ。宮園にここまで執着する、青野の方が異常だった。

「でもね〜、俺今彼女居らんけんな〜」
「あれ、前の彼女とは別れたの?」
「いや、振ったんよ。野球に集中する為に。」

最後の一言だけ、福原の目が笑っておらず、宮園はドキッとした。その視線に、少しばかりの非難の成分が感じられたからだ。

「あ、ヤバい!俺ちょっと用事あるけん、早よお参りしてこないけんばい!じゃあな2人とも!」

最後にそう言って、福原は階段を駆け上がっていった。全く、最後まで騒々しかった。

「テンション高い人やったね〜」
「………」

青野が呑気に言った感想には返事もせず、宮園は少しイラついた目で福原の背中を追っていた。

(彼女なんて作ってチャラチャラしやがってって事か?生憎な、俺はお前ほどバカじゃねぇんだよ。お前みてぇに自分の実力を過信できねぇよ。どうせ甲子園なんて無理なんだったら、適当に彼女でも作りながら、楽しげにしとくのがよっぽど賢いんだよ)

心の中で毒づいてから、宮園は青野の手を取り、階段をゆっくりと登っていった。




 
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