ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
コラボ
~Cross world~
cross warld:交流
「っても、俺はそんな子供知らないぞ」
タイ焼きのような、しかし中に入っているのはギットギトに脂ぎった肉というミートパイを頬張りながら、ソレイユはイグドラシルシティの真っ只中をのんびり歩いていた。
その隣を、同じくのんびり歩いているのは、つい先ほど知り合った女性二人組みである。
マイという名らしい少女の方はともかくとして、巫女装束のカグラという女性は悪い意味で衆目を集める。さっきからすれ違う人々の十人に八人くらいがチラチラ見ているような気がするが、しかし三人はさして気にも留めていなかった。大物というか肝っ玉が据わっているというか。
「そう……ですよね。いえ、本当はアナタを引っ張りまわす筋合いなどは持ち合わせていませんが…………」
ソレイユが食べているのと同じミートパイ(ただし数は桁違い)で頬を膨らませる少女に代わり、カグラと名乗った女性は困り果てたように頬に手を当てた。その仕草がどことなく、苦労性の恋人に重なる。
苦労してんだなぁ、と他人事のように心の中で呟きながらソレイユは口を開く。
「別にいいさ。こっちも迷子を捜してたところだったし」
別に、まだルナが迷ったとかは分からない。単に、リアルのほうでどうしても外せない用でもあって遅れているだけかもしれないし、ひょっとしたら待ち合わせの場所そのものを忘れてしまっただけかもしれない。
しかし、ソレイユはそこまで思考して首を横に振るう。
元【血盟騎士団】参謀長《流水》ルナこと、柊月雫は、その任されていた役職の大層さと同職のアスナから分かる通り、かなり真面目成分なところがある。遅れる事はあっても、忘れるなんて事は天地がひっくり返ってもありえないような気がする。
ソレイユは手に持ったパイをゆっくりと咀嚼しながら、視界の隅っこに目線を向ける。正確には、そこに据えられたシステムクロックを、だが。
現在時刻は午後五時九分。
一方、約束した時間は三時半。
そろそろ遅れているというには苦しい時間帯である。ALOの時間は現実のそれとズレているが、それでも高く上がった太陽は少し俯きがちになっていた。
通常での対応であれば、いったんログアウトした後に現実で連絡を取るのがいいのかもしれない。しかし同時に、黒衣の少年は如実に感じ取っていた。
それは予感。
ただの予感。
だが、ソレイユは思う。今ここでログアウトして連絡をとっても、彼女には絶対に繋がらないような、そんな予感。
ふむ、と唸った少年に、三、四個のミートパイを一気に頬張っていたマイが語りかけてくる。それはいいとして、このミートパイって結構ボリュームあるんですけど。
「あなたも迷子?」
「……………いや、迷子を捜してる方だが」
ふぅ~ん、と気のないような生返事の後、純白の少女は
「見つかるといいね」
とだけ言った。
ポツリ、と言った。
なぜかその言葉は、少年が捜し人と絶対に会えないという事を前提に言っているようだった。捜す事自体が無駄だという事を悟っているような、そんな言葉。
「あぁ、互いにな」
ほんの少しだけ苦くなったように感じられるミートパイから溢れ出る肉汁を噛み締めつつ、ソレイユは半ば自分に言い聞かせるように言った。
それは、ただの強がりなのかもしれない。
それでも少年は、自然と、何の気なしにそう言った。
「………………ねぇ、えっと……ソレイユ」
「なんだ?」
「ソレイユは、その捜してる人の事…………さ」
「……………………?なんだよ?」
妙に勿体をつける少女の声を聞き、ソレイユは訝しげに傍らを歩く、真っ白な髪に包まれた小さな顔を見やった。
再びパイに口をつけるマイ。しかしそこには、先程までの暴食さは皆無だった。小さく、年相応に端っこの部分だけをかじる。その口許には、何も浮かんでいないようでいて、しかし様々な感情の奔流が渦を巻いているようにも思えた。
「好きなの?」
「ああ、好きだよ」
やがて放たれた問いに、秒針がピクリと動く間もなく少年は即答した。まるで、考えるまでもないとでも言うように。
歩く巫女服女が、ほんの数ミリだけ上げながら、意外そうに口を開く。
「即答ですか」
「恋人やってんだから当たり前だろう。それはそうと、お前らはどうなんだ?そいつとどんな関係なんだよ」
世間話というか、話の流れというか、ソレイユは言う。
しかし、当の本人達であるマイとカグラは困惑したような表情を浮かべた。次いで、互いに顔を見合わせる。
予想していたような反応とは違う光景を見、黒衣の剣士は眉をひそめた。
なんだ?この反応。
「え、えぇと、命の恩人………………でしょうか?」
「何で疑問系なんだよ」
「何を迷うことがあるんだよ、カグラ。そんなの決まってるもん」
エッヘン!とばかりに、もはや絶望的なまでに地平線な胸を張って、少女は口を開いて堂々と一言。
「レンがごはんを作ってくれて、マイが食べるんだよ」
「ただの穀潰しじゃねえか」
どういう関係だ、それは。
迷惑以外の何者でもないだろう。
ますます、この少女達が捜している少年の事が分からなくなったような気がする。質問して、答えられたのにも拘らず、だ。
はぁ、と思わずため息を漏らしそうになった矢先――――
カグラが、ふと気がついたように言った。
「そう言えば、先程から人影が見当たりませんね」
何の気負いなく、本当に独り言のように出たその一言につられたように、ソレイユも何の気なしに周囲を見回した。そして
身体中に怖気が走った。
三人の周囲には、いつの間にか人影がいなくなっていた。それも生半可な事象ではない。
なぜなら、鈍色の石で舗装されている大通りの両脇に、まるで縁日のごとく大量に軒並み連ねている露店のNPC店主までもが、その姿を綺麗に消失させているのだ。
NPCには、それぞれ決まった行動可能領域を持っている。圏内の、それも店番クラスのオブジェクトに、店を離れる事のできる広大な領域を保持しているとはにわかに考えられない。
これはただごとではない。
考えすぎだと願いつつ、ソレイユは早くも意識を戦闘状態へと移行する。
今三人がいるのは、ALOの中心部である世界樹の天辺に据えられた大都市、イグドラシル・シティの中央広場へと東西南北から一本ずつ伸びる大通りのうちの、東大通りだった。
イグドラシル・シティは結構大きな都市なので、中央広場まではまだまだある。三人がいる地点より少し先は、ちょうど真横に通る道とぶつかって十字路になっていた。
その、右側。
ちょうど角が死角となって視認することは叶わないが、しかしその場にいる全員が静寂に包まれた空間の中で確かに聞こえていた。
それは音。
コツッ、コツッ、という一人分の靴の音。
―――歩幅が小さい。子供か………?
ふと、あごにドロリとした感触を覚えた。左腕で拭ってみると、それは汗だった。
つまりは、そういうこと。
《剣聖》たる彼に、冷や汗を掻かせるほどの圧力が空間に、まだ視認していないにも関わらず充満しているということだ。
殺気ではなく、ただの存在感だけで。
見ると、巫女装束の闇妖精は早くも背に負う大太刀の柄に手を掛けていた。マイの方は、邪魔にならないような位置へと退避している。
「対応早いな。いやまぁ、こっちとしては大助かりだが」
「あの方に付き合ってれば、いやでも慣れます」
あの方というのは、二人の捜し人のことだろうか。だがしかし、ううむ、ますますどんな人物か分からなくなってきた。
足音はもう、すぐそこまで迫っている。
それを如実に感じたのか、囁くような声でカグラが口を開く。
「ところで、ソレイユ。疑うようではありませんが、あなたの腕前は………?」
「まぁ、自分の身を守れるくらいはできっから、心配しなさんな」
そうですか、とだけ呟き、巫女は顔を前に戻した。しかし、柄に手を掛けた大太刀は抜刀しない。刀使いも色々いるが、彼女の場合は納刀から抜刀の一連の動作を攻撃の主動作として戦う、居合いタイプなのだろう。
コツッ。
コツッ。
コツッ。
焦れるような数秒間の後、十字路の角からじわりと滲み出す影が一つあった。
それは想定していた通り、少年だった。
小柄な身体を、サイズの大きい真っ赤なフードコートに包み、俯きがちに潜められた顔の大半は真っ黒なロングマフラーに覆われて窺い知ることができない。着流しのように押し広げられた袖からちょこんとはみ出す手には、武器らしき物は何も見えない。
「なん………だ…………?」
敵なのか?というニュアンスを含むソレイユの呟きは、二人の女性の呆然とした声によってかき消される。
「「レン………」」
後書き
はいはいお待たせしました。コラボ編第三話でございます。
あ、ヤメテッ!てめぇコラ今までどこで何してた的な視線はやめ……石は投げないでぇっ!?
…………はい、すいませんでした。
二話のほうを原作者の字伏先生監修のもと、加筆修正していて、ついでに他の話も直しちゃおうよ!という感じで今に至るわけで……………ゴリっていった!今ゴリって後頭部から聞こえたよッ!?
字伏先生、お忙しい中本当にありがとうございました。
………………あれ?このセリフまだ早いかね?
ま、まぁめげずに本編のほうに焦点を当てていきましょう。
今回は、明確な《敵対個体》登場の回………というテーマの陰に隠れて、実は結構大きなテーマが隠されていたりします。
それが、『マイやカグラの、レンとの関係性』です。
恋人未満、友達以上。
居候といえば居候だし、同居しているのだといわれれば確かに同居している。
そんな、あやふやで不確かで得がたい関係性が、三者の中にありました。特にその中でも不思議なのは、カグラ。レンとマイ、両者を死の淵へと追いやった身で、今の関係を確立したのは摩訶不思議の一言です。
今回、マイは『レンがご飯を作り、自分が食べる』という、どっかのシスターさんみたいな事をほざいてやがりましたが、しかしこの関係性を明確に表現できる言葉は、はっきりいって作者も困るぐらい難しいものだったりするのです。
ページ上へ戻る