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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  三十八話 罪と罰と…

 満月の光に照らされた森の一角に絶叫が響き渡り夜の静寂を乱す。
 絶叫を上げた男は既に肉塊へと変わり自らの血液で作られた紅い水溜に横たわっている。その男の他にも二つの肉塊と化した男が倒れておりまるで地の池地獄が現れたかの様だ。
 私はその光景にさして興味を抱く事も無くすぐに振り向き、そこにいる二人の人物に笑顔で声をかける。

「こんばんわ、可愛いお嬢さん達♪今夜はいい月夜ね」

 私の視線の先には襤褸(ぼろ)を纏った二人の少女がおり、薄紫のボブの少女が目に生気を宿していない灰色のセミロングの少女を守るように抱きしめながら震える声で私に問いかけてくる。

「あ、あなたは……誰…なんですか?」

 私はゆっくりと二人に歩み寄り傍まで近付くと片膝を付いて少女と視点を合わせながら優しく紫のボブの少女の頬を撫でた。触れた瞬間少し振るえる少女が小動物みたいで可愛くもっと撫でてやろう、と悪戯心が湧いたがあまり怖がらせても意味が無い事に気付きとりあえず自己紹介をする。

「ふふふ、ごめんなさいね。私は風見幽香、只の優雅な花妖怪よ♪」

 それが私、風見幽香とさとり、こいしとの出会いだった。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 心地よい太陽の光が向日葵畑に降り注ぎ私にしか聞こえない向日葵達の謳歌が優しく吹き抜ける風の音と共に流れる。私にとっては至福の一時だ。
 花達の世話を一通り終えた私は家に向かって歩を進めながらさとりから聞いた話を思い返していた。
 姉のさとりと妹のこいしは覚り妖怪で森の奥でひっそりと暮らしていたらしい。元々覚り妖怪はその能力故に他者から嫌われやすく群れの中に入ることが無い。
 そんな二人の生活はいきなり現れた人間達によって終わりを迎えた。昔は妖怪の脅威に晒されるだけだった人間達は今では神々の加護や術具、方術等の神秘を手に入れ妖怪と相対するまでになっている。そして一部の人間達はその力を使って力の弱い妖怪達を使役したり道具の様に使ったり愛玩動物の様に商品にしたりしているのだ。
 人の欲望とは恐ろしい、と思ったが欲望に忠実なのは妖怪も同じだ。私自身も自分の欲望に生きているではないか、他の連中の事を非難など出来はしない。
 捕われたさとりとこいしは能力以外の力を封じられある商人の道具として使われていたらしい。確かに商人にとって相手の心の内が丸分かりになればこれほど儲けに繋がる事は無い。まぁ薄汚い欲の捌け口にも使われていたらしいけど。
 そんな生活の中、必死に助け合っていた二人だったが遂にこいしの心が限界に達した。否が応でも聞かなければならない汚れた人の心の声と苦痛でしかない奉仕にこいしは心を閉ざしてしまった。
 覚り妖怪にとって命とも言える第三の目を閉じ生気の無い人形の様になったこいしをその商人は使い物にならないとして処分しようとしたのだそうだ。
 それに気付いたさとりは何とか屋敷からこいしを連れ逃げ出したが、空も飛べず何より人形の様に動こうとしないこいしを伴っては逃げ切れる筈も無く逃げ込んだ山中で商人が放った追っ手に捕まった。そして気が立っていた追っ手達が捕まえたさとりに乱暴しようとした所を本当に偶然その辺りを飛んでいた私が見つけたのだ。
 そしてあれから一週間経つがこいしの第三の目が開く気配はなく、さとりは健気に人形の様なこいしの世話をしている。さとりが言うにはこのまま第三の目が閉じたままだとこいしが死んでしまう可能性もあるという。
 そんな風に考え事をしていたら何時の間にか家の前まで辿り着いており、私は玄関を開け「ただいま。」と声をかけながら家の中へと入った。今まで一人だったせいか未だに「ただいま。」という言葉に少し気恥ずかしさがある。
 私はそのままさとり達に貸している部屋の前に移動すると部屋の扉が少し開いており私はその隙間から部屋の中を覗き見てみる。
 中ではさとりが食事をスプーンで掬いこいしの口元に運んでいた。

「さぁこいし、ご飯よ口を開けて」

 さとりの声にこいしはうつろな目をしながら口を開きスプーンを口に含んだ。そんなやり取りを数回こなした直後さとりは碗とスプーンを投げ出しこいしを抱きしめた。

「お願いこいし!お願いだから声を聞かせて!お願いだから笑って!お願いだから私の大好きなこいしに戻って!お願い……お願い…だから……」

 さとりは目から大量に涙を流しながらこいしに対し必死にそう懇願している。この一週間何の変化も見せないこいしの姿にさとりの精神も限界がきているのだろう。

「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…守ってあげられなくて…ごめんねこいし…こいし…もし貴方が死んだら…私も死ぬから…絶対に一人にしないからね…私達はたった二人だけの家族だもの……」

 こいしを胸元で抱きしめ髪を撫でながらさとりはそう呟いていた。私はさとりの「家族」という言葉に記憶を掘り返されていた、思い出したくも無い嫌な女の言葉を。





 何故分からぬのだ愛しき娘よ?

 煩い!あんたのいう事なんて聞かないわよ!

 悲しいな、母はそなたの事をこんなにも愛しておる故に忠言しておるのだ。。

 知った事じゃないわね!もう二度と会う事もないでしょう!

 慈しむ事しか出来ぬそなたに(まこと)の愛は手に入らぬよ愛しき娘。

 訳の分からない事を!

 …何時か分からねばならぬ日が来よう、まぁそれまで好きに生きるのも悪くあるまい。





 
 私は知らない内にさとり達の元へと歩み寄っており二人を抱きしめていた。

「…幽香…さん?」

 さとりは突然の抱擁に困惑した表情を浮かべながら私に視線を向け、私はそんなさとりに微笑み返しながらさとりとこいしの髪を優しく撫でた。

「あまり悲しい事を言ってはいけないわね、さとり。こいしは心を閉ざしてなんていないわ、少し疲れて目を閉じているだけ。大丈夫よ貴方の声はきっとこの子に届いているわ」

 私の言葉にさとりは悲しむ様な縋る様な不安に染まった瞳を向けながら、

「……こいしは…こいしはまた私に笑顔を向けてくれるでしょうか?」

「えぇもちろん。だから一人で背負う必要はないわ、私に甘えなさいな」

「……どうして…そんなに優しくしてくれるんですか?」

「…そうね…何となく放っておけないから…かしらね。他に理由を付けるなら……う~ん…そうだわ!貴方達、私の妹になりなさい、そうすれば家族だから、って理由が付くわ。我ながら名案ね♪」

 私がそう言うとさとりは何ともいえない複雑な表情を浮かべながら視線を逸らす。

「…でも…」

「私これでも意外と寂しがり屋なの、それに私達は他の連中が聞こえない声を聞くことが出来るっていう点で似た者同士だと思わない?…さとり今は私に甘えなさい、そして何時か私を貴方達に甘えさせてくれればいいわ。だから今はそう思いなさい」

 優しくさとりの髪を撫でながらそんな言葉をかける。自分でも無理矢理な理屈な気もするが本音なのは偽り無い事実だ。
 正直何故あんな事を言ったのかは今になって思えばあの女への反発心だったのかもしれない。それでも、歪でも私達はあの瞬間から姉妹になったのだ。私自身が二人を守ると誓った、なのに…………




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 目を覚ました私の視界に写ったのは知らない木目の天井だった。どうやら畳の上に敷かれた布団に寝かされていたようだ。少し気だるい身体に力を入れ上体を起こすと私にかけられていた布団の両脇にさとりとこいしが 突っ伏す様に寝ており可愛い寝息を立てていた。
 私は起こさない様にそっと二人の髪を撫でながら記憶を掘り起こし此処が何処なのかを考える。自分がやった事の全てを憶えており最後に手首を貫かれた所までで記憶は途切れていた。あれだけの事をしておいて何故自分は無事なのか?手当てをされた上にどうやら介抱までしてもらっているようだ。
 そんな事を思考していると何時の間にかこいしが起きて私の方を眠気眼で見つめており、少しして意識がはっきりしたのだろう声を挙げて私の胸に飛び込んで来た。

「幽香お姉ちゃん!良かった目が覚めたんだね!大丈夫?私の事わかる?痛い所無い?」

 胸の中で泣きながら捲くし立てるこいしの頭を撫でながら私は大丈夫、と言う様に微笑み返した。昔の夢を見ていたせいか感情的なこいしが愛おしくて仕方なかった。

「落ち着きなさい、大丈夫よ泣き虫さん♪…ごめんなさいね心配させて」

「ううん気にしないで!幽香お姉ちゃんが無事ならそれでいいんだから!」

 こいしの目元を拭いながら私がそう言うとこいしも満面の笑みで答えてくれる。こいしの声で目を覚ましたのだろう、さとりが顔を上げさっきのこいしと同じ様に眠気眼で私を見ていた。

「おはよう寝坊助さん♪寝起きの顔も可愛いわよ、さとり」

 さとりの頬を撫でながらそう言うとさとりは私の手を握りながら泣き出した。

「…幽香姉さん…良かった…五日も目を覚まさなかったから……本当に良かった!」

 そして私の胸に飛び込んでくると声を押し殺しながら泣き続ける。こいしもそれにつられたのか再び私に抱きつき泣き出してしまった。こんなに心配させて姉失格ね。

「そういえば此処は何処なのかしら?」

 私が二人にそう尋ねるとさとりが顔を上げながら、

「此処は七枷の郷の七枷神社ですよ幽香姉さん、……何があったかその…憶えていますか?」

「…えぇ憶えているわ、けどあんな事をした私がどうして神社で介抱されているのかしら?…!?それより貴方達無事だったのね!ごめんなさい!自分の事で失念してたわ!」

 そうだ私の事よりもこの子達の無事を喜ぶべきだった、こんな様じゃ本当に姉失格だ!

「えーと話すと少し長くなっちゃうんだけど……」

 こいしが説明を始めようとした時、部屋の外から声をかけられる。

「さとりさ~ん、こいしさ~ん起きてますか?失礼します、お二人共ご飯だ出来まし……!?…目を覚まされたのですか……」

 部屋に入ってきたのは緑色の髪をした青い袴の巫女だった。巫女は私をきつく睨みながらさとり達に声をかける。

「すみませんお二人共、すぐに虚空様達を連れて来ますので」

 巫女は二人に頭を下げるともう一度私を睨み足早に部屋を後にした。

「さとり…虚空っていうのは…」

「この神社の祭神です。そして私達を助け出してくれた恩人。それとさっきの女性は栞さんと言ってこの神社の巫女です。姉さんを睨んでいたのは…その…」

 説明に言い淀むさとり。まぁ理由は簡単だろう、自分の住む都を破壊した張本人に良い感情なんて湧く筈が無い。

「…さて私はどうなるのかしらね……」

「だ、大丈夫だよ!だってお兄ちゃん優しいから!それに幽香お姉ちゃんは悪い奴に操られていただけだもん!」

「ありがとうこいし」

 私はこいしの頭を撫でながら自分の処遇に不安を抱いた。自分はどうなってもいいがその後この子達の身の安全をどうすればいいのか?




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 栞から風見幽香が目を覚ました、と連絡を受けて僕は諏訪子と神奈子を連れ立ち彼女の寝室になっている部屋に赴くと、幽香は布団を片付け畳の上に正座をして待っていた。服装は替えが無い為水色の寝巻き姿のままだ。
 幽香の両脇にはさとりとこいしが腰を下ろしておりそれと向かい合うように僕も畳に正座をし右に神奈子、左に諏訪子が腰を下ろす。そして幽香にこれまでの経緯を説明する事から始めた。


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「――――と言う訳だよ、此処までは理解出来たね?じゃぁ君の処分を決めようか」

「ちょっと待ってください!」
「何でお兄ちゃん!幽香お姉ちゃんは利用されただけだよ!」

 僕の処分という言葉にさとりとこいしが激しく反応する。まぁ気持ちは分からないでも無いけどね。

「そうだねこいしの言う通り幽香は利用されただけだね。けどそこは関係ないんだよ、だって“幽香がこの郷を破壊”した事は紛れも無い事実なんだから」

「けどそれは!」

 僕の言い分にさとりが反論しようとするのを遮る様に、

「幽香の事情を話せば理解してくれる住人達もいるだろうね。けど家を無くした人や怪我を負った人はそれで納得するのかな?……軽傷六十四名、重傷三十一名、重体七名の内一人は今も意識が戻っていない。もし死者が一人でも出れば僕達は躊躇無く幽香の首を落とす。いいかい二人共、僕が君達とした幽香を助ける約束は僕個人の事であってこの郷の祭神として郷を破壊した幽香に処分を下すのは当たり前の事なんだよ。悪いけど君達が何と言おうとこれは変わらない」

 初めて見る僕の雰囲気にさとりとこいしは萎縮し押し黙る。二人には悪いけどこんな時にまで軽く構えられるほど僕の肩書きは軽くないのだ。僕は懐から二つに割れた腕輪を取り出すと一つを幽香に投げ渡し、もう一つを神奈子に手渡した。

「…これは…確かあの鬼に付けられた…」

 幽香を割れた腕輪を忌々しげに睨みながら握りつぶした。神奈子の方は腕輪を繁々と眺めた後諏訪子に投げ渡し僕に質問してくる。

「で?結局これは何なんだい虚空、この女が起きたら説明するって言ってたよね?」

「これはね『令授(れいじゅ)(かん)』って呼んでたね創った張本人は。効力は一定の命令を遵守(じゅんしゅ)させる事。幽香、これを付けられる時に何て言われたか覚えているかい?」

 幽香は少し思い出す様な仕草をした後、

「…確か『七枷の郷を壊せ、お前の妹達を攫った七枷虚空を殺せ』だったわね」

「…ん?虚空の言い方だと相手を操る道具には聞こえないんだけど?」

 腕輪を弄んでいた諏訪子がそんな事を言って来たので僕は説明を続けた。

「あいつが言うには『完全に操ってしまうと意識が薄れて本来の実力が出せなくなるから意味が無い、なら意識を保ったまま最低限の命令を命懸けで遂行させるように仕向けるのが一番効率がいい』だったかな?つまり幽香は幽香自身の意志で盲目的にその命令を実行していたんだよ、だから記憶がある。それにこれの驚異的な所は命令を守らせる為には荒御霊的な状態にする事も出来る事だ」

「あぁ、あの時の異常な妖気は荒御霊もどきだったんだ!」

 納得したように声をあげる諏訪子。幽香が昏睡していたのは傷が深かったよりもその荒御霊状態による消耗が原因だろう。

「つまりはこれを創った奴が黒幕、確か名前は百鬼丸か!」

 と神奈子。

「百鬼丸…だったかしら、絶対に許さないわよ!」

 と幽香。

「こんなくだらない物のせいで郷が!百鬼丸って奴は絶対に祟ってやる!」

 と諏訪子。

「許せません!」

 とさとり。

「うん絶対に許せないよね!」

 とこいし。

「……盛り上がってる所悪いんだけどそれを創った奴と百鬼丸は別人だよ?」

 僕がそう言った瞬間僕以外の全員が勢い良く畳に突っ伏した、一体どうしたんだろうか?そして神奈子が起き上がると同時に僕に詰め寄って来る。

「えっ!今これを創ったのは百鬼丸って話の流れじゃなかったかい!」

「いや、僕は一言も百鬼丸って単語は使ってないよね?」

「確かに言ってないけど偽名を使ってる可能性だってあるよね?」

 神奈子に続き諏訪子も僕に詰め寄りながらそう聞いてくる。

「間違いなく別人だよ、だってこれを創った奴は邪神だもの。それにあいつだったら自分で直接僕の前に現れるしね」

「「 虚空あんた邪神と関わりがあったのか!! 」」

 諏訪子と神奈子が声を揃えて吼えた。神にとって、というか人も妖怪にも敵として認識されている邪神と知り合いなのが驚きなのだろう。

「まぁその話は置いといて、百鬼丸があいつと関わっている可能性も在るけどそこは今はどうでもいい事だよ。とりあえず幽香の処分を決めないとね」

 僕はそう言うと真っ直ぐに幽香を見つめ、幽香はその視線を確りと受け止めていた。

「君の処分は……この七枷の郷の全ての住民から赦しを乞う事」

 僕のこの発言に対する反応は様々だった。神奈子と諏訪子、幽香は唖然とした表情を。さとりとこいしは恐らく僕の心を読んだのだろう、愕然としている。

「ちょっ!虚空!何考えてんのさ!」
「こんな時にふざけるのも大概にしな!」

 諏訪子と神奈子が左右から僕に怒鳴りつけてくるがそれを無視する。

「…そんな事でいいのかしら?」

 拍子抜けした様な表情を浮かべながらそう言った幽香に僕は続けて言葉をかける。

「そんな事…ねぇ、何か勘違いしてるみたいだから言っておくけど僕は『謝罪しろ』と言ったんじゃなくて『赦しを乞え』と言ったんだよ。ちゃんと意味を理解した方がいいよ」

 そこで漸く僕の言葉の意味を理解したのだろう、諏訪子と神奈子がはっとした表情をし、幽香も愕然とした顔をする。
 謝罪するだけなら『頭を下げる』だけでいい、まぁ幽香は気位が高そうだから人間に頭を下げるのも苦痛かもしれないけど。
 僕が幽香に要求した事は郷の全住民に『謝罪を受け入れてもらう事』だ。幽香が頭を下げたとしてもそれを受け入れてもらえなければ意味が無い。この処分がどれ程困難な事か容易に想像出来る。

「ちなみに条件達成までは君を郷から出す気は無いから。でも別に監視とかを付けるつもりも無いから出て行きたかったら好きにしていいよ」

 僕の言葉に幽香は困惑した顔をしながら問い返してくる。

「……どうしてかしら?」

 僕は何時もの様にヘラヘラ笑いながら言い放つ。

「だってそうすれば君を郷を破壊した妖怪として何の躊躇も無く倒滅出来るでしょ?正直に言えばそっちの方が楽だしね。あぁそれと郷の全住民には僕達も入るからね。贖罪の仕方は君の好きにすればいいよ、僕は何もしないから。精々頑張ってね」

 幽香は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、さとりとこいしはそんな幽香を心配そうに見つめていた。僕は腰を上げると部屋の入り口に向かいながら、

「そうそう、とりあえず幽香にはやってもらわなきゃいけない事があるんだった、付いてきて」

 僕は襖を開け外に出ると手招きで幽香を呼ぶ。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




「虚空、醤油取って」

「はい諏訪子、あぁそういえば栞、味噌って残ってたっけ?」

「えーと…残ってたかなー?」

「栞さん、お味噌はもう残っていませんでしたよ。あっ!神奈子様その卵焼き私が作ったのですがお味はどうですか?」

「へ~これ百合が作ったのかい!良い味じゃないか。虚空の作った物並みに美味しいよ」

「不思議な事にこの神社で一番料理が出来るのがお父様なのよね」

「紫を育て始めてから本格的に習ったからね~、我ながら頑張ったうん。それに比べてルーミアの料理は何ていうか男の料理だもんねー。懐かしいな、ルーミアの一番最初の料理が猪の丸焼きだったな~」

 僕がそう言った瞬間、何かが宙を翔け僕の額に突き刺さる。それは一本の箸だった。

「あー!箸が!箸が!」

「ルーミア様!食事中に箸を投げては駄目ですよ」

「ごめんなさいね栞、次は気をつけるわ」

 ルーミアに代えの箸を手渡しながら注意する栞にルーミアが軽く謝罪をするが問題はそこじゃない。

「栞さんや、少しは僕の心配をしようか?箸が刺さったんですよ、箸が」

「あぁそうでした虚空様、箸は無事ですか?」

「……おかしいなこの子此処の巫女だよね?一応僕は此処の祭神だったよね?何この扱い?」

「祭神としての自覚があるのでしたらちゃんと祭事に出てください!」

 栞に説教される僕を諏訪子や神奈子、紫は楽しそうに笑って見ており綺羅や百合は苦笑いを浮かべている。そしてこの空気に戸惑いを見せているのが幽香だった。目の前に並べられた料理には未だに手を付けていない。さとりとこいしもそんな幽香が心配なのか食事が進んでいなかった。

「どうしたの幽香、食べないの?あぁもしかしてルーミアみたいに人しか食わないとか!」

 そう言った瞬間僕の後頭部に何かが突き刺さる。僕の勘が言っている、それは箸だと。

「あーーーーー!!箸が!箸が!」

「このアホ!誤解を生むような事を言ってんじゃないわよ!……百合、何で私から距離を取るのかしら?」

 見るとさっきまでルーミアの左隣りに座っていた百合が自分の左隣りに居た神奈子の影に隠れるように移動している。

「えーと…そのー…別に深い意味は……」

「誤解しないで、今はもう食べてないわよ」

「今はって……やっぱり食べていたんですか!」

 百合はそんな声を上げると怯えた顔をして神奈子にしがみ付き、そんな百合を見て神奈子は苦笑いを浮かべていた。

「虚空!あんたのせいで百合が変な誤解しちゃったでしょ!」

「ルーミアさん、興味本位なのですが人って美味しいのですか?」

 憤るルーミアに唐突に綺羅がそんな事を聞いてきた。問われたルーミアは少し考える仕草をすると、

「そうね…いい物食べてる奴は猪よりましで、ろくな物食べてない奴は猪の方が数段ましって所かしら?」

((((( 例えるものが猪って……何か思い入れでもあるんだろうか? )))))

 そんな風に騒がしくしていた食卓に静かな声が流れる。

「…一体どういうつもりよ?」

 声の主である幽香が僕を見つめながらそんな問いを投げかけていた。

「どういうつもりも何も、君がどうやって贖罪するかは知らないけれど何にせよ身体が資本になるんだから食事を摂って傷を完全に治す所から始めないとね。先は長いんだから」

 幽香にそれだけ言うと僕は食事を再開した。幽香は目の前に置かれた料理を複雑な顔で見つめていたがそんな幽香にさとりが声をかける。

「幽香姉さん、七枷さんの言う通りでしょうまずは傷を癒すためにも食事を頂きましょう。大丈夫、私達も一緒に償うから」

「そうだよ幽香お姉ちゃんは一人じゃないんだから!」

 さとりとこいしの笑顔と言葉で覚悟が決まったのか、それとも吹っ切れたのか、幽香は表情を崩し微笑んだ。

「…そうね、考えたってやるしかないのよね。……そこの貴女、怪我をさせて悪かったわね…」

 幽香は対面に居た紫に謝罪の言葉を送るが、当の紫は実に詰まらなそうに、

「……軽い謝罪ね……安心しなさい、赦さないから…」

 それだけ言うと幽香を無視し食事を再開する。しかしそんな答えを返された幽香は、

「…確かに先は長そうだわ、…あらこれは美味しいわね♪」

 朗らかな顔をしながら食事に箸を伸ばしていた。
  
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