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打球は快音響かせて

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高校一年
  第五話 差とも呼べない、隔絶。

第五話



「「「いけっ!いけっ!いけっ!いけっ!いけーーーっ!」」」ドンドンドン

スタンドにこだまする、「さぁいきましょう」。軽快に太鼓が叩かれ、何列かに並んで立っている部員の最前列で、道化役の飾磨がリズムに合わせてクネクネと奇妙な踊りを見せつける。
その姿を見て無邪気に笑いながら、グランドに向かって応援を続ける。

少しポカポカとした陽気が漂う昼間。
春季大会である。



ーーーーーーーーーーーーーー



カーン!

「おいおいおい」
「ちょっと危ないやんかこれ〜」

グランドでは、ピンチに陥っている先輩。
それをもどかしそうに見つめるのは、スタンドで応援する部員、特に高校野球での活躍に目をギラつかせている一年生。

「ピンチになっちまったから、今日は鷹合のデビューもお預けだな」

フィールドとスタンドを仕切るフェンスの向こう、自軍ブルペンで投球練習する鷹合を見下ろして宮園はつぶやいた。この9回、余裕があれば投入するつもりだったのだろう。しかしランナーが溜まってしまったので、肩を作ったまま宙ぶらりんになってしまったという訳だ。

「オラッ!」
バシィーン!

186cmの長身を力いっぱい使って、鷹合は先輩捕手のミットに白球を叩き込む。その球速は、先輩投手にも勝るとも劣らないほどだ。全国ベスト8の実績は伊達ではない。その体には、大きさだけでない相当な馬力がある。

ガキッ!

結局、先輩投手がピンチをくぐり抜けた。
フラフラと上がったフライを内野手が捕球し、ゲームセット。鷹合も試合後の整列に、ブルペンから駆けていく。その大きな背中には「18」の背番号がついていた。

「18でも、いつか貰えたら良いなぁ」

翼のつぶやきは、勝利に沸く仲間達には聞こえていなかった。



ーーーーーーーーーーーーーー



「「「おーれたちが!ついーていーるーぜ!しょーうがーく!つたーえたい!こーのおもーい!あーいしてーるぜ商学!」」」

三龍の次の試合は、水面地区3強のうちの一角、水面商学館の試合だった。商学館は夏8回、春6回の甲子園出場を誇り、創部98年の伝統もある。
三龍とは違い、「普通に」強豪校だ。
その応援団も、三龍の倍ほどの控え部員の数により盛況である。

「でかい声だな〜。部員多い。」
「帝王大はもっと多いぞ。150人近いからな。これの更に倍だ。」
「ほえ〜」

翼にとっては、三龍野球部も十分人数の多いクラブで、人の顔と名前を覚えるのにここまで神経を使った時は無いほどだったが、150人ともなると、それは一体どんなモノなのか想像する事も出来なかった。

「おい、よく見ておけよ!ここに勝たな甲子園ないけんな!」

乙黒が声を張って、スタンドに集合した部員に伝える。自分らの次の試合が商学館という事もあって、全員そのまま球場に残って観戦するという運びになった。乙黒は部員に伝えるやいなや、自分自身もメモ帳とペンを持って、グランドに視線を釘付けにした。

「おい、宮園」

スタンドで宮園にこっそり声をかけてきたのは、真っ白な練習着を着込んだ少年だった。顔はさっぱりとした塩系で、どうにも感情の起伏に乏しそうな、淡白な顔をしている。

「お、元次郎か」
「お前、三龍に行ったとか。商学館から誘いも来てたのに。」
「俺にも色々あるんだよ、お前には分からない事情って奴が」

宮園はバツの悪い顔を見せ、相手の少年は全くの無表情で「事情、ね」と短く繰り返した。

「まぁ、また対戦できたら良えな。練習試合にでも来てくれ。じゃあな。」

そう言い残して、応援席に戻っていったその少年の背中には大きく「梶井」と書かれていた。

(宮園、商学館にも知り合い居るんだな。当たり前か、硬式上がりだし。)

翼は宮園の隣で一連のやり取りを見ていたが、宮園が男同士の会話で、気持ちが引いているように見えたのは初めてのような気がした。

「こういうのを見たら、ウチの立ち位置というのを実感するなぁ」

今度は少年と入れ替わりに、宮園の側に浅海がやってきた。少し呆れたような、諦めたような笑いを見せていた。

「商学館の誘いもあったのに、何故三龍なのか?どうして一流の強豪を蹴って二流に行くのかって事だな。そして、練習試合に“来い”というのは、こちらからはやってやる気はないという事だ。今の三龍の立ち位置を示す、端的な会話だったよ。まぁ、普段偉そうな宮園が負い目感じてビビってる姿を見れたのは面白かったけどねぇ。」
「……ホント良く見てますね」

宮園はブスッとして、そっぽを向いた。
浅海はいたずらっぽく、ふふんと笑った。

「そういう、生徒達が自分達をどう思ってるかという所は、試合以上に見ていて興味深いよ。高校生なんて気持ちの持ちよう一つでいくらでも変わる。強豪校が強いのは、人材が良いのもあるが、むしろそこだな。強豪のブランドに、生徒自身も守られ、自信をつける。ウチにはない強みだなぁ、こればっかりは」

浅海はため息をつき、不機嫌な顔を見せる宮園からグランド上へ視線を戻した。

「この試合に関しては、見るべきはこいつだな。徳実グリーンズから来て、この春いきなり投げている。ボーイズ国家代表メンバー、浦田遼。」

商学館の先発マウンドには、背番号10の右腕が上がっていた。長身かつ、しなやかな細身。堂々と落ち着いた投球で、上級生の打者を手玉にとっていく。

(俺が毎日走って球拾ってってしてる間に、こんな風に試合で投げてる奴も居るんだよなぁ)

翼は、躍動する商学館・浦田を、まるでプロ野球選手のようにしか見れなかった。同じ15歳とは思えなかったし、自分と浦田の間には、どうやっても埋めがたい、何か決定的な隔絶が存在するように感じられた。

(最初からこの差があって、その差は、高校生であるうちに埋まるのかなぁ?)

一生無理かもしれないな。
翼は内心、そう思った。









 
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