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インフィニット・ストラトスの世界に生まれて

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転生男子と学園祭 その一

学園祭も後数日と迫った頃、俺はとある場所にいた。

「今日からこのクラスでお世話になることになったアーサー・ベインズです。よろしくお願いします」

とある場所というのは一年四組の教室である。
俺は教卓の前で新しいクラスメイトに挨拶をしていた。

「こんな中途半端な時期にクラス替えなんてどういうこと?」

「織斑くんじゃないけど、待望の男子が来たっ」

何て声が俺の耳に届く。

こうなった理由――それは、時間にして一時間ほど前になるだろうか、職員室に呼び出された俺は、向かい合うように座る織斑先生にこう告げられた。

「今日からお前は四組に行け。いいな」

「え?どうしてですか?」

「こうなった理由に心当たりがあるのではないか?」

「……ない、と思います」

俺がそう答えると織斑先生は、はぁと溜息をついた。

「ベインズ、私が知らないとでも思っているのか? お前と山田先生の間に何かあっただろう」

「何か、ですか? ナニはしていませんよ」

俺の言葉から何かを感じ取った織斑先生は馬鹿者と言い、スパンッという乾いた音が職員室に響く。
頭頂部に激痛が走り、俺はうっと呻いた。
久しぶりに味わったその感覚。
それはある意味懐かしさすら感じる痛みであった。
そう、俺は、織斑先生から出席簿アタックをくらっていた。

「ここ数日、お前と山田先生を見ているが何だあれは? 胸焼けしそうだったぞ」

「胸焼けだなんて織斑先生……お酒の飲み過ぎですか? 若いからって無茶をやらかすのは身体の毒ですよ。身体は大切にし――」

スパンッ。
それは問答無用の一撃。
俺は本日二度目の出席簿アタックをくらう。

「私はからかわれるのは嫌いだ。今度私をからかうようなことを言ったら、グラウンド百周に私の愛のある指導をつけてやろう」

そこは『愛のある』じゃなくて『悪意のある』の間違いじゃないのか? とツッコミを入れたいところではあったが、そんな勇気は俺にはなかった。
確かにあれから俺と山田先生の関係は少しだけ進展している。
とは言っても、せいぜい名前の呼び方が変わった程度だ。
山田先生は俺のことを『ベインズくん』ではなく『アーサーくん』と呼ぶようになった。
俺は相変わらず山田先生と呼んでいるがな。
内面的なことを除けば表立ってはこの程度のはずだ。
自分では変わらないと思っていても、織斑先生が言うように周りから見ればそうは見えていないのかもしれない。

「色々と鑑みてみたが、お前をこのまま一組に置いておくと他の生徒に影響があり過ぎる。それにお前が山田先生の近くにいると、勢い余って道を踏み外しそうだからな。そこで急だがクラスを移ってもらうことにした。四組の担任とはもう話がついている。今から向かえばショートホームルームに間に合うだろう。急いで行け、ただし廊下は走るなよ」

「了解です」

そう言って職員室を離れる。
こうして俺は一年四組所属になった。

――お祭り。
辞書には神霊を迎えて慰め祈る儀式。
祝賀などのために行う華やかな行事とある。
学園の一部の女子たちから神のごとく崇められている織斑先生とその弟である一夏。
今回の学園祭は一夏と触れ合うという意味合いが強いだろう。
であるなら、学園祭というより単純にお祭りという言葉の方が適当かもしれない。

今日は学園祭当日。
お祭りという言葉がついている割には一般公開していないこともあり、会場となるIS学園にいるのは学園の関係者のみ。
そうだとしても閉ざされた空間でたいして娯楽のない学園生活において、気分転換にはうってつけだろう。

学園祭の数日前にクラス替えという憂き目にあった俺にたいした役目はない。
そこで午前中は学園内をぶらつくことにした。
俺の元のクラスである一年一組の前を通りがかると、ご奉仕喫茶は開店前だというのに女子たちの長蛇の列ができていた。
この列に並んでいる女子たちの目的は一夏であることは疑う余地はないだろう。
聞こえてくる声に耳を傾ければ、

「一夏くんの接待が受けられるの?」

「しかも執事の燕尾服」

「それだけじゃなくて、ゲームもあるらしわよ?」

「しかも勝ったら写真とってくれるんだって! ツーショットよ、ツーショット」

何て声が聞こえてくる。
知っていたこととはいえ、これは大変なことになりそうだ。
主に一夏が、だが。

一年一組の教室の扉が開いたかと思うと、スカート部分の丈が膝まである濃紺のメイド服にフリフリのついた白いエプロンで身体を包み、頭にはヘッドドレスを載せた女子が廊下に出てきた。
どうやらシャルロットのようである。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ、お嬢様」

うやうやしく挨拶をしてお客さんを店内へと案内する。
随分楽しそうに見えるが、一夏にメイド服が似合うとか誉められたのかもしれない。
俺の姿が視界に入ったのかシャルロットが声をかけてきた。

「ねえ、アーサー。一夏に挨拶くらいしていきなよ」

俺は足を止めるとシャルロットと視線を合わせる。

「忙しそうに見えるけど、いいのか?」

「いいと思うよ。ただしお店のほうじゃなくてキッチンのほうでお願い」

「了解。お言葉に甘えて一夏に挨拶していくよ。ところでキッチンって、どこ?」

一年一組の教室に入ると普段とはまったく違う光景が広がっていた。
授業に使っていたものは一切なく、今は丸テーブルにクッションのない丸みをおびた大きめの背もたれがある椅子が二脚か三脚。
これをワンセットにして教室内にいくつか置かれていた。
テーブルや椅子を含め、室内の装飾もブラウン系の色で統一された室内は落ち着いた雰囲気を感じさせる。
教卓があった辺りには長テーブルが置かれ、純白のテーブルクロスが敷かれている。
そこには所狭しと皿やらコップやらご奉仕喫茶に必要な物が載っていた。
キッチンを見回しても一夏はおらず、代わりに見つけたのが鈴だ。
メイド服を着た鈴は忙しそうに働いていた。
俺と目が合った途端向かっていた方向から踵を返すと大股で迫ってくる。
そして開口一番、

「アンタが四組にいっちゃったおかげであたしの仕事が増えたじゃない」

と文句を言ってくる。
それは悪いことをしたなと思って謝ったが、俺は鈴の言葉を聞いて噴き出しそうになっていた。
原作では二組に所属していた鈴は、一組の――というか、一夏のせいで二組の出し物である中華風喫茶にお客さんが来なくて閑古鳥が鳴いているみたいなことを言っていたはずだ。
今俺の目の前にいる鈴は、その逆のことを言っているのである。
それで可笑しくなったのだ。
鈴のメイド服を眺めてみれば、これはこれで非常に可愛らしいのだが、一組にいるせいで中華風喫茶の衣装、赤い色のチャイナ服姿が見れないのは残念至極である。
俺は鈴の意識を逸らそうとそれ似合ってるなと誉めてみた。

「そう?」

俺に誉められた鈴は身体をよじりながら自分のメイド服姿を改めて見ている。

「ああ、その格好を一夏が見れば惚れると思うぞ」

「俺がどうかしたのか?」

「い、一夏!」

鈴はいきなり一夏の登場に身体をピクリとさせていた。

「鈴のメイド服姿が似合ってたからな、一夏が見たら喜ぶぞって今話してたところなんだ」

俺の言葉を聞いた一夏は鈴のメイド服姿を上から下へと眺め、

「そうか。鈴、すごく可愛いと思うぞ」

とそう言った。
一夏に誉められたのがよほど嬉しかったのか頬を赤らめ照れ臭そうにしている。
そんな二人を眺めていると制服の袖を引っ張る人間がいた。
誰なのかと見てみればそれはセシリアで、しかも目は半目状態であった。
セシリアの心情を察するに、なぜ鈴さんばかりを……わたくしだって一夏さんに誉めて貰いたいですわといった感じか。
一夏に挨拶にきただけなのに面倒なことになったと思ったが、ついでとばかりにセシリアのことを一夏に伝えることにした。

一夏に挨拶も済んだことだし帰ろうかと思った時だ。

「アーサーくん、来てたんですか? ご奉仕喫茶も忙しそうだし……良かったらここを手伝いませんか?」

この言葉の主は山田先生だ。
ご奉仕喫茶がどうなっているか様子を伺いにきたのかもしれない。
俺と山田先生を離す目的でクラス替えまでしたというのに、ここで俺が堂々とご奉仕喫茶を手伝うのはどうなんだろうな。

「織斑先生にバレたらまずくないですか?」

「大丈夫だと思いますよ?」

山田先生も確信が持てないのか疑問系になっている。

「ここにいたんですか、山田先生。なかなか職員室に戻ってこないのでどうしたのかと様子を見に来てみれば――なるほど、こういうことでしたか。まさかとは思いますが、私の目を盗んでベインズと乳繰り合うつもりではないでしょうね」

「ち、乳繰り合うだなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。私がここに様子を見に来たら、アー……じゃなくて、ベインズくんがいたんです。折角ここにいるんですから手伝ってくれないかと言っていたところです」

やはり大丈夫ではないようだ。
山田先生は明らかに動揺しているように見える。
瞳は焦点が定まらすうろうろとしているし、身体は若干震えているようにも見える。

「ところでベインズ。お前はこんなところで油を売っていていいのか? 自分のクラスの仕事はどうした?」

「俺は午後から少し手伝うくらいですかね」

「……そうか」

織斑先生は考える素振りを見せた後、

「ご奉仕喫茶は見れば解かると思うがこんな有り様だ。まあ確かにこんな状態では手が足らんだろう。お前が良ければだが午前中ここを手伝ってくれないか」

学園祭で特に見ておきたいところがなかった俺は、いいですよと快諾をした。
こうして俺はご奉仕喫茶を手伝うことになったのだが、この話の提案者である山田先生は織斑先生に連行されていったため、俺は山田先生とロクに話すこともできなかった。
織斑先生と山田先生のあんな姿を見ていると、気まぐれに出歩く仔猫を親猫が探しにきたように見えてしまう。
無論、親猫が織斑先生で仔猫が山田先生である。
俺と山田先生は別に会うことを禁止されているわけでわないが、ただ必要以上に接触するなと言われている。
だから放課後の補習は今まで通り行われていた。
山田先生が言うには愛は障害が大きいほど燃え上がるらしく、接触を完全に禁止してしまうと俺が暴走する恐れがあるかららしい。
それはいくら何でも危険視しすぎだろうとは思うが、仕方のない部分もあるのだろう。
今までIS学園には男子などいなかった。
今年になってIS学園創立以来初めての男子生徒となる一夏が入学し、その後俺が転校してきている。
現在このIS学園には男子生徒は二人だけ。
正直、男子生徒――というか、俺の扱いに困っているといった感じかもな。

俺がキッチンを手伝っている間、一夏に声をかけた人間いた。
誰かと言えば、IS装備開発企業『みつるぎ』の渉外担当、巻紙礼子さんである。
ライトブラウンの髪は長く、腰の辺りまであり、白いブラウスの上にはダークグレーのスーツを着込んでいた。
一見すれば綺麗なお姉さんなんだが、実はこの人、悪の組織の一人らしい。
その名も、秘密結社『亡国機業』。
その構成員の一人でオータム様と言うらしい。
自分に『様』をつけてしまうあたりちょっと痛い人にも思える。
しかも、自分で自分の正体をバラした挙句、言葉使いが粗暴になるというどこに出しても恥ずかしくないほどの悪人っぷりだ。
この人がここに現れたということは、やはり襲撃イベントはあるんだろうな。
そのオータム様から一夏は追加装備を勧められていたが、一夏は何とか逃げ出すと慌てて教室から飛び出し、しばらく教室には戻ってこなかった。
嫌だったのは間違いないだろうが、他にも用事があったんだろう。
生徒に一枚配られた学園祭への招待券。
それを一夏が中学時代の友人である五反田弾に送っているはずだ。
その五反田弾がこの学園を訪れ、一夏と旧交を暖めているのかもしれない。
戻ってきた一夏は休憩時間になるといつも回りにいる女子五人と学園祭デートを楽しんでいた。
一番目、シャルロット。
二番目、ラウラ。
三番目、セシリア。
四番目、鈴。
五番目、箒の順番である。
この順番はじゃん拳で決めていたようだ。
一夏の休憩時間は足りるのかと心配になるほどの過密スケジュールだな。
どのくらい休憩時間があるのか知らないが、歩いている間にデートの時間が終了して次の人の番なんてことになるんじゃないかと心配になる。

ご奉仕喫茶は大盛況。
忙しさもあって時間はあっという間に過ぎ去り、俺の手伝いは終了した。
帰ろうとしていた時に一夏が俺のほうにやってくる。
訊けば、わざわざ俺にお礼をしに来たらしい。
お礼なんていいのにと思う。
俺だって数日前まで一年一組だったんだからな。
さて、そろそろお暇しようかと考えていると、とある人物が現れた。
とある人物――それは、ご奉仕喫茶のメイド衣装を着た生徒会長である。
いったいどこからその衣装を調達したんだ?
一夏につかつかと近づくと右手に持っていた扇子を鼻先に突きつける。

「生徒会の出し物、観客参加型演劇に協力しなさい!」

とそう言った。
だが、それだけに留まらず、俺に視線を向けた。

「もちろんキミにも協力してもらうわよ」

その生徒会長の言葉を聞いて俺は考えを巡らす。
襲撃の時間は解らないが、もしかすれば一時間も経たないうちにあるかもしれない。
観客参加型演劇に協力することになり、もし一夏と行動を共にすることにでもなれば、襲撃現場であるあの第四アリーナの狭い更衣室でISを展開し戦うことになるだろう。
今の俺ではオータム様とまともにやりあえるとは思えん。
しかも、俺がうっかり人質にでも取られたら、一夏や助けに来るであるだろう生徒会長の行動を制限するとこになる。
最悪、白式が強奪されるなんてことにでもなれば目も当てられない。
ここはクラスの仕事があることを理由に生徒会長への協力を断るのがベストかもしれない。

「生徒会長、すみませんが俺は協力できませんよ? 午後は自分のクラスでやることがありますから」

「なら生徒会長権限で――」

俺は生徒会長の言葉を遮った。

「そういうことをされると俺が困るんです。暇な時なら生徒会の仕事でも何でも手伝います。ですが、今回だけは許してください」

俺は生徒会長に頭を下げた。
俺の言葉を聞いた生徒会長はどう思ったのかは知らない。
生徒会長は何かを言いたげではあったが、ここは引き下がってくれた。
そう言えば、観客参加型演劇の演目は一風変わったシンデレラだよな。
王子の王冠に隠された軍事機密をドレスを纏った女子たちが、王子から王冠を奪い取る――みたいな話だったか。
実はこれには裏がある。
王冠を奪い取った人間にはもれなく寮での部屋が一夏と同室になる権利がついてくる。
この権利があるために一夏周りにいる女子五人は必死になって王子さま役の一夏から王冠を奪い取ろうとするのだが、結局言い出しっぺの生徒会長が王冠をゲットするんだよな。
それにしても一夏は王子さま役をやるにしても、俺にはどんな役をやらせるつもりだったんだろうな。
そんなことを考えつつ俺は一年一組の教室を後にした。
 
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