魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~
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Ep14束の間の再会 ~Father and Daughter~
“テスタメント”が幾つも持つ拠点の内の1つにして本拠地である重要管理指定世界“オムニシエンス”。3年前に、次元の海に突如として現れた数多くの遺跡が存在している無人世界だ。
今ここに、“テスタメント”旗艦の“フリングホルニ”と移動艦“スキーズブラズニル”の全9隻による艦隊が、“アドゥベルテンシアの回廊”と呼ばれる超巨大渓谷を航行していた。
“アドゥベルテンシアの回廊”は、全幅が300m近い巨大戦艦が9隻並列して航行してもまだ余裕のある程の幅を持つ渓谷だ。
さらに1時間ほどかけて“アドゥベルテンシアの回廊”内を航行していくと、9隻の艦隊の前に左右へ広がる平均標高4000mの山脈がその姿を現す。その山脈は全体的に見れば緩やかに円を描く形をしており、“レスプランデセルの円卓”と呼ばれている。
“レスプランデセルの円卓”は、直径約520kmという広大な円形の隆起地形となっており、“テスタメント”の本部を中心として広がっている。
そのまるで城壁のような“レスプランデセルの円卓”に近付くにつれ、今度はある巨大な建造物群が視界に入ってくる。山脈と山脈の間にポッカリと空いた直径7km程のエリア内の中心にそびえ立つ、先端が六角錐となっている銀色の超高層塔。全高3kmというその銀色の塔の周りには、全高2.5kmの同形塔が、円形に8基そびえ立っている。
さらにその周囲には旋回式巨大砲台が10基、円形に設置されていた。その10基の砲台と8基の小型塔の間には、ソーラーパネルなどの魔力供給・生成施設が20基建てられていた。その建造物群は、“テスタメント”本部最終防衛基地、“オラシオン・ハルディン”と呼ばれる。
「ついに動いたんだな、アレ」
“スキーズブラズニル4番艦”の船首に立つグラナードが、感慨深げに銀色の塔を見る。その銀色の塔こそが、昨日エルジアにおいて4隻の管理局艦を墜とした砲撃を放った超兵器だった。
艦隊が徐々に“オラシオン・ハルディン”へと近付いていく中、先頭を航行する旗艦“フリングホルニ”のブリッジに通信が入る。展開されたモニターに映るのはディアマンテだ。ディアマンテが口を開く前に、ルシリオンがモニター越しにいる彼へと話しかける。
「ディアマンテ。マスターから私に、マスターの元へ来るよう命令が来たため、ミッドへ一旦戻る」
『そうか。了解した』
ディアマンテの了承を得たことで、ルシリオンはすぅっと音もなくその姿を消した。ディアマンテは少し考える素振りを見せ、通信した本来の目的である艦隊への“レスプランデセルの円卓”進入許可を出し、自らも旗艦“フリングホルニ”へと乗り込んで本部へと向かった。
・―・―・―・―・―・
「ごめんなさい、どうしてもあなたに会いたかったから」
住宅地郊外にひっそりと建つ館のある一室で、天蓋付きベッドの上に横たわる女性が照れくさそうに告げる。ベッド全体が天蓋より降りるレースに覆われているため女性の顔はハッキリと見えないが、声からして“テスタメント”の指導者であるハーデで間違いなかった。
「御気になさらず。まぁいきなりの呼び出しで何事かとは思いましたが」
ルシリオンは片膝をついた体勢で、レースの奥に居る彼にとってのマスター、ハーデへと恭しくそう返した。少し黙ったハーデが小さく「心配かけてごめんなさい」とバツが悪そうに謝った。するとルシリオンは「謝罪は無用ですよマスター」と微笑を浮かべながら返した。
「・・・あなたの顔も見られたし気力全快です♪ さて、これからはお仕事の話。あなた達が私のお願いに忠実に応えてくれましたので、目を付けていたエルジアの工業廠を手中に納めることが出来ました、ありがとうございます」
「それに関して1つ謝罪することがあります。申し訳ありません。トパーシオが鎮圧作戦へ参加、最大戦力を使用してしまいました」
ルシリオンの報告を受けたハーデが絶句する。ハーデは、トパーシオに戦ってほしくはなかったのだ。
「トパーシオは・・・“お姉ちゃん”は大丈夫なの!?」
大人の女性であるハーデが、十代前半くらいの少女であるトパーシオを姉と呼んだ。ハーデが焦りの含まれた叫び声を上げると同時に、ベッドの上で勢いよく立ち上がる。しかしすぐさま「ぅく」苦悶の声を漏らし、柔らかいベッドへと倒れ込んだ。
「マスター!」
ルシリオンがベッドへ駆け寄ろうとしたが、ハーデは「大丈夫ですから!」と大声で上げてそれを拒んだ。沈黙が流れ気まずい雰囲気になった。しかしルシリオンがハーデの心配を晴らそうと口を開く。
「トパーシオは問題ありません、マスター。存在も瓦解してしまうほどまで弱まってはいませんので御安心を。ですが、しばらくの休眠は必要となりますが」
「そ、そうですか・・・良かった。お姉ちゃ――トパーシオは私の原動力ですから」
トパーシオが無事だと知って安心したのかハーデが「ふぅ」と一息ついて、うつ伏せのままだった体勢を仰向けに直す。
「いかなる理由とはいえ、トパーシオの作戦参加を止められなかったのは事実。マスター、いかなる処分でも受けるつもりです」
再び片膝を付く最大の礼の体勢に戻ったルシリオンがそう言うが、ハーデはその原因が自分にあることを知っているため、「処分なんてないですよ」と告げた。
「私があなたに“トパーシオの命令も聞け”という命令したことが、そもそもの原因だって判っています。だからあなたを責めませんよ。えっと、もし次があれば、トパーシオの戦闘参加だけは許可しないでほしいです」
「了解しました」
ハーデは「お願いしますね」と告げ、再び“テスタメント”関連の話へと戻す。
「あとでディアマンテのところにも送りますが、次は広域指名手配を受けた違法魔導師集団の捕縛をお願いします。民間人だけでなく交戦した管理局員からすでに犠牲が何人か出ていますので、少し急いでほしいですね」
ルシリオンの前に、違法魔導師集団の情報が映し出されたモニターが展開される。それは管理局の捜査資料だった。ハーデは、管理局のデータベース、しかも事件の捜査資料を手に出来る立場にいた。
“特務六課”設立やエルジア紛争の陰の支配者“オルキニス・オルカ”のこともこうして手に入れていた。ルシリオンは情報を頭に叩き込んだ。いつどこで遭遇しても構わないように。
「状況によっては、私の管理下にある魔導兵器産業廠のいくつかに開発させておいた、試験運用済みの“空軍”の使用も認めますから」
ハーデは「言いくるめるのも苦労したんですよ?」と苦笑した。彼女の持ついくつかの肩書の1つに、管理世界では有名な“ミュンスター・コンツェルン”の、決して表には出ない若きCEOというのがある。
未開世界の開拓などの第一次、魔導端末開発などの第二次、次元船運航などの第三次、それら全ての産業をまとめ上げている巨大財閥。
中でも“ミュンスター・コンツェルン”を有名としているのが、時空管理局運営への出資だ。“テスタメント”のリーダーが、敵対する組織である時空管理局運営の大半を賄う出資者ということだ。“テスタメント”の後ろ盾は正しく管理世界において最高とも言えた。
彼女たちが本拠地としている“オムニシエンス”の発見・調査もまた彼女の“ミュンスター・コンツェルン”からの出資。そのため“オムニシエンス”の管理権限を彼女は手にしていた。だからこそ遺跡のあった北半球とは正反対の南半球に本拠地を構えることも容易かった。
「今日はありがとうございます」
モニターが消え、ハーデはルシリオンへと礼を告げた。それはつまり、用はもうこれで終わり、ということだ。ルシリオンはそれを察し、立ち上がってハーデの寝室を後にしようと身体を扉へと向ける。
「あ! それと最後に1つ」
「なんでしょう?」
「・・・私たちを捕まえようとする特務六課。これからも油断しないように。なるべく情報は流しますから、常に気を配っておいてくださいね」
「・・・了解しました。それではこれで」
ルシリオンが扉を開け、ハーデの寝室を出ていった。ひとり残ったハーデは上半身を起こし、右手を寝室の片隅にあるデスクに伸ばす。するとそれを合図としたかのようにすぐに彼女の元に“赤い本”が飛んできて、そのまま彼女の右掌の上へとストンと収まった。
凝った薔薇の装飾のヘッドボードに背を預けたハーデは、伸ばした両脚の上に“赤い本”を置いてページを開く。開かれたページにはビッシリと文字や模様などが記されている。
3年前、彼女の手によって殺害されたトレジャーハンター・シャレードが開いたときは白紙だったはずの“赤い本”。しかし今は白紙ではなく文字がちゃんと記された歴とした書物だった。
「・・・読み手を選ぶ書物。ディオサの魔道書」
ハーデはその“赤い本”のことを“ディオサの魔道書”と呼び、何ページも捲っていく。後半のページを開くと白紙だったが、すぐに白紙のページを埋めるように文字が浮かび上がってきた。読み手を選ぶ魔道書。実際には文字が記されていたにも関わらず、トレジャーハンター・シャレードには“ディオサの魔道書”を読む資格が無かったことで白紙に見えていたのだ。
「私の命が尽きる前に、必ず管理局を変えてみせる」
最後のページに記された文字をそっと指でなぞる。そのページにはこう記されていた。
“最大禁呪ラグナロク”の術式構成、と。
・―・―・―・―・―・
ルシリオンは、以前ハーデに用意された目立つ白コートとは真逆の黒コートとスーツに身を包み、ミッドチルダ北部の市街地をぶらりと歩いていた。
3年前に初めて訪れて以来、ミッドチルダの街をゆっくり歩くことはなかった。記憶も名も無い時、サフィーロという名を与えてくれた、仕えるべき主であるハーデの住まう街を見て回りたいと思い、今こうして歩いて見回っていたのだ。
「書店か。少し寄っていこう」
色々と見て回った後、大型書店に立ち寄って様々な蔵書を試し読みしていく。知識を蓄える。それが彼にとって唯一の趣味だった。ある程度の本を読み終え、そろそろ本拠地である“オムニシエンス”へ帰ろうかと思い書店を後にする。
ルシリオンは“オムニシエンス”へと超長距離転移するために、人目のない場所を目指す。歩きだし始めたそんな彼の意識に1つの反応が入り込む。誰かに見られている、と。気付いたことを悟られないように注意して、当初の目的通り静かに人目のない場所へと移動する。
(・・・ついてくる、か。管理局か?)
確実に尾行してくる1つの反応を管理局員だと推測する。戦闘行動の許可を貰ってはいない以上、このまま尾行を撒くのが最良だと判断。少し歩みを速める。角という角、路地裏という路地裏を突き進み、次第に向けられる視線が遠のいていくのが判る。
(なかなかの尾行術だったが、私をハッキリ意識しているのがかえって足を引っ張っていたな)
軽く一息つき、人気のない寂れた広場の中央へと歩を進めた。
――紫光瞬条――
「お?」
ルシリオンの足元にすみれ色のベルカ魔法陣が展開され、魔法陣から幾枚もの帯が出現し、彼の両手両足胴体を瞬時に捕える。彼は転倒するよりも早く両膝をついて転倒を免れた。そして正確無比且つバインドに対応する隙を与えないその速さに「これは驚いた」と驚嘆した。
「や~っとつ・か・ま・え・た♪っと」
陽気な声を出して広場の入り口から入ってきたのはレヴィ。今彼女が身に纏うのは、私服である白のロングワンピースとクロークではなく防護服だった。
紺色の長髪を普段のサイドアップではなく、花飾りでポニーテールにしている。左右と後ろのスリットが足の付け根まである立て襟の蒼いロングコート。そのコートの前を胸部と胸下だけのベルトで留めているため、歩く度にコートが靡き、彼女の細いウエストが露わになる。膝が少し隠れる長さの黒のハーフパンツに黒の編上げブーツ。
両手には、ルーテシア特製の白のグローブ型ブーストデバイス“アストライア”がはめられている。ルーテシアのブーストデバイス“アスクレピオス”の姉妹機として作られた為に、デザインは全く同じとなっていた。
これこそレヴィ専用の中遠距離戦闘用の防護服“モード・バスター”だ。
「・・・ルシリオン、ちょっとだけ話をしようか『ヴィヴィオ、ルーテシア。捕縛成功。来て』」
レヴィは腕を組みポニーテールを揺らしながら、ルシリオンへと歩み寄っていく。
・―・―・―・―・―・
レヴィがルシリオンを捕縛する数分前。レヴィはヴィヴィオとルーテシアに別行動を提案していた。渋る2人だったが、レヴィは尾行していることがルシリオンに悟られている可能性があると告げた。その原因が、ヴィヴィオが無意識に放つルシリオンと話をしたいという念だと教える。
「あ・・・ごめん、レヴィ。わたし・・・」
落ち込むヴィヴィオを、彼女のデバイス“セイクリッド・ハート”、愛称クリスがポンポンと頭を撫でる。ルーテシアもも一緒に優しくヴィヴィオの頭を撫で、「まぁ仕方ないよ」と言って苦笑する。
「まずはわたしだけで尾行を続行。ルシリオンをバインドで捕まえる。捕縛に成功したら念話で連絡するから、それから来て」
「うん。お願いレヴィ」
「気を付けて、レヴィ」
「うん。そうと決まれば、2人は少し離れて・・・うん、30mくらいかな。その距離を保ってわたしに付いて来て」
「判った」「了解」
ヴィヴィオとルーテシアが頷いたのを確認したレヴィは胸元に手を入れ、そこからすみれ色の六角柱クリスタルの付いたネックレスを取り出す。彼女のデバイス“アストライア”の待機形態だ。レヴィは「セットアップ、モード・バスター」と告げ、防護服へと変身し終える。
「ヴィヴィオに悲しい顔させた罪は重いよ、ルシリオン」
柔らかな瞳を鋭く細め、レヴィはルシリオンの尾行を再開した。尾行する間、意識を可能な限り尾行対象のルシリオンから外す。下手に意識すれば尾行を再開したことがバレてしまうからだ。
(それにしてもアレがルシリオン?)
レヴィは誰ひとりとして居ない路地裏を静かに歩くルシリオンを見て、そう疑念を抱く。元が神秘そのものでもあった“大罪ペッカートゥム”だったレヴィだからこそ判る違和感。ルシリオンという存在が歪んでいる。レヴィはそう感じた。
(5年前も界律の制限による弱体化ってやつでも歪んでいたけど、今回の歪みはハンパじゃない。無理やり力を抑え込んで・・・ううん、抑え込まれている感じ。それに、何処かに自分の力を流してる・・・?)
レヴィはルシリオンの様子を見て思考が乱れるのが判り、すぐに思考を切り替えるよう努め、今やるべきことにだけ集中する。
そしてルシリオンが誰ひとりとして居ない寂れた広場へと入っていったのを確認した。レヴィは遠距離射程バインドの術式を用意。ルシリオンが立ち止まったのを確認して、彼女オリジナルの高速バインドを発動した。それは見事ルシリオンを捕えることに成功。しかし心の内は嬉しさよりも憐みの方が強かった。
「ルシリオン、ちょっとだけ話をしようか『ヴィヴィオ、ルーテシア。捕縛成功。来て』」
口ではそう告げ、念話ではヴィヴィオとルーテシアに広場まで来るように告げる。少し離れた場所から2人が駆けてくる足音を耳にしながら、一切ルシリオンから視線は外さない。
「・・・何者だ?」
ルシリオンが捕縛されたまま、レヴィに対して何者かを尋ねた。その問いを耳にした彼女は眉を顰める。
(わたしのことを憶えていない? 成長したわたしだから判別できないのか、それともペッカートゥムとかのことすらも憶えていないのか・・・)
腕を組んだままのレヴィは“界律の守護神テスタメント”・第四の力ルシリオンに関しての情報を知りうる限り思いだす。世界の意思“界律”によって呼び出される最高位の抑止力“界律の守護神テスタメント”の中でも最強として座する一柱。死亡する前に“神意の玉座”と契約を交わし、人間として生きている状態のまま守護神となった不完全な存在。
(ルシリオンが不完全な守護神、そこに何かヒントがある・・・? それ以前に界律に呼びだされて宿敵の情報を失うなんて聞いたことない。わたしが知らないだけかもしれないけど、でもそんなことって・・・)
「レヴィ」
ヴィヴィオに声を掛けられ、レヴィは一度思考をカットする。
「君は・・・高町ヴィヴィオ」
ルシリオンはやはり管理局が関わっていたかと思った。視線をレヴィとルーテシアへ移して「君たちは管理局員か?」と尋ると、レヴィはその問いに「局員なら単独で行動せずに仲間を呼んでから動く」と溜息を吐きながら答えた。ルーテシアは内心で、ま、嘱託だけどね、と嘯く。
「さて、ルシリオン。窮屈かもしれないけどそのままのカッコで話をしてもらう。まず1つ。わたしの名はレヴィ・アルピーノ。元は許されざる嫉妬レヴィヤタンって名前だった」
「またか。私はルシリオンという名ではない。サフィーロだ。そして君のことは知らない。つまらない質問はやめていただこう」
「はぁ?『ヴィヴィオ、ルシリオンって自分のことすら憶えてないの?』」
ルシリオンが自分のことすら憶えていないなんてレヴィは聞いていなかった。ヴィヴィオはルシリオンから視線を外すことなく『あ、うん。あれ? 言ってなかったけ?』と返し、レヴィも『初耳』と返した。
レヴィはいよいよ疑問の限界に達しようとしていた。この世界で過ごした10年のことだけに留まらず、自分自身の名前すらも覚えていない。あり得なかった。いくらなんでも自分のことすら憶えていないなんて、これは異常過ぎるとレヴィは内心頭を抱えた。
『ごめんヴィヴィオ。わたしはもういい。少し整理したい』
『え? あ、うん・・・。それじゃあわたしが話をしてみる』
レヴィは念話でヴィヴィオにギブアップを告げ、ヴィヴィオとルシリオンを見守るように後ろへと下がった。
「あの・・・ルシルパパ」
「ルシルパパ? 以前にも君は私をそう呼んでいたが、改めて聞くと凄まじい間違い方だな。高町ヴィヴィオ。先程も言った通り私の名はサフィーロだ。妻が居なければ子も居ない」
眉を顰めながら何度目かの名の訂正。しかしヴィヴィオは引き下がらず、ゆっくりとさらにルシリオンと歩み寄る。ルーテシアが「ちょっと・・・」と止めようか迷ったが、ヴィヴィオを信じ、そのまま見守ることにした。
「これを見てくれますか」
ヴィヴィオは小さなモニターを展開させた。映し出したのは5年前、サフィーロとしてのルシリオンではなく、ルシリオン・セインテスト・フォン・フライハイトとしての写真だった。
“機動六課”時代の集合写真。ヴィヴィオとフェイトとルシリオンの3ショット。シャルロッテとの2ショット。スバル達の訓練風景。ヴィヴィオを肩車している写真。
次々と映し出されるその写真を見て、ルシリオンは「これは私だ・・・?」と驚愕の表情を浮かべていた。
「ルシルパパはわたしの本当のパパじゃないけど、でも確かにわたしのパパだったんだよ?」
バインドで拘束され両膝を付いているルシリオンと目を合わせるヴィヴィオの瞳は潤んで、目の端には大粒の涙が浮かんでいる。ルシリオンは「あ、あ・・・あ・・・」と言葉にならない様子でヴィヴィオとモニターを交互に見つめ続ける。
「私は? 私は・・・私、は・・・わ、た、し、はぁぁぁああああぁぁぁああああぁぁぁぁッ!!」
「「「っ!?」」」
ルシリオンが急に叫び出し、苦しそうに頭を振り、額を地面に叩きつける。ヴィヴィオは「やめてルシルパパ!」と叫んで、ルーテシアも続いて頭突きを止めさせようと必死にしがみ付き、レヴィもさらにバインドを作り出して拘束する。
「ルシルパパ、ダメ、ダメ!」
レヴィのバインドで完全に拘束され身動きひとつ出来なくなったルシリオン。徐々に叫びは止み、虚ろな瞳は空を彷徨う。そしてゆっくりと抱き着いているヴィヴィオへと視線が移り、「ヴィヴィ・・・オ・・・?」と小さく呻いた。
その微かな声にヴィヴィオはハッとして「ルシルパパ!」と何度も呼ぶ。ヴィヴィオの必死な呼び掛けにルシリオンの瞳に光が戻る。すると焦点がハッキリとヴィヴィオに合い、カッと目が見開かれた。
「ルシルパパって・・・ヴィヴィオ!? な、なぜヴィヴィオが!?」
「ルシルパパ!!」
ヴィヴィオの瞳から大粒の涙がポロポロと零れる。先程までのような悲しみではなく嬉しさからの綺麗な涙だ。ルシリオンを力いっぱい抱きしめ、「ルシルパパ!」と何度も何度も呼んで彼の胸に顔を埋める。
(愛娘の想いの勝利、か)
レヴィとルーテシアはそんな2人の様子に、泣きたくなるほどの嬉しさが込み上がってきていた。レヴィはもう大丈夫だろうとバインドを全て解除。ルシリオンは自由になったその両腕でヴィヴィオを抱きしめ返し、そしてレヴィへと視線を移した。
「久しぶりルシリオン。わたしのこと、判る?」
レヴィが小悪魔的な笑みを浮かべつつ自分が誰かを尋ねるが、ルシリオンは??と首を少し傾げることで応えた。ヴィヴィオ達は顔を見合わせプッと噴き出した後に、ヴィヴィオがその答えを口にした。
「ルシルパパ。レヴィ、だよ」
「ども! レヴィヤタン・・・というのはもう過去だから。はじめまして、の方がいいかな? レヴィ・アルピーノです」
「・・・なに!? 本当なのか!? 何でそんなに大きくなっているんだ!?」
ルシリオンはレヴィが成長していることに心底驚愕していた。レヴィは「良く判らないけど、生定の宝玉の影響じゃない?」と答えた。ルシリオンは「そんな効果があったか、アレには?」と、抱きついたまま離れようとしないヴィヴィオの頭を撫でながら首を傾げていた。
「まぁ何はともあれルシリオンの記憶は元に戻ったわけだ。それで、どうして記憶が無くなってたの? というか記憶が無くなるような召喚なんてあるの?」
レヴィが核心を突く疑問を投げかける。ルシリオンが「それは」と口にした瞬間、それは起こった。
「――っ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
――我との契約の下、汝、我が剣となり盾となり翼となりて、我が命を果たせ――
「ルシリオン!?」
「ルシルさん!?」
「ルシルパパ!?」
ルシリオンは咄嗟にヴィヴィオを傷つけないように身体を離す。そして頭を強く抱え、苦痛に耐えるように強く歯を噛み締める。首にはアイスグリーンの環状魔法陣が生まれ、ルシリオンの首をグッと絞めつけ、首へと吸い込まれるように消えていった。
「ヴィ・・ヴィ・・・オ・・・。ダメだ・・・逃げ・・・」
左手をヴィヴィオに伸ばし、ヴィヴィオも「ルシルパパ!」と叫んでその左手を取ろうと手を伸ばした。だが、その前にルシリオンの左手はヴィヴィオの手を取ることなくダラリと力なく落ちた。ヴィヴィオはドサリと倒れたルシリオンを近寄ろうとしたが、その前にレヴィがヴィヴィオの小さな肩を掴んで止めさせた。
「レヴィ!?」
「ダメ、ヴィヴィオ! 危ないから離れて! ルーテシアも!」
レヴィはヴィヴィオとルーテシアを背後へと押しやり、「モード・コンバット」と小さく囁いた。すると両手にはめられた“アストライアー”の甲にあるクリスタルコアが輝く。レヴィの防護服が一度霧散し、すぐさま別の防護服へと変化した。ポニーテールだった髪型がツインテールとなり、風が吹く度に靡く。
防護服は冬には似つかわしくない黒のノースリーブのセーラー服。セーラー服特有の大きな襟は前後共に燕尾となっている。裾もまた襟と同様に前後共に燕尾となっていて、後ろ側の裾は膝裏までの長さがある。捲かれている黒いネクタイにはスミレが描かれていた。インナーは立て襟の白いノースリーブのブラウス。
ファスナー仕立ての前立ては黒のラインで、うっすらと模様が描かれている。首元には黄金に輝く小さな南京錠が付いている。下は黒いプリーツスカート。そしてスカートの裾から少し出るくらいの長さの黒のスパッツ、黒のブーツといったものとなっている。
これがレヴィの動きやすさを追求した近接格闘用の防護服“モード・コンバット”だ。
「(歪みが強くなった気がする・・・。これは・・・戦わざるを得ないかも)ヴィヴィオ。管理局に、はやてさんかなのはさん、フェイトさんに連絡して」
倒れ伏したままのルシリオンに警戒しつつ、レヴィはヴィヴィオに管理局に連絡するよう指示。ヴィヴィオは戸惑いを隠せず、返事もしないまま、ただルシリオンを震えた瞳で見つめている
「ルシリオンを救いたかったら呼んで!」
レヴィはつい大声で叫んでしまう。ビクッとしたヴィヴィオにレヴィは謝りながら、「急いで管理局に連絡して」と優しく語りかけた。ヴィヴィオはレヴィのルシリオンを救いたいならという言葉に意を決し、すぐさまもう1人の母親フェイトに連絡を入れた。
「レヴィ、これ大丈夫なの?」
「判らない。ルーテシアも防護服に変身しておいて。すぐに逃げる必要あるかもだから」
「わ、判った」
「あ゛・・・あ・・・あ゛あ・・・あ・・・ああ゛あ゛あ・・・ああ゛・・」
ルシリオンが立ち上がると、周囲に蒼い光が生まれて全身を覆い隠す。蒼い光が治まった後、そこから姿を現したルシリオンは白コートを纏っていた。
ヴィヴィオ達に向けられた視線には先程までの優しい感情はなく、ただ敵意のみが含まれていた。これはやるしかない、とレヴィは意識を警戒モードから完全に戦闘モードへと切り替える。
「高町ヴィヴィオ、アルピーノ姉妹を危険因子と認定。マスターより戦闘許可・・・受諾。・・・すまないが君たちをこの場で撃墜する」
フードを被りつつそう宣告したルシリオンは、再び“テスタメント”のサフィーロへと戻った。ヴィヴィオの表情が泣き顔に歪む。せっかく取り戻したと思ったルシリオンの記憶。それがまた失われ、敵として自分たちに立ち塞がった。
「ヴィヴィオには戦わせられない。離れてて」
「ここは年長者に任せなさい!」
レヴィとルーテシアの瞳が睨み据えるのは、再び敵となったルシリオン。レヴィは小さく「行きます」と囁き、トンッと地面を蹴った。
――瞬走壱式――
その瞬間、レヴィはルシリオンの背後へと回り込んでいた。それは目に留まらぬ高速移動魔法。シャルロッテ独自の歩法“閃駆”と、フェイトとエリオの使うソニックムーブを彼女独自に混成した術式だった。
「な・・・っ!?」
ルシリオンが背後に回り込まれたと気付くが、すでに手遅れ。右足の強烈な踏み込みの後、レヴィの右拳が残像を引きながら一直線にルシリオンの背中へと突き刺さる。
「でぇい!」
――瞬閃 牙衝撃――
ドゴン!!と普通の殴打では決して出ないような音が生まれた。ルシリオンの身体が大きく反り返る。が、レヴィの攻撃はそれで終わりではなかった。神速の拳打・瞬閃牙衝撃は、ヒットしたと同時にそのまま対象を殴り飛ばす攻撃だが、レヴィはそこにさらに追撃を仕掛ける。
――紫光破――
背中に突き刺さるレヴィの右拳の先端からすみれ色の近距離用砲撃が放たれる。人が居ないことを良いことに、レヴィはそれなりの本気で砲撃を撃ちこんだ。ゼロ距離で撃たれた砲撃の直撃を受けたルシリオンが吹き飛ぶ。寂れた広場に粉塵が舞い、ヴィヴィオはケホッケホッと咳き込んでいる。
「レヴィ! いくらなんでもそのコンボはやり過ぎ!!」
「倒すんじゃなくて止めることが目的だよ!」
ヴィヴィオとルーテシアが広場の地面に大きく穿たれた穴を見て、やり過ぎだと窘める。しかしレヴィは何も答えず、自らの右拳を何度も開閉させつつルシリオンの吹き飛んだ場所から目を離さない。
(今の手応え・・・。少し試してみるか・・・)
レヴィは2人に「これから何が起こっても文句なし」と告げ、呆れるルーテシア、それにヴィヴィオが反論しようとするのを軽く無視して弓を引くような構えを取る。粉塵の中から自分に放たれ続ける敵意。レヴィは粉塵の奥から光が漏れたのを視認。
「おっとと。甘いよっ」
レヴィがすぐさま横へと跳び退くと同時、放たれた蒼い光線が一直線に彼女の居た場所へ突き刺さる。レヴィは体勢を立て直した後、高速移動魔法・瞬走壱式を発動。光線の放たれた位置へと移動し、指を差していたルシリオンを視界に入れた。攻勢に出る隙を与えないようにすぐに攻撃を繰り出す。
――双破掌底打――
「ぅぐ・・・!」
踏み込みと同時に、先ほどと同じ弓を引く体勢を取り、すぐさま引いていた右腕を突き出し、強烈な掌底を放つ。ヒットした直後にさらに左の掌底を打ちこむ。ルシリオンは苦悶の声を漏らしつつ、左の掌底のヒットに合わせて後ろに身体を引いた。そうすることでダメージを軽減したのだ。それから何度もバックステップし、レヴィから距離を取った。だがそこはまだレヴィの攻撃可能範囲だった。
――紫光連砲――
右足を突き出すと同時に足裏から砲撃が放たれる。ルシリオンはそれを回避するが、回避した場所に今度は左足裏から放たれた砲撃が迫る。それも回避するが、立て続けに右拳から砲撃、最後に左拳から砲撃と放たれる。余裕を無くし回避行動を取っていたルシリオンはレヴィを見失った。
「どこだ・・・?」
――神衝 連蹴舞――
ルシリオンの左顔面へと強烈な右の蹴りが入る。レヴィはルシリオンの目の前に居たのだ。視線より下に潜り込んでいたということもあって彼は気付くのに遅れていた。
棒立ちだった彼の左顔面を蹴り振り抜いた右足が戻り、踵が今度は右顔面に入る。そしてレヴィは時計回りに1回転し、胸部へと上段蹴りを入れる。すぐさま腹部へと踏み蹴りを入れ、胸部、反時計回りに1回転し右頬へと蹴りを入れた。跳躍して宙で前転、勢いをつけた踵落としをフラついたルシリオンの脳天に叩きこんだ。
顔面から地面に叩きつけられたルシリオンは倒れ伏したまま動かなくなった。レヴィは「ふぅ」と一息ついて、ツインテールの髪を後ろに払う。
「ここまで容易く墜とせるなんて。堕ちるとこまで堕ちたわけね、ルシリオン」
憐みを含んだ視線を向け、発した言葉にも憐憫が含まれていた。そんなレヴィにヴィヴィオが「あの、レヴィ・・・?」ゆっくりと歩み寄ってきて、レヴィの前に倒れ伏しているルシリオンを心配そうに見つめる。
「すごいことはすごいけど、やり過ぎじゃない?」
「ルシルパパは大丈夫なの?」
「脳を散々揺らしたからどうだろう?」
ヴィヴィオとルーテシアに答えながらルシリオンのフードを脱がして顔のある一点を見つめる。
「血が出ていない。(やっぱり今のルシリオンの身体は人間の肉体じゃない。魔力で構成された擬似体だ)」
3度も蹴りを入れた頬と口元を見ながらそう呟いた。レヴィは先ほどルシリオンを殴った手応えから、彼の身体から伝わる衝撃が人を殴った時のそれとは違うことに気付いた。それが何なのか?と問われればレヴィは「さぁ?」と返すしかないが、ルシリオンに関する重要な情報の1つであることは間違いなかった。
・―・―・―・―・―・
倒れ伏すルシリオンの頭の中に女性の声が届く。その声の主はハーデだった。
【延命処置レベル1を停止。レヴィ・アルピーノを撃墜してください】
【それはいけませんマスター。それではあなたの延命処置レベルが低下してしまいます】
【大丈夫ですよ。延命処置のレベル1だけですから致命的なものではありません。それよりレヴィは今後かなりの脅威になる可能性があります。今の内に潰しておく方が良いと思うのです】
【くっ・・・。それが命令ならば。マスター、私の魔力と能力、少しの間だけ返していただきます】
ルシリオンの弱体化の真実、。その1つがハーデの延命処置ということだった。彼は自分の魔力や能力の約8割をハーデの延命処置に回していたのだ。ハーデに流していた魔力の何割かをカット、自分に戻す。
ルシリオンから漏れる魔力に気付いたレヴィがヴィヴィオとルーテシアを脇に抱えて距離を取った。ゆっくりと立ち上がるルシリオンを見て、レヴィは「歪みが少し小さくなった」と呟いた。
「レヴィ・アルピーノを最大気危険因子と断定。この場で最優先に撃墜する」
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