とらっぷ&だんじょん!
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第一部 vs.まもの!
第10話 なにすんのよお!
夜中に雨が降ったようで、宿舎を出ると街路が濡れ、空気もしっとり湿っていた。それよりも、弾ける朝の光に透明感があり、風が少しだけひんやりしている事に驚いた。あまり意識していなかったが、ラフメルの葉を探している間に地上では一か月が過ぎたのだ。とはいえ、直射日光の痛いほどの熱さは健在だ。今日も暑くなる。
クムランの家に行くと、既にノエルとディアスがいた。
「聞いたわ、ウェルド! この間の宿題の事!」
朝の挨拶も早々に、ノエルが早々に口火を切る。
「まだ外界に発表されていない神殿の入り口の碑文を見たんですってね。私もその場所に行ったのに、全然気が付かなかった」
「俺だってクムラン先生に言われなきゃ気が付かなかったよ」
ウェルドはぼさぼさの頭を掻く。
「急ぐ事はありませんよ。今日はノエルさんにも、ウェルド君と一緒に遺跡に行ってもらうのですからね。あなた方が二度目の宿題を終えて帰って来るまでに、僕は今の仕事を一段落つけるとしましょう。その後は、僕もあなた方と一緒に遺跡に入る事になるかもしれません」
「ほんとですか? それは楽しみだ」
「ウェルド君、ノエルさんを頼みますよ」
クムランは徹夜明けらしく、目の下に隈を作りながら、変に高いテンションで言った。
「いやぁ、しかしなんていうか、娘を嫁に出す気分ですね!」
「何を言い出すんですか……」
※
太陽の神殿の入り口に至る橋に立つと、ノエルが途中で足を止めた。
「あたしにも聞こえたわ」
ウェルドとディアスは彼女を振り返る。
「女の子の声……。泣いているわ、しゃくりあげるような、嗚咽してる感じ。ウェルドはどう?」
「うーん、俺は今日は聞こえねえな」
耳を澄ますが、やはり風の唸りしか聞こえない。ウェルドは肩を竦める。
「ところでさ、俺達どの分野が得意なのか把握しといた方がよくねえか? これから遺跡の中で意見交換する事もあると思うぜ」
「ウェルドは?」
「俺は気象学と建築史を専攻してた。この遺跡にこれば面白い事がわかるんじゃないかと思ってね。ノエルは何の専攻だ?」
「あたしは、十三歳の時に大学の単位を全部とったから……」
「そりゃすげえや」
素直に目を丸くし、感嘆する。
「そうね。とりわけ得意だったのは歴史と考古学かしら。その分野でクムラン先生と出会って、先生に師事するためにこの町に来たから」
二人の目が残るディアスに集中する。左手に石板を携えた彼は。冷めた目で答えた。
「神話学と、冶金術を少々」
へえ。神話学と冶金術を少々修めていて読む本が『人体の急所』ですか。へえ。
「だけど、こうしてアスラ・ファエルに来る事ができて嬉しいわ。ここでフィールドワークを行うのがずっと夢だったの。ねえ、ウェルド」
「ん?」
「あなたが初日、アーサーに言ってた事だけど……」
三人は神殿の入り口に歩き出す。
「神の不在を証明するって、あなた言ったわね」
「言ったぜ?」
「あたしは……この遺跡にいればいるほど、あなたの考えとは逆の確信に近付いていくわ」
「そんな事はわかんねぇぜ。つい数十年前までは神の怒りとされていた旱魃や冷害や蝗害だって、前年の気候やなんかとの関係性が見いだされつつある。神の奇跡で作られたとしか思えない古代の巨大遺跡だって、単にその建築法が失われてしまっただけで、あともう少しで建築技術を再現できるんじゃないかってところまで来ている。この遺跡だって、決して無限の広さじゃないさ。遺跡の構造の全てを解明できれば、遺跡や魔物の存在に神が関与しない事がわかるさ」
「仮にアスラ・ファエルの建築に神が介在していなかったとしても、それを盾に神の不在を主張するのは苦しいと思うけど……。でもウェルド、どうしてそんな突飛な事を思いついたの?」
「――っ、と」
前を歩いていたディアスが無言で止まる。眼前に太陽神殿の扉があった。扉の正面には石の円盤が取りつけられ、その中央が、これまでにここを通った冒険者たちの手の形に汚れていた。
ウェルドは円盤の中央に右手を合わせた。
驚くべき事に、扉が消滅した。
中から何か白い物が突進してきた。
「うおっ!?」
それは三人の間を通り抜け、橋の途中で止まった。
くるりと振り向いたそれは、白いシャコのような魔物だった。太い二本の前脚と、細い無数の後脚が目立つ。ノエルが杖を振った。魔物は火柱に身を貫かれ、炭になって死んだ。
「び、びっくりした……!」
「せんぱぁい、魔物がいるならいるって教えてくれればいいじゃないっすかぁ~」
嫌味たっぷりに言うと、ディアスは冷淡な目をくれ、素っ気なく言った。
「奴は体の正面の補脚を光らせた後、今のように突進を仕掛けてくる。後は長い舌に気をつけろ。ありきたりな助言になるが、正面に立つのはやめた方がいい」
黒の羨道を思うと、中はかなり明るかった。
壁際に並ぶ高い窓と、外に輝く人工の太陽のおかげだ。
壁や床の装飾にも金が施され、太陽光を反射している。
そんな神殿のエントランスを、先ほどと同じシャコみたいな魔物が跋扈しており、その全てが一斉に三人に顔を向けた。
ディアスが左手の石板を胸に掲げ、右手で文字列の一部を撫でる。同時にほとんど声を出さず、口の中で呪文を呟く。文字列が光った。鋭い冷気が彼の足許から立ち上がり、魔物達の群れへとまっすぐに飛んで行った。
冷気の爆発。
魔物達は凍りついた。転がる魔物の死骸の間を、霜柱をザクザク踏んで、ディアスが悠々と歩いて行く。ウェルドは通りすがる時、魔物の死骸を軽く叩いて様子を確かめた。単に体の表面が凍っているだけでなく、体中の全ての水分が一斉に凝固したようであった。体全体が不気味に膨張し、紫色に変色している。
「こりゃひでぇ、ピキンピキンじゃねえか」
一旦凍らされたら、魔物も人間も生きてはおれぬだろう。
二人の魔法使いは魔物の接近を許すことなく、焼き尽くし、あるいは凍らせた。ノエルは実戦に慣れてきたらしく、また火加減を覚えたようで、初めに組んだ時のように、大火災を起こしたり人に引火させる危険性は低くなっていた。
ウェルドは二人の後ろをぶらぶら歩き、逃げ遅れた魔物がいたら駆け寄って斬り伏せた。
「理解出来んな。何故避けられる戦いに突っ込んでいく」
「ああ? 後ろから襲って来るかもしれねぇだろ?」
離れた位置の魔物達がその気配を見せない事など、ウェルドにもわかっていた。それより彼は、二人に戦いを任せる事に飽きて退屈していた。そんな自分に驚いた。
立ち止まったディアスが右腕を横に突き出し、二人を制した。
「なん――」
鋭く空気を切り裂く音を立て、何かが近付いてくる。
「よけろ」
いきなり巨大な物が目にもとまらぬ速さで飛んできた。ウェルドはノエルを壁際に退避させ、同時にしゃがみこむ。それが何なのか、速すぎて全く分からなかった。それは三人の真ん中を通り抜け、今通ってきた通路の真ん中で動きを止める。
石像だった。左右の腕が束ねた鞭になっている。体を回転させ、鞭をしならせながら飛んできたのだと理解した。
「なん、なん、何だありゃ! 巻き込まれたらミンチじゃねえか!」
「せいぜい気を付ける事だ」
ディアスは魔物を無視して神殿の奥へと進んでいく。ノエルも小走りで続いた。
魔像がゆっくりと回転を始める。
その回転が次第に早まり、鞭が浮き、恐ろしい音を立てはじめる。魔像はウェルド目がけてまっすぐ突っこんできた。
「のわあああっ!」
ウェルドは狭い空間で鞭から逃れ、駆け回った。部屋の四隅から四隅へ、壁から壁へ、為すすべなく逃げ惑う内、魔像の回転が弱まり、完全に停止した。
大剣のベルトを外して抜き、魔像に斬りかかった。剣の一撃は魔像に罅を与えたが、それだけだった。石の粉を振り撒きながらまた回転を始める。
崩れた壁の向こうに足場を見つけた。
一か八かフリップパネルを敷き、踏んだ。体が跳ね上がり、ぎりぎり向こうに着地する。魔像は回転しながら追ってきて、床から落ち、下の階の床に叩きつけられて砕けた。
「あっぶねぇ……」
二人の仲間の姿は見えない。本当に先に進んでしまったようだ。
「……んだよ、冷てぇなあ……」
ぼやきながらフリップパネルで元いた場所に戻ると、その先の細い通路を辿った。
ノエルとディアスはメインの通路から外れた、隔離されるようにひっそりと存在する小部屋にいた。クムランの言葉通り、部屋の奥には石碑が立っていた。金箔が塗られており、派手だ。ノエルは刷毛で目に詰まった塵を除き、ディアスはじっと文面に目を走らせている。
石碑の前には石のレバーが設置されており、左手側に倒されている。
ウェルドは何となくそれを右に倒した。
ヴン、と音を立て床から魔物たちが現れた。
「!?」
鎧を着こんだ二足歩行するトカゲだ。槍を携えており、一般的な人間より遥かに背が高い。そんなのが五、六体いる。
「何やってんのよおおおおおっ!」
ノエルが悲鳴混じりの声で叫んだ。トカゲ人間は槍を構えて突っこんでくる。やけに防御が固く、攻撃的な魔物だった。火と氷と大剣の一閃が狭い部屋を乱舞し、全ての魔物が倒れた後、息を切らす三人が残った。
「いや、悪ぃ、こんな事になるとは」
よほどびっくりしたのか、上目遣いの涙目で睨みつけてくるノエルの責任追及から逃れようと、ウェルドは意味もなく笑みを浮かべながら石碑をポンと叩いた。
「いやぁー、でも良かったじゃねえか! クムラン先生が言ってた石碑見つける事が出来てさ――」
すると、石碑がパチンと消えた。
消えた。
笑顔のまま固まる。
ウェルドが手を置いていた場所には、石碑の土台以外、何もない。
ノエルが息を吸い、叫んだ。
「何すんのよおおおおおおおおおおおおおおぉっ!!」
「……えっ、えっ?? 俺なの? 俺のせいなのか!? 今の!!」
「もういい、貴様は先ほどの魔像とでも戦っていろ」
「はぁっ? もうやっつけたよバーーカ!」
ノエルは蹲り、頭を抱えている。何かぼそぼそ言っているので耳を澄ませてみれば、
「あ、あたし、あたしどうしよう――こんな事――あたし先生にどう言えば――」
泣き始めてしまったので、ウェルドはかける言葉がない。
「仕方ない。地上に戻るぞ」
代わりにディアスが言った。
後書き
こんにちは。「とらっぷ&だんじょん!」は今日で第十話目を迎え、同時に十日連続更新を達成する事ができました。目を通してくださった方、ありがとうございます!
明日からは不定期更新になりますが、引き続きご愛読いただけましたら幸甚に存じます。
それでは(´∀`*)
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