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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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7:霧払いの令嬢

 驚愕の面持ちのリズベットがハーラインへと詰め寄る。

「ハーライン! どういうことなの!?」

「ようやく名前で呼んでくれたね、嬉しいよ。リズベット君」

「そんなことはどうでもいいの! どうしてあんたなんかがミストユニコーンの武器を持ってんのよ!?」

「いや、なんてことはない話だよ。闇市場の競りで偶然見かけたこの素材に一目惚れしてね。私の店の収益の殆どを犠牲に競り勝ち、手に入れただけのことだがね。そして、私自らの手で鍛え上げた矛槍なのだよ、この子……ミスティアは。もっとも、より正確には矛槍というよりも《パルチザン》と呼んだほうが分類上は正しいのだがね」

 己の武器を我が子の様に呼ぶ持ち主は、子を愛でるかのように細心の注意で刃を撫でながら、どこか芝居めいた独演を続ける。

「蹄を炉で熱する事で、インゴットと同じように武器へと鍛造が可能でね。この美しく仕上げた刃に負けぬように、柄には大理石、端部には金や宝石を使ったのだが……引き立て役にしては少々心許なくてね。更に私の渾身の彫刻装飾を施したのだよ。……だが、それでもまだこれは未完成だ。だから私は完成を目指すべく、ずっとユニコーンを捜し求め続けてきた。故に、此度(こたび)の狩りにも参加したわけなのだよ」

「それだけ作り込んでおいて、まだ何か足りないのか?」

「いかにも」

 俺が問いかけると彼は大きく頷き、大仰な仕草で片淵眼鏡を掛け直した。

「私が手に入れる事が出来た素材は、ユニコーンの蹄だけなのだよ。最後の仕上げの為に、もう一つの素材がいるんだ。そう……この刃の根元、(つば)の部分に《ミストユニコーンの(たてがみ)》で出来たファーを着飾って初めて、完成したと言えるだろう」

「二つの素材が揃って初めて完成って点はある意味、間違ってないかもね」

 ハーラインの独演にうんざりした風に、リズベットが半ば強引に割って入った。

「何か特殊効果があるみたいだけど、使用不可能になってる。多分、もう一つの素材も揃えれば解明するんだろうけどね。でも、今のままでも充分に強力な武器には違いないわ。攻撃力はかなり高いし、薙ぎ払うアクションでのダメージボーナスまで付いてる」

「フフフン、そうだろうそうだろう?」

 鼻を高くしてハーラインが頷いている。

「でも、耐久値は元々低めな素材だったようね。しかも、どっかのバカの過多な装飾なせいで、さらに武器自体の最大耐久値が下がってる。これじゃ、激しい戦いの度にすぐメンテナンスが要るし、ヘタしたら戦闘中にボッキリ折れる危険すらある。ハッキリ言って観賞用がいいトコ、脆すぎて実用性は低いわ。こんなの、ユニコーンや素材達が可哀想よ」

「デリケート、と言ってくれたまえよ。あたかも、たおやかな乙女のようだろう? これでも苦心して作り上げた、私の最高傑作なのだよ?」

「事実を言ったまでよ。あたしの鑑定スキルは、どっかのナンパにかまけるキザ野郎とは違って鍛えられてますからね。それに第一、武器にデリケートさを求めてどうすんのよバカ」

「やれやれ……やはり芸術は理解されないのだね。君ももう少し、このミスティアのような気品を持てば理解出来るかも知れないのに」

「なんですって!?」

「まぁまぁリズ、落ち着いて」

 どうどう、とアスナがリズベットを宥める。それから続く「あたしは馬じゃない!」「あはは、ごめんごめん」などというやり取りは一旦脇に置いておく。

 俺はハーラインと武器を交互に視線を巡らせ、物思いに(ふけ)る……が、ふとヤツと目が合い……先程までは俺達に良い様に遊ばれていたくせに、ここぞとばかりに端正な顔をニッコリと笑みに変えて来るのが一々癪に障る。だが、それは今は余計な感情だ。

「ユニコーンを狙う、ユニコーンの武器を持つ容疑者……か」

「疑惑が深まったかね?」

 微笑みかけたまま、優雅に軽く頭を傾げてくる。その仕草が様になっていて、つい舌打ちをしてしまいそうになる。
 ……段々、この男をネタに扱ってやるべきか、忌々しいイケメン野郎として接するべきか分からなくなってきた。

「……いや、そこまで安直な推理はしないさ。けど、疑いが晴れないのは、悪いけど事実だな」

 鬱陶しさを隠さずに言った言葉に、ハーラインは優雅な笑みを苦笑に変えた。

「ま、仕方が無いね。死神とやらと獲物が被ってしまったのだから。……さて、この子のお披露目はここまでにさせて貰うよ。君達ならともかく、他のライバル達にもミスティアを見られて群がられるのは御免被りたいからね」

 そう言って、ハーラインは青白く輝く刀身を布カバーで再び包んだ。

「さて、次の質問は何かな?」

 俺は未だにカバー越しの刀身を眺めていたらしい。それを(たしな)めるように言ったハーラインはクスリと笑いかけてきた。
 クソッ、なんてこった。ハーラインは己の自慢の武器のおかげで、すっかり当初の余裕を取り戻している。
 だが、ここは我慢だ、桐ヶ谷和人。相手は今、とても寛容になっていて情報を聞き出すにはうってつけの状態だ。
 俺は深呼吸を挟んでから口を開ける。

「……よし、これで最後の質問だ」

「ようやくだね」
「だな」
「……………」

 流石にうんざり気味だが、まだ話を聞いてくれる三人の気が変わらないうちに、俺は間髪入れずに言葉を継ぎ込む。

「最後に……皆のセットしているステータス及びスキルスロットを見せて欲しい」

 この質問を最後にしたのは、単純に相手が断ってくる可能性が最も高いと踏んだからだ。
 手の内を見せる、と先程のアイテム開示で比喩したが、これはその比ではなく、文字通りと言っても過言ではない。己の力、特性、戦略。そういった戦いにおける駆け引きの生命線を相手に掌握させられるのだ。
 しかも、それだけのことをしても死神を特定できるだけの効力は薄い。仮に、この中に死神が居て、スキルスロットを見せてもらっても《大鎌》スキルをセットしていなければスロットには表示されず、後は嘘で塗り固められて、こちらが騙されるだけで終わってしまうからだ。
 ただ単に大鎌スキルを習得する条件を満たしているかどうかを知る為だけに、相手が情報を見せてくれるとは考え辛いが……

「私は構わないよ」

 だが、ハーラインは即諾してくれた。一瞬呆気に取られ、返答が遅れる。

「えっと……本当に良いのか?」

「ハッハッハ、男に二言は無いよ」

 彼は胸を反らしながら片淵眼鏡の縁に指先を当て、そう太鼓判を押した。これには流石のデイドも少し驚いている。

「おいおい、テメェ正気かよ。ついに女の妄想のし過ぎで頭がおかしくなったか?」

「ちょ、君まで私をそういう扱いかね!? ……いや別に、これらを見せるデメリットの大きさは分かっているつもりだがね。ただ、もうぶっちゃけて言わせて貰うと、乗りかけた何とやらだよ」

「オレはゴメンだ。疑われるのは癪だが、いくらなんでもそこまでしてられっか」

 デイドが唾棄するように言う。だが、普通に考えればこれが一般的な反応ではある。

「ふふっ、そうかい? 私は何より、この美少女達が裏切る様など想像が出来ようはずがないからね。私は死神などではないと伝える為。それだけのことだよ」

 無駄にカッコイイのかバカなのか判断に困るセリフを言いながら、ウィンドウを操作して俺やアスナ達に画面を見せてくれた。
 ハーラインのスキル構成は、簡単に言えば……正直にも、ほぼ彼の言った自己紹介の通りのビルドであった。
 そのレベルは68。ステータスは《鍛冶》スキルと何故か《裁縫》スキルが最も高く、次いで《両手槍》《両手鈍器》《両手棍》の三つの戦闘スキルがほぼ同じ数値で水準していた。その数値はどれもギリギリ熟練した、と呼ぶに足りうる数値ではある。そして最後に《鑑定》スキルや《商業》関連スキルといったその他の生活スキルがバランス良く……悪く言ってしまえば器用貧乏な割り振りで並んでいる。
 因みにステータスは特に怪しいところの見受けられない、至ってごく普通のバランス型。強いて言えば、衣服が見た目以上に良質で高性能なのか、最大HP値がレベルの割りに意外なほど高く、その代わりに金属防具が心許ないゆえに防御値が低い。
 ……やはり、彼もまた《大鎌》の習得条件を満たしていた。

「……あんたは何故、三つも武器スキルを鍛えているんだ?」

 蛇足な質問ではあるが、念の為、聞いておくに越したことはないだろう。
 問われたハーラインは顎に手を当て、感慨深そうな顔をして答えだした。

「ああ……駆け出しの頃、当時は他の鍛冶職人に追いつくので精一杯でね。ただ単に真似して鈍器を手に材料を集め回っていたよ。懐かしいね……。でも、しばらくして少し余裕が出来始めた頃、前々から鈍器は美しくないと思っていたからね。早々に両手棍(スタッフ)に乗り換えたのだよ。鈍器で殴るのって、粗暴で品の無いイメージしか沸かないじゃないか。それにホラ、両手棍はシンメトリーなデザインの物が殆どだろう? 当時はあれらの造形が美しいと思い始めててね」

「あああ……今すぐ、この浮気性なバカの頭に、あたしのメイスをブチ込みたいわ……!」

「リズ、さっきからなんか怖いよー……落ち着こうよ。ね?」

 美しくないと言われた鈍器の戦槌を両手に力一杯握り締めたリズは、今にも彼の頭蓋骨に叩き付けんと頬をヒクつかせていた。そんな事に一切気付いていないハーラインは悠々と言葉を続ける。

「だが、スタッフは扱いが難しいね。少なくとも、残念ながら私には向いていなかったよ。かなり練習したつもりだったが、頭に思い浮かべるアクションが一向にできなくてね。そして、まだ扱いやすい槍に落ち着いて今に至るという訳だよ」

「……なるほどね」

 それなりの事情があるとは思ったが、ここまで分かりやすいのも珍しい。
 己の好き嫌いにのみ頼るが故に、それぞれの武器の特性を飲み込もうとせず右往左往してしまい、結果的に損をする典型的な一例だ。

「さて、私の話はもういいだろう。……そんな事より、私は残る最後の一人の話が気になるな。そこの……未だ謎だらけの人物のね」

 ハーラインは青のマントをはためかせ、チラリと横へ視線を滑らせた。
 そこには微動だにせず立っている、名すら明かされていない第三の容疑者。

「ああ、そうだな。――そこのあんた、何度も申し訳ないが、次こそは情報を見せてもらえると嬉しいのだが……」

「……………」

 首を僅かに左右に振る、もう見慣れてしまった三度目の拒否動作。
 分かりきってはいたが……結局、全ての要望を断られてしまった。

「おい、テメェ……」

 と、デイドが麻のフードに進み寄り、何を思ったか、胸倉を荒く掴んだ。

「さっきからテメェは何なんだ!? オレらは疑いを晴らすべく情報を開示してるってのに、テメェはアイテムも武器もスキルも見せませんだぁ? ふざけてんじゃねぇ!」

「……………」

 乱暴に掴まれ矮躯(わいく)が揺れるも、そのつぐんだ口の方は揺るぎが無い。それを見たデイドは、苛立たしげに歯を剥き出しに食いしばる。

「このっ……その胸クソ悪ィフードだけでも剥ぎ取って、そのツラぶん殴ってやろうか……!!」

「よせ、デイド」

 駆け寄り、彼の肩を掴む。その血走りかけている金壷眼がギラッと俺を射抜いた。

「なんだよ、テメーはなんとも思わねーのかよ! オレは不愉快だ! テメーに疑われるのも、コイツの態度もな!」

「とにかく落ち着け。俺としても、ぶしつけながらもそいつが何も教えてくれなかった点については、少なからず残念に思っている」

「だったらよ……!」

「――だから、俺が今、最も死神じゃないかと疑っているのは……あんたが掴んでるそいつなんだよ」

「…………!」

 息を呑んだデイドの目が見開かれる。同時に袖を掴んでいた手が緩み、麻のフードがそのまま数歩後ずさった。

「あんたは容疑を晴らしたいんだろう? なら少なくとも、今はこれで不満は無いんじゃないのか?」

 それからデイドは数秒沈黙していたが、やがてニヤリと口の端を歪め、そこから小さな笑いが漏れ始めた。そして麻のフードを睨む。

「……ハハッ、そうか。いや、満足だ。クハハッ……そうさ。どーせ、テメェが死神なんだろ? とっととボロ出して捕まっちまえ。そして、このオレに楯突いたのをブタ箱の中で延々と悔やみやがれってんだ。クククッ……」

 デイドは目を見開いたまま不気味に笑っている。穏やかじゃないが、ひとまず彼の視線の矛先を変えるべく、俺は肩に置いた手をポン、と叩いた後に容疑者達を見回した。

「それからもう一つ、三人に言いたい事がある」

「……んだよ、質問はさっきので最後じゃなかったのかよ」

 デイドが未だにニヤニヤしつつも、面倒そうに首をコキコキと鳴らしながら答えられる。

「いや、これは質問でも取り調べでもない。ただのお願いだ」

「……お願いだァ?」

 首を傾げたポーズをそのままに、眉がぴくりと跳ね上がる。俺はそれをあえて笑顔で受け止めた。

「ああ、お願いだ。――……三人には、これからユニコーン討伐までの間、俺達と共にパーティで行動して欲しい」

「はぁ!? ちょ、ちょっとキリト!? あたし達、そんな話聞いてな……」

 リズベットが慌てて割り込むも、

「私はその言葉を待っていたよッ!!」
「ハッ、一体何を言い出すかと思ったが……面白ェ、その話乗った!」

「ええっ!?」

 という答えがリズベットの声を塗りつぶした。彼女は目を剥いているが、俺としては願っても無い返事が返ってきてくれた。

「SAOで確実に五指に入る美貌を誇る、かの《閃光》アスナ君を筆頭に、愛らしさ抜群のアイドルプレイヤー《竜使い》シリカ君、それに《リズベット武具店》の可憐な店主まで居る桃源郷の如きパーティの一員になれる日が来るなんて、まさに夢のようだよ! 嗚呼……八百万の神々よ、私に生まれついての美しい容姿を与え給うただけでなく、このような幸運まで恵んで下さるというのか……なんという有難き幸せ……」

 言葉の後半では空に向かって跪き始めていたハーラインに、女性陣が揃って一歩引いていた。

「テメェらにはオレの情報を握られたからな。ユニコーン争奪戦じゃ厄介な相手になりそうだと思ってたが……こいつァ願っても無ェ。死神の事はともかくとしても、これだけの戦力のあるパーティに入れりゃ、もうユニコーンは俺達のモンになったも同然だな。なんてったって、KoB副団長《閃光》のアスナに加えて――あの《黒の剣士》のキリトまで居やがるんだからな」

 デイドが俺をピタリと見据えて言った。

「…………あれ? なんか正体バレてるよ、キリト君」

 アスナがヒソヒソと話しかけてくる。

「……おかしいな、俺はまだ三人には自己紹介していなかったはずだけど……」

 ここでハーラインが苦笑しながら割り込んできた。

「黒の剣士って……いやいや、まさか……デイド君、人違いじゃないかね?」

「いーや、モノホンに違いねぇ」

 デイドは断固とした口調で言う。だが、反してハーラインは納得していない様子だ。

「確かにそこの彼は黒尽くめで、この階層に居られるだけのレベルはありそうだがね、失礼を承知で言わせて貰うが……噂に違わぬほどの大した人物にはとても見えないよ。私は、彼は黒の剣士に(ふん)した模倣プレイヤーだと、てっきりそう思っていたのだが……」

 デイドはハーラインの言葉に軽く笑い、指を立ててチッチッチと振った。

「分かってねーな。そりゃ、コスプレする偽者野郎もいるだろーが……コイツがパチモンじゃねーと分かる挙動は幾つもあった。かのトッププレイヤーの《閃光》と平然と肩を並べ連れ歩く風格に、街のド真ン中で叫ぶクソ度胸。何度も率先してオレらのいざこざの仲介をこなす器量に、目の前にオレの槍を突きつけられて眉一つ動かさねぇ肝っ玉の太さ。コイツが本物じゃなけりゃ何だってんだ」

「ほほう」

 俺は思わず口笛を吹いた。

「そんなところまで見られていたのか。勉強になったよ」

「えぇー……そこって感心するところなのかなー……」

 アスナが乾いた呆れ声を漏らし、それが真実だと受け取ったハーラインは心底驚いた風に息を詰まらせた。

「それじゃあ、本当に君が……」

「隠すつもりは毛頭無かったんだけどな。さっき自己紹介を割いてしまったから、言うのが遅れた。……キリトだ、よろしく」

 なんだか妙に居た堪れなくなったが、頭を掻きながらあえて二つ名を言わずに自己紹介を済ませた。

「……いやはや、驚いたよ。アスナ君だけでなく、さらにあの黒の剣士まで相見えることになるとはね……」

「…………っ」

 ハーラインに引き続いて、流石の麻のフードも少し驚いてる風に此方に向き直っている。俺はその姿に目の焦点を合わせた。

「どうだ、あんたも良ければ……俺達とパーティを組まないか?」

 あまり褒められたものじゃないが、不本意ながら名づけられた二つ名の名声を借りて勧誘をかけてみる事にしよう。

「……………」

 少し頭を伏せて考え込む素振りを見せ、すぐに顔を上げる。そして……

「あっ、おいっ?」

 くるりと回れ右すると、彼は用は済んだと言わんばかりに足早に街中へ立ち去っていってしまった。

「……ケッ、最後まで気に障る野郎だったぜ。ま、同じパーティにならなくてせいせいしたけどな」

「うーむ、この花園に興味を示さないとは、心外だね」

 既に早くも小さな姿になりつつある麻のチュニックの背中に、二人がそう言葉を投げかけた。

「……帰ってしまったようだな。さて、俺の話も終わったし、二人も一旦解散していいよ。長い間付き合わせて本当に済まなかった」

 俺の謝罪の言葉にハーラインはにこやかに首を振った。

「いや、私は予想外の釣銭が帰ってきた気分だよ。君達との共闘、楽しみにしているよ」

「ここまで手間取らせたんだ。もう手ぶらじゃ帰れねぇよな。……死神だか何だか知らねぇが、誰にもユニコーンは渡さねぇ」

 隣のデイドも、そう比較的色よい反応を返した。

「……ねぇキリト。なんか、すごい馴染んでる気がするんだけど……ホントにあの二人をパーティに入れて大丈夫なの?」

 リズベットが俺の脇腹を肘で突っついてくる。

「俺がソロだったら、こんなことにはしなかったかもだけどな。リズ達が付いてくるんなら、この際戦力は多いに越したことは無いさ」

「ええー……」

「それもそうだけど……でも、容疑者だよー?」

 アスナからも反対側から突っつかれる。

「だからさ。幸い、俺達を含めてもそこまで多過ぎないパーティ人数だ。容疑者を手元に置いておけば、犯人もこの人数や俺達の二つ名を警戒しておいそれと手は出せないだろうさ。それに、これ以上被害者が増える可能性は少しでも減らしておきたいんだ」

「ふーむ、なるほど」

 それにアスナは手をポンと叩いた。

「抜け目ないね。てっきり、いつもの突飛な考え無しの行動かと思ってたよ。流石に見くびっちゃってたかも」

「あのな、俺はちゃんとこれでも……」

「やあやあ、両手に花だね、キリト君。よければ代わってくれないかね?」

 と、ここでハーラインが手を広げつつ歩み寄ってくる。一旦積もる話が終わったのをいい事に、彼女らと遠慮無くスキンシップができると思っているのか、すごく活き活きとした笑顔をしている。感情表現がやや過剰設定のSAOでは、今にも彼の背後にキラキラエフェクトが出て来んばかりだ。

「さぁ、是非とも私にも、ラブコメディのささやかなワンシーンを提供してくれたまえ!」

「あんたには死んでもしてあげないからね」

「あ、あんまりだよっ!?」

 そして一転、ガーンという効果音が出て来ないのが不思議な程のショックを受けている。あんたはテレビのバラエティ芸人か。

「あはは……肘突っつかれないだけで、そんなショックな事なのかなー……?」

「じゃ、じゃあアスナ君! 君だけでもいいっ、私にもさっきのようなやり取りをだね……!」

「さっきからうっせーぞナンパ野郎! ……それじゃあオレは、そろそろ宿に行って準備をしてくるぜ。いつから狩りに出る?」

 デイドが蛇矛を担ぎ直し、町の方向へ向いた。ハーラインの方から「私の名前……」と呟きが聞こえてくるが、きっと気のせいだろう。

「そうだな……」

 俺は少し逡巡した後、皆に言った。

「早い奴らはもう狩りに出ているんだったな。でも、この森もかなり広くて複雑だ。恐らく一日ぐらいじゃターゲットは見つからないだろう。だから今日のところは一番槍は彼らに譲るとして、その代わり俺達は彼らを噛ませ犬に利用させて貰おう。今が朝の十時過ぎだから、恐らく彼らは昼過ぎには一度帰ってくるだろう。この周辺にはこの村以外には休息施設が無いからな。俺達は昼食休憩を挟んだ二時から夜までの間に行動しよう。だから、二時に宿屋前に集合だ。そして、彼らが出発した方向とは別方向に出発して探索していこう」

「ちょっと待ってくれたまえ」

 と、ここで急に表情をリセットしたハーラインが手を上げる。

「どうした?」

「君達はまだここに着たばかりだから知らないんだろうけど、この村には二つ宿屋があるんだよ。どちらに集合すればいいんだい? それと……返答次第では、集合場所を変更して欲しいのだが……」

「何よ、話の腰折っちゃってさ。しかも場所を変更って、なんでまた……」

 リズベットがげんなりした風に聞くと、彼もまた真似をするように肩を落とした。

「いや……君達に会う少し前に、片方の宿屋に寄ったのだがね。扉を開けてオーナーに向かって挨拶した途端……いきなり顔面に強烈な衝撃が走って、気が付いたら店の外に吹き飛ばされていたのだよ! 多分、オーナーに何かの武器で顔を殴られたんだと思うのだが……」

「はぁっ? あんた、いよいよNPCにまで嫌われるようになったの? もう筋金入りの変態ね」

「違うがね! ……そこはNPCが運営するのとは違って、プレイヤーが運営する宿屋だったのだよ。もう一つのNPCが運営する一般的な宿よりも良い作りの宿屋だったからね。行きはよいよい入ったまでは良かったのだが……もう、私はあそこには近付きたくはないよ」

 終いには頭まで力なく垂れて、どんよりムードに突入している。

「よ、よく分からんが……まぁ分かったよ。何てことはない要望だし、そっちの肩を持つよ。それじゃあ、後でNPCの宿の方に集合だ。それでいいか?」

 それにハーラインは溜息と同時に頷いた。

「済まないね。それじゃあ私は一度、安全な方の宿に向かうとするよ。失礼する」

「オレも行くぜ。NPCの宿の方が安上がりだろうからな。お前ら、遅刻すんじゃねーぞ」

 荷物を纏めた二人は揃って村の中へと消えていった。
 それを見送った俺は、アスナ達に振り返り様にニヤリと笑ってみせる。

「……さて。俺達はハーラインが吹っ飛ばされたっていう方の宿に行ってみるか」

 それに彼女たちは揃って呆れ顔を浮かべた。

「もう、面白がっちゃって。顔を殴られても知らないよー?」

「一番最初はあんたが入りなさいよね」

「分かったよ。……ああ、でもその前に、俺の呼び掛けに応えなかった残り一人の調査をしなきゃいけないな」

「……あ、その必要は無いかもしれません」

「シリカ?」

 しばらくの間、一歩下がったところで腰を下ろし、ずっとピナを看護していたシリカが久しぶりに話に介入した。三人が居なくなり、安心したのだろうか。涙も今度こそすっかり収まり、いつもの調子が戻りつつあるようだ。

「確かその人の居た建物って、ハーラインさんが殴られたって言う宿屋だったと思います」

「ふーん、だったら一石二鳥じゃない。この際、休憩と調査をその宿で一緒にしてしまいましょうよ」

「そうだね、マップを見ても宿は割とすぐ近くなようだよ。キリト君」

 すぐにウィンドウを呼び出してマップデータを調べていたアスナが俺に微笑みかける。

「分かった。よし、早速行ってみようぜ」

 皆が頷くのを確認して、俺はその方向へ歩き出した。
 
 

 
後書き
前回から、なにかとハーラインがはっちゃけてます。さすが変人紳士。

ちなみに、今の所にじファンの頃の絵をそのまま使ったのは第5章の挿絵のみ。
扉絵と「お読みになる前に」最後のラクガキは最近描いたものです。
……数ヶ月経ったというのに、お絵描き、あんまし上手くなってませんね。すみませんorz


 以下、解説です。

●《バッシュ・ミスティア》
 ハーラインの持つ愛槍。正確には《パルチザン》という、幅広の刃を持つ両手槍の一種にカテゴライズされる武器。
 その刃には《ミストユニコーンの角》が使われており、非常に美しい外見をしている。
 高い攻撃力に加え、薙ぎ払うアクションでのダメージボーナスまで付いている。
 しかし、対価として元々耐久値が低く設定されており、さらに彼の手による過剰な装飾が施され、それが原因でますます最大耐久値が下がってしまっている。
 何か特殊能力があるらしいが、使用不可能となっている。鍔の部分にユニコーンの鬣を加工したファーを飾る事で、彼曰く初めて完成し、その特殊能力が使えるようになるらしいが…… 
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