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SR004~ジ・アドバンス~

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20years ago ”Beginning of the world”
  #03

 
前書き
 お久しぶりです。ちょっとこっちも更新。 

 
 《玉座(スローン)》の先進国風メトロポリスと、ラテン系の商業地区を分ける大運河、名を《首飾り(ブリージング)》。《首飾り》の名が示す通り、メトロポリス地区《王冠(キングスクラウン)》を囲う様に円形に広がっている。太陽光を反射してきらめく、現実世界ではありえないほど澄み渡った大運河には、同じように太陽光を跳ね返す、流麗な船が浮かんでいた。金額はそこそこ高いが、金を払えば一応あれらの船で運河を渡ることもできる。

 そんな《首飾り(ブリージング)》を、さらに囲う様に広がっている地区が《襟》と呼ばれる商業地区だ。《大変遷》以前、2020年ほどの時代のシンガポールを彷彿とさせるような、先進都市と商業都市の融合の様な形の、テーマパーク然とした露店地区と、前世期のアメリカン・アクション映画に出てきそうな、ラテンチックな商店街。

 そんな街の一角に、β時代『初期最高』と言われた道具屋がある。古びてはいるが丁寧に磨かれた看板を掲げた、どこか電気街の奥に埋もれたおもちゃやの面影もあるその道具屋の名前は《アルマゲの道具屋》。設定上では現在の店主であるウルクス・ドルガ=アルマゲ氏の祖父の代から続く老舗武具店だったはずだ。

 この店の素晴らしい所は、武器だけではなく鎧やコート、司祭服などの装備も扱っている点だ。現店主ウルクス氏は三十路に入ったばかりに思える体育会系の鍛冶師で、この店には彼自身の作成した武器も売られている。前述の長所を抜きにしても、特にこの店が優秀なのは、《襟》の商店街地区では数少ない、《機動銃》を取り扱っている点だ。それらも初期に購入できるアイテムとしてはかなり強力なアイテムで、β時代にはユキハルも愛用していた。

「いらっしゃい!今日は何をお求めかい?」

 NPC店主・ウルクスが笑顔でユキハルとユウリを迎える。店内の作り込みも、NPCの作り込みも格段に上がっている。本来VRMMOでは、サーバーにかかる負荷を軽減するために、視界を合わせたところだけがアップになる、などの救済処置を与えている。しかし、この『SR004』は、どこもかしこも最初から超精密ディティールだ。どれだけのサーバー容量があれば、これだけの描画エンジンを内蔵できるのだろうか……。

 『SR004』の凄まじい所はそれだけではない。世界最高峰と目されるAI技術により、NPCは全てほぼ実際の知能とそん色ない会話が可能なのだ。ただ、βテスト時代にはさすがに「その情報はデータベースにはありません」という旨の困った表情をすることがあったが、それのごまかし方も凄まじく高度だった。実際の人間が無知を恥じているような言い方をするのだ。例えば、今の目の前のNPC、ウルクスなら、「すまねぇ、そいつは俺の頭んなかにゃぁ入ってねぇぜ……」と至極申し訳なさそうに言うのだ。人間が入って操作している、と言われた方がまだ現実味があるほどの性能。

 ほわー、と感嘆の声を上げてユウリが店の中を見る。店には剣や槍、斧などから、違和感のあるガラスケースの中には《機動銃》が展示されている。これら武器の多くが、ウルクス自身が作った渾身の力作だ。ウルクスは鍛冶屋の職も兼ねているため、初期にはお得なアイテム購入店、中盤はアイテムの強化や作成の依頼などで非常に助かる店なのだ。店主の気質も好感が持てるものだ。

「よう、ユキハルじゃねぇか」

 ウルクスはユキハルの顔を見ると、嬉しそうに笑った。しかしユキハルの方は笑ってなどいられない。衝撃で顎が外れかける。

「……!?お、覚えているのか?」
「おうよ。あったりめーだろ……そっちの娘は何だ?彼女か?」

 ニヤリ、とウルクスがいたずらっぽい笑みを浮かべる。「あ、ああ……そんなところだ」と返しておき、ユキハルは思案に入る。

 ――――NPCに、βテスト時の記憶がある!!

 あり得ない事だった。普通の2DMMOゲーム、VRMMO問わずに、βテストが終了すれば、その間の記録はすべて消去される筈だ。実際、ユキハルのデータは消去され、全くの新規アカウントとなっていたではないか。

 だが……これは一体、どういうことなのだろうか。ウルクスのデータだけが削除されずに残った?ほかのNPCの反応も見てみる必要があるか……。

「すまない、ウルクス。ちょっと急用を思い出した。すぐ戻ってくるから、ちょっと待っててくれないか」
「おう」
「……ユウリ、ウルクスに頼んで、装備を見繕ってもらっていてくれ。ウルクス、こいつの装備品を整えてやってくれないか。クラスは《司祭(プリースト)》だ」
「へいよ。だけどそっちは女将(かみ)さんの方が専門だな……」

 そんなウルクスのつぶやきを聞き流しつつ、ユキハルは店を出る。同時に驚愕。

 ――――β時代には、ウルクスに奥さんなんていなかったぞ!?

 ウルクスは三十代前半と思しき外見をしている。彼の父親である先代アルマゲ氏はいまだ存命だが、この店ではなく別の街にいる設定だ。そのため、ウルクスは一人でこの店を守っている設定ではなかったか……。

「……何が起こっている?」

 とにかく、まずはNPCに起こった異常が、実際に《異常》なのかを確認しなくてはならない。ユキハルが向かったのは、β時代にこれまた世話になった、薬草師のもとだった。

 ウルクスの《アルマゲの道具屋》は武器・防具・装飾品・衣服問わずに扱っているが、回復アイテムなどの消耗品は品ぞろえが悪い。それを補う様に存在するのが、《アルハザード呪術店》。ひどく見つけづらい所にある、いわば『隠し店舗』だ。そのみつけにくさに比例するように、取り扱っているアイテムも非常に高性能だ。加えて、大抵の場合が高価に釣り合わないほど安い。初期だけでなく、中盤、終盤になってもこの店の存在には助けられた。

 商店街の裏道のさらに奥、天幕に覆われた、木造りの古い店、その入り口。ユキハルは店の中に入ると同時に、店主の名を叫んだ。

「シェヘラザ!居るか!?」
「……ここだ」
「のわ!?」

 声が聞こえてきたのはすぐ左側だった。

 そこにいたのは、形容するなら『怪しい』としか言いようがない少女……否、幼女だった。年のころは12歳ほど。褐色の肌を毒々しい色のターバンや、暗い色のヒジャープと呼ばれる全身を覆う服を纏っている。その眼だけが奇妙な緑色。当然ながら、その造形はβ時代をはるかに超える。

 彼女の名はシェヘラザ・アルハザード。この店の店主だ。12歳ほどの外見をしてはいるが、実年齢はもっと上だ。

「何度も言っているだろう。私を名前で呼ぶなと。アルハザードと呼べ」
「へいへい」

 β時代に何度も交わしたやりとりを思い出しながら、ユキハルは心の中で確信となったその事実に、驚愕する。

 やはり、NPCにβテスト時代の記憶が残っている。下手をすれば、全てのギルドを束ねる《大本部(マザーギルド)》にも、β時代の記録が残っている可能性がある。キャラクターデータは抹消されているのに、ゲーム内での行動の記録は残っている。一体どうしたことか。

「なんだ、随分よわっちくなったようだな。この三か月の間に何があったんだ?」
「え?」

 シェヘラザの言葉に疑問を覚え、ユキハルは彼女に問いかけてみる。

「なぁ、シェヘ……アルハザード、俺がいなかった間、俺は何をしていたことになっているんだ?」
「なんだ?自分のことすら忘れたのか?……お前たち《プレイヤー》は、三か月前に突然行方不明になったんだ。お前たちがいない間に、一部の土地は姿を変えてしまったところもあるぞ」
「……なるほど……」

 《プレイヤー》は一種の種族として扱われているらしい。行方不明になった、というのはキャラクターデータの消滅を表しているのだろう。土地の改変とは、恐らくプレイヤーに所有権があった建造物や土地の所有者情報がクリアされた、という事だ。やはり、きちんとβテストと正式サービスの区切りはついているようだ。

 だがしかし、それならばなおさらNPC達にβ時代の記憶があることが疑問に思われてくる。もともと、この世界のNPCは『学習』するため、普通のVRMMOならば顧客の顔など覚えないNPC店舗従業員でも、プレイヤーの名前や好みを覚えていた。その一環で、βテスト時代の記憶を保持している、とでも言うのだろうか……。

「ごめん、ヘンな質問して」
「構わないさ。お前には世話になった借りがあるからな」
「そうか。また薬草とか足りなくなったら手伝うよ。……一応、回復ポーション買って行って良いか?」
「了解だ。その様子だと下位回復(マイナーヒーリング)ポーションが限界だな?」
「ごめんな。……二つ頼むよ」
「気にするな。金が入るだけ良しとする……金貨二枚だ」
「へいよ」

 所持金貨十枚のうち、二枚を出して渡す。シェヘラザはそれの質感を確かめると、「確かに受け取った」と頷いて、二つの瓶を渡してきた。

 どちらも、薬草を使って作るポーションだ。ポーションには二種類が存在する。片方が薬草を使って作るポーション。もう片方が、魔法を使って作るポーションだ。前者は即座に効果が出やすいため、回復薬などに使われる作成方法。後者は効果が出るのが遅いため、基礎能力の増加などに使われる方法だ。世の中には、その両方をかけあわせたポーションもあるらしいが、少なくともこの《アルハザード呪術店》を含めて《玉座(スローン)》近郊では入手できない。β時代にも、ユキハルはそれを見たことがなかった。

「もう少し金が入ったら護符でも買いに来るよ。つれが《司祭(プリースト)》職なんだ」
「わかった。用意しておく」

 外見は不気味だが、シェヘラザは根は良い奴だ。ユウリとも仲が良くなれるような気がしていた。

 とりあえず店を出たユキハルは、商店街の裏道を逆戻りする。もう一度《アルマゲの道具屋》まで戻って、ユウリと合流するためだ。

 
 ――――この時、ユキハルはそれがどれほど重要な伏線であったかということに気が付けなかった。NPCに意識があり、過去の記憶を保持していることが。 
 

 
後書き
 戦闘は次回です。楽しみにしていた方がいらっしゃいましたら、すみませんでした。

 さて、いよいよ次回は事態が大きく動く……予定。戦闘とその他のごたごたで全部潰れそうな気もする。 
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