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チャイナタウンの狐

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第五章


第五章

「それを考えますとやはり」
「それも違うだろうな」
 しかし彼はそれも否定した。
「違いますか」
「だからだ。式のことを思い出せ」
「式のことを。そういえばあの時も」
「そうだ。ちゃんと道士も呼んだしその儀礼も一通りした」
 道教のそれで式を行ったのである。赤と爆竹に彩られた派手な式が道教のそれだ。当然ながら狐がこれを嫌うのは言うまでもない。しかもそれだけではない。
「御夫婦は犬も連れられておられたな」
「ええ、そういえばあれは」
「チャウチャウだ」
 中国の犬だ。ちなみに元々は食用であったが今は愛玩用である。小さく茶色や白の毛がふわふわとしている可愛らしい犬である。所謂赤犬が多い。
「狐は犬を嫌うな」
「ええ、とても」
 狐狩りに犬を使う。犬は元々狼であり狐の天敵でもあるのだ。
「そうえば奥様も」
「犬好きだな」
「そうですね。家の犬のお世話もよくされています」
「しかも笑顔でだ」
 チャンの家でも犬を飼っている。しかも室内犬である。チュンレイが家に入ってからは彼女がその世話を主にしているのである。これも話された。
「それを考えますと」
「やはり違うだろう?」
「そうなりますか」
「そうとしか思えない。違うか」
「ですね。やはり狐ではないですか」
 結論は出た。一応は。
「そうなる。間違いなく人だ」
「ですが」
 しかし疑問が残る。リーは首を捻ってまた言うのだった。
「ですが。何だ?」
「それにしても狐が」
「似ているか」
「レストランの名前の由来は店を建てる時に白狐が出て来たからですね」
「そうらしいな」
 それで白狐飯店というわけなのだ。こうした名前のつけ方はあちこちの国にあるのでとりわけ珍しいことではない。白狐は霊獣とされ縁起がいい動物なのだ。
「それはわかりますが御夫婦で狐に似ておられるのは」
「実はな」
 ここでチャンがまた言うのだった。
「はい?」
「最初御主人はそうした御顔ではなかった」
「そうだったのですか」
「そうだ。後で写真を見せてもいい」
 こう述べながらその店に足を進める。そうして狐の面を見るのだった。
「ところが結婚して奥様、つまり義母様と一緒に住まわれれるうちに」
「顔が変わられたのですか」
「夫婦で似た顔になるのはよくあるな」
「ええ、そういえば」
 その通りだ。これもよくあることだ。
「そういうことだ。仲睦まじい夫婦だからな」
「そうだったのですか」
「そうだ。これでわかったな」
 リーのその言葉に頷く。
「御二人は間違っても狐ではない」
「そうですか」
「そうだ。安心していい」
「わかりました。そうでしたか」
「やっとわかってくれたな。だからな」
 チャンはまた言う。
「狐ではなく似ているだけなのだ」
「どうしてもそう思えましたが」
「確かに狐の話は多いがな」 
  中国では狐の話がかなり多い。日本のそれよりも多い。それだけに何かあると狐ではと思うことが日本よりも多いのである。そういうことであった。
「だが。今回は違う」
「はあ」
「それにだ。ひょっとすると」
 ここでその狐の面を手に取った。
「私もそうなるかもな」
「旦那様もですか」
「このままあれと一緒にいる」
 言うまでもなくチュンレイのことである。
「するとこの顔も変わるかもな」
「お顔がですか」
「そうだ。考えてみればそれもいい」
 こう述べて微笑んでみせる。
「夫婦で同じ顔になるのもな」
「ですか」
「そうだ。ではこれを買おう」
 今手にしている狐の面を見る。そうしてまた言う。
「贈り物にな」
「奥様への」
「似ていると思わないか?」
 その面をリーに見せての言葉であった。
「チュンレイに」
「確かに」
「だからだ。あいつがこれを見たら」
 自分でもその面を見ながら言う。言いながら微笑む。
「どんな顔をするかな」
「楽しみなのですね」
「これからのこともな」
 こうも言うのだった。
「子供の顔も。私の顔も。どうなっていくのか」
 狐の面を見ながら話す。次第に自分の顔が妻のそれに似てくることを願いながら。これからのことに思いを馳せて優しい顔で狐の面を見ているチャンであった。


チャイナタウンの狐   完


                   2008・3・7
 
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