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鬼灯の冷徹―地獄で内定いただきました。―

作者:achi.
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参_冷徹上司
  五話


 「さて、ではミヤコさん」

閻魔庁に戻ってきたミヤコと鬼灯。
一息つく間もほぼない内に、鬼灯が言った。

「本日、初仕事です」

「は、はい」

鬼灯はそう言うと、庭を指差した。
あの変な植物とも言える金魚がびっしりいて、今日も小刻みに震えている。
見れば見るほど変わった生物だ。

「わたしはこれから閻魔大王の仕事のはかどり具合をチェックしてきます。まあ、期待はしてませんが。それで、その間にこの金魚草たちに水を与えてください」

鬼灯は穴の開いたバケツを手に、言った。

「ここに、この水道と繋いでいるホースを入れれば、ジョウロみたいに水が出ますから」

「えっ、わたしみたいな新人に、大事なペットのお世話なんて任せていいんですか?」

「まあ、不安がゼロと言えば嘘になりますが」

手渡されたバケツを受け取るが、正直いろいろと不安であった。
というよりもまず、あの金魚草にはあまり近付きたくないというか。
鬼灯は一瞬、ピタリと動きを止める。

「何かあったら、その時に考えましょう」

またあの、腹の底に響くような低い声でそう言われ、ミヤコはギクリとした。
これはもし何か粗相をすれば、大変なことになるな。

「では、任せましたよ」

鬼灯はそう言い残し、さっさと中へ消えた。
残されたミヤコは、とりあえず作業に取り掛かる。
蛇口にしっかりとホースが刺さっていることを確認し、もう片方をバケツに突っ込んだ。
水を出すと、確かにジョウロのように四方八方にまんべんなく水が飛び出す。

「これ、水がなくなってもいちいち入れに行かんでええし、便利やな。さすが鬼灯さん」

しかし、やはりこの金魚草たちは不気味である。
不気味な上にサイズもそこそこ大きいし、一本だけ自分の背丈より遥かに高くまで育っているのもいる。
これもその内に、かわいく思えてくるのかな。
そんなことを考えながら、ミヤコは水を与え続けた。

「オギャ・・・・・・」

「・・・・・・うん?」

ふと、変な声がした。赤ん坊の泣き声のような。
気のせい、気のせいとまた水やりに集中しようとした矢先。

「オ、オギャ・・・・・・オギャアアアアア!オギャアアアアア!」

「うわああああっ!!」

これには驚きを通り越して恐怖を感じた。
一匹が鳴き始めると、あれよあれよと伝染してあっという間に大合唱だ。
そういえば、唐瓜が言っていた。「たまに鳴くんですよ」と。
ミヤコはそのことを思い出したが、しりもちをついて痛いわ、これは自分が何かいけないことをして鳴き始めたのか心配だわでそれどころではない。
バケツは地面に転がり、ホースからはだばだばと水が出続けていた。

「ちょ、ちょっと大丈夫っすか?」

たまたま通りかかったのか、唐瓜と茄子が箒を担いだまま駆け寄ってきた。

「あ、あはは・・・・・・ちょっと、びっくりしてん」

「ああ、金魚草の鳴き声ですか!」

「俺これ好きー。おもしろいから!」

ミヤコはよいしょと立ち上がり、着物についた土を払った。
金魚草はもう鳴き止んで、またゆらゆらと揺れていた。

「もう大丈夫。二人とも、掃除ですか?」

「いえ、さっき終わって、片付けるところです。でもまだ仕事があって」

「これから壁に絵を描くんだー。こまめに手を入れないと、すぐに劣化しちゃうって鬼灯様が」

「絵?」

「前にここの庭の壁に描かれていた葛飾北斎の絵がボロボロになっちゃったことがあって、茄子が代わりの絵を描いたんです。今日はこれからその絵の修正に」

「か、葛飾北斎?富嶽三十六景の?」

「俺もびっくりですよ。このおたんこ茄子が、北斎さんの上に絵を描いちゃうなんて」

唐瓜は笑いながらそんなことを言うし、茄子は茄子でのほほんとしているし、葛飾北斎の生の絵がこんなところにあるなんて。
今すぐに写メを撮りたい衝動に駆られたが、携帯電話はここに来た時には見当たらなかったし、きっと現世に置いてきてしまったのだろう。
これは美大出身として心をくすぐられる。

「わたしな、現世で絵の勉強しててん」

「えっ、そうなんだ!じゃあ、一緒に行こうよ」

まあ、ちょっとくらいならいいやろ。
ミヤコは思った。
金魚草にはちゃんと水はあげたし。

「よし、腕の見せ所やな!」
 
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