少年と女神の物語
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第四十六話
「武双君!武双君!」
俺は手放そうとしていた意識を、誰かに揺さぶられて強制的に引き戻される。
「お願いですから、武双君・・・目を、開けて・・・」
「あー・・・とりあえ、ず。揺するの、やめて・・・くだ、さい・・・」
途切れ途切れの声でそう言いながら目を開けると、そこには涙を流している梅先輩がいた。
この人・・・泣いたり、するんだ・・・
「っ・・・武双君!」
「だから、揺するの、やめてくださいって・・・痛い、です・・・」
全身穴だらけなせいで、振動があるとすごく痛い。なきそうなほどに痛い。死なないって分かってるのに死にそうになるほど痛い。
「あ・・・ご、ごめんなさい。私、つい・・・」
「いいですから・・・とりあえず、動かさないで・・・」
「ご、ごめんなさい」
ゆっくりと梅先輩がおろしてくれたのに感謝しつつ、俺は腕を突いてどうにか立ち上がろうとするが・・・
「だ、ダメですよ。そんなことをしたら、腕がちぎれちゃいます!」
梅先輩に止められる。
確かに、このまま続けてたら千切れるだろうな・・・
「梅先輩も、声を張り上げたりするんですね・・・」
「え、あ、これは・・・!」
戸惑っている梅先輩に少し笑みを浮かべて、俺は無理矢理に立ち上がる。
ぶちぶち、と何かが千切れる音が聞こえてきたが、まあ何とか千切れはしなかったみたいだな。
「っと、俺は大丈夫ですから。腕もちぎれずに立ち上がれましたし」
「どこが、大丈夫なんですか・・・」
「大丈夫、なんです。俺は、絶対に死にませんから」
俺はもう少し無理をして、穴だらけの体を無理矢理に立たせる。
「ところ、で。あの神について何か霊視とか降りませんでした?」
「え・・・降りました、けど・・・。まさか、そんな体で戦うつもりですか!?」
「はい。治癒の霊薬、あの攻撃のせいで全部壊れちゃいましたし。この体で、頑張りますよ」
「待ってください!」
俺が歩き出したところで、梅先輩に腕をつかまれる。
たったそれだけのことで、俺は倒れてしまう。
「そんな体で、神と戦うなんて・・・無謀です!」
「確かに、無謀ですね」
「分かってるなら・・・」
「それでも、今この国に神と戦えるのは俺くらいなんです」
はっきりとそう言うと、梅先輩は目を見開いて驚いていた。
「・・・あなたは、自分の家族のことしか考えてないのでは・・・」
「確かに、俺の中で最優先の事項は家族です。そのためなら、日本を犠牲にしても構わないと、本気で思っていますよ」
それでも、それでもだ。
「それでも、守れるのなら守ろうと思う程度には、責任感はあります」
「っ・・・」
「だから、俺が戦うんです。アイツが鋼である以上、アテにヘルプを頼むわけにも行きません。疲れてるんですから、ゆっくり寝ていて欲しいですし」
「ですが、それではあなたが・・・」
「俺は、大丈夫です」
もう一度、今度は槍を杖代わりにして立ち上がり、うずくまっている梅先輩を見る。
「絶対にあの神を殺して、馬鹿みたいな被害と引き換えにこの国を守ってやります。ですから・・・心配、しないでください」
「・・・・・・でしょう」
俺の言葉に対し、梅先輩は小声で何か言った。
「・・・・・わけないでしょう」
「・・・えっと、なんで」
「心配しないわけないでしょう!好きな人が、そんな状態で神と戦うなど!」
そう言いながら梅先輩は立ち上がり、俺の唇に自分のそれを重ねる。
俺は今の体でその衝撃に耐えられるはずもなく、そのまま押し倒される形になり、梅先輩は唇を離して、俺に跨る形になる。
「えっと・・・」
「・・・私は、あなたのことが好きです」
何を言い出したのか、分からなかったが・・・俺の頬に落ちてくる梅先輩の涙に、何もいえなくなった。
「当然ですよね。あなたが中学二年のときから、ずっと同じ生徒会にいて、今までの人生で一番話した男子なのですから。そんな感情が生まれてもおかしくない。自然、といっても問題のないことです」
確かに、俺が生徒会に入ったのもこの人に誘われて、だからずっと梅先輩は同じ生徒会にいた。
神代家の監視が目的で来たこともあって、俺はこの人と話す機会が多かったと思う。
「そうじゃなくても、武双君はずるかったです。媛巫女として育てられたせいで常識のなかった私は、転校当初、全く周りになじめずにいました・・・」
それでもすぐに生徒会長になれたのは、なぜだろうか・・・
「それで一人でいた私に、あなたが始めて声をかけてくれたんですよ・・・?」
・・・はっきりと覚えは、ない。
それでも、心当たりなら・・・ある。
「出きる限り目立たないように、一人でいた・・・周りが近づきづらいようにしていた私に、あなたは何のためらいもなく話しかけてきて・・・」
一人で、中庭で弁当を食べている人がいるのを、見つけたんだったか。
ある日から毎日、必ず一人で食べている梅先輩が・・・俺には、ウチに来たばかりのころの妹が、重なったんだ。
「ただでさえ監視するためにいた人に、そう簡単に仲良くするわけにも行かず・・・私は、ずっと無視していました。なのに、あなたは気にせず、何日も話しかけてきてくれて・・・気がつけば、私はあなたに恋をしていました」
それでも、一度も話をしてくれなかったと思う。
それどころかある日を境にいなくなって・・・学年は特定できたから、調べてみたら、転校したことになっていた。
「仲良くはしたかったのですが、私はそのころ、偽名で学校にいました。目立たないように、身だしなみにも一切気を配っていない・・・そんな身であなたと仲良くなれると、思えませんでした」
・・・確か、そのころ、俺が入学して一ヶ月だったと思う。
「だから一度学校から抜けて、私は委員会に頼みました。接触を試みるから、本名での転校をしたい、と」
もちろん、それは簡単に許可されなかったであろう。
だが、それでも・・・
「私は数日の時間を要して許可を勝ち取り、その足で髪を整えてもらい、あなたに会う準備を整えて・・・再び、転校しました。すごいですよ、たったそれだけのことで、誰も私だとは気付かなかったんですから」
そこまでか・・・それは確かに、すごいな。
「そしてそのまま、もう一度武双君に会おうとしましたが・・・とても、無理でした。会う理由がなかったんですから。あなたとあっていた私は、今の私ではない・・・そう、ようやく気付いたんです」
俺は、そういわれても間違いなく気付かなかっただろう。
実際、言われた今でも信じられずにいるんだから。
「・・・それで、自分が転校してきた目的をあなた方神代家の方々に話す、そんな手段をとったんです。その時には、何が何でもと言う考えが強すぎましたね」
それで、あんな謎な行為をしてきたのか・・・
「それで、あなたと話すようになって・・・同じ生徒会で活動して、生徒会の仕事、と言う名目で町で買い物をしたりして・・・デートみたいで、楽しかったです。たまにクラスの人とかがあなたのことを話してるともやもやして・・・知らないかもしれないですけど、武双君も学園の中で人気があるんですよ?」
涙を流しながら笑い、そう話してくれる梅先輩は、とても綺麗で、始めてみる可愛らしさがあった。
「武双君がカンピオーネになったと聞いたときには、心底驚きました。そして同時に、嬉しい気持ちと、心配な気持ちが浮かび上がったんです」
そのとき、梅先輩はどう思ったのだろうか・・・
「これで、私の任務はあなたの監視に移る、そう喜んで・・・同時に、あなたが常に死と隣り合わせになったことに、とても心配しました」
ですから、と。だいぶ前から混ざっていた嗚咽をさらに強くして、梅先輩は言ってくる。
「ですから、出きる限り私に心配させないでくださいッ。そんな体で、か、神と戦うなんて・・・言わないでください」
梅先輩は再び、唇を重ねる。
「私があなたの傷を治しますから。天啓で得た知識もあげますから。せめて・・・せめて、万全の状態で、行ってきてください・・・私にも、手伝わせてください。絶対に負けないのなら、私に・・・私に、それを見届けさせてください・・・」
俺は、これ以上そんな梅先輩を見ていられずに・・・腕を無理矢理に動かして、そっと、抱きしめた。
「・・・ごめんなさい、梅先輩。そこまで言わせてしまって。それと、お返事もできなくて」
「・・・いいんですっ。いいですから・・・」
「そんな身で頼めたことじゃないですけど・・・お願いします。俺の体を治してください。俺に、あの神様の知識をください」
「はい・・・」
「俺が絶対に守りますから、俺の戦いを、見届けてください」
「はい・・・私のこと、絶対に守ってくださいね」
そして、俺と梅先輩は唇を重ねた。
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