その一手を紡いでいげば
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第六感
碁石を指先で掴むと、倉田はトドメの一手を碁盤に打ち込んだ。これで勝利を確信した倉田だったが、緊張感を解かないまま対局相手の進藤の反応を待った。
真剣な表情で碁盤を見ている進藤を、倉田は起死回生の一手を見いだす才能の塊と評価している。それはプライベートで初めて進藤と対局した時から変わらない。その当時、進藤はまだ無名の新人棋士に過ぎなかったが、想像以上の棋力を見せつけて動揺を誘い、倉田を敗北寸前まで追い詰めたものだ。
そして、何よりつい最近、倉田は今日のように勝ちを確信して、逆点負けを喫したばかりであった。
「負けました」
激しい追い上げを見せていた進藤がついに負けを認めて頭を下げた。
「ふー、進藤の碁は面白いが疲れるな」
もうじき王座になる予定の倉田が、深呼吸しながら肩の力を抜いていく。
「序盤のこの下ツケが余計だったな」
「それでも行けると思ったんだ。倉田さんがここに打つまでは」
「驚いただろ。この前の本因坊リーグの予戦で負けたおかげで、何かあると気づけたんだぜ。まっ、本因坊リーグ予選の雪辱みたいなもんだ」
「あの時、俺に公式戦で初めて負けた倉田さんは、相当悔しがっていましたからね」
「いや、あれは本気を入れ忘れていたからなしな。今回は進藤なんかに連敗したら、王座に最も近い男の名が廃ると思って本気を出したんだ。ハッハッハ」
「本気って……」
「それよりも進藤、本因坊リーグ頑張れよ。何故かわからないが桑原の爺さんはお前を待っているようだからな」
「桑原先生が俺を?」
「ああ、例のシックスセンスが進藤と戦うとでも告げのかもな」
「なに、そのシックスなんとかって」
「桑原の爺さんのシックスセンスを知らないのか? 爺さんは初めて進藤とすれ違った時に何か力を感じたそうだぞ。それで進藤の新初段シリーズの一局を見学したって話だぞ」
そう言うと敗北の悔しさを隠して淡々と検討していた進藤の顔が打って変わって熱く真剣な表情となる。
「まさかシックスセッ、セッ」
「シックスセンスだ」
「そのシックスセンスで……ひょっとしたら桑原先生はサ……に気づいたのかも」
「ん。何に気づいたって?」
なんとなく『サ』だけを聞き取った倉田は問いかえした。進藤は集中すると周りが見えなくなるが、今回はすぐに反応した。
「いや、何でもない。桑原先生が俺の才能に気づいたのかもって」
進藤は不審に思えるほど動揺して、つまらない冗談を言ってごまかそうとした。だがそれに気づいても、倉田は進藤のおかしな行動に慣れているため、一々詮索しようと思わなかった。
「桑原の爺さんのシックセンスは進藤が一番弱い相手って告げたってことか」
「一番弱いって、何でだよ」
進藤は倉田の冗談に反応したが、心ここにあらずといった様子であり、倉田は検討を早めに切り上げることにした。
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